第80話 それぞれの脱出
オウバイへの亡命を了承した千登勢だが、その方法に頭を悩ませていた。
「どうしたら良いのかな?」
「後宮を出る事は可能なの?」
「それは平気、私は自由にさせて貰っているから」
「問題なのは私達ね……」
作戦会議の結果、三人を女官に仕立て上げ、聖域を訪問すると言う建前で出発し、その足で内海の港へ向かう事となった。
「外までは俺が付き添ってやる。その後の事はお前達に任せたぞ」
「分かったわ。すぐに出発しましょう」
慌ただしく準備を終え、後宮を後にする。
「この服、歩きにくいわね」
「分かる分かる。スカートが長過ぎなのよ」
「おい、余計な事を喋るな。バレるだろうが」
「はーい」
能天気な風香とシャルのやり取りにイライラを募らせるギン。
「ギンちゃん? なにをそんなにカリカリしているのよ? らしく無いよ」
「ここはまだ安全じゃ無いからな。せめて外に出るまでは安心できん」
「考えて過ぎよ。ハゲるわよ?」
「ウルセェよ!」
二人のやり取りにクスクス笑う三人。
その後、順調に幻想宮を歩き、外へと通じる扉の前まで到着する。
「はぁー、娑婆の空気は美味いわねぇ」
「それ! ハルトも良く言ってた。なんなの?」
「ただの様式美よ!」
「頼むから……聖域に着くまで……黙っててくれよ」
「はーい!」
ギンの最大なため息と四人のクスクスとした笑い声が重なる。
「だけどさ、外門はどうやって通るの? 兵隊が門を監視しているでしょ?」
「ふん、何事にも抜け道って物があるんだよ。取り敢えず聖域まで行くぞ」
聖樹が祀られている、聖域に到着するなりギンは四人を地下へと連れて行き、とある部屋の前で立ち止まる。
「いいか? この部屋の中の事は誰にも言うなよ?」
「ギンちゃん、何の部屋なの? 私も知らないんだけど……」
「中に入れば分かる」
扉に右手を当てて魔法を唱える。
「よし、いいぞ!」
皆が部屋の中へ入ると、再び魔法で鍵を掛けたギンはやっと安堵の表情を浮かべる。
「ここまで来れば一安心だ。ここから先は俺の庭みたいなもんだからな」
「ここは……」
「なによ! 何も無いじゃない」
その部屋の中身は家具一つ無い、ただのだだっ広い部屋だった。
「そう思うだろ? ここはな、俺が張り巡らせた転移部屋なんだよ。帝都であれば何処にでも行ける様に魔法陣を設置してあるんだ」
「良くもまぁ、そんな面倒な事を……」
「ふふん、凄いだろう?」
何故か鼻高々なギンをよそに呆れた顔の面々。
「さぁ、すぐに港に行くぞ!」
「ちょっと待ってよ! まだ仲間が揃ってない。あと二人いるの」
すぐに風香がギンに食ってかかる。
「あん? 諦めろよ」
「ふざけないで!」
「分かった分かった。お前の仲間は後で俺が責任を持ってオウバイ行きの船に乗せる。どっちにしろあの小僧も助けなきゃいけねぇんだからな」
「それなら、良いかな。どう思う?」
風香の問いかけに二人は無言で頷く。
「よし、それじゃあそこに立て」
ギンが指示する場所に立つと足元の魔法陣に光が灯もり、その場から四人の姿が搔き消える。
「後は上手くやってくれよ……」
―――――――――――――――――――――
そんな事になっているとは知らない春人は囚われた部屋の中で脱出の機会を伺っていた。
力技で隷属の首輪をはずした事で体に受けたダメージもほぼ回復し万全の体制で待ち続け、やっとその機会が訪れた。
外へと通ずる扉が不意に開き、二人の兵士とピンク色のローブを着た人物が部屋にやって来た。
毛布を跳ね除け、まずは兵士二人に躍りかかる。
朝霧流秘技、首トン!
「う……」
「なに……」
瞬く間に兵士を気絶させ、最後の一人ピンク色のローブの人物を背後からフェイスロックで締め上げる。
「ぐ……何……」
「静かに、抵抗しないで下さい」
ローブを着込んでいるので、魔道士か、もしくは錬金術師だと思っていたが意外と筋肉質な身体をしている。しかし、背丈も小さく拘束するのは容易だった。
「んん? 何だ?」
思わず声が漏れてしまった。拘束している人物から急に甘い香りが漂い始めていた。
「離し……なさい」
その声を聞いた途端に両腕の力が抜け始め、自分の意思とは裏腹に拘束を解こうとしてしまう。
軽く頭を振り、ピンクローブへ後頭部へ頭突きを入れる。そのお陰で、ぼんやりとしていた意識が覚醒し、両腕に力が戻ってきた。
ピンクローブを締め落とすべく、さらに力を込めて締め上げる。
「馬鹿な……何で……なの?」
「何かしたのかな?」
「私の
「
さて、このまま締め落とすか、それとも縛り上げて情報を得るかな?
