第97話 罪と罰

 オウバイの三人の王への謁見も無事に終わった。


 無事に済まないのはこの後だろう。


 僕の婚約者達が待つ部屋までの道のりが黄泉への道の様に長く感じられる。


 僕を案内してくれているのはミシェル。


 オウバイの王であるレックスさんの娘であり、つまりはこの国のお姫様だ。


 そのお姫様が何故だか僕と婚約する事になってしまった。理由は僕が彼女を長年苦しめていた体調不良の原因を取り除いたからだ。


「だからと言って僕の意思を無視してあんな風な不意打ちをするとは思わなかったよ」

「ごめんなさい……」


 素直に謝ってくれはするが、僕の複雑な事情がそれだけでは済ませてはくれない。


 僕には三人の婚約者がいる。一般的には褒められた事では無いのは自分でも分かっている。


 いくら一夫多妻、一婦多夫が許されている国とはいえ不誠実であると言われても仕方ない。


 三人の婚約者達は長い時間を掛けて、お互いの事を知り、その上でなんとかそれを許容してくれているのだ。


 その均衡が、今、崩れてしまった。それも彼女達へ何の相談も無く。


 彼女達はさぞかし激怒している事だろう。普段からやんわりとであるが釘を刺されていたのだから……


「ハルト様は私の事をお嫌いですか?」

「ミシェル、その質問の仕方はズルいよ。好きとか嫌いとかの問題じゃない。問題なのは彼女達に相談もせずに人前で婚約を発表してしまった事だよ」

「はい……」

「僕は彼女達との約束を破ってしまった事になる。必ず相談する様に言われていたんだからね」

「事前に相談していれば、彼女達は許してくれたのでしょうか?」

「それは分からないよ。ただ、今の状況じゃあ、それも望み薄かなぁ?」

「………………」


 彼女達がどう出るか。コレガワカラナイ。


 下手な言い訳をしても、その怒りが収まるどころか火に油を注ぐ事になるのは明白だな。


「あの……こちらです……」


 とある部屋の前でミシェルは立ち止まった。ミシェルが何か言い淀んでいるのはその部屋から発せられる雰囲気からだろう。


 この部屋はヤバい。そう人に思わせる程の怒りのオーラが扉から漏れ出している。


 トントン


 ノックをしてから一息に扉を開ける。


 部屋の中には机と椅子。そこに腰掛けて談笑しながらお茶をすすっている三人の婚約者。


 イクゾー!


「やぁ、みんな久しぶ……」

「春人ぉぉぉぉぉぉ! 歯ぁ食い縛りゃぁぁぁぁ!」

「ぶべらっ!」


 部屋へ入るなり、一人のバーサーカーが突然、僕に襲い掛かってきた。


 歯を食いしばれと言いながら、下からのアッパーを放ってきた。それは見事に顎を捉え、しばしの間空中を舞う僕。


 その滞空時間中に胴体に向けて一本の槍が向かってくる。その槍は炎を纏い、さながらドリルの様に回転しており、まともに受けるとただでは済まないだろう。


 咄嗟に槍を掴むが、纏っている炎が両手を焦す。


「熱っ!」


 その焼ける痛みに気を取られた隙に、背後から静かに忍び寄る影。後頭部に遠慮の無い一撃を喰らい、床へ叩き付けられる。


 そして、三人の襲撃者は僕を取り囲んで言い放つ。


「よく私の前に顔が出せたわね!」

「裏切り者!」

「あら? 春人、まだ生きているのね。とどめが必要みたいね。今すぐにあの世に送ってやるわ!」


 やべい、コレはやべい。


「頼むから……ちゃんと話を聞いてよ……」

「言い訳は聞きたく無いわ!」

「説明するから……」

「戯言も聞きたく無い!」

「どうしろって言うんだよ……」

「死をもって償えばいいのよ!」


 アカン、怒り方が半端じゃない。甘く考え過ぎたみたいだな。


 どう宥めるかシミュレーションをしていると、勇者ミシェルが敢然と魔王風香に立ち向かう。


「申し訳ありませんでした!」


 初手は謝罪からだった。深々と頭を下げている。


 ガッカリだよ勇者ミシェル。


「誰よアンタ?」

「オウバイの賢王の娘、ミシェルと申します」

「そう、興味ないわ」


 流石は魔王風香様、バッサリだ。


「あの……」

「黙れ小娘! 今はアンタと話している暇なんて無いのよ! 裏切り者を抹殺する所なんだから!」


 小娘って……年齢、同じくらいだよ?


