再会は突然に

「この阿呆め、丸一日目覚めなかったのだぞ!この友である我をここまで不安にさせおって、弁明があるならば言ってみろ!」


「む、むぐうぅ……っ」


ミルクのような甘い芳香と柔らかな肌に顔面を埋め尽くされ、弁明どころか呼吸すら危うい危機的状況に陥ってしまうマルク。レティシアの下敷きになりながらジタバタともがいていたマルクだったが、鋼を粘土のように捏ね回せる彼女の腕はその程度の抵抗ではビクともしなかった。


マルクが天国のような状況で天国に逝ってしまいそうなその時、控えめに扉がノックされる音が響いた。


「あー……コホン。レティシア君、キミの気持ちはわかるのだが、今はそのくらいにしてやってくれ。マルク君には話さなければならないことがたくさんある。また気絶されては困るのだ」


「あ、貴方は……」


力を弛めたレティシアの抱擁からなんとか抜け出したマルクが目にしたのは、部屋の入り口に立つ少し困り顔を浮かべたリカルドの姿であった。先日の旅人のような服装からは打って変わって、黒を基調としたいかにも高級感溢れる服装の上から毛皮のガウンを纏っている。


「む……仕方あるまい。だが、手短に済ませろ。まだ目覚めたばかりなのだからな」


「ああ、もちろんだとも。気分はどうかね、マルク君?」


「あ……いえ、大丈夫です。特に痛いところもありませんし……」


のしかかっていたレティシアが離れ、マルクが呼吸を整えながら改めてベッドに腰掛けると、リカルドは近くの椅子を引き寄せてマルクの前で腰を下ろした。


「それは良かった。なかなか目を覚まさないから心配していた。キミとレティシア君の関係は彼女から全て聞いたよ。まさか、キミが創喚術を扱えるとは思わなかった」


「僕の力じゃないですよ。全部レティシアさんの協力があったおかげで……」


「ふふん、当然だ。貴様なんぞ、我がいなければ多少絵の描ける子供に過ぎんのだからな」


マルクの行った創喚術は、本来のものとは少し異なる。一人で行う創喚術の手順をマルクとレティシアは二人で分業し、本に絵として込められたマルクのイメージをレティシアは魔導書に込めた魔力で構築した。二人の合作、それが今のレティシアの姿と力なのだ。


「いやいや、そんなことはない。キミ達の活躍がなければ、今頃私もこうして話すことは出来なかっただろうね。キミ達には本当に感謝しているよ」


「お互いに無事で良かったです。あの、ところで……ここは何処なんですか?」


「ああ、ここは王都にある私の屋敷だよ。キミを医者に診せなければと思い、あの夜の内に屋敷へ運ばせてもらったのだ。何事も無くて本当に良かった」


公爵家であるリカルドの屋敷ならば、この豪華な内装にも頷ける。恐らく。部屋の外にもマルクの想像が及ばない上流階級の光景が広がっていることだろう。一つ謎が解けたマルクだったが、今は何より確認しなければならないことがあった。


「あの……村はどうなりました?他に無事だった人はいましたか?」


「それは……」


「村の生き残りは貴様だけだ。あとは全員、家屋の倒壊に巻き込まれたか、炎に焼かれたようだ」


レティシアの言葉に、マルクは見えない槍で身体を貫かれたような衝撃を覚えた。マルクもある程度の覚悟はしていたとはいえ、そのショックは計り知れない。マルクは愕然とした表情を浮かべながら固まった。


「レティシア君、もう少し言葉を選んでやってはもらえないか?それではあまりにも……」


「言い換えたところで、現実は変わらん。それに、今のコレに現実から目を背けている暇は無い。これから考えなければならないことは山ほどあるのだからな」


「…僕は大丈夫です、リカルドさん。そうですか、やっぱり皆は……」


厳しいが、レティシアの言葉に間違いはない。焼き払われたあの村には、もう帰ることは出来ない。家はまだ残っているかもしれないが、ほとんど生活能力の無いマルクが戻ったところで元のように生活することは難しいだろう。


これからどうやって生きていくのか、それが大きな課題である。生きていくためにも、感傷に浸っている暇は無いのだ。


「…ああ、レティシア君の言う通りだ。昨日送った私の私兵からも、生存者は絶望的だという連絡を受けている。今は犠牲者達を弔っている頃だろう。落ち着いたら、キミを村に連れて行こう。まだ祖母君にお別れも出来ていないだろうからね」


「…ありがとうございます、リカルドさん……」


あの夜の出来事が悪い夢であったのなら、どれだけ良かっただろう。俯き、無言のまま膝の上で拳を握りしめるマルク。そんな彼の姿を見かねてか、隣に座るレティシアが彼の肩を抱き寄せ、優しく頭を撫でた。


「…マルク君。私は、キミに謝らねばならない」


「リカルドさん……?」


そんな二人の姿を前に、リカルドは沈痛な面持ちで口を開いた。


「あの夜、村が襲われたのは、恐らく私の命を狙った者の仕業だろう。私がキミの元を訪れるようなことをしなければ、キミ達の平穏を壊すような出来事は起こらなかったはずだ。本当に、すまなかった」


そう言って、リカルドは椅子から立ち上がるとマルク達の前に膝をついた。

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