お姉ちゃんのお好み焼き

黒猫ポチ

オープニング

第1話 まさに女神様!!

 政令指定都市、浜砂はますな市西区舞姫まいひめ駅前地区。


 江戸時代に整備された東海道とうかいどうには、船を使って往来した箇所がある。御三家の1つ、尾張藩の名古屋をわざと通らない通称「海上七里」は誰でも知ってると思うけど、もう1つあった。それが浜名湾だ。浜名湾の西側には関所が置かれていたけど、その反対側の東側にあたる舞姫にも東海道の宿場が置かれていた。時代は明治になって鉄道、現在のJR東海道本線の開通で置かれた「舞姫駅」は宿場とは離れた場所に設置されけど、駅からさほど離れてない場所を通る旧東海道の松並木は、令和になった今でも健在だ。

 実際、小学校も中学校も校歌の歌詞に「東海道の松並木」という箇所があるくらいだ。


 父さんや母さんが学生の頃は「舞姫駅」の住所は浜名湾郡舞姫町ではなく浜砂市だったから、事情を知ってる人からは「ニセ舞姫駅」とまで揶揄されたけど、今は旧舞姫町は浜砂市と合併し、政令指定都市になってからは浜砂市西区となって舞姫町という名前そのものが無くなってしまった。父さんや母さんは舞姫町出身だったけど、僕は浜砂市出身という事になる。


 そんな舞姫駅前地区の旧東海道沿いにある、お好み焼き屋『夢見草ゆめみぐさ』はカウンターとテーブル席を合わせても20人程度しか入れない、小さなお店だ。僕の母さんの父さん、つまり爺ちゃんが脱サラして始めた『夢見草』のメニューは基本的に1つしか無い!


 そんな『夢見草』のドアが威勢よく開けられた。


「「「いらっしゃいませー」」」


 僕たちは威勢のいい声を上げたけど、店内に入ってきた2人はどちらも見覚えがある。というより顔馴染みの常連だ。

「なーんだ、アーリーかよー」

「『なーんだ、アーリーかよー』は無いだろ?店の売り上げに協力してやろうと思ってるのにさあ」

「わりーわりー」

 口ではそう言ってるけど、そいつはニコニコしながらカウンター席に座った。その連れに当たる人物もアーリーの左側の席に座った。

 そんなアーリーは、カウンターの中でエプロンをつけて立っていた人物が誰なのかに気付いた。

「・・・あれー、みやび先輩が店に出てるなんて珍しいですねえ」

「ちょっとー、ウチがいない方が良かったの?」

「そ、そんな事ないですー。ヨッコーが焼いたよりも雅先輩が焼いた方が百万倍美味おいしいですからあ」

「あらー、嬉しいわねえ。じゃあ、サービスわね」

「ちょ、ちょっと雅先輩、それはないでしょ?」

有明ありあけくーん、見え見えだよー」

「ちぇっ」

 アーリーはそう言うと口を尖らせたけど、いつもの事だから全然気にした素振りは無い。お互い、嫌味を言った訳ではないのは僕にも分かっている。

「・・・おーいアーリー、かあ?」

「アホ!今日はスポンサーがいるから『全部あるある』に決まってるだろ!」

「お前さあ、その為に爺ちゃんを連れてきたのかあ?」

「当たり前だ。『全部あるある』と『全部あるある』、ヨロシク!」

「へいへい、どうもありがとうございます。雅姉ちゃん、『全部あるある』と『全部あるある』ね!」

 僕は、アーリーとアーリーの爺ちゃんが注文した『全部あるある』をカウンターの中にいる雅姉ちゃんに伝えたから、雅姉ちゃんは「りょーかい」と言って冷蔵庫の方を向こうとしたけど、その時、再び『夢見草』の扉が勢いよく開けられた。


「「「いらっしゃいませー」」」


 店に入ってきたのはボーイッシュな髪をした女の子で、上下ともに青いKUMAのジャージ、同じくKUMAのスポーツバッグを肩に掛けていた。

「げっ!福禄寿ふくろくじゅかよ!?」

「『げっ!福禄寿かよ』で悪かったな!そういう高台寺こうだいじこそ何しにきたんだあ?」

「はあ!?あたしがこの店に来て『すみませーん、ビール下さーい』とか言うと思ったの?」

「お前ならマジでやりかねない」

「たしかに4月にしては暑かったからねえ」

 そんな事を言いつつ、その女の子はアーリーの隣に座った。というより、この時間のテーブル席は4人掛けの所を全部1人が占拠してた状態だし、カウンターもアーリーの隣しか空いてなかったから、自然とアーリーの隣に座ったに過ぎないというのは僕にも分った程だ。

