A Call to Quantrill
奴隷制問題にどう立ち向かうかは、人間性を裏切るのか、政府を裏切るのか、どちらかを選択するということだ。
合衆国憲法を文字通りに順守するとすれば、奴隷解放運動は必然的に反政府運動になっていく。
-ジョン・ブラウン・ジュニア-
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1940年1月10日、メーコン連合国陸軍大駐屯地
スタンレイは復帰早々挨拶回りなどをこなし、ため息をついてようやく午後に休憩を取れた。
昼食を食堂で取る気は今はなかった、連合国軍は五軍--陸海空に海兵隊と州防衛軍--全てで士官食堂なんてものはなく、兵卒や士官達も共に同じ食事を食べる。
彼は自己を過大評価することを早々しないが、これは明らかに過大評価と自分で思えなかった、自分のことを知っている連中が揉みくちゃにされたくなかったのだ。
そして、その休憩もすぐに終わった。
部屋に入ってきた紅茶の匂いを漂わせて現れた長いロングヘアーの金髪をした、イギリス英語の女性将校によって。
「どうも、お食事終わりましたか?」
「・・・あぁ」
彼女は新編された502戦闘団にやってきた交換将校で、昨今独身女子まで動員しろと徴兵法を再施行したイギリス軍の人間だ。
大英帝国の徴兵法の広域さは、イギリスの軍事的危うさから齎されたある種の発作であった。
何故なら先の大戦で貴族達を大きく失い国家的にも大きく傷ついた彼らは、未だに再軍備が遅れていたのだ。
経済的にも軍備の金が回せるわけでもないので、陸軍兵力の点で言うと効率化を進める点では日本や連合国に劣っている。
連合国陸軍は腐っても陸続きに敵がいる国の陸軍であったし、日本軍もそうだった。
更に言えば常在戦場の連合国などと違い危機感の点でイギリスは支持を得られず、国民にとって戦争の危機とは薄いのもあった。
最近になってようやく戦争の脅威を認識したのもあって徴兵の支持は得られたが、装備の更新となると海軍の件もあって予算が取れなかったのもある。
「終わったら閲兵です、よろしいですかね?」
重い腰を上げて閲兵に赴く、少し見ない間に軍隊は随分様変わりしていた。
T-40
戦車もボーレガードM1A3に改良され、L11/39の様な見た目だったのが、砲塔は短砲身榴弾砲型と合わせて大型化しより箱型砲塔になっている、まるでテトラークの砲塔をサイズを上げたようだ。
39年度採用のM3中戦車<リー>もチャーチル重戦車がコンパクトになった様な見た目で、その76mmの砲身を鈍く煌かせている。
見慣れぬ真新しさ、新品の戦車に少し高揚しつつ手を触れて、砲塔を見上げた。
「随分変わったな」
「日ソ衝突の資料やポーランド軍の資料がしばしば来るので、それを基に改造しています」
「傾斜装甲とかかね?それに、全車に大型無線が積んでいるようだね。
よくもまあ揃えられたものだ」
「一応国産ですからね、単価は抑えてます。
砲身は依頼したイギリス製のロイヤルオードナンスの17ポンドです」
アイカ副官は皮肉屋な笑みで言う。
「ロイヤルオードナンスの人間が面食らってましたよ、彼らも砲架とか一から設計するの間に合わなかったそうですから」
「なんでまたきみがそんな事を・・・あぁ無理はないか」
スタンレイは彼女がイギリス人なのを思い出した。
アイカ副官はなんともどうでも良さげに「信じてませんが、曰く七王国とアーサー王物語の時代からあると実家は主張してます、本当か知りませんがね」と述べた。
無論、それはあまり関係ない事だ。
青い血だろうと、撃たれればみんな泥で腐って惨めにその屍を晒す事を、イギリスも連合国も知っている。
イギリスはズールー戦争で、連合国は生まれた時からそうだった。
「ところで聞いて良いかね。戦車兵?」
スタンレイは、ある小隊車両のボーレガードAVRE--ドーザーブレードと短砲身榴弾砲のついた工兵戦車--の前に立って、尋ねた。
