新たな決意

その中身に書かれた文面は、それほど長いものではなく簡潔なものであった。並ぶ名前はリカルドとマルク。その下に綴られた一文に、マルクは思わず言葉を失うこととなった。


「ヴォルテクス家の養子として認める……って、ええっ!?」


驚いた表情でマルクはリカルドを見上げる。そんな彼の表情を見下ろし、満面の笑みでリカルドはマルクの困惑の眼差しを受け止めた。


羊皮紙に綴られている文面。それは、マルクをリカルドの養子として迎え入れるというものであった。簡素な文章で綴られているが、それは決して簡単な話ではない。


跡継ぎのいない貴族が養子を取ることは珍しいことではない。だが、それは同等の地位にある貴族の家系に限られ、一般人から選ばれることは絶対に有り得ない。しかも、リカルドの家系は貴族の最上位に当たる公爵家であり、中でも守護者の称号を与えられた四つの公爵家の一つである。尚更マルクのような名も無き村の出身者など迎え入れられるはずがないのだ。


「ああ、そこに綴られている通りだ。これからよろしくな、マルク君。何ならパパと呼んでもらっても構わんよ。むしろ呼んで欲しい」


「良かったではないか、マルク。これで貴様も貴族の一員だ。我も鼻が高いぞ」


「ちょ、ちょっと待ってください!突然の事で何がなんだか……もしかして、からかってます?」


「見たまえ、ちゃんと陛下の署名と印もあるだろう?キミが養子になることは陛下も認めて下さっていることなのだ」


リカルドの言う通り、文面の末尾には現国王の名前だろうラムダ=エル=セルヴェイグの署名。全く驚く様子を見せないところを見るに、レティシアもリカルドがマルクを養子にしようという動きを把握していたのだろう。何度も羊皮紙の内容を確認するマルクだったが、自分が貴族になるのだという現実に微塵も実感が得られずにいた。


「最近まで認めさせることに難航しているという話だったが、どういう風の吹き回しだ?」


「私にもそれはわからんのだ。内容が内容だけに慎重に審議されて然るべきではあるのだが、今日になってすんなりと通ってしまってな。これも私の並々ならぬ熱意が伝わったということかな。はっはっはっ……と、言いたいところだが」


言葉を途中で止め、急に神妙な顔付きになるリカルド。手を伸ばすと、マルクの手から羊皮紙をやんわりと取り上げた。


「あ、あの……?」


「キミを養子として迎え入れるために、一つ条件が課されている。陛下より、キミの創喚師としての実力を見たいと言われていてね。キミには、とある人物と御前試合をしてもらいたい」


「ご、御前試合ですか……?」


確かに、貴族として創喚術が扱えることは必須。それも守護者の家系に入るのならば尚更だ。護国に関わる人物の実力を見たいと国王が言うのも至極当然と言えるだろう。


「そもそも必要があるのか?貴様も我の強さは知っているはずだが。そこらの創喚師如きではお遊びにもならんぞ。相手とは一体何処の誰だ?」


「試合相手は教えられないが、キミを退屈させないことは保証しよう。マルク君、どうだろうか?」


リカルドはその場に膝を付き、困惑しているマルクの目線に合わせた。


「突然の話で驚いているだろうが、私はキミをヴォルテクス家に迎え入れたい。それに、今後もレティシア君と行動を共にして、創喚術を行使する以上は貴族の立場は必要不可欠だ。やってくれるだろうか?」


「僕は……」


マルクは手元の魔導書に視線を落とす。自分を養子に迎えるため、あちこちに手を回してくれたリカルドの厚意はとても嬉しい。それを無下にしたくはない。


それに、貴族としての立場を得ることが出来れば、周囲の視線を気にすることなく創喚術を使うことが出来るようになる。レティシアに気を遣わせるようなこともなくなり、街をクリスタルと一緒に出歩くことが出来るようになるかもしれない。周囲の視線を気にすることなく、友人らしいことが出来るようになるのだ。


そう考えれば、マルクに悩む余地などなかった。


「僕、やります。御前試合に勝てるように頑張ります。レティシアさん、力を貸して下さい」


「無論だ。マルクを養子に入れろと爺の尻を叩いたのは我なのだからな。ここで貴様に怖気付かれては苦労も無駄になるというものだ」


「苦労したのは私なのだが……マルク君、キミの応えを嬉しく思うよ。御前試合は三日後、王城の中で行われることになっている。怪我の治療に専念して、万全な状態で臨んで欲しい」


「はいっ」


誰が相手になるのかはわからないが、不思議とマルクに不安が無いのはレティシアの強さを知る故か。それに、今はレティシアだけでなく、クリスタルという心強い味方も増えた。たとえ御前試合が明日と言われてもマルクは同じような心境だっただろう。


「そうと決まれば、さっさと怪我を治さねばな。今夜はたっぷりと栄養を摂ってさっさと休め。爺、食事の用意は出来ているのだろうな?」


「遅れて来たのはキミ達だろうに……少し冷めてしまったが、ちゃんと用意は出来ているよ。シェフも痺れを切らせて待っていることだろう」


「ならば話が早い。我はたまらなく空腹だ。行くぞ、マルク」


「は、はいっ」


御前試合の事など全く気に留めた様子もなく、食欲の赴くまま意気揚々と食堂に向かうレティシアに腕を引かれて、マルクはよろけながらも歩き出した。

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