僕の考えた最強の友人

その人物は、マルクがレティシアとの一月にも渡る協議の果てに描いた絵の姿そのものであった。周囲を取り巻く風に煽られて靡く長い銀髪から視線を下ろしていくと、すらりとした背筋と薄い布地の内側から自己主張するふっくらとしたハリのある臀部が見える。


これらの全ては何度も何度も描き直しをさせられた箇所だ。決して見間違うはずもない。


しかし、それはここまでの話。今の彼女はマルクの想いを込められ、他の部位は別モノと思えるほどの姿へと変貌していた。


その美しい肢体に纏うのは、無骨な機械の装甲であった。まるで鎧のように肩から指先、膝上から足先まで空のような蒼色の装甲に覆われ、側頭部から天へと向けて二本の角が伸びている。


そして何より目を奪われるのは、その背中に取り付けられた翼と尻尾だろう。翼はジェットパックから放射線状に伸びる左右五本の砲塔のような装置によって形取られ、長い尻尾は細かな部品によって機械でありながらしなやかな動作を可能としており、大きな斧のような両橋に刃を備えた部品を幾つも連ね、その先端には何かの装置と思しき円錐状の機器が取り付けられている。


その姿はまるで、機械の竜が人の形を取ったかのよう。そのイメージの根幹となったのは、恐らくドラゴンの一種であるノクシスの姿だと思われた。


「れ、レティシアさん……ですか?」


その後ろ姿に向かって、マルクは恐る恐る呼び掛ける。しかし、レティシアからの返答は無く、反応も無い。その時、正面のサラマンドラが先に動いた。


低く唸ると、周囲に浮かぶ炎の槍の矛先が微動だにしないレティシアへと向けられる。直後、矢のように槍が撃ち出された。


レティシアから脅威を感じ取ったのだろう、その数は夜空を覆うほど。彼女の四方八方から雨のように降り注いだ。


「あ、危なーーー」


マルクが言い切るよりも、槍の着弾の方が早いか。ワイバーンの翼膜すら貫く槍は、レティシアの身体を同様に貫こうとーーー


「鬱陶しいわ」


聞こえてきたのは、不機嫌そうな一言。まるでハエでも払うかのような無雑作に払われた右腕によって、灼熱の炎を纏う槍は蝋燭でも吹き消すように掻き消え、次の瞬間には重い打撃音と共にサラマンドラの巨体は宙を舞っていた。


しばらくの空中浮遊の後、地面に落下するサラマンドラ。これにはサラマンドラも理解が追い付かなかったのか、のそりと起き上がったものの、続けての第二射もなく固まっている。同じく座り込んだまま一言も発することが出来ないマルクへと、片足を上げて蹴りを放った体勢であったレティシアは翼や尻尾から低い駆動音をさせながら振り返った。


マルクを見下ろすのは、鄙に稀なる美女。肌に張り付く紺色のボディスーツは肩から下腹部まで大きく開いており、片側だけでマルクの頭よりも大きな水蜜桃はそれぞれ装甲で覆われているものの、胸元の谷間が大きく露出している。


直視するのも憚られる容姿だが、マルクはレティシアの眼差しに釘付けにされていた。茫然と見上げてくるマルクを見下ろし、レティシアは口元に笑みを浮かべた。


「確かに力を寄越せとは言ったが、いくらなんでも詰め込み過ぎだ。こちとら久方振りの身体なのだぞ。少しは加減をしろ、阿呆め」


「レティシアさん……本当にレティシアさんなんですね!?」


「見ての通りだ。そもそも、貴様が描いた肉体だろうが。まったく、元の可憐な美しさが随分物々しくなってしまったものだが……これも存外悪くはないな。それに……」


「あ、あの……わぷっ!?」


レティシアは唐突にマルクを軽々と抱き上げると、その胸元に誘うように抱きしめた。ほぼ全身を機械に覆われてはいるものの、露出した肉体からは確かな生命の温かさを感じられる。身長差もあって両足が地面から離れたまま、マルクはぬいぐるみのようにレティシアに抱擁されていた。


「ようやく、貴様の隣に立つことが出来るのだからな」


「あ、あぁあああのっ、ちょっと降ろして頂けると……!」


「む……ああ、そうだな。今はそれどころではなかったか。まずは……貴様を害さんとする不届者を片付けなければな」


過激なスキンシップの後、レティシアはマルクを降ろすとサラマンドラへと振り返る。リカルド達でも歯が立たなかった強敵だ。次の行動は慎重に見定めるべきなのだが、レティシアは何を思ったのかサラマンドラへ向けて真っ直ぐ歩き出した。


「れ、レティシアさんっ!」


「貴様はそこにいろ。火傷でもされては面倒だ。心配する必要は無い」


緊張感も無くそう言い放ち、歩み寄っていくレティシアだったが、サラマンドラがおとなしく見守ってくれるはずもない。サラマンドラが大きく口を開けて吐き出した紅蓮の炎は、忽ちレティシアの身体を包み込んだ。


「あ、ああ……」


炎に消えたレティシアの姿に愕然とするマルク。だが、その心配は早くも杞憂に終わった。高温の炎に包まれながら、レティシアは倒れない。しかも、歩みを止めることなくサラマンドラへと距離を詰めているのだ。


ずっと炎を吐き出していたサラマンドラだったが、流石に息が切れて炎が止まる。全身を包み、揺らぐ炎の合間から垣間見えたのは、レティシアの不敵な笑みであった。


「はっ、こんなものか。こんな温風程度では汗の一つも掛けん。その姿、炎の精霊を模しているのだろう?少しは気概を見せて欲しいものだ……なっ」


ズズンと軽い地響きを起こすほどのレティシアの重い踏み込みと同時に巻き起こる衝撃によって、炎は一瞬にして消え去ってしまう。


あれだけの炎に晒されて、普通ならば平然としていられるはずがない。肉を焼かれ、血が蒸発し、呼吸が出来ずに窒息するはずだ。そう思っただろうサラマンドラだったが、消え失せた炎の中から現れたレティシアは、ドーム状の半透明の膜によって覆われていた。


「あ、あれは……」


マルクはそれに覚えがあった。とある子供向けロボットアニメから流用し、今のレティシアに注ぎ足した機能。それは、アンチオールバリア。即ち対万物障壁。あらゆる攻撃を遮断する、いかにも子供向けの単純明快な機能である。


機能は単純だが、その効果は絶大。マルクの思考の全てが反映されているのであれば、今のレティシアには、この万能バリアに比肩するほどの機能がこれでもかと詰め込まれているはずだ。


例えるなら、今のレティシアは子供が考えたようなご都合機能が満載の『僕の考えた無敵ロボット』状態。チートと一口で表現するには足りない、架空のテクノロジーを詰め込まれた最強の存在と言って過言ではなかった。

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