尋ねられた若い戦車兵、二モー・ダンは悪戯がバレた子供のように、視線をそっと逸らした。
彼のボーレガードAVREの砲塔側面には、デフォルメされたミナツキが白い羽根と共に描かれ、イラスト上には"|Angel Save Too My Duty《天使を守る事こそ我が名誉》"と書かれていた。
スタンレイが彼の肩を強く握り締め、言う。
「良い度胸してるな、だがそれは私の特権だ。
お前はお前の天使見つけろ」
二モー・ダンは少し萎縮したように返答した。
「ラジャラジャ・・・、アイカ大尉にしておきます」
「そうじゃないだろバカ」
後ろで爆笑するアイカ副官の声を聞きながら、スタンレイはこのバカどもをどうにかするのかと天を仰ぎたくなった。
三日後、二モーは今度はアイカ大尉のステンシルを描いたがヌードは不味いとして、小隊長に拳骨を叩き込まれた。
"二年後。彼らの三分の二はもう二度と会えなくなりました。"
-二モー・ダン著作、"若き502隊員の記録"-
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1940年3月18日、アトランタ司令部
ジョージ・S・パットン元帥は攻撃精神と敢闘精神の塊のような男である。
自他ともに認める戦争機械であり、良い軍人でありすぎた為に家庭を顧みなかったとも思っている。
そして、自分をハンニバルの生まれ変わりだと思い込み、北欧神話を信じて転生も信じている。
ここまで述べれば狂人だが天才と狂人の違いなど微々たるものでしかない。
そんな彼だが、現実は正確に認識できている。
「指揮通信車両が作れたら苦労しねぇんだよんなことわかってんだぁーい」
そもそも統合された司令部が存在してて正規軍も企業も存在してるだけ奇跡だろバカヤロー。
独立時点で、少なくとも前者二つは存在してなかったんだぞ。
あるだけ感謝しやがれ。
スタンレイがケープカナベラル大演習場、実際は大軍産複合のコンプレックスと演習場と試験場を兼ねた莫大な政府公用地で行った演習の資料を読んだパットンはそう呟いた。
「両方作る金と工場と会社の余裕が欲しいよ、全く」
うちはヤンキードゥードゥルの連中ほど金遣い荒く出来ないんだから全く。
パットン元帥の現実主義的愚痴は、ある意味アメリカ連合国のあるようでない危機感が浮かんでいた。
つまり、戦時下があまりに身近で、すぐ隣の隣人である戦争に特に気が向かなくなる。
異常な環境に、慣れていくのだ。
カナダはこの頃、参謀本部にアンドリュー・マクノートン大佐が就任し本格化しつつある合衆国軍来寇の可能性を、本気で考え出していたのとは対照的だった。
彼らからすれば合衆国と連合国の対立は関係ない争いでしかない、カナダと合衆国との間の武力衝突など、1812年きりだ。
そう考えて生きていた。
「失礼します。」
パットンの部屋に、
彼は天才的言語力を備わった天性の暗号解読者で、3ヶ月で日本語を理解してサンスクリット語まで話す男である。
彼のような優秀な情報員は、連合国の数少ない列強諸国と張り合える点であった。
こう言う天才は、接した脅威である対合衆国諜報活動に充てられている。
そんな彼が、直接ここに来るのは異例だった。
「何か変化があったんだな」
ガードナーは淡々とした顔で言った。
「えぇ、二つのことが判明しました」
「二つか」
パットンは少し目元を抑えた、あまり良い話じゃないだろう。
ガードナーは特にそれを気にする事もせず、説明を開始した。
「まず一つ。
"北"は本気で戦争をするつもりです、先日までの3ヶ月間で此方の諜報員12名が消息を途絶しました。
そのためエージェントを休眠させる必要が出たため我々の諜報効率は大幅に低下します」
「・・・まずいなそれは、偵察の眼を積んできたか」
睨み合う陣地の間の前哨や偵察を潰すのは野戦指揮官が何度もする行為だが、大規模にやる場合それは攻勢の前兆だ。
