大西洋、血に染めて

一つのアメリカ、一つの連邦政府、一つの合衆国!

-合衆国連邦政府企画局ポスター-


1940年12月10日、大西洋


両軍の艦隊はゆっくりと近づいていった。

それは剣道やフェンシングの熟練者たちが、互いの動きを掴もうとするのによく似ている。

両軍は艦隊速力の点、航行ルート、そして砲戦への備えから自然、同航戦の形になろうとしている。

合衆国海軍は優れた砲火力を確実性を以って叩き込む為、連合国海軍は14インチ砲弾の有効打を与える為。

両軍の距離が3万と8000kmに入り始めた時、連合国海軍に合衆国海軍からの電文が届いた。


「南部の叛乱者たちに告ぐ、直ちに機関を止めて降伏せよ。

 さすれば合衆国に対する反逆者としてではなく君達を迎え入れる。

 抵抗する者は皆反逆者であるから攻撃する。・・・舐めとんのか」


キンメル提督は呆れた顔をした。

オルデンドルフにしてもこれが降伏勧告というより、手袋だと感じている。


「返信してやれ。《馬鹿め》だ!」

「はぁ?」


伝令が首を傾げた。

キンメルは繰り返し言った。


「馬鹿め、だ。」

「了解!」


連合国海軍からの返信と同時に、エーギル級の18インチ砲弾は唸りを上げた。


「敵艦発砲!」


観測員の声。

艦長のオルデンドルフは些か驚きをもって声を上げた。


「一隻か?」

「はい!<エーギル>のみ!」

「あの距離からアイアンコットンマダム頑丈な綿の貴婦人の装甲を貫通出来ると確信しているとすると・・・最悪ですね」


キンメル提督に振り返って、オルデンドルフは私見を述べた。

提督は事態が更に深刻である事を理解し、いっそ撤退するか?という問いをどう処理するかでいっぱいである。

何故なら海戦における提督の責務とは、突撃するタイミングと撤退するタイミング以外には必要がない。

戦艦の射撃や標的は各艦ないし戦隊指揮官、駆逐隊や水雷戦隊の突入もその戦隊指揮官がする事である。


「単艦の優位性を活かされる前に、敵の護衛を削って駆逐隊を突入させる事に勝機を見出す。

 予定通り、交戦を継続する!駆逐隊の突入は命令あるまで待てだ」


オルデンドルフは納得はした、ここで撤退するなど抜かしたらチェコ人に倣って艦橋から何人か放り捨てるか考えていた。

砲戦屋のオルデンドルフの意見はともかく、キンメルには政治的理由があった。

ここで退却しては海軍の存在意義を問われかねない、連合国海軍が戦艦を有しているだけで奇跡とか言われてきた以上、必要性を示さねばならぬ。

合衆国海軍の初弾は当然外れた、動く船から動く標的に万単位のキロを超えて撃ってるのだからそりゃそうである。

海戦なんか所詮細かなマス目の中にどれだけ玉入れするかにあるから、当然である。

古来から続くこの方式を崩すには魚雷か航空攻撃でも無ければ許されない。

ただ鉄量の投射のみが戦場を支配しているのだ。


「照準よし!」

撃ち方始めシュート!」


交戦開始のゴングを、互いに撃ち鳴らした。

合衆国海軍戦艦部隊の狙いは先頭を征く<インディペンデンス>、理由は簡単、先頭は大抵旗艦だし大物だ。

連合国海軍<アラバマ>と<インディペンデンス>が狙うは敵重巡洋艦と敵コロラド級戦艦、火力を減らしつつ駆逐艦の脅威を削る。

砲数では合衆国が優位だが自動装填と14インチ砲弾という手頃さから、連合国海軍の投射量も悪くない。

命中弾は<アラバマ>のコロラド改級戦艦<ロードアイランド>後部甲板に1発を皮切りに、両軍が感覚を掴んで当て始める。

そして、<エーギル>の射撃が夾叉し出した。

次の修正射は来る、当たる、間違いなく!


