オウバイ王国編

第81話 初めての船旅

 幻想宮を脱出し、向かった先は僕たちパーティーのホームであるレヴィの家だ。


 回収できる物がまだ残っているかもしれない。帝国の兵士が居る可能性もあるが、その場合は回収を諦めて、素直に港町ドグマへと向かおう。


 外から家の様子を見てみるが、特に問題は無さそうだ。念のため玄関から入る事はせず、二階の部屋へと直接転移する。


 僕たちの部屋は特に荒らされている様子は無い。


 部屋の中に放置されている予備の武器や防具、回復ポーション等、今後も必要になりそうな物を片っ端からバッグへと仕舞い込む。


 クローゼットへと入り、引き出しを開け、洋服や下着類まで根こそぎ持ち出す。


「あ……これ、懐かしいな」


 チェストの上の小箱を開けると昔レヴィにおねだりされて買った首飾りが見つかった。


「これも、持って行こ」


 その他、色々と持ち出していると階下に人の気配を感じた。


 誰だ? 帝国兵か?


 人数は……一人だな。階段をトテトテと登って、向かい側の部屋へと入った様だ。


 静かに扉を開け廊下へと出ると、開け放した扉の向こうで机に突っ伏している小柄な人が肩を揺らしている。


「ここで何をしているんだ? 漆黒」

「ふぇっ!?」


 不意に声を掛けられて、振り向いたレスリーの顔は涙で濡れていた。


「ハルト……さん? 何でここに?」

「何でって…ここは僕達の家だからね」

「でも、死んだって……」

「ああ、その事ね」

「ああ、化けて出るくらい私の事が……」

「ああー、無い無い。僕はちゃんと生きてるから」

「何があったのか説明して下さい!」

「へいへい、あのね……」


 長い長い説明が終わり、全員が無事であることを知ったレスリーは、先程の静かなすすり泣きとは違う、号泣を始めてしまった。


「よがっだー、いぎででぐれでー」

「何を言ってるか、分かんないよ。あと鼻水が汚い」

「煩いです! 生きてるなら生きてるって言って下さいよ!」

「生きてる」

「そうじゃねぇーーーーーー!!」

「煩いよ、静かにして。帝国兵が来るかも知れないから」

「うう、はい」


 一階へ場所を移し、レスリーが落ち着くまで紅茶を飲みながらしばし待つ。


「それじゃあ皆さんは今、オウバイへ向かっているんですね?」

「ギンの話が本当なら、だけどね」

「ハルトさんもオウバイへ?」

「僕はどこでも構わないよ。ただ、もうジニアには居られないかな?」

「分かりました。すぐに準備します!」

「えっ? もれなく漆黒もついてくるの?」

「当たり前です! それと、ちゃんと名前で呼んで下さい!」

「はいはい、分かったよ漆黒。40秒で支度しな!」

「呼べよ! 後、短すぎる!」


 部屋中あちこちを駆けずり回るレスリーを眺めながら、この後の行動を整理する。


 港町ドグマへは歩いて約二日。クリアさんとの待ち合わせは三日後だ。のんびりはして居られない。


「お待たせしました!」

「本当だよ。待ちくたびれた」

「女の子は準備に時間が掛かる物なんですぅ!」

「28歳……女の子……」

「歳の話はすんな!」

「アッハイ」


 プリプリしているレスリーの手を取り転移をしようとすると、思い出した様に急にレスリーが叫ぶ。


「待って下さい!」

「何? 時間が無いんだけど?」

「萃香さんとアイリさんは?」

「うん? 二人は今、どこにいるの?」

「お二人は風香さんが亡くなったと聞いて、傷心の旅に出発しました」

「居場所が分からないなら、どうしようもないかなぁ。まぁ、萃香ならそのうち風香の匂いを感じ取ってオウバイまで来るだろうから、放置だな」

「えっ? 何その能力……」

「萃香の標準装備だよ? 距離は関係なく風香の匂いだけを嗅ぎ取るんだ」

「何それ怖い」

「萃香が、もう既に風香と一緒にいても僕は驚かないよ」

「そうですか……あっと、エドさんはどうするんですか?」

「うーん? あの人はウチのパーティーメンバーじゃ無いからパスだな」

「ええ……まだパーティーに加入してないんだ……」

「忘れ物は無いね? 行くよ!」

「はぁ……」


 転移!