「二つ目ですが、これは正確には外事課の案件ですが関わる為報告します」
「ん?」
「・・・ナチスも本当に戦争をする気です。」
つまりイギリスは本格支援を派遣し得ない。
日本は遥かに遠き大陸の向こうにようやく要塞があり、その本土は地球のほぼ裏だ。
支援は即座に来ない。
我が連合国は。
世界にただ孤独で戦う事になるのだ。
「クソッタレ」
パットンは悪魔の高笑いを感じた。
ジョン・ブラウンとエイブラハム・リンカーンと結託して地獄で高笑いしているだろう存在を。
天国のゼネラル・リーがまたボヤいてるに違いあるまい。
1776年、合衆国はフランスの支援を受けて独立した。
1860年代、我々の独立は英仏の支援を受けていた。
今の我々には即座に支援してくれる勢力は存在しない。
我々は、我々は、この世界にただ一国、自己の力を以てその独立を守らねばならなくなった。
我々にはそれが、出来るのだろうか。
出来なくてもやるしかないのだが。
ー
1940年4月2日、大日本帝国同盟国ハワイ王国ハワイ鎮守府
ハワイ鎮守府の歴史は日本の開国以来の政策と日英同盟の影響によって紡がれた歴史である。
そこにハワイ人の立ち入る所は無く、彼らの意志は問われなかった。
日本は彼らに要求したのは"黙って土地を渡す事"であり、極論すればハワイ人の独立など預かり知らん話である。
彼らは土地しか見ていないし、見るつもりなどなかった、何故ならそんな植民地を作る理由も利益もないのだ。
大多数の日系人たちや中国系が入り混じるこの島に、ハワイ人の物は最近まで殆どなかった。
とはいえ流石に経済的な足枷で苦しいと言うのもあり、日本はイギリスに倣って独立させる事にした。
台湾・朝鮮・ハワイ独立準備政府は、案外すんなりと受け入れられた。
お手前であっても、それは自主独立の道への一歩である。
過激派の排日運動が萎んで憲兵と陸軍の治安出兵がとんと起こらなくなった為、島の雰囲気は明るくなった。
そんな島に、一艘の内火艇が着岸した。
「ようこそハワイ鎮守府へ」
副司令の河合明海軍少将が敬礼し、その新しき鎮守府司令を出迎えた。
南雲中将は思ったより熱いなと言いながら、出迎えのくろがね四起に乗り込む。
最近は車両関連は陸海軍で統合され効率化と生産容易化を図っている都合である。
「これが噂に聞くハワイ鎮守府、オアフ大要塞か」
南雲は仕事の事を少し忘れて、目に見える軍事施設の群れに驚いた。
横須賀や呉にも負けない軍港設備に山をくり抜いた様な要塞、帝都の護りもここまで金城鉄壁と言えんなと思える。
「国費を傾かせて作った大要塞ですよ、陸さんなんて40サンチ列車砲なんて持ち込みましたからねぇ」
「戦艦が居座ってるのと変わらんな」
「お陰で国鉄の人間に頭下げて保線してもらう事になりましたよ、私らは鉄路なーんも分かりませんからね」
河合副司令はハッハッハッと笑って、街並みを指さす。
のどかだがしっかりと発展している、最近は開発が進んでいるらしいが、北海道や東北とはえらい違いだ。
オアフ大要塞のトンネルに入り、無機質なコンクリートの景色を抜けて煉瓦造りの鎮守府庁舎に入る。
鎮守府とは言うが、司令部庁舎は陸海軍どちらも同じ施設にある。
理由は用地の限界である、一々分けるな馬鹿らしいと政界の惑星こと宇垣に言われてお流れになった。
「ようこそ。ハワイ方面軍司令の林田です」
陸軍軍人が挨拶に待ってるのも不可思議な話だよなあと思いながら、南雲はこれからの自分の職場に入る事にした。
やるべきことは山積みだ、自分が来た理由は簡単で、シーレーンの防護とここを安定的に守ることだ。
我が国は、いつまでもここに長門型戦艦達を遊ばせていられる様な金満家ではない。
それ故に近海防衛に立ち返って、水雷戦の男である南雲が来たのだ。
「おや、林田少将。
見かけない軍服の者達がいるが、陸軍のかな」
