漆黒の思惑

薄闇に包まれ、雲群から覗く月から降り注ぐ月光に照らし出された小さな村。小高い丘陵にて、それを眺める二つの人影があった。


「なぁ、アニキ。ジイさん、あの村に入っちまったぞ。これからどうするんだ?」


隣で村を見下ろす男へ不安そうに声を掛けたのは小太りの男である。彼の言葉を聞いて、煩わしそうにもう一人の痩せた男が振り返った。


「港町からずっと後をつけて見てたんだ、それくらいわかってるっての」


「だから、これからどうするんだよ?村の中じゃ、誰にもバレずにコッソリってわけにはいかないぞ?」


男達はどちらもお世辞には小綺麗とは言い難い格好で、いかにもゴロツキといった風体である。


事実、彼らは港町で盗みや恐喝といった悪事を働いて日銭を稼ぐ無法者であり、そんな彼らがテリトリーを離れてわざわざこんな小さな村までやって来たのは、ある理由があったからだ。


「じゃあ諦めるってのかよ。あの老いぼれ一人始末するだけで、一生楽して暮らせるだけの金が手に入るんだぞ。俺は絶対に諦めないからな」


その言動からわかるように、彼らの目的は宿を求めて村を訪ねたグウェンの殺害である。本来であれば夜営中のところを襲撃するはずであったが、想定外だった村の存在によってプランに変更が生じてしまったのだった。


「あ、諦めるなんて言ってないだろ?でも、もし誰かに見られたら……」


「ま、まぁ、確かにな。せっかく仕事を済ませても、お尋ね者にでもなったらロクに金を使えなくなっちまう」


これから暗殺をしようという時にずいぶんと臆病な思考だが、それも致し方ない。何故なら、あくまで小悪党の域を出ない彼らは盗みや脅しはしても、他人を傷付けるようなことは一度もしたことがないのだから。


「悩んでても仕方ねぇ。こうなりゃ、こいつを試してみるとするか……」


「ん?なんだい、そいつは?」


痩せた男がポケットの中から取り出したのは、掌ほどの大きさの真っ赤な宝玉であった。


宝石のようにも見えるが、それは仄かに淡い光を発しており、透き通った宝玉の内側では小さな半透明の物体が呼吸をしているかのように微かな膨張と収縮を繰り返していた。


「あの依頼人が寄越した代物だ。なんでも、こいつの中には創喚術で喚び出された化け物が封じられてるらしい。困った時に使えって言ってたからな。今がまさにその時だろ」


「ええっ!?そ、そいつはすげぇや!そんなものがあるのなら、何で最初から出さなかったんだよ~」


「信じられねぇ、ってのもあるが、何だか気味が悪くてな。ほら、見てみろよ。何か動いてねぇか、これ……」


「どれどれ……うわ、本当だ。まるで生きてるみたいだ……」


小太りの男が痩せた男から差し出された宝玉を覗き込むと、確かに何かが蠢いている。その時、宝玉の中心で漂っていた物体に亀裂が走ったかと思った瞬間、両生類を思わせる虚ろな瞳が見開かれた。


「ひ、ひぃぃいいいいっ!?」


「お、おい、どうした!?」


「めっ、めめめっ、目が、目がギョロってぇええ……っ!!」


「はぁ……?」


突然の恐慌状態に陥って子供のように頭を抱えて蹲る小太りの男に困惑しながら宝玉へと視線を向ける痩せた男であったが、やはりそこには正体不明の何かがフワフワと浮き沈みするばかり。小太りの男が言う目など何処にも見当たらなかった。


「何にも無ェじゃねぇか、驚かせやがって。気のせいだ気のせい。そうやってビビってるから変なモンが見えちまうんだよ」


「ほ、本当だってアニキ!確かにオイラ、その中に目ん玉が……」


「わかったわかった。続きはたんまりと金が入った後で買った女にでも聞かせてやれ。それじゃ、早速試してみるとするか。確か、こうやって手で持って……」


痩せた男が聞かされた手順を思い返しながら手にした宝玉を頭上へと掲げた。月光を浴び、何かが潜む宝玉の中で乱反射した赤光が二人の顔を照らす。神秘的とは対照的な禍々しさすら覚えるその輝きに、小太りの男は例えようのない恐怖を覚えた。


「あ、アニキ……やっぱり止めよう。何だかオイラ、嫌な予感がする……」


「バカ野郎。せっかくのチャンスをドブに捨てるつもりかよ。俺はな、もう残飯漁りの日々なんざまっぴらごめんなんだよ。使い切れねぇくらいたんまり金を手に入れたら、腹一杯旨いもの食って、通りを埋め尽くすほど女を侍らせてやる。もう誰も俺達をバカにはさせねぇ。お前だってそう思ってたんじゃねぇのかよ」


「お、オイラだってアニキと同じ気持ちさ。だけどよ、もしもヤバいことになったら……」


「かーっ!お前の辛気臭い面を見てたら気が滅入っちまうぜ!ヤベェと思うなら離れて見てろ!俺は絶対に止めねぇからな!」


「あ、アニキ……」


弟分を押し退け、痩せた男が強張った面持ちで改めて宝玉を掲げる。彼にも勿論恐怖はある。それでも腕を下げないのは、泥水を啜るような最底辺の生活苦に対する反骨精神、そして慕って付いてきた弟分への愛情故なのかもしれない。

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