7.3 84〜87ページ目 レンズ越しに見た世界

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 お母さんとお父さんは、夜中に一度も目覚めることなく、眠り続けた。


 直と私は朝方まで、なんでもない話をし続けた。特にお互いの小さな頃の話は、考えていたことやしていたことが対極的で、とっても興味深かった。


 おとなしい子どもだった直は、騒がしいのは苦手で、誰かと一緒に遊ぶよりも、クラスメイトが楽しそうに遊ぶ姿を少し離れたところから見るのが好きだったことを教えてくれた。私は周りを、特にハルを巻き込んで騒がしく遊んでいたので、その頃の写真を見せると、直は本当に楽しそうに写真を見た。小さな頃の直も同じような顔をして友達が遊ぶ姿を眺めていたんだろう。


 いつの間に眠っていたんだろう。目が覚めると、もう外はすっかり明るくなっていて、お母さんとお父さんがお茶を入れているところだった。二人ともまだ具合が悪そうだけれど、昨日の夜よりはだいぶ顔色が良くなっていた。


 その日は金曜日で、二人は仕事を休んだ。


 二人は、昨晩、私がプレミアチケットを使ったこと、緊急事態に直が駆けつけてくれたことを知ると、一日好きなことをしてきなさいと、私にお小遣いを押し付けるように渡して、私たちを家から追い出した。


 ☆   ☆   ☆


 夜降っていた雪は、家々の屋根にうっすら積もる程度で、今朝は日差しも暖かいので、午後にはすっかり溶けてしまうだろう。

 

 直にお礼がしたくて、家を出る前に、直は今日一日何がしたいか聞いたけれど、「なんでもいいよ」と言い切られてしまった。逆に私がしたいことを聞かれて、クリスマスにもらったカメラを持って街中を歩きたいと言ったら、「そうしよう」とあっさり返事が返ってきた。


 見慣れた住宅街を並んで歩く。平日の昼間なので、あまり人は歩いていない。


「直は、幼稚園から中学まではどこに通ってたの?」

「城西だよ」

「そっか、私は城東、出会えなかったわけだ」

「すぐ近くなのにね」


 この街は、城跡から見てどの方向にあるかで学区が決まる城東学区と城西学区は小学校も中学校もずっと同じ学校にならない。


「私たちの幼稚園と学校回ろっか」

「いいよ」

「どこから行く?」

「直の方から行こう」

「うん」


 幼稚園が一番近くにあって、歩いて十分ほどで着いた。金曜の午前なので子どもたちが元気に走り回っていた。塀も遊具も全部小さく感じる。幼稚園の園内の写真を撮るのは諦めて、近くの街並みを撮っていく。溶けかけの雪が光を放って、写真の中に光の粒をたくさん写し込んだ。


 小学校も、中学校も児童や生徒が映り込んでしまうので、撮影せずに学校沿いの道を歩きながら、思い出話をした。


 直の中学校を見終わってから通学路だった道を歩いていると、ちょうどお昼時になって、通りに人が出てきた。


「お昼ご飯どうする?」

「ちょっと寒いから、ラーメンとかがいいな」

「家が一番近いけど、駅前のラーメン屋まで行く? 拓にい、今日休みなんだ。結構料理上手だし、喜んで作ってくれると思うよ」

「直の家がいい!」


 アパートに着くと、拓さんが驚いた顔で出迎えてくれた。それでも、直がラーメンを食べたいと言うと、チャーシューとゆで卵と刻みネギのたくさん乗った鶏ガラスープ醤油ラーメンをあっという間に作ってくれた。直が料理上手だと宣伝した通り、病みつきになる味だった。何か隠し味に入れているらしい。


 拓さんが料理中に、直の子どもの頃の写真をいっぱい見せてくれた。二人によく似た雰囲気の漂う優しそうなお父さんが写っていた。


 お父さんは日本人とニュージーランド人のハーフで、子ども時代は国外で生活していたらしく、日本語は苦手で、ニュージーランドの国籍を選んだ。そのあとに二人のお母さんに出会い結婚したけれど、離婚することになり、色々な都合で今は日本に住めずにいると教えてくれた。お父さんは二人に自分の元に来て欲しいと言っているけれど、二人は断っているらしい、二人はきっと病気のお母さんのいる日本を離れられないんだろう。


 そっか、直と拓さんはクオーターだったのか。二人とも父親のことをとても楽しそうに話してくれた。子どもが親に簡単に会えなくなってしまうのはひどく悲しいことだと思った。


