第21話 異議は認めない!

 手毬てまり姉ちゃんは2球目の投球モーションに入った。菊枝垂きくしだれさんもバットを握る手に力を込めたのが僕の目に分かった位だ。


”バシッ”


 2球目も青葉あおばさんのキャッチャーミットに吸い込まれた!今回も青葉さんはミットを動かす事なくキャッチしたけど、1球目と違うところは菊枝垂さんのバットが豪快に空を切った事だ!!


「・・・あーあ、見てらんねえなあ」

 アーリーがボヤいたけど、それは僕も同感だった。

「・・・完全に振り遅れだね」

「それは違う!」

「どういう事?」

「あくまで俺の推測だけど、菊枝垂さんの頭の中では完璧に捉えたスイングだったはずだ。恐らく満塁ホームランをかっ飛ばす位にバットを振ったけど、体の方がついてこなかったのさ」

「ナルホド・・・」

「今朝の話が本当で、さっきの話も本当だったとしたら、半年以上もバットを振ってない事になる。つまり筋力が去年の夏から見たら相当弱っているけど、頭の中は去年の夏のままだから、あんな振り方だったら俺でも出来そうな程だ」

「たしかに。僕よりは振れてるだろうけど、あれでは手毬姉ちゃんのストレートに力負けする」

「小細工は一切必要ない。3球ストレートでも手毬さんの勝ちだ!」

「僕もそう思う」

 僕もアーリーも黙って菊枝垂さんを見てるけど、僕の横ではみやび姉ちゃんと普賢象ふげんぞう先輩も固唾かたずを飲んで勝負の行方を見守っている。


 青葉さんは立ち上がると手毬姉ちゃんに返球したけど、再び座ってサインを出す事なくド真ん中に構えた!アーリーの予想通り手毬姉ちゃんはド真ん中にストレートを投げる気だ!

 手毬姉ちゃんが3球目の投球モーションに入り、再び菊枝垂さんは両手に力を込めた!

 その手毬姉ちゃんの右手から球が放たれた時、菊枝垂さんのバットを持つ両腕が動き出した!!


”バシッ”


 3球目も青葉さんのキャッチャーミットに吸い込まれた!

 今回も青葉さんはキャッチャーミットを動かす事なく球はミットに吸い込まれたが、菊枝垂さんは両手に持ったバットを振ったけど、掠った音すら聞こえる事なく、無情にもキャッチャーミットに吸い込まれた。


 菊枝垂さんは勢いで体をバッターボックスで半回転させていたけど、自分のバットが空を切った事が分かったのか、空振りした姿勢のまま動こうともしなかった。両肩が微かに動いてるようにも見えるのは僕の錯覚か?


 でも・・・何故か早晩山いつかやま先生は右手を上げない!


「三塁走者ランナー!」


 いきなり早晩山先生はマスクを外すと、右手の人差し指を三塁のベース上に立っていた紅華こうかさんに突き付けた!

「ソフトボールでは野球と違って、ピッチャーが球を手から放すまではベースを離れてはいけないというルールがあるのを知ってるか、知らないのか、それを答えろ!」

 早晩山先生は顔を真っ赤にして紅華さんに怒鳴ったから、紅華さんは『ビクン!』となって背筋を真っ直ぐに伸ばし、真っ直ぐ早晩山先生の方を向きながら

「知ってます!」

「なら、審判として三塁走者ランナーに聞く!ピッチャーが球を放す前にベースから離れたどうなるか、答えろ!」

「アウトになります!」

「では、ここからはソフトボール部の顧問として質問する!お前はピッチャーが球を放す前にベースから離れた!これによって入団テストの条件が崩れた!この責任をどう取るつもりだ!」

「ちょ、ちょっと待ってください先生!わたしは離れていな・・・」

「異議は認めない!試合中に判定に抗議する権利は監督にあり選手にはない!この場合、審判イコール監督だから、異議は認められない!この解釈が間違っていると思うなら、その理由を述べよ!」

 早晩山先生は顔を真っ赤にしたまま紅華さんに怒鳴っているから、完全に紅華さんは困惑している。そんな紅華さんの肩を姉である大芝山先輩がポンポンと叩いてなだめ、何事かささやいたから、紅華さんは「失礼しました!」と深々と頭を下げた。

