お姉ちゃんとお好み焼き

第23話 ジャッジする以前の問題

「・・・まりちゃん!焦げてるよ!!」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 みやび姉ちゃんが絶叫したから手毬てまり姉ちゃんは大慌てで蓋を外したけど、煙がパアッと舞い上がり、同時に焦げ臭い匂いが立ち込めた。

 おいおいー、これで何枚目だあ?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 早晩山いつかやま先生は菊枝垂きくしだれさんと手毬てまり姉ちゃんのソフトボール対決(?)が終わると、ササッとばかりに帰って行った。帰る前に全員を見渡してニコッと微笑んだかと思ったら、「自主練習でいいわよー」と右手を軽く上げたから僕は唖然としてしまったけど、よーく考えたら、手毬姉ちゃんに対して「お好み焼きの練習をしてもいいよ」と間接的に言ってるのだと思って納得した。

 大芝山おおしばやま先輩は『ハッ!』という表情をしたかと思ったら一目散に手毬姉ちゃんのところへ駆け寄って

「今の今だけは先輩ヅラさせてもらうけど、絶対に勝ちなさーい!」

「へっ?」

「あんたさあ、1年生を獲得するチャンスよ!ぜったーいに勝ちなさーい!」

 大芝山先輩は手毬姉ちゃんのジャージの襟を掴んで、それこそ手毬姉ちゃんに唾がかかるくらいに絶叫しているから、手毬姉ちゃんは明らかに迷惑顔だあ!

「ちょ、ちょっと待ってください!私にお好み焼き対決をやれって、先輩まで本気で言ってるんですかあ?」

「当たり前です!理由は分からないけど、これは千載一遇のチャンスよ!」

「でもー、私、お好み焼きなんて焼いた事がないよー」

「まじ!?お好み焼き屋のお嬢さんだというのはソフトボール部の人はみーんな知ってるわよ!?」

「私は全然ダメなのー」

「わたしは雅さんが焼いたお好み焼きをお店で食べた事があるわよ!さっき言ってた『徒名草あだなぐさ』のお好み焼きも食べた事があるけど、絶対に勝てる!大丈夫!!」

「お好み焼き屋の娘イコールお好み焼きの天才、と決めつけないでください!ホットケーキなら焼いた事があるけど、お好み焼きはホントのホントでやった事が無いんですー」

「嘘でしょ!?」

「嘘だと思うなら雅お姉ちゃんに聞いて下さいよお」

 大芝山先輩は手毬姉ちゃんの襟を掴んだまま、顔を雅姉ちゃんの方に向けたけど、雅姉ちゃんは「はーー」とため息をついた後、ゆっくりだけど首を縦に振った。

 そのまま大芝山先輩は手毬姉ちゃんの方を向き直ると、顔を目一杯近づけて、こう絶叫した。


「今日と明日は練習に来なくていいから、土曜日までの3日間、お好み焼きを焼きまくれ!これは部長命令よ!!異議は認めませーん!!!」


 で、どうなったかというと・・・


 手毬姉ちゃんはそのまま帰った・・・雅姉ちゃんも手毬姉ちゃんと一緒に帰って、手取り足取りお好み焼きの焼き方を教え込もうと頑張ってるけど・・・


 生焼きか焦がすかの、どちらかしか出来ないのは勘弁して下さーい!!!!


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 カウンター席には僕と普賢象ふげんぞう先輩が並んで座ってるけど、僕は着替えてるけど普賢象先輩は下校途中の形だから制服のままだ。

「・・・ホントにすみません、わたしもまさか『お好み焼き対決』をやる事になるとは夢にも思ってませんでしたから」

「それは僕も同じですー」

「早晩山先生って、ああいうタイプなんですかねえ」

「それについてのコメントは控えさせて欲しいんだけどー」

「まあ、当たり前よね。4月に来たばかりの先生のコメントを突羽根つくばね君に求めるのは酷ね。発言を撤回します」

 普賢象先輩は申し訳なさそうに言って軽く頭を下げたけど、本当の事を言えば僕はコメント出来るんだけど、、とでも言っておきます、はい。

 他のお客さんの注文は雅姉ちゃんが焼いてるけど、その横で手毬姉ちゃんは半分泣きべそをかきながら頑張ってる。でも、全然上達してるように見えないから、僕だけでなく雅姉ちゃんも母さんも、それに普賢象先輩もため息しか出ない。