 その子はアーリーを無視するかのようにして、鉄板の前にいた雅姉ちゃんに

「・・・雅先輩が焼いてるのは珍しいんじゃあないですかあ?」

「うーん、それは高台寺さんの言う通りねー。たまには小遣い稼ぎをしてもいいでしょ?」

「まあ、そこはあたしの関与するところじゃあないですからー」

 僕はカウンターに座った3人に湯呑み茶碗でお茶を出したから、アーリーのお爺ちゃんは黙って手を伸ばしてお茶を飲み始めたけど、アーリーは湯呑み茶碗は手に取ったけどニヤニヤしながら

「・・・高校生がこんな時間からビール飲んでどうするんだあ?それとも、高台寺はモグリで飲酒喫煙の常連かよ」

「それはお父さんです!漁から帰ってきたら娘に向かって『青葉あおば、ビール持って来い!』とか言って自分は煙草たばこを取り出すのが毎回毎回、お決まりだからマジで勘弁して欲しいわよ。さすがにベランダか外で吸うけど、マジで家の中で吸ったらぶっ殺す!」

「おー、怖い怖い。お前、それでも女かあ?」

「あのさあ、あんた、殺されたい?」

「この店にはアルコールは置いてないから冗談に決まってるだろ?」

「福禄寿なら陽光ひかる君にパシリさせかねないからねえ」

「そんな事をしたら雅先輩に怒られます!」

「あたしでも怒るぞ!」

「はいはい、言い過ぎました、大変失礼致しましたー」

「『はい』は1回だけ!」

「はい、失礼しました!」

「分かれば宜しい」

 そう言いつつ、青葉さんは雅姉ちゃんに向かってニコッと微笑みながら「ノーマル1つ!」と言ったから、雅姉ちゃんは「まいどありー」と答え、今度こそ本当に冷蔵庫に手を伸ばした。

 冷蔵庫から取り出したのは大きなボウルを3つと大きなタッパー3つ、それと玉子を2つとだ。

 雅姉ちゃんはドンブリを3つ並べると、そこに生地を入れ、3つのボウルに分かれて入っている具材『青ネギ』『刻み紅ショウガ』『沢庵たくあん』を入れた。本来なら1人前が何グラムと決まっているけど、僕も雅姉ちゃんもこう見えても目分量でプラスマイナス数グラム程度に収める自信があるし、実際、出来るからスプーンでドンブリに入れただけなのだ。

 青葉さんが注文した『ノーマル』とは、ここで終わりだ。『夢見草』のメニュー表には『お好み焼き』としか書かれてない、この基本メニューは創業以来変わってない。もっとも、値段は開店当初から見たら少し上がっているけど材料費の上昇の割には頑張っている方だ。中学生や高校生のオヤツ代わりになる位の値段なのは変わってない。

 アーリーの爺ちゃんが注文した『全部あるある』というのは、ここからさらに『玉子』『豚バラ肉』『イカ』『タコ』を入れた物だけど、これらはトッピングに当たるから組み合わせは自由だ。

 雅姉ちゃんは熱々の鉄板に油を3か所垂らしてフライ返しで丸く円を描くよう、3つの円を作ると、そこにドンブリをかき混ぜながら素早く具材を開けた。そのままフタを被せたけど、早くもいい匂いが漂ってきた。

「・・・高台寺さあ、お前、高校でもソフトボール部にするのかあ?」

 アーリーが隣に座った青葉さんに話し掛けたけど、その青葉さんは「はーー」とため息をついた。

「・・・あたしもさあ、本音を言えばソフトボールは中学で終わりにして、高校では軽音楽部に入るつもりだったのよねー」

「その軽音楽部に入るつもりだったとか言ってる奴が、入学式前からソフトボール部の練習に参加してる理由は何だあ?」

「だってさあ、誰も手毬てまりちゃんの球を受けられないからだよー」

「あー、ナルホドねえ」

「ソフトボールの時速119キロは、野球でいえば160キロから170キロの剛速球と同じだからねえ」

「たしかに」

「中学で119キロなんだから、どの高校のソフトボール部も喉から手が出る程に欲しがった選手だけど、その球を初めて投げられる球速だというのは分かるでしょ?」

「ああ」

「あの学校の先輩たち、誰一人として受けられないから、仕方なく助っ人として春休みから特別参加って、勘弁して欲しいわよー。あたしは顧問の早晩山いつかやま先生だけでなく先輩たちにも「絶対に軽音楽部に入る!」って宣言してるけど、あの調子だと絶対に手放す気は無いと見てるから諦めてるけどねー」