 午後は私の通った学校を回った。何か特別な日なのか、授業は午前中だけだったようで、小学校と中学校はひっそりとしていた。

 校庭に入って、写真を撮った。後悔がゼロではないかもしれないけれど、やれることはできる限り挑戦し続けてきたことを再確認することができた。


 最後に幼稚園に来ると、門は閉まっていたけれど、中を覗くことはできた。ハルと出会って、自分がどれだけ多くの幸せを感じてきたか、まるで走馬灯のように蘇ってきた。


 写真のシャッターを夢中で切り続けた。


 直の後ろ姿もたくさん撮った。電信柱とか、空の色、小石、街の看板、屋根の色、いつもなら見逃しそうな様々なものに目が行く。

 夕方になって陽が傾くと、自分の影もたくさん撮った。私と直の影が重なるだけで、なんだか嬉しくて近づいたり離れたりしながら歩いて、カメラでこの瞬間を切り取っていった。


 雲が流れてきて、陽の光が雲間から地上に降り注ぐ。

 まるでこの世界が、地上が天国のようで、すべてが奇跡に思えた。


 直に出会った病院裏の公園に着く頃には、空には残照が輝く程度で、だいぶ薄暗くなってきていた。


「さっむ」


 そう言った瞬間、直が後ろからコートをかけて抱きしめてきた。


「直が寒くなっちゃうでしょ」

「ううん。今までで一番あったかい」


 そう言った直は、陽が完全に落ちるまで、ずっと私を離さなかった。

 私は照れ隠しに、シャッターを切り続けた。


 レンズ越しに見た世界は、輝いていた。


 その夜は、曇が空をおおっていて星がひとつも見えなかった。

 せっかくお小遣いをもらったのに一円も使っていなかったので、隣町のプラネタリウムに星を見に行った。


 金曜の夜だからなのか、結構人が多くて驚いた。

 私は、七夕が好きだから、星には興味が少しはあったけれど、今まで真剣に星のことを調べたことがなかった。でも、もし、生まれ変わることができるなら、天文学者になりたいと思った。


 こんなにもたくさん星があって、宇宙はどんどん広がり続けているのに、出会えたり、名前を知ったりしているってことは、ものすごく稀なことで、すべてが奇跡の連続だと心の底から思った。


 帰り道、直がどこかに消えてしまう気がして、怖くてずっと手を握っていた。きっとこの世界から消えるのは私の方が先なのに、おかしいよね。


 ☆   ☆   ☆


 家に帰ると、お母さんとお父さんはソファーに並んで座って、眠っていた。


 その夜は、まだプレミアチケットが効いているので、普段と違って眠りは心地よく、色々な夢も見た。理想を現実にしたかのような、ありふれた高校生活を送る私がそこにはいた。


 入りたかった高校で、やりたかったスポーツをして、ハルと休み時間に大笑いしていた。けれどそこに直はいなかった。そうだ、私は今の人生を生きていなければ、直には出会えなかったんだ。どこかで、違う道を選んでいたら、健康だったら、価値観も夢もきっと変わってくる。


 私はこの世界が好きなんだ。


 私は今の自分を捨ててまで、手に入れたい幸せなど存在しないと思った。


 ☆   ☆   ☆


 翌日は週末で、土日はお母さんとお父さんはとも元々休みだったので、直に加えてハルと拓さんの力も借りて、二人はゆっくりと過ごすことができた。


 三人には迷惑をかけてしまうけど、私の強い希望で、お姉ちゃんと空には、日曜の夜に帰ってくるまで、お母さんとお父さんが倒れたことは伏せておいた。そうしないと二人とも飛んで帰ってきてしまうだろうから。


 お母さんとお父さんが元気になった頃、二人を説得して、私は病院に検査入院することにした。今回のことがあって、私はこれ以上二人の重荷にはなりたくないと今まで以上に思うようになっていた。このまま長期入院することになる方がいいと思った。




 Will and testament:

 この日に撮った写真もこれから撮る写真も、みんなの携帯に送った写真もこれから送る写真も、好きなように使ってください。あと、部活で描いた絵とかも。私には特別な才能はないかもしれないけれど、私の撮った写真を展示したり私の人生を誰かに伝えることで、もしお金が寄付されるようなことがあったら、みんなの好きな人の大切なもののために使ってね。


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