数秒の間悩んでいるとクリアさんの口から意外な言葉が飛び出した。
「少年、そいつを離してやってくれ」
「クリアさん?」
「どうやらそいつはウチの団員の様だ」
警戒しつつ、拘束を解くと、ピンクローブは床に座り込み、酸素を求めて喘いでいる。
「ゴホッ、何なのよアンタは……」
「そっちこそ誰さ?」
「少年、そいつは《ああ、傭兵団》のレンジャーピンクだ」
「クリア! やっと見つけたわ」
「ふふふ、良くここまで来れたな?」
「苦労したわ。まったく……何でこんな場所にいるんだか……」
「好きでここにいる訳では無いぞ? コイツを嵌められてな、難儀している所だ」
クリアさんが自らの首を指し示して、肩をすくめている。
「ああ、それね。今、外してあげる」
ピンクが懐から手のひらに収まる程の丸い水晶の球を取り出し、クリアさんに向ける。
水晶が薄く光出すと、クリアさんの首輪が音もなく外れた。
ええー! そんな簡単に外せるの?
僕の苦労は一体何だったんだ……
「やれやれ、やっと自由の身か。助かったぞピンク」
「どういたしまして。それで? この変態は誰よ?」
「変態って、僕の事?」
「当たり前でしょ! 私の
「ピンク、その少年はハルトと言って、俺と共に戦った仲なんだ」
クリアさん……僕の名前、憶えていたんだ……
「さて、ピンクがここにいると言う事は、そこの二人も……」
「あっ、深緑と群青! ちょっと、しっかりしなさいよ!」
ピンクが倒れた兵士をゆさゆさと揺さぶると、二人の意識が戻り始めた。
「う……ピンク様?」
「一体……何が……」
「だらしないわね! そんなんだから二人共いつまでも二軍なのよ。早く起きなさい」
「「レンジャー!」」
相変わらず、それが返事なのね……
「クリア、早い所ここから脱出するわよ」
「ふむ、それは構わんが……」
「何よ?」
「他の者はどうする?」
「うん? 放っておけば良いじゃない。関係無いんだし。逃げたければ好きにするでしょ?」
「そうは言っても、皆、首輪を嵌められているんだ。そう簡単には行くまいよ」
「ああもう、外せは良いんでしょ外せば!」
ピンクがイライラしながら再び水晶を取り出して手当たり次第に首輪を外して行く。
「もう、これ結構疲れるんだからね!」
クリアさんの分厚い胸板をポカポカと叩きながら不満をあらわにするピンクとやれやれ、といった感じのクリアさんを見ていると、何だかほっこりしてくる。
この二人はいつもこんな感じなんだろうなぁ。
やばい、僕も早くみんなと会いたくなってきたよ。
「そろそろ行くわよ」
先程までクリアさんとほんわかした雰囲気を出していたレンジャーピンクがキリッとした表情をしてそうな態度で出発を促す。
ピンクのレンジャーマスクを被っているから分かんないんだよね。
「でも、こんなに大勢で外まで行けるんですか?」
「うん、大丈夫よ! 私に任せなさい!」
「それなら全部お任せしても良いですかね?」
「うん? 少年はどうするつもりだ?」
「僕の仲間が皇帝の後宮へ連れて行かれたんです。早く助け出さないと……」
「そうか……それは心配だな。こっちは全て任せておけ少年」
流石クリアさん。
頼もしいお言葉を頂いたので、僕は一人でその場を離れる。
さてと、どっちに行けば良い物やら。
「そっちじゃ無いわよ」
「わっ! ビックリした」
「あはは、警戒が足りないわね」
「ピンクさん、驚かさないで下さいよ」
「あまりにも無警戒だったから、イタズラしたくなったのよ。後宮に行くなら向こう側へ向かって、階段を上がるのよ」
「情報、ありがとうございます!」
「少年、我らは外海の港町ドグマに向かい、オウバイへと渡る。そこで落ち合おう」
「はい!」
ドグマでの連絡方法を確認し、ピンクさんの示した方向へ、今度は警戒を怠らないように静かに歩く。
階段までは誰にも遭遇せずに到着したが、階上を伺うと人の気配がする一段、一段ゆっくりと登り、一階部分へと足を踏み入れる。
先程の気配はすでに遠のいていて、壁に架けられた蝋燭が灯り、やや薄暗い。
(時間的には夜なのか……好都合だな)
夜の闇に紛れ込み、ヒタヒタと廊下を進む。
(後宮は多分三階だな。皇帝の執務室から近い場所にあるはずだ)
途中何度か見回りの兵士に遭遇するが、闇に紛れてやり過ごし、三階へ到着する。
人の気配は無い。皇帝の執務室まではあと少しだ。
その安堵感からなのか、油断をしていた。
ある扉の前を通り過ぎようとした時、不意に扉が開く。
(まずい! 身を隠す場所は……無いか)
躊躇していると、首根っこを掴まれ部屋へと引き入れられてしまった。
(やるしか無い!)
戦闘体勢へと入り、拳を握ると驚いた様な声を掛けられた。
「どうやってあそこから出て来たんだよ? 小僧」
「アンタはギンか……」
「良くