10. 電話の向こうで

 とあるショップの店員だった頃。

 都心にある店舗のせいかお客様からの電話が多く、イタズラ電話や無言電話も時々あった。


 無言電話は、何度か問いかけてみて返答がなければ「お返事がないようなので、電話を切らせていただきます」と断ってから切電するよう決められている。

 無言で電話を切ってしまうと、すぐにかけ直してきて「なんで勝手に切るんだ!」と絡んでくる輩がいるからだ。


 ある日。

 電話を取り名乗ったが、相手からの返答がない。

 ああまた無言電話か、暇な奴だなと思いつつ「もしもし」と問いかける。

 少し待ち、もう一度「もしもし」と問う。

 もう一度問いかけて何も言ってこなければ切ろう、と思っていると、受話器の向こうから微かに声がする事に気がついた。

「もしもし?」と言って耳を澄ます。


 声が小さすぎて聞き取れないが、一定のリズムで聞こえるそれは、恐らくお経か呪文のようなもの。

 よく分からないが聞いてはいけないような気がする。


 わたしは何も聞こえないフリをして「お返事がないようなので――」と無感情で定型文を読み上げて電話を切った。

 再び電話がかかってくることはなかった。

 それ以来、無言電話の向こうの音は聞かないようにしている。


―終―

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ほんとにあった不思議な話 にゃりん @Nyarin_AV98

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