「ハルト、そこへ座りなさい」


 レヴィが下に向けて人差し指を向ける。


「あの……そこ……床ですよね?」

「そうよ? 何か問題でもあるの?」

「ありません……」


 床へどっかりと腰を下ろす。


「正座!」

「アッハイ」


 慌てて座り直すと満足げな表情になったレヴィ。


「何か言う事はある?」

「レヴィ、僕は知らなかったんだ。突然ミシェルがあんな事を言い出し……」

「あははは、ハルト、違うわよ。遺産の分配とかの話だから」


 僕の死は確定しているみたいです。皆さん、短い間でしたがお世話になりました……


 三人の中では、実はレヴィが一番怖いんだよね。


「ハルト、私達に内緒で婚約者を増やさない様に言っておいたでしょ? 忘れたの?」

「イイエ……」

「事前に知っていたらここまで怒らないのは分かっていたでしょう?」

「ハイ……」

「いつかは増えるとは思っていたけどさ。こんなやり方は酷いと思わない?」

「オモイマス。ゴメンナサイ」

「それで? ハルトはどうするつもりなのよ?」


 僕は……どうしたら良いのか、まだ決めかねているんだよねぇ。


「事前に説明出来なかったのは僕のせいだ。ごめんなさい。この事に対して、僕は口出し出来ない。決定権はみんなに預けるよ」

「何よ? 丸投げして責任を放棄するの?」

「風香、それは違う。責任は取る」

「でもさー、丸投げしているのは変わらないよね?」

「シャル、僕にはそれしか出来ないんだ。それとも僕がどうするか決めたらその通りにしてくれるの?」

「する訳ないよねー?」

「うん、そう思うよ。だからみんなが決めた通りに従う、どんな罰でも受ける。ごめんなさい」


 正座からの土下座へと移行する。これはいつものパフォーマンスとは違い、本心から自然に出た行為だ。


「ふぅ、春人への罰は後で言い渡すわ。そこの女、ちょっと顔を貸しなさい!」


 おおう、往年のスケバン的な台詞だな。


「ハルト、私達が出てくるまで、そこで反省していなさい。分かった?」

「ハイ、オオセノトオリニ……」


 三人の婚約者と一人の婚約者(仮)は奥にある部屋へと入って行った。その時、風香に食料や飲み物を入れてあるマジックバッグを強奪された。


 そんなに時間が掛かるの? 実はもうとっくに足の感覚が無いんだけど……


―――――――――――――――――――――


「さてと……ミシェル、だったわよね?」

「はい」

「質問するから答えて」

「はい」

「春人のどこを好きになったの?」


 思っていた質問とは全く違っていた。


「あの、ハルト様は私を長い間悩ませていた原因不明の病を治してくれたんです」

「それはただのキッカケでしょ?」

「あの……」


 何が聞きたいのか分からずに戸惑うミシェルにレヴィが声を掛ける。


「あのね、私達はいずれは増えると思っていたのよ。ハルトはああいう奴だから」


 すかさずシャルが言葉を続ける。


「そうそう、ハルトは女の子には優しいからね。コロッと行っちゃう娘が出てきてもおかしくないんだ」

「それに、顔はいいし、お金だって沢山持っているし、将来有望だから」

「体型も引き締まっているしね。私はあの左腕の筋肉質な所とか好きだなー」

「分かる分かる!」

「私は断然背中ね! あの背中に後ろから抱きつくのが堪らないのよね」

「うん、それも捨てがたいね」


 何が起こっているのかさっぱり理解出来ないミシェルが恐る恐る問いかける。


「あのー? これ、なんの話なんですか?」

「「「女子会!」」」


―――――――――――――――――――――