 早晩山先生は『ウンウン』と頷くと今度は手毬姉ちゃんと菊枝垂さんを交互に見たが、菊枝垂さんはバットを両手に持ったまま、ジッと早晩山先生を見ていた。この時の早晩山先生は顔を赤くしておらず、どちらかと言えばクールな目で二人を見ていた。

「・・・本来なら三振プラス走者アウトで攻撃終了だが、これは入部テストである!よって、今の3球目は無効とし1アウト満塁、ノーボール2ストライクで再開する!もう一度言っておくが、これは入部テストである!テストの条件を変える事は認められない!!」

 早晩山先生はこう宣言するとマスクを被った。手毬姉ちゃんは右手を軽く上げて了承した旨を伝えたが、菊枝垂さんは頭を深々と下げた後、再び左バッターボックスでバットを構えた。

 4球目、いや、やり直しの3球目も青葉さんはサインを出してない!再びド真ん中に構えた!手毬姉ちゃんはやり直しの3球目の投球動作に入り、菊枝垂さんも再び両手に力を込めた。

 

 その手毬姉ちゃんの右手から球が放たれた時、菊枝垂さんのバットを持つ両腕が動き出した!!


”バシッ”


 やり直しの3球目も青葉さんのキャッチャーミットに吸い込まれた!

 だが、今度も早晩山先生の右手は上がらない!


「打撃妨害!よって、今の投球は無効とする!」


 早晩山先生は再び投球無効の宣言をしたけど、青葉さんも手毬姉ちゃんも抗議しなかった。いや、菊枝垂さんのバットは今回も豪快に空を切ったのだが、僕の目から見てもミットに触れていない。だけど、早晩山先生は『打撃妨害』を宣告しただけでなく、投球そのものを無効にしたのだ!

 5球目、いや、やり直しの3球目も青葉さんはサインを出してない!再びド真ん中に構えた!手毬姉ちゃんはやり直しの3球目の投球動作に入り、菊枝垂さんも再び両手に力を込めた。

 

 その手毬姉ちゃんの右手から球が放たれた時、菊枝垂さんのバットを持つ両腕が動き出した!!


”キーン”


 初めてバットに球が掠った音がしたけど、打球は弱々しく3塁側のラインの外側を転がっている。誰の目にもファールだから大芝山先輩が軽くボールを捌くと、それを手毬姉ちゃんに返した。


 4球目、実質6球目も青葉さんはサインを出さずド真ん中に構えた!手毬姉ちゃんは4球目の投球動作に入り、菊枝垂さんも再び両手に力を込めた。

 

 その手毬姉ちゃんの右手から球が放たれた時、菊枝垂さんのバットを持つ両腕が動き出した!!


”キーン”


 再びバットに球が擦った音がしたけど、今度は無情にも前に転がった!でもボテボテのゴロだ。

 3人の走者も一斉に走り出し、菊枝垂さんも懸命に走り出したけど、素早く青葉さんが立ち上がって球を掴むと、自分でホームベースを踏んだ。満塁なのだからランナーにタッチしなくてもいいのは僕でも分かる。

 菊枝垂さんは大粒の涙を流しながら全力で一塁ベース、正しくはセーフティベースを駆け抜けたけど、1塁ベースに一塁手ファーストが入る事もなく手毬姉ちゃんがカバーに入った訳でもない。なぜなら青葉さんが菊枝垂さんが一塁ベースを駆け抜けるよりも前にホームベースを踏んだからだ。菊枝垂さんは駆け抜けた後、後ろを振り返ったが、そこにはホームベース上で立ったままの青葉さんがいた。

 だが、早晩山先生は右手ではなく両手を上げ、しかも頭上で左右に振っている。


「ファール!打球がバッターの足に当たっているからファールだ!」


 早晩山先生は再びファールの宣告をしたから、1アウト満塁、カウントは0-2のままだ。菊枝垂さんは大粒の涙を流したまま再び駆け足でバッターボックスに戻ってきたけど、足を痛がっている素振りを全く見せない!


 この瞬間、僕にも早晩山先生がやりたい事の意味が分かった!


 菊枝垂さんが納得いくまで勝負を続けろ!と言ってるのだ。結果は二の次であり、菊枝垂さんが結果を受け入れれば問題ないのであり、合格も不合格も関係ないのだと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る