157話「一日の終わりと想い」

 一緒に晩御飯をうちで食べ、それからもう夜も遅いという事で俺はしーちゃんを家まで送って行く事になった。



「あー、楽しかったなぁ」

「また遊びに来たらいいさ」

「うんっ!そうするねっ!」


 二月も最終週の日曜日、夜はまだ少し冷えるが、それでもそろそろ春の訪れを感じさせる気温が今は心地よかった。

 三月になれば、期末試験に三年生の卒業式、それからホワイトデーもあるためまた色々とイベントが目白押しだ。

 それでも、しーちゃんと一緒ならその全てが楽しみというか、こうして時間を共有できる事に俺はどうしても幸せを感じてしまうのであった。



「――来週から三月かぁ、もうすぐ一年生でいられるのも終わっちゃうんだね」

「――そうだね」

「あーあ、二年も同じクラスになれたら良いのになぁ」

「うん、本当にね。こればっかりは、神に祈るしかなさそうだ」


 同じクラスになれたらいいけど、当然そんな権力は俺には無いため神に祈るしかなかった。

 でも、もししーちゃんとクラスが離れ離れになったとしても、俺個人としてはもう何も不安に思う事は無い。


 それは慢心とか余裕とかそういう事ではなく、俺自身がしーちゃんの事を信じると決めているからだ。

 不安を探せばきっとキリは無いだろうけど、俺はしーちゃんに告白すると決めたあの日からちゃんと向き合う覚悟を決めているのだ。


 誰もが振り返るような圧倒的美少女で、元国民的アイドルで、才色兼備。

 そんな高嶺の花であるしーちゃんの隣に、俺はこれからもずっとこうして一緒に居続けたい。


 だからこそ、俺は俺に出来る事をこれからも頑張り続けるしかないと思っている。

 例え何が起きようと、俺だけはずっと大好きなしーちゃんの側に居られるように――。



「ありがとう、ここで大丈夫だよ」


 そして、あっという間にしーちゃんのマンションの近くまで到着すると、しーちゃんはここでいいよと俺の方を振り返った。

 その表情は、本当に幸せに満ち溢れてるような笑みを浮かべており、この週末楽しんで貰えた事が十分に伝わってくる。



「そっか、じゃあまた明日」

「うん、またね」


 別れの挨拶を済ませると、しーちゃんは振り返りマンションのエントランスへと向かう。

 俺は急ぐ必要も無いため、そんなしーちゃんの後ろ姿をそのまま見送り続けた。


 すると、そんな俺の視線に気が付いたのかしーちゃんはエントランスの扉の前で立ち止まると、くるりとこちらを振り返った。

 そして、ここにまだ俺がいる事に気が付いたしーちゃんは、安心するように満面の笑みを浮かべる。


 そんなしーちゃんの仕草に、俺も自然と笑みが零れてしまう。

 だから俺は、そんなしーちゃんに微笑みながらバイバイと手を振ってみると、しーちゃんも嬉しそうに小さく手を振り返してくれた。


 こういうところも、やっぱり可愛すぎるよな……そう思っていると、しーちゃんはその振っていた手を口元に添えると、口を大きく動かして何かを伝えてきた。



『だ』



『い』



『す』



『き』



 夜だし声を発してはいないようだけど、はっきりと開かれるその口の動きだけで何て言っているのか分かってしまった。


 ――大好き、か


 だから俺は、咄嗟に両手を挙げて頭の上で大きくマルを作って、伝わった事と同じ気持ちである事を伝える。


 すると、そんな俺の動きが面白かったのか可笑しそうに笑い出したしーちゃんは、片手でいつの日か教室で見たキツネポーズをドヤ顔で俺に向けてきた。


 相変らずその意味はよく分からないけれど、満足した様子のしーちゃんは一度頷くと、そのままエントランスの中へと入って行ってしまった。


 ――楽しそうで何よりだな。とりあえずあのキツネの意味、今度ちゃんと確認しよ


 そう思いながらも、俺はやっぱり嬉しさから自然と込み上げてくる笑みを浮かべながら、来た道を戻ったのであった。




 ◇




 家に到着した俺は、そのまま風呂を済ませて自分の部屋へと戻った。

 そして部屋へ戻ると、そこはしーちゃんと過ごした時のままの状態となっている事もあり、さっきまでここにしーちゃんが居たんだよなという事が思い起こされる。


 とりあえずベッドに腰掛けると、薄っすらとまだしーちゃんの香りが残っており、それだけで俺は胸がドキドキしてきてしまう。


 壁に貼られたポスターのあの美少女が、本当にさっきまでこの部屋に居たんだよな……なんてちょっと客観的に考えるだけで、今更になって中々ヤバイものがあった。


 そうして一人部屋でドキドキしていると、突然スマホの通知音が鳴った。



「うぉっ!?」


 俺はその音にビックリしながらも、慌ててその通知を確認する。


 するとそれは、たった今考えていたしーちゃんからのLimeだった。

 しかもそれは、メッセージではなく画像ファイルであったため、俺は一度ゴクリと唾を飲み込みながらゆっくりとその画像を開いた。



「――やっぱり、メイド服だ」


 そしてその画像を見た俺は、予想通りでありながらも驚きつつもそう一言呟く。


 それは、今日一緒に行ったメイド喫茶で言っていた「本当に?じゃあまた送っちゃおうかな♪」を

 早速実行してくれたもので、再びのメイド服姿のしーちゃんの自撮り画像だった。


 しかし、それだけならば今の俺ならここまで驚いたりはしないだろう。

 じゃあ何故ここまで驚いているのかというと、それはその画像が前回のものとは異なるからに他ならない。



「これは中々、凄いな……」


 俺は画像をまじまじと見つめながら、また独り言を漏らしてしまう。


 何故ならその画像のしーちゃんは、少しメイド服を着崩して着ている事で、バッチリと谷間が写ってしまっているからだ。


 ――これを俺に送って、一体どうしろと……


 俺は歴代でも一番の破壊力を持つその画像を前にドキドキしつつも困惑していると、しーちゃんからLimeが届いた。



『どうかな?昨日今日のお礼も兼ねて、恥ずかしいけど送っちゃった』


 そんな可愛いメッセージに合わせて、恥ずかしがるしおりんスタンプを送ってくるしーちゃん。



 いや、送っちゃったって軽いノリでそんな――。


 俺はそのLimeを前に、ここは言うべきことはしっかり言っておかないとなと気持ちを引き締めながら、真面目にゆっくりと返事を入力する――。






『最高です。家宝が増えました』



 ――よし、送信っと。


 こうしてしっかりとお礼を送り終えた俺は、それからその画像を三回……いや、今回は念のため五回保存しておいたのであった。



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