第120話 雪山

 極寒の地にある高い標高を誇るユングリッド山。


 年中雪が降り続け、その姿は万年雪で真っ白に雪化粧をされている。


「大分寒くなって来ましたね」

「ここら辺りはいつでもこんなもんさ」


 喋っていると吐く息すら白くなっている。


「うわっぷ、ハルトさーん。歩きにくいですぅ」


 なんだか良く知らない球体が話しかけて来たよ。


「ハルトさん?」

「何か御用ですか?」

「何でそんな喋り方なんですか……」


 知り合いだと思われたくないんだよ。察しろよ……


 寒さに弱いのか防寒具をこれでもかと着込んでいる球体、もとい漆黒が短い足を懸命に動かして歩く。


「それだけ着込んでいたら歩きにくいのは当たり前だ」

「でも、寒いですもん!」

「まったく、しょうがない奴だな」

「何でハルトさんはそんな薄着で平気な顔をしていられるんですか?」

「何でって、これを使っているからだけど?」


 懐から赤く光る石を出して漆黒に見せてやる。


「赤い石……ですか?」

「これはさっき寄った村で買ったホットストーンて言う物でね。何でもこれを持っているだけで全身の寒さを防ぐ事が出来る特殊な石らしいよ?」

「私にも下さいよ!」

「一つ、金貨二枚するんだけど?」

「うっ、高い……」

「漆黒がそれを払えるならまだ持っているからあげても良いけど、どうする?」

「酷いです! そんな大金私が持っているはずが無いのを知ってて言ってるでしょ!」

「うん」

「うん、じゃねぇよ! はっ、もしかして他の人はみんな持っているんじゃ……」

「当たり前だろ? パーティーメンバーなんだからさ」

「私は? 私は違うんですか?」

「どっちかって言うと、パーティーのお荷物かなー?」

「パーティーに入れてくれていて安心しました」


 それで安心できるんだ……


 そして寒さに震えている人がもう一人居る。


「理由を聞こうか」

「何のことです?」

「俺にホットストーンを渡さない理由だよ!」

「あははは、パーティーメンバーにしか渡さないって言いましたよね?」

「ちょっと待てや。俺はギルドでパーティー加入申請出しておいたぞ?」

「えー? そう言えば良く知らない人で、確かエドワルドという人から申請が出てたから、却下……」

「それが俺の名前だっていってるだろうがっ、何度目だよ! もうその言い訳は聞き飽きてきたわ!」


 二人があまりにもブーブー文句を言うので仕方なくホットストーンを渡してあげた。


「うう、やっと暖かくなって来たぜ……」

「これ凄いですね!」


 まぁ、この先もしかしたら魔物の襲撃があるかも知れないし、足手まといになっても困るからね。


「ハルト! 遊んでないでこっちを手伝って!」


 僕達が話をしている間に少しだけ先に進んでいたメンバーが魔物の襲撃を受けていた。


 群れを成して襲って来ているのは真っ白い毛皮に覆われている兎。体は小さく素早い動きを駆使して、その鋭い前歯で喉笛を食い破ろうと飛びかかって来る厄介な魔物だ。


「よっと」


 飛びかかって来る兎の耳を捕まえてぶら下げると大人しくなった。


「ふむ、こうしたらどうなるのかな?」


 長い耳を渾身の力を込めて握りしめる。


 キィィィィィィ!