 四人が女子会を開いている頃、ハルトを訪ねて部屋を訪れる者が居た。


「おう、何やってんだ?」

「見て分かりませんか?」

「床に座っているな……」

「分かっているなら聞かないで下さいよ……」

「俺が聞きたいのは何故、床に座っているか、なんだがな?」

「レックスさんのせいです。反省していなさいって言われているんですよ!」


 部屋を訪れたのはオウバイの王、レックスと残り二人の王。


「ククク、ざまぁねぇな」

「煩いですよ。なんで僕がこんな目に……」

「それよりもハルト、紹介しておこう。こっちがオズウェル = ケアリーでコイツがフレイザー = ホイッスラーだ」


 レックスと共にやって来たのはオウバイのトップ。


「俺が拳王オズウェルだ。宜しくな、小僧」

「私は剣王フレイザー、よしなに」


 ふむ、賢王に、拳王に、剣王ね。ありがち!


 一人だけ世紀末覇者が混じってるし……


「お前に聞きたい事があるんだ」

「何ですか、オズウェルさん?」

「お前、フランをのしちまったって本当なのか?」


 フランさん? あの時の事かな?


「あー、本気で戦ったのは事実ですけど、どっちかって言うと痛み分けですかね。僕は右腕を切り落とされてますからね」

「良く言うぜ。不思議な技でフランの頭を地面にめり込ませて、気絶させた癖によ」

「それそれ、その技の詳細を知りたいんだよ」


 あの時は……あれの事か。


 フランケンシュタイナー、自らの両足で相手の頭を挟み込み、身体を捻り相手を地面に叩きつける技。


「あれはですね……」


 技のやり方を説明すると、オズウェルさんは何度も頷きながらニコニコと笑っている。


「面白そうだな。今度使ってみるかな」

「実戦では中々使いにくい技ですからね?」

「だからこそインパクトがあるんだろうがよ!」


 あれを成功させるのは難しいんだよなぁ。


 その後は何故だか戦闘談義になってしまい、皆熱く語り合っていた。お酒も入り、声が大きくなって、途中でレヴィが苦情を言いに来る始末だ。


「煩い! 少し静かにしなさい!」


 一瞬、正座令を解除してくれるかと期待していたのだが、チラッと僕を見ただけですぐに部屋へ戻っていってしまう。


 結局、朝まで正座待機をする事になり、オッサンズの喧しいイビキを聞きながら足の痺れと戦う事になってしまった。


 我慢が限界に近づいた頃、やっと部屋から出てきた四人。その表情は幾分和らいでおり、足を伸ばしても良いと許可が出た。


「うう、感覚が全然無いや……」


 立ち上がる事も出来ず、足をさすっていると足元に三人が集まって来る。


 可愛らしくちょこんと座り、人差し指を僕の足へと向けている。ニヤニヤとした笑いを浮かべて……


「うっそだろ? それは酷くない?」


 痺れが切れている足をツンツンとつつき始める。


「あひん、やめれ! うひゃん、頼むから……」

「うふふふふ」

「これが面白いのよねー」

「コラ、逃げるなハルト!」


 最も楽しそうに足をつつく風香がそれに飽きた頃には一時間も経っていた。最後のこれが本当の地獄だったわ!


 だが、この程度の罰で許してくれているんだ。本当ならもっとキツイ罰を喰らっても仕方の無い事を僕はしている。


 三人にはいくら感謝しても、全然足りていない。頭が上がらないとはこう言う事なんだろう。


 こうして、僕の新たな婚約者騒動は幕を閉じたのだが、騒動というものは続く物で、またまた新しい問題が勃発した。


 まぁ、いつもの事なんだけどね。

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