戦いの後に

戦いには勝った。だが、マルクの表情に喜びは無い。アイゼンが抱える孤独に触れることが出来ないまま、彼との間に修復不能の深い亀裂が産まれてしまったからだ。


「あるじさま、どした?」


「かなしい?かなしい?じょおーさまもかなしみ」


「…いえ、大丈夫です。ありがとうございました、クリスタルさん。おかげで助かりました」


身体を張って戦ってくれた皆に、こんな顔は見せられない。顔を覗き込んでくる兵士達に笑い掛けながら、マルクは自身を見下ろすクリスタルを見上げた。


「確かに、今回は助けられたな。人質さえ無ければ、どうということは無かったのだが」


「レティシアさんも、ありがとうございました。身体は大丈夫ですか?」


「ああ、問題無い。あの程度でガタが来るほど軟弱ではないからな。しかし……」


レティシアは腕組みをしながら、クリスタルを見上げる。どこか呆れたような、そんな表情で。


「ど、どうかしましたか……?」


「…我は貴様の友だ。故に、貴様の趣味にあまり意見するわけではないのだが……少々性的に過ぎるのではないか?」


「ええっ!?何言ってるんですか、そんなことーーー」


レティシアから指摘されて、マルクはクリスタルを見上げた。文字通り透明感のあるつるりプルプルの柔らかボディ、高貴さを併せ持つ麗しい容姿に足下からでは顔が見えないほど大きく迫り出した双丘。そんな美女が、唯一身に纏っているのは羽織っているガウンだけーーー結構際どい、というより露骨。いや、一文字変えて露出というのが正しいか。


描き手のマルクは緊急事態ということもあってあまり意識してはいなかったのだが、言われてみれば確かに青少年の情操教育にはよろしくない見た目である。そもそも身体の前部分が全開の時点でお子様には到底見せられない見た目であった。


「暑苦しい男を描けとは言わんが、見た目が……な。そういえば、貴様は以前から描く絵は露出過多な女が多かったが……」


「ち、違いますよ!女の人しか描かないというわけではなくて、その時の気分というか、筆の乗り方というか……!」


「そうか、純朴な見た目で忘れそうになるが、貴様も年頃の男だものな。女に興味を持たぬはずもないか。貴様が良ければ、我が発散させてやっても良いのだが……これは友の役割に含まれるのか?」


「へ、変なこと言わないでください!そういうのじゃないんです!」


「ーーーーー」


「じょおーさまもおてつだいなさるとか」


「ひゅー」


「だから必要ありませんから!」


確かにそういう類のフレンドはあるのだが、知識はあれど肉体と精神共に未熟なマルクにはまだ早い。レティシアによる憐れみの眼差しと擦り寄ってくる兵士達から、マルクの精神はさんざん掻き乱されることとなった。


「まぁいい。とりあえず引き上げるぞ。遅くなればあの爺に何を言われるかわからん」


「ちょっと待って下さい。このままにしてはおけませんから、少し時間を貰ってもいいですか?」


マルクが指差したのは、ゴールドタイタンが倒れた際に押し潰してしまった廃墟の残骸や砕けた石畳であった。崩壊した建物の大量の瓦礫が、雪崩のように広場に流入してしまっている。子供達の遊び場でもあるこの場所に残したままにしておけば、何かの拍子に怪我を負わせてしまうかもしれなかった。


「少しの時間で片付けられる量ではないだろう。片付けるならば明日以降でも良いのではないか?」


「でも、僕達が来るまでに何かあったら大変ですよ。出来れば今日中に片付けたいんですけど……」


「ーーーーー」


「あるじさまー、ごしんげん〜」


マルクが袖を引かれて顔を向けると、何やら自信満々の笑みを浮かべた兵士が目に入った。


「えっと……どうしました?」


「じょおーさまが、おまかせくださいとのこと。そこでみてて、な?」


「は、はぁ……じゃあ、お願いします……?」


「まかされた!」


そう言って地面を滑るように移動していく兵士。一体何をするのかとマルクが視線で追っていると、広場の中央で真っ直ぐに片手を上げた。


「しゅーごー!」


「しゅーごーだしゅーごーだ!」


「いそげー!」


あまり緊張感を感じない掛け声と共に、広場のあちこちで遊び回っていた他の兵士達が集まってくる。しかも、アイゼンの護衛達を制圧した時より遥かに多い。よく見れば兵士達は次々に分裂を繰り返し、それらが合流して瞬く間に広場を埋め尽くすほどの兵士達が整然と整列した。


「ちゅーもーく!これより、てっきょさぎょーにはいる!かかれー!」


「かたづけかいしー!」


「くりーんあっぷ!」


「たいにーあっぷ!」


細かい指示も何も無く、突然の号令と共に瓦礫の山に殺到していく兵士達。だが、誰一人混乱することなく、それぞれが瓦礫を持ち、廃墟があった敷地内へと運んでいく。中には到底一人では抱えられないほど大きな瓦礫も、複数人で抱え上げて難なく運んでいた。