「その点については同情するぞー」

「ギター片手にライブハウスで熱唱するのが、あたしの高校生活の最大にして最高の目標だったのに、汗と泥と涙のトリオとは、はああーーー」

「そういえばさあ、ヨッコーに聞きたいんだけど、どうして手毬さんはMY高マイコーにしたんだ?」

 僕はいきなり話を振られた格好だから一瞬、焦ったのは事実だけど、そんな僕を尻目に雅姉ちゃんは鉄板の上のフタを1つ取って、青葉さんのお好み焼きをひっくり返した。

 僕はアーリーに向かって少々首を傾げながら

「・・・うーん、僕も手毬姉ちゃんは私立桜岡さくらおか高校にすると思ってたし、実際、桜岡高校から『スポーツ特待生』として熱心を通り超すほどの誘いが来てた。関東や関西の高校からもスカウトの人が来てたのは青葉さんが一番知ってる筈だけど、どうしてMY高マイコーにしたのか、僕が一番聞きたいくらいだよー」

「ま、俺としては手毬さんと同じ学校に通えるから万々歳だ」

「あんたに手毬ちゃんは『高嶺の花』だよー。ぜーったい福禄寿には勿体ない!」

「はーー・・・そこは俺が一番よく分かってる。俺の高校生活最大の目標は大和撫子やまとなでしこのカノジョを見付ける事だあ!」

「はいはい、その話は耳にタコだから、大和撫子の可愛い子が見付かったら真っ先にあたしに紹介しなさーい」

「おう!高台寺のような脳筋女とは正反対の女を見て泣き叫ぶがいい!」

「アホ!あんたのようなのみの半分しか脳ミソが無い男と付き合うと、一生後悔するって教えてやるから紹介しろって意味に決まってるだろ!」

「うっせー!ぜーったいに大和撫子を見付けてやる!」

「お前は一生ドーテーで十分だ!」

 はーー、こいつら、10年経っても言ってる事は全然変わらないなあ。

 僕は思わず笑ってしまったけど、その間に雅姉ちゃんは『全部あるある』の2枚のフタを取ってひっくり返して再びフタを被せ、青葉さん注文のノーマルのフタを外し、そこにウスターソースを刷毛で塗ったからソースの香ばしい匂いが漂ってきた。そのソースの上からと青海苔をまぶし、フライ返しで軽く切れ目を入れてから3つに折りたたんで、一番上に再びウスターソースを刷毛で塗って、と青海苔をまぶした後にフライ返しで4つに切ってから皿に乗せ、それをカウンター席に座っている青葉さんの前に置いた。そのまま『全部あるある』の2枚もフタを外すと素早くウスターソースを刷毛で塗って、そのソースの上からと青海苔をまぶし、フライ返しで軽く切れ目を入れてから3つに折りたたんで、一番上に再びウスターソースを刷毛で塗って、と青海苔をまぶした後にフライ返しで4つに切ってから皿に乗せ、それをアーリーとアーリーの爺ちゃんの前に置いた。

 雅姉ちゃんはフライ返しで鉄板の上を擦って、鉄板に残ったカスを素早く剥がして鉄板の左端に落とした。ここには今日の調理で出たカスを溜めておく箱が置いてあるからだ。


 アーリーや青葉さんが帰った後も雅姉ちゃんは『夢見草』でお好み焼きを焼き続けた。というより、僕の家はお好み焼き屋だし、今は春休み中で小遣い稼ぎ期間中だから、こういう日は開店から閉店まで頑張れば結構いい稼ぎになる!


 本当の閉店は午後8時だけど生地が無くなれば早終はやじまいも珍しくない。今日は午後7時過ぎには暖簾を下げたけど、ここまで頑張って、しかも片付けをすれば午後8時だ。僕は午前11時の開店より前の仕込みから始めて、途中1時間の休憩を2回取っただけで頑張りました!雅姉ちゃんは午後から店に出てたからホントの小遣い稼ぎ程度だ。

 僕は何だかんだで中学の卒業式の翌日から半月以上、定休日を除いて毎日頑張ったから、結構な額を貯める事が出来ました!


 雅姉ちゃんは母さんからお好み焼きの手解てほどきを受けたけど、僕は雅姉ちゃんから教わった。


 僕にとって雅姉ちゃんは、何者にも代え難い師匠であると同時にない姉なのだ。まさに女神様!!


 1点を除けば・・・

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