友人の在り方

「お、大きい手ですね……」


「ホッホッ、昔から身体の大きさと丈夫さだけが取り柄でしてな。病や怪我にはとんと縁が無く……おや」


「えっ……?」


ヴァシムは唐突に手を伸ばしてマルクの頬に触れると、正面から観察するかのように顔を覗き込んできた。


「少々、顔色が悪いようですな。いや、貴族様と一悶着あった後で、それも無理は無いでしょう。あまり清潔とは言えぬ環境ですが、横になりますかな?」


「い、いえ、大丈夫です。心配しないで下さい」


「しかし……」


「そこまでだ」


その時、横から伸びてきたレティシアの手がヴァシムの腕を掴む。振り向いた彼に向かって、レティシアはゆっくりと首を左右に振る。


「当人であるコレがそう言っている。心配は不要だ」


「ふむ……レティシアさんがそう仰るのであれば、儂から差し出がましいことは出来ませんな。ですが、何かあれば遠慮なく仰ってくだされ。お二人は子供達の恩人なのですからな」


「すみません……ありがとうございます、ヴァシムさん」


何か言いたげであったようだが、ヴァシムは何かを察したのだろう。レティシアの言葉に頷くと、素直にマルクから腕を引いた。


「ところで、お見受けしたところ、レティシアさんは創魔のようですが……よもや、マルクさんは何処ぞの貴族様なのですかな?」


「またそれか。どいつもこいつも、我を見て出てくる感想はそればかりか。いいかげんウンザリだ」


「それが普通の反応で、僕達がイレギュラーなんですよ。えっと、確かにレティシアさんは一応創魔なのですが、僕は貴族様じゃなくて……」


「詳しくは話せんが、我が友として認めたコレに力を貸し、創喚師の真似事をさせているだけだ。我がいなければ、コレはただのヒトの子供だ。先程もコレが突然飛び出していってな、肝が冷えたぞ。まったくもって、世話の掛かる朋友だ」


「ちょ、ちょっとレティシアさん……!」


レティシアはおもむろにマルクを片腕で抱き寄せると、ぐりぐりと乱暴に頭を撫でた。少しばかり力が強いのは、彼女を心配させてしまったことに対する報復なのかもしれない。


「ほう、友……マルクさんとレティシアさんは、創喚師と創魔の関係でありながら、互いと友と呼び合っているのですかな?」


「……?ええ、そうですけど……そんなに珍しいことなんですか?」


「何だ爺。何か言いたいことでもあるのか?つまらぬことを言えば、その髭一本一本引き抜いてくれる」


「いやいや、そうではありませぬ。お二人のお話を聞いて、王都建国の祖、ブラスディア様を思い出しましてな」


「む……マルクよ、何者なのだ、それは?」


「えっと……すみません、僕も聞いたことなくて……」


「ホッホッホッ、よろしい。では、教鞭を握る者として、お二人にお教えしましょうか」


揃って首を傾げるマルクとレティシアに、ヴァシムはまるで子供達に語り掛けるように話し始めた。


王都の歴史はかなり古く、その始まりは何百年も昔のこと。その礎を築いたのは、ある一人のブラスディアという名の創喚師であった。


当時は戦乱の時代の真っ只中で、幾つもの小国が連日のように激しい争いを繰り広げ、覇権を手にするべく野心を持つ者が国を興しては滅びを繰り返していた。


豊かな大地は焦土に変わり、生命は絶え果て、人々の嘆きと怨嗟の声が止まない日はなく、そんな時代にある日突然歴史の表舞台に現れたのが、ブラスディアであった。


現状を憂い、争いを根絶する決心をした彼は、ある日ふらりと荒れ果てた不毛な大地の広がるばかりであったこの地を訪れるも五体の創魔を創喚し、たった一人で国造りを始めた。


それは、誰が見ても無謀なことであっただろう。だが、彼の創喚した創魔はそれを実現させるだけの力を有していた。


山々を平地にならし、汚染された水源を浄化し、毒気の漂う死の大地に再び緑をもたらした。当然、誰もがそれを黙って見ているわけもない。復活した豊かな土壌を求め、幾つもの国が侵略を試みたが、ブラスディアが操る創魔はその全てを蹴散らし、併呑していった。


やがて、そんな彼の元には少しずつ人々が集まり、国としての形を形成した。そして、ブラスディアはたった一人で争いを収め、この王都の根幹となる都を造り上げたのだ。


「ブラスディア様と従えていた創魔達は、今のお二人のように互いを友と呼んでいたのだとか。ブラスディア様の亡き後、彼の創魔達を封じた宝玉は今も尚王城の何処かに安置され、国の行く末を見守っていると言われておりますな。王都を守る五人の守護者様は、ブラスディア様の創魔をあやかって任命されておるのですよ」


「ほう……なかなか興味深い話だった。まさに今の我らのようではないか、マルクよ」


「ええ、本当に。貴重なお話をありがとうございます、ヴァシムさん」


「ホッホッホッ、このような爺の昔話に興味を持って頂いたのであれば、お話しした甲斐があったというものです」


ヴァシムの語った話は、マルクにとって実に共感出来るものであった。事実、創魔であるレティシアは彼にとって唯一無二の友人であり、掛け替えのないものだ。人と創魔は、異なる在り方であっても友になれるのだと、そう確信出来るものであった。


「レティシアさんの助けがあるとはいえ、貴族の血筋ではないマルクさんが創喚術を扱うことが出来ると聞いた時は驚いたものでしたが……貴方ならば、創喚術を私利私欲のままに扱うことは無いでしょうな」


「それは我が保証しよう。むしろ、少しは欲を出せと言いたいところだがな。コレは他者に求められれば自身を顧みず尽力するクセに無欲が過ぎる」


「い、いいじゃないですか。僕は少しでも誰かの役に立てたらと思って……」


「それで体調を崩せば阿呆の極みだがな。我の身体を描いていた頃が最たる例だ。三日三晩筆を取り続けた結果、我に突っ伏して寝込んだだろうが。おかげで我が魔導書に涎染みが出来たこと、我は忘れておらぬからな」


「し、仕方ないじゃないですか。早く完成させてあげたかったんですから……」


「ホッホッホッ、本当にお二人は仲がよろしいのですな。もし……創喚術を扱う者が皆、マルクさんのようであれば、アレもここまでの傷跡を残すことは無かったやもしれませぬな……」


ふと、ヴァシムが寂しげな表情を浮かべた。何かを思い返しているかのように、テーブルの上に置かれた手元を見つめている。

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