 兎は甲高い鳴き声を残して絶命している。


「みんな! 耳が弱点みたいだよ」


 僕の声を聞きつけたのか、そこら中から兎の鳴き声が聞こえ始める。


「やれやれ、一時はどうなる事かと思ったわ」

「弱点が分かってしまえば大したことなかったわね」

「ねぇねぇハルトさん。あの兎食べられますかね?」

「おいやめろ! まるで僕達が漆黒に食事を与えていないみたいじゃないか。人聞きが悪い」

「えー、でも兎の肉は美味しいって聞いたんですけど」

「見た目は兎でもあれは魔物。そんな物食べたらお腹を壊すだろう。諦めなよ」

「うう、兎肉……」


 いつまでもグダグダと煩い漆黒の襟首を掴んでズルズルと引きずりながら先を急ぐ。


 山の中腹に差し掛かった辺りで少し広めの洞窟を発見し探索。奥は特に何も無く、すぐに行き止まりだった。


「ここで一旦小休止にしよう」

「「さんせーい!」」


 洞窟の入り口付近で火を起こし、冷えた身体を暖めながら軽い食事を食べる。


「あら? この肉美味しいわね」

「どれどれ?」

「おっ、これは……ほんとに美味いな」

「ハルト様。これは何のお肉なんですか?」

「うーん、適当に出したヤツだからなあ。僕にもよく分からないけど、美味しいね」


 あまり多くなかったその肉をみんなで競う様に食べ、あっという間に食べ尽くしてしまった。


「特に味付けもしていないのにこの味は凄いね」

「軽くお塩を振っただけですもんね」

「お腹いっぱいだわ」


 全員、満足気な顔でお腹をさすっている。


「山頂までは後、残り半分だね」

「どうするの? このまま先に進む?」


 今の時刻はもうすぐ夕方に差し掛かるくらいだ。このまま進むと夜の雪山を登ることになる。


「よく知っている場所ならそれもありかも知れないけれど、雪山で強行軍は危険だね」

「じゃあ、ここで朝まで休んでから行く?」

「その方が良さそうだ」


 小休止のつもりでいたんだけどなぁ……


 交代で見張りをしながら朝を待つ。


「兎さーん、待って………」


 漆黒が寝返りをうちながらよだれをたらし、寝言を言っている。


「どれどけ兎を食べたかったんだか……」

「まぁ、気持ちは分からんでもないがな」

「最近の漆黒はよくやってくれているし、山を降りたら食用の兎肉を仕入れてきますよ」

「ほう、珍しいな。お前がアイツに優しくするなんて」

「僕は別に漆黒が憎い訳では無いですからね? 漆黒が色々やらかしてくれるから、お仕置きをしているだけですよ」

「そのお仕置きがエゲツないんだよな……」


 朝まで何事も起きる事なく時間は過ぎて行く。


 問題はただひたすら寒いだけだった。


 麓の山村で仕入れたホットストーンも夜の雪山の寒さを緩和してくれるだけで、毛布に包まっていてもその寒気を抑える事は出来なかった。


「うう、寒くてほとんど眠れなかったわ……」


 身体を震わせながら火に当たるレヴィ。


「寒い」

「風香、大丈夫?」

「寒い」


 あまりの寒さに同じ言葉を繰り返すだけの風香。


 朝食に作ったスープの売れ行きは物凄く、すぐに無くなってしまった。


「さて、そろそろ出発だ。今日中には山頂まで行くよ」

「「はーい!」」


 ふわふわの雪を踏みしめながら山道を急ぐ。時折雪かきをしながらの行軍は遅々として進まない。


「ふう、疲れたなぁ」

「ねぇ、ハルト。何か良い魔法とかないの?」


 良い方法なんてあったら、とうにやってるよ。


「雪を一瞬で消しちゃう魔法とかさ」


 雪を消す魔法? ふむ……


「さすか風香だ。良い方法を思いついた」

「もっと崇めなさいよ。風香様と呼んでも良いのよ?」

「はいはい、風香様。ありがとうごさいますぅ」

「ふふん。それでいいのよ」


 さてと、新しい魔法を作成するか。広範囲に広がる火力の高い火魔法……完全!


 雪かき《フレイムインフェルノ》!


「なっ、馬鹿止めろ!」


 手の平から炎が広がり道を塞いでいた雪が一瞬で溶け去る。


「どうしたんです。エドさん?」

「どうしたもこうしたもあるか! 全員退避だ!」


 やけに慌てて後ろに下がっていく。


 何なんだろうね?


 訳が分からずのんびりとみんなを追いかけていくと、背後から大きな音が聞こえ始めた。


「何だ?」

「雪崩だよ! さっきの洞窟まで走れ!」


 一人、二人と洞窟へ駆け込み最後尾の僕が洞窟内に入った瞬間に雪崩が洞窟の入り口を覆い尽くす。


「ハァハァハァ、間一髪だったな……」

「あはははは……」

「笑い事じゃねぇわ! 殺す気か!」

「すいません。なーんにも考えていませんでした」

「まったく……」


 数時間後、雪かき《フレイムインフェルノ》を禁止された上に罰として入り口の雪かきを一人でやらされてしまった。


 いい感じに腕の筋トレになったし、得した気分だね。

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