「<エーギル>、発砲!」

「今度は当たるぞ!衝撃に備えェ!」


<インディペンデンス>の艦内に緊張感が包む。

<エーギル>の連装18インチ主砲塔は、正確に合衆国製の徹甲弾を<インディペンデンス>の15インチの装甲と10インチの上面装甲、そして17インチの艦橋基部装甲へと飛んでいく。

轟音、爆発、衝撃波。

直撃した徹甲弾の一部が連合国海軍のステンシルを引き裂くように破壊して、戦闘艦橋の特殊ガラスにヒビが入り、艦内に非常灯が点灯する。


「ダメージコントロール!」

「右舷第六デッキ損傷!」

「右舷第三デッキ損傷!」

「艦尾損傷!」

「浸水は確認されず!」


よし、よし、よく出来た海軍軍人セーラーどもめ。

オルデンドルフの心に少しの落ち着きができた、訓練以上にしっかりしてるじゃないか。

大丈夫、大丈夫。

コッチのアテは戦艦だけじゃない・・・・・・・・


同日、連合国海軍バージニア飛行場


ボーファイターシリーズの雷撃機型、トーボーの機内にその魚雷は積み込まれようとしていた。

連合国海軍の採用するトーボーは正確にはトーボー2と呼ぶべき改造がされており、ライセンス生産からかなりの発展を遂げつつも目立たない機体だった。

連合国海軍基地航空隊、第605対艦攻撃隊は初の実戦というのもあって、高揚と不安に包まれていた。

海上迷彩として濃い青と薄い青を二種類混成して迷彩された愛機はしっかりと戦えるだろうか。


そして、その不安の一つは積み込まれている魚雷であった。

それはオキシジェン、すなわち酸素を使う方式で作られた新式魚雷だ。

元々イギリスで原案が出来たのだが、当のイギリスは「危険にすぎる」と開発を止めたが、捨てる神がいれば拾う神もある。

連合国は若干の期待に胸を膨らませてコレを弄り始め、日本海軍のあまり少ない水雷閥の人間が暇してたのもあって試験は案外好調だった。

水雷閥の影響から魚雷関係者を臨時で借りて来るのも成功した連合国海軍は、世界で数少ない無航跡魚雷を手に入れたのである。

ちなみに日本で水雷閥の人間たちが暇していたのは、大戦で潜水艦の狩りにより従来の魚雷戦型駆逐艦より戦時標準船団護衛駆逐艦を必要としたからである。

その結果従来の水雷閥は不必要な癖に過去の栄光で声がでかい厄介者扱いされ出したのだ。

そんな紆余曲折あって出来たのは良いが、この新型魚雷、通称オキシジェン・デストロイヤーであるが、致命的な欠点がある。



高い。

あまりに。

高価。

戦術兵器の弾薬としてこれを問題視したくなる程度に。



魚雷一本家一軒とは上手く評したもので、どうしようもないのだが高価になる。

日本製の血を入れてみたら日本製の悪い癖が残ってしまったのである。

つまり「危険なまでに技術に傾斜し生産性とかより完成度を高めたくなる技術的信奉の表れ」である、悪癖と美徳の発露である。

しかしながら対価として得た力はあまりに強かった。

ドイツ海軍から連れ込んだ標的艦、ド級とはいえ戦艦が航空魚雷数発で沈んだのである。

恐ろしい話だった。


「行ってまいります」


そう告げて去っていく連合国海軍基地航空隊のパイロットたちを、基地要員は深刻な面持ちで見送った。

現場で運用する彼らにとって、魚雷よりも見知った人達が帰ってくる方が心配だったのだ。


一時間28分後、大西洋


大量に主砲塔を積んだ小さな戦艦の如き敵重巡洋艦、アストリア級の射撃をモロに舷側へ食らった駆逐艦<インカスyncas>が機関を吹き飛ばされ炎上しながら落伍する。


「<インカス>被弾!戦列を離れる!」

「怯むなァ!気迫で負けてどうする!撃ち返せェッ!」


連合国海軍のアトランタ級嚮導巡洋艦が連装主砲四基を逐次発射、弾幕を貼る。

アトランタ級は駆逐隊をまとめる水雷戦隊旗艦向けの艦艇で、この状況では合衆国海軍の血に飢えたサメ達の突入妨げる数少ない手段だった。

しかしそれ故に合衆国海軍のアストリア改級重巡洋艦の、もはや設計当初の原型のない8インチ三連装の群れが彼女らを狙う。