 転移した先は、港町ドグマに程近い街道。ここからなら今日の夕刻迄には到着するだろう。


「ここ、何処なんですか?」

「ドグマまでは、一日掛からないくらいの街道だよ」

「直接ドグマへは行かないんですか?」

「行かないんじゃなくて、行けないんだ。転移はそこまで万能じゃない。行った事がない場所へは転移出来ない。視認できる場所は行けるけどね」

「はぁ、そうなんですか……」

「ほら、さっさと行くよ!」

「あー、置いていかないで下さいよー」


 レンガが敷き詰められた街道をひたすら進み、日も落ち掛けた頃、やっとドグマの街並みが見えて来た。


「やれやれ、やっと到着かよ……」

「ハ、ハルト……さん。あれは歩くじゃ無くて、疾走って……言うんですよ……はぁはぁ……」


 レスリーも案外だらし無いな。オウバイへついたら修行させないと……だが、それは僕も同じだな。未だにラーニングのスキルを上手く使えていない。


 落ち着いたら、色々と確認して今よりも、もっともっと強くならなくては。そう、師匠の様に……


 いや、流石に無理か……あの人を超える事なんて、人類には不可能だ。


 たかだか六時間ほど全力疾走した程度でへばっているレスリーの首を掴み、ズルズルと引き摺りながらドグマへと向い、歩き出す。


「ハルトさん? それ女の子の扱い方じゃないですから!」

「我が儘だなぁ。じゃあどうしろと?」

「抱っことは言いませんから、せめておんぶくらいはして下さいよ……」

「分かったよ、ほら」


 レスリーに背を向けてしゃがみ込み、おぶさって来るのを待っていたが、何の反応も無い。


「レスリー? 何をしているんだ?」

「あの……えーと……」


 何だよ? もじもじしてるぞ?


「失礼します……」

「うわっ、洗濯板が痛い!」

「失礼です! 乙女心が傷つきました!」

「乙女なんて何処にも居ないよね?」


 港町ドグマ付近までレスリーを運び、一旦街の様子を伺う。


「どうしたんです?」

「忘れたの? 僕はもう死んでいる」

「秘孔を突かれてる!?」


 そんな訳あるかい! てかなんでレスリーがそれを知っているんだよ!


「帝国の陰謀だよ。死人が街の門を通れないだろ?」

「ああ、それもそうですね……それで、どうするんですか?」

「暗くなるまで待ってから、転移で潜り込むしか無いね」

「犯罪者みたいですね」

「仕方ないだろう? よし、待機だ」


 幸い、もう夕方になっていたので、それ程待つ事は無かった。予想外だったのは夜になると門を閉じられてしまう事だけだ。


「ふぅ、ギリギリだったな」

「ハルトさん。何も考えてなかったんですね?」

「まぁ、良いじゃないか。間に合ったんだし」

「先が思いやられます……」


 さてと、この後は……クリアさんと連絡を取らないといけないな。


 確かこの辺りだって聞いているんだけど……


「あった、この店だな」

「酒場ですか?」

「うん、ここのマスターにあるキーワードを言うように言われているんだ」


 酒場の扉を押し開けて中に入る。


 テレレレレレン テレレレレン


 油断したわ! 久しぶりだわ!


 何で、入り口で四つん這いにならないといけないんだよ!


 脱力感、半端ねぇ……


「いらっしゃい……」


 気を取り直してカウンターへと向かい、マスターらしき人に注文をする。


「えー、水を一杯貰えますか?」

「ウチを何だと思っているんだ? 酒場だぞ?」

「あはは、口の中をクリアにしたくて……」


 マスターの目がキラリと光る。


 そう、あるキーワードとはクリア。どんな会話でも構わないからその言葉を入れておけば、マスターから何らかの指示が出るとクリアさんは言っていた。


「あー、そうかい。それなら……」


 マスターが渋々といった態度でコップに水を入れ始めた所で、近くで酒をあおっていた男が僕に絡んでくる。


「おい小僧! 酒を飲まないなら、こんな場所へ来るんじゃねぇよ!」

「あー、放っておいて貰えます?」

「あん? テメェ誰に口を聞いているんだ?」


 初めて会ったんだから誰だか知らないって……


「テメェみてぇなガキはコイツでも飲んでさっさと出て行きな! マスター、ミルクだ!」

「はいよ……」


 マスターは困った顔をしながら僕にミルクを出してくる。


 やれやれ、面倒だなぁ。


 ゴクゴクとミルクを飲む。


 む? これめっちゃ美味しいぞ!


「プハァァァ、あ、おかわり貰えます? あの人の奢りなんですよね?」

「テメェ……調子に乗ってんじゃ………」


 不用意に近づいてきた男の顎に見えないパンチをお見舞いして気絶させる。


「ああもう、少し飲み過ぎみたいですねぇ。大丈夫ですか?」


 男の顔を軽く叩く。


「あーあ、ダメだこりゃ。マスター、この人調子が良くないみたいなんで休ませてあげたいんですど……」

「お? おお、奥の部屋を使うと良い。こっちだ」

「ほら、レスリーも手伝ってよ」

「あ、はい」


 カウンターのカーテンで仕切られた部屋へ男を連れ込み店内から見えない場所まで入ってから、男を床へ転がした。


「まったく、勘弁してくれよな……」

「お前、手慣れてるな」

「好きでこんな事してる訳じゃないですからね?」

「すまない、まさかアンタに絡み出すとは思わなかった。こっちの不手際だな」

「別に構いませんよ。それでクリアさんは?」

「もうすでに港で待機している。アンタが到着次第、出港する予定だ」


 あらら、案外早く到着したんだな。


「じゃあ、港へ向かえば良いのかな?」

「そうだ、クリアの旦那はエスポワールと言う船で待っているそうだ」


 エスポワール……だと?