これほどスムーズに作業が進んでいる理由は、やはり意思統一がなされているためだろう。彼女達は全てクリスタル自身から分裂して生まれた存在だが、彼女達もまたクリスタルなのだ。言わば、身体から分離した無数の腕をクリスタルが一括して動かしている状態。自分の腕を動かすのに混乱が起きるはずもないだろう。


クリスタルにとって、彼女達はほんの一部分でしかないだろう。彼女がその気になれば、さらに多くの分身を生み出すことが出来るはずだ。個々の力は弱くとも、遥かに上回る数で相手を圧倒する。それがクリスタルの持つ能力だ。


「しゅーりょー!」


「らくしょーですなぁ」


「凄い……もう片付いちゃいましたね」


そんなこんなで五分と掛からない内に、瓦礫の撤去作業は終了。細かな破片すら残さない、まさに完璧な仕事ぶりであった。


「ありがとうございます、皆さん。おかげで助かりました。クリスタルさんも、ありがとうございます」


「ーーーーー」


「きにするないない」


「おだいははぐでけっこー」


照れたように顔を背けるクリスタルと、わらわらとマルクに群がる兵士達。どちらも同じクリスタルのはずなのだが、性格は正反対だ。


「ようやく片付いたか。では、早々に戻るとしよう。マルク、この創魔を戻しておけ」


「ええー」


「いけずー」


レティシアの言葉に、兵士達が抗議の声を上げる。どちらかと言えば、マルクも兵士達と同意見であった。マルクにとって、クリスタルは大切な友人だ。出来ればこのままレティシアと同じように一緒に居たいと考えるのは当然だろう。


「やっぱり、戻さないとダメですか……?」


「当たり前だ。このような図体が街中を通れば騒ぎになるぞ。我は疲れた。もう厄介事は御免だ」


確かに、二階建ての建物より大きいクリスタルが街中に現れれば相当な騒ぎになることは想像に難くない。ここはレティシアの言う通り、諦めるしかないのだろう。


「ーーーーー」


「あるじさま、じょおーさまもなっとくしたです」


「きえるのかー」


「す、すみません、皆さん。頃合いを見計らって、また出してあげますからね」


「安心しろ。封印されていた我のように、魔導書に収まっている間も意識はある。存在が消えるわけではない」


それならば安心だ。外に出すことが出来ない間も、一緒にいれば同じ景色を見て、思い出を共有することが出来るのだから。悩んでいたマルクも、少しだけ胸に詰まっていたものが解消されたような気がした。


「ーーーーー」


「むむっ。あるじさま、じょおーさまからおねがい」


「はい?お願いですか?」


「あるじさままもって、たたかった。そのおれーほしいみたい」


「お礼……?」


「その見た目で随分と図々しい奴だな。マルク、あまり甘やかすな。それに、貢献度で言えば我の方が何倍も働いているのだからな」


レティシアは難色を示したが、マルクとしては全く問題ではなかった。むしろ、今の自分が十分な礼が用意出来るのか、それだけが心配であった。


「ええ、いいですよ。と言っても、今は何も持ってないので、お礼らしいお礼は出来ませんが……」


「だいじょーぶ。おれい、ものいらない」


「あるじさまはじっとしてて」


「えっ?じゃあお礼って……わぁあっ!?」


「マルク!?」


突然、クリスタルがマルクを抱え上げた。その様子は、まるで少女がお気に入りの人形を抱き上げたかのよう。軽々と持ち上げられたマルクは、クリスタルの目線で正面から向かい合うことになった。


「あ、あの……これはどういう……?」


「ーーーーー」


「わ……っ!?」


そのままクリスタルはマルクを引き寄せ、自身の頬と彼の頬をくっつけた。


(貴方を、お守りします。私達は、ずっと貴方のお側に……)


「え……っ?」


ひんやりぷるぷるの感触と同時に、頭の中で鈴が転がるような美しい声が響く。驚いているマルクの頬に、ぷちゅっと張りのある柔らかいものが押し当てられる感触。少し遅れてマルクが顔を向けると、クリスタルは優しげな微笑を浮かべながら彼を地面に降ろした。


「ーーーーー」


「あるじさま、またいつか!」


「おたっしゃでー」


「あ……」


マルクが地面に降り立った直後、クリスタル達の身体は光に包まれ、小さな玉となって魔導書の中に集まっていった。クリスタル達の姿が消えて、広場に残るのはマルクとレティシアの二人だけ。あれだけの戦いがあったことがまるで夢幻であったかのような静寂に包まれていた。


「…か、帰りましょうか」


何だか頬が熱い。クリスタルがしたのは、きっとーーー


のぼせたような熱を帯びる頬に手を当てながらレティシアへと顔を向けたマルクだったが、返ってきたのは軽蔑するかのような、氷のように冷ややかな眼差しであった。


「あ、あの……?」


「…貴様、やはりそのためだったか……」


「れ、レティシアさん?」


「行くぞ。さっさと来い、このマセガキめ」


「な、何なんですか急に!ちょっと待って下さいよ!」


突然不機嫌になって歩き出したレティシアを、マルクは慌てて追い掛けた。

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