飛んできた8インチの豪雨は哀れな<ロズウェル>の艦橋基部に1発飛び込む。

一撃で<ロズウェル>はその指揮管制能力を全て喪失、続く被弾を避けれず<ロズウェル>も海中に没していく。

更に姉妹艦<オーガスタ>も被弾から速力低下、戦隊旗艦を変更するよう麾下の駆逐艦に下命する。

そして、滅多うちにされている<インディペンデンス>も当然ながら被弾により滅茶苦茶になっていた。

第三砲塔は損壊、艦橋に2発食らって被害は甚大、舷側は滅多うちにより優美な曲線が惨い有様、マストも原型がへしゃげていた。

浸水被害が軽微だったのは砲戦の点から、曲射で喫水線下を撃ち抜けて無かったのだ。

無論まぐれ当たりから水中弾効果もあって、完全に浸水してないわけではないが上部構造物が炎上しても黒鉄の城は早々沈まない。


「友軍艦はあと何隻いる!」


被弾の影響で顔が血に塗れながらも、キンメル提督は尋ねた。

オルデンドルフ艦長も右腕に破片が突き刺さっているが、艦橋を離れていない。


「当艦以下残存19隻・・・」

「・・・健闘したな」

「残念ながら、戦機を逸しました。退却しましょう」

「明日の連合国のために、一隻でも多く生き残らせねばならない」


キンメル提督は目を閉じて名残惜しげに言った。

<アラバマ>からの《旗艦は指揮可能なりや》の返答に問題ないと返答しつつ、水雷戦隊に煙幕展張を命じて射界を切らせ、撤退を決断した。

艦隊が完全に壊滅しては、連合国を護る船も人も居なくなってしまう。

しかし合衆国海軍も黙って帰す訳がない、戦闘とは機動戦力を潰す事と拠点を潰す攻略戦の二種類であり、後退する敵を追撃する事が最大の戦果を生む。

そして、そのような状況になると駆逐艦はとても活き活きし始める。

飢えた猟犬のリードは外された。


「敵駆逐隊、突入してくる!」

「敵もどうして動きが早い!残存副砲は撃て!」


砲撃重視型のメイコン級重巡洋艦とアトランタ級嚮導巡洋艦指揮下の駆逐隊が、砲撃を絶やさず叩き込み、噛みつかれないよう固まる。

だがそれは落伍艦を救う術が無い事を意味するのだ。

それに駆逐艦の数が多く、魚雷回避で各艦の防御陣形はぐちゃぐちゃになっている。

避雷した重巡洋艦<ロアノーク>が餌食にされ、報復と言わんばかりにアトランタ級の<サバンナ>が一斉射撃を敵駆逐艦に直撃させて魚雷を爆破させる。

しかしながらそれでも距離を詰めてくる敵戦艦<メイン>が<アラバマ>前部をブチ抜いた。

その時、空から爆音が轟き始めた。


「航空機の機影を確認!友軍機の航空支援です!」

「間に合ったか!」


合衆国海軍が追撃戦で艦隊陣形を乱しており、再編をしつつ距離を詰めている最中だった事が事態の好転を呼んだ。

防空陣形を作る間もなく超低空で侵入するトーボーの群れが、突撃を敢行する。

対空射撃を引き付ける一機がわざと高度を上げ、残る僚機が酸素魚雷オキシジェンデストロイヤーを叩き込む。


「敵戦艦<ニューヨーク>、避雷!」

「敵艦艦列が乱れます、再編する模様」

「<ニューヨーク>、変針・・・いや、回転してます。

 操舵不能の模様!」


突入16機の魚雷攻撃は、戦艦一隻を操舵不能にし、アストリア級重巡洋艦一隻を撃沈し、<エーギル>に2発の避雷を叩き込んだ。

雷撃機の大半が幾つかの弾痕を喰らいながらも離脱し、合衆国海軍は第二次航空攻撃を警戒して追撃戦を縮小せざるを得なかった。

実の所、彼らのリソースも無限ではなく、彼らが一番恐れていたのは自殺攻撃上等で突撃され戦艦が道連れにされる事だった。

何故なら彼らの大西洋の主な仮想敵は、ロイヤルネイビーであって連合国海軍は閉塞状況下にいてくれれば良いのである。

ただこの戦闘は、作戦行動中の戦艦でも安心ならないと言う事を互いに知らしめた戦いとなった。

その結果連合国海軍はこれまでの漸減邀撃構想から、陸上及び海上からの航空兵力を用いて牽制しつつ、高速戦艦を有する機動部隊で大西洋シーレーンに妨害を仕掛けて敵戦力を誘引するという戦い方を採用。