「ジャンケン大会とか……やってないですよね?」

「はぁ? している訳ないだろう?」

「ですよねー、良かった良かった」


 ふむ、偶然の一致か。


「じゃあ僕らは港へ向かいます。マスターにはいくらお支払いしたら良いですかね?」

「べ、別に金なんかいらねぇよ……」


 ああ、ここまで説得力のない台詞は久々に聞いたなぁ。バレバレですよ? マスター。


「そう言うわけにもいかないんで、大した金額じゃ無いですけど、どうぞ」


 マスターの手のひらに三枚の金貨を乗せる。


「なっ、こ、こんなに?」

「それだけの仕事をマスターはしてくれたって事ですよ。いいから取っておいて下さい」

「お、おう。他に何か知りたい情報とかないか? これじゃあこっちが貰いすぎだからな」

「情報か……」


 差し当たって必要な情報はないけれど、マスターの顔を潰さない程度にドグマの事を聞いておいた。


「後はそうだなぁ。昨日の話なんだが、ドグマの上空を白いドラゴンが飛んで行くのが目撃されている」

「へぇ?」

「お? やっと興味を持ってくれたか」

「あはは、バレてました?」

「ふっ、これでも一応は情報屋だからな。顔を見ればそいつが何を考えているかくらい分かるさ」

「はぇー、凄いですねぇ」

「ふふん、もっと褒めてもいいぞ? それで、そのドラゴンだが……何もせずに北の方角へ飛び去っていったみたいだな」

「何だったんですかね?」

「さあな? そこまでは分からんよ。所詮ドラゴンも魔物だからな」

「そうですか……色々教えてくれてありがとうございました」

「おう、満足して貰えた様で何よりだ。気をつけて行けよ?」


 自分の仕事に誇りを持っている人は好きだ。あのマスターもそんな人なんだろうな。


 感謝しつつ、教えて貰った裏口から店外に出て、闇に紛れて港を目指す。


 港に到着すると、篝火に照らされた大きな船が波に揺られていた。


「あ、あれかな?」

「きっとそうですよ! 行ってみましょう」

「あ、おい!」


 駆け出して行ったレスリーを慌てて追いかける。


 もうすっかり暗くなっていたが、船のへりに設置されているカンテラがぼんやりと光って船の全体を照らしていた。


「思っていたよりも大きいな。僕に取っては豪華客船に等しいよ」

「でも、これだけの船なら外海でも安心ですね」

「うん?」

「外海は内海よりも荒れやすいんですよ? 知らなかったんですか?」

「そうなんだ? 船に乗るのは初めてだからなぁ」

「私もなんです。実は結構楽しみにしてたんですよ」


 その船、エスポワールへ近づいて行くと、タラップの前で船員が数人たむろしていた。


「止まれ!」

「怪しい者じゃありませんよ。クリアさんは船の中ですか?」

「うん? クリアの旦那の知り合いか?」

「はい、ハルトですけど……」

「おお、お前がそうか! 話は聞いているぞ。思ったより早く来てくれて助かったぜ」

「すぐに出発する。乗ってくれ!」


 船員たちに、慌ただしく船の上に追いやられてしまった。


「こんな時間に出港して大丈夫なのかな?」

「ふふふ、ウチの船員は優秀だから何の心配もいらないぞ、少年」

「クリアさん!」

「良く来たな。無事で何よりだ」

「ありがとうございます」

「早速だが船長を紹介しよう。こっちだ」


 僅かに揺れる船上をクリアさんの後について船室へ案内される。


「船長、紹介しよう。今回の客人のハルトと……」

「あっ、初めましてレスリーです」

「おう、宜しく頼む」


 日に焼けた、浅黒い肌の男がニヤリと笑う。


「この男が船長タイターだ。船乗りとしての腕は良いんだが……」


 何か引っかかる言い方だな?


「果てしなく運の悪い男でな、海に出る度に嵐に巻き込まれるんだ。二つ名が嵐を呼ぶ男だからな。はっはっは」


 えぇ……笑い事じゃないよ。


「船長、出港の準備が整いやしたぜ!」

「おうよ! 今、行くぞ。何も問題は無いか?」

「バッチリでさぁ」


 二人は意気揚々と船室を出て行った。


「クリアさん今の人は?」

「あいつは副長のニックだ。あの二人は我が傭兵団の海運の要だ」


 アイツかぁぁぁ! 嵐の原因じゃ無いか!


 よりによって何であの二人を組ませたんだよ!


 タイターとニックなんて駄目駄目にも程があるわ!


「あの……クリアさん?」

「なんだ、少年?」

「この船、無事にオウバイへ到着するんですよね?」

「ああ、大丈夫だ問題無い」

「不安でしょうがねぇ……」


 こうして僕は、何とかジニアを脱出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る