「・・・そう言えば、さっき早晩山先生が『再従姉はこと』って言ってましたけど、それって本当ですか?」

 僕は思い出したように普賢象先輩に質問したけど、普賢象先輩は「はーー」とため息をしながら首を縦に振った。

「・・・朱雀すざくちゃんとの約束で黙ってるつもりだったけど、早晩山先生が喋っちゃったから認めざるを得ないですね」

「あのー、こういう質問をすると失礼かもしれませんけど、中学の時と苗字が変わってるんですよね」

「それは突羽根君たちも気付いてると思います。わたしも否定しませんから」

「もし良ければ、その理由を聞かせてもらえませんかねえ」

「そ、それは・・・」

 普賢象先輩は言葉を詰まらせた。僕はこの瞬間、言いたくない事なのだと自分なりに理解して引き下がることにした。

 でも、普賢象先輩は「はーー」とため息をつくと顔を上げた。

「・・・まあ、早晩山先生が研究会の名前を出した形になったからハッキリ言いますけど、朱雀ちゃんの両親は3月で離婚が成立したのよねー」

「「「・・・・・」」」

「一言で言えば、父親が別に女を作って離婚した形なんだけど、親権は母親が持ったから、父親の姓である大和錦やまとにしきから母親の旧姓の菊枝垂に変わった。その母親の実家が、白妙しろたえ町にある人気のお好み焼き屋『徒名草あだなぐさ』で、元々後継ぎがいない形だったから、朱雀ちゃんが3代目というのは、そういう理由なの」

「そうだったんですか・・・」

「雅さんが言ってる『B級グルメ愛好会』というのは、簡単に言えば浜砂のお好み焼きのというお店の子が集まって作った自主サークルだけど、学校にサークル申請してない。『B級グルメ研究会』というのは、簡単に言えば浜砂のお好み焼きをという考えの人が集まって作った自主サークルで、これは学校に申請を上げてるけど、同好会基準を満たしてないから自主サークルになってるのは、昨日の合同説明会でも言ってるから突羽根君も知ってるよね」

「それは知ってます。僕も雅姉ちゃんから『B級グルメ研究会』の話は聞いた事がありましたから。もっとも、愛好会は昨日になって初めて知ったと言っておきます」

「愛好会と研究会が仲違いしてる訳じゃあないし、わたしと雅さんの仲が悪い訳でもない。ただ『浜砂祭り』もそうだけど、伝統を守って行こうという考えと、伝統を守りつつ時代に合わせて変えるべきだという考えがあるのは、どの地域の、どの文化でも同じ葛藤を抱えてるのは突羽根君も知ってるんじゃあないかなあ」

「僕も浜砂祭りの件は、ニュースとかでも取り上げれらた事があるから知ってますよ」

「朱雀ちゃんのお爺ちゃんと話せば分かるけど、結構面白い人で、それでいて型にはまらない人というか、とにかく常識にこだわらない人だから、お客さんの意見を取り入れて新メニューを出すとか全国の料理や食材を取り入れたお好み焼きに常にチャレンジしているような人だからね。もちろん、失敗作もあればレギュラー化した物もあるけど、リクエストすれば出してくれるわよ。納豆とかキムチのような物なら家の方の冷蔵庫にあるから作ってくれるけど、さすがにタラバガニとか毛ガニは無理だけど冷凍庫に偶然あるとか缶詰を持ってるとかなら作ってくれるし、中にはお客さんが「金と材料は出すから焼いてくれ」とか言ってくる時があるわよ」

「へえー」

「わたしが一番驚いたのは、ニンニクたっぷりのお好み焼きよ」

「それって、匂いが強烈じゃあないですかあ?」

「その通り。裏メニューとしてあるけど、金を出せば無制限に増やせるわよ」

「マジですかあ!?」

「だけどさあ、普通に考えたらニンニクを3個も4個も摺り下ろしてお好み焼きに入れたら、餃子ギョウザより強烈よ」

「でしょうね。僕も食べたいとは思いませーん」

「でしょ?だけど、朱雀ちゃんのお爺ちゃんは、そういうタブーというか常識では考えられない物を浜砂のお好み焼きに取り入れる事を躊躇わないし、店の客もそれを支持する。伝統を守りたい人から見たら異端児でしょうけど、見る人から見たら英雄よ」

「たしかにそうですね」

「『徒名草あだなぐさ』は自分で焼く事も出来るし、お店の方で焼いてもいい。殆どの人は自分で焼くけど、常連客は朱雀ちゃんのお爺ちゃんに焼いてもらった物を食べてる。わたしは自分で焼く派だし、朱雀ちゃんも自分で焼く派だから、3代目として母親の実家に行った以上、相当な覚悟を持って勝負に挑んでくる筈よ」

「でしょうね」

「わたしも朱雀ちゃんが何で勝負するか全く見当がつかないけど、早晩山先生が審判として指名したからには公平にジャッジするのは約束するけど・・・」

「今の手毬姉ちゃんが相手だったら、ジャッジする以前の問題ですよねえ」

「そうよねー」

 そう言うと僕も普賢象先輩とタイミングを合わせたかのように「はあああーーー」と長ーいため息をついたけど、カウンターの向こうでは、手毬姉ちゃんが今回も失敗作を作り上げて「あああああああああああああ!」と絶叫していたのは言うまでもなかった・・・

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