負けない戦いを徹底していく事を採択した。

なお、合衆国海軍は状況判断に於いてこれ以上の作戦継続は不可能と判断し、事実上カルネアデス計画は中止となった。

この結果、合衆国軍は予想されうる膨大な戦死者の点から避けたかった全面侵攻案を採用。

対日米連一撃講和論をかなぐり捨てて正面からの地上戦を決断した。


1940年12月13日午前3時15分、バージニア州軍事境界線


有線式の野戦電話の受話器を下ろし、その大尉はオリーブドラブの新式軍服に擬装の草木を付けた網からゆっくりと出た。

すると、森林の中から突如何人もの同じ装備をした合衆国特殊部隊の隊員が現れる。


We're on time. 時間だ。

 It's Show Time.状況開始。


隠匿された砲兵陣地から撃ち出される大量の砲弾と、空を切り裂いて突撃する試作V-1誘導弾が幾本も赤い流星となる。

しかし合衆国国歌にもあるロケットの赤き閃光を、今度使っているのは合衆国だ。

長距離偵察隊の潜入から特定したレーダーサイト、変電所、発電所、空港、鉄道線路、交通結節点に降り注ぐV-1が徹底的に連合国の目と耳と足を破壊する。

同時に国境陣地を襲う猛砲撃が火線を延伸、後方段列へ伸びていく。

155mmと105mmが徹底的に弾雨で陣地を破壊すると、M3グリースガンとBARそして火炎放射器を装備した突撃隊がハーフトラックとシャーマン戦車を伴って前進。

苛烈に闘う抵抗拠点を迂回して後方へ浸透する事を考える彼らは開戦数時間で最深部四十キロまで進出していく。

この突出する敵先遣部隊撃滅を企図し、スタンレイ戦闘団に出撃が命ぜられた。




連合国郵便局、配送物の中。


"愛する私の妻と、娘へ。


これは私が何故此処で戦うのか、何故戦う事を決めたかを覚えて欲しいから残したものです。

そして何故私が、過去を語らなかったかを伝える物です。

私には兄弟がいました、1910年に入った頃の話です。

私はその頃、神学校の生徒で、私の家はその頃はジョージア州で小さな牧場をしていました。

兄は家族と共に育った愛犬、タンを連れて遊んでいる中、事故から彼の右腕を大きく噛みました。

私はその頃まだ小さく、突然の出来事に大声をあげて父を呼ぶしか出来ず、父は、狩猟用の鳥打ち銃でタンを撃ち殺した。

兄の腕はひどく傷跡が残り、何年もリハビリを必要にしましたが、私も兄もタンを撃ち殺すまではやり過ぎじゃないかと思っていたので、ある日の夕食に際して、父にその件を聞いてみました。

父は寡黙で口数が少ない人でしたが、酷く悲しげに言いました。

「一度悪い犬になった物は、もう戻らないんだよ」

父はタンを家族で1番愛していた、ですが父は家族全員を愛していたから、撃った。

多分それが、父がバージニア方面軍の一員としてリー将軍達と共に戦った理由なんだと思います。

合衆国は既に悪い犬になってしまい、愛故に撃たねばならないと考えたのでしょう。


ですが先の大戦の余波は、父を変えてしまいました。

銀行は問答無用で父の牧場を含む土地を奪って、工場を作る土地にしたのです。

耐え難い屈辱でした。

私が最後に父を見た姿は、書斎で父の足が揺れているのを、見た時でした。


私は神学校を中退し、牧師にも神父にもなれないまま拡大する軍隊に、逃げる様に参加しました。

私が工場関連の打ち合わせに参加したりしていたのは、私の復讐だった。

その頃の私は、急進的無政府主義者にでも情報を集めて、地上から消し去ろうと本気で企んでました。

この連合国は嘘と矛盾と対立を抱えている、それは今も変わりません。


アメリカ連合国が最良の選択肢であるなどと心から認めたくありません。

これが一番良い未来なんて全く思いません。

ですが、これが私の、愛する人たちの選択肢で唯一の物なのは誰の目にとっても事実です。

だから私は、貴方達がより良い選択肢を、明日思いつけるかもしれないから、その明日を守るために戦うのです。

北の資本家の工場に搾り取られないように、私の父と祖父達が銃を取ったように。

私と、私の部下達は叛逆者として北進し、英雄と裏切り者双方の呼び方をされながら戦い、コットンと共にみんなで王様になって帰ります。


私はアメリカ連合国を微塵も愛していませんが、貴方達の未来のため、此処で戦います。

自由な憲法の下の市民として、暮らせるように。"



署名:ジョセフ・スタンレイ




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