庁舎内に入った際、見かけぬ薄橙色の軍服を着ている者達が目についた南雲は尋ねた。
林田少将は少し驚いたが、すぐに納得して言った。
「あぁ、ハワイ独立準備政府の軍の人です。将来の国軍ですね」
南雲は納得し、たしかにいつか我々が去る時引き継ぐのだから、ここに居るのも道理だなと思った。
「なるほど、佐世保でも大韓帝国海軍の人間が練兵で来ていたよ」
「彼ら海軍を持つんですか?私が陸の人間なのもありますが、あそここそ陸戦第一かと思いますが」
「半島だから沿岸を自由に制することが出来れば、より行動の自由を得られると言う理由だそうだ」
「苦労してるんですね、どこも」
林田少将は何処もそう言うものかと思いながら、指揮所に入る。
映画館の様な構造で、立体的なハワイ地形図に小さな豆電球が立っている。
これで色々な現在地を視覚的に表すというわけだ。
こうした設備はここ数年で増設され、幾度も検証されて改善されている、ここは要するに実験場なのだ。
「さて、では現状を確認するか」
ー
ハワイ方面戦闘序列
ハワイ方面司令部
-ハワイ方面艦隊(旗艦<陸奥>以下戦艦2隻を有する砲打撃重視の艦隊)
-ハワイ方面基地航空隊(陸攻中心の対艦飛行隊三個、飛行艇一個)
-陸軍ハワイ航空団(二式複座戦闘機飛行隊一個、一式戦二個、九九式双軽一個、軍偵及び司令部偵察機中隊一個)
陸軍ハワイ方面軍
-ハワイ要塞(一部沿岸砲は海軍備砲を転用した為砲員出向)
--ハワイ要塞隷下列車砲運用鉄道工兵隊(試製四十一糎榴弾砲装備)
-陸軍第十四師団
-独立戦車第六旅団
-独立混成68旅団
補記:
陸軍部隊は通常より砲火力の増強及び機関短銃を優先配給を受けている。
理由としては「島内近接戦を想定」、すなわち現地人の組織的大反乱などに対しての警戒も含む。
また、陸海軍ともに大規模戦闘3回の規定数弾薬燃料食糧を常に維持するべしとの厳命あり。
ー
1940年6月20日、ベルリン、RSHA本部
ラインハルト・ハイドリヒはその日が近づいている事を考え、少し自身の執務室で物思いをしていた。
レコードから流れる歌劇リエンツィの曲が、彼の思考を手助けしていた。
彼の仕事、すなわち親衛隊諜報部は何のことはない、ヒトラーが推理小説読んで作られたそう言う組織だ。
本質的には
だがハイドリヒはその仕事がどの様になるのか、いまいち自分自身でもよく分からなかった。
在ベルギーのドイツ大使館に拳銃弾を撃ち込んで盛大に脅迫、ベルギー政権を覆してみせた。
さらにオランダ国家社会主義運動(NSB)のアントン・ミュッセルトを支援してコレイン首相を辞職に追い込んだ手際も彼である。
無論そんな事をしたのでフランスが盛大に憤激したが、今まで売国的行為しかしてないフランス共産党が猛抗議して誰が聞くのだ?
そもそも、フランス陸軍が戦車などを拡充してないのは共産党のマティニョン協定や軍隊への戦車拡充反対論などの行為の結果である。
おかげで、ナシオン・フランセーズと火の十字団なんか拡大ストレーザ戦線、鋼鉄条約加盟を要求してもう滅茶苦茶だ。
少なくとも、ドイツの敵として立ち塞がれなくなった。
だが。
ヴァルター・シェレンベルクへの電話を握りながら、ハイドリヒは口元を歪ませて思った。
あのバハリアのクソ伍長と、東部ドイツ領以外も国を好き勝手に動かす権利があると信じてるユンカーの馬鹿どもは上手くやれるのだろうか?
ハイドリヒには、ナチズムもドイツも、全て他人事の様に感じれるのだった。
「シェレンベルク。"赤髭"は予定通り。
"缶詰"を開封しろ」
《了解。全て、予定通り行う。》
缶詰とは親衛隊諜報部の暗号で死体の事である。
明日の朝、フェルキッシャー・ベオバハダーとヒトラー総統は予定通りニュースを載せるだろう。
全て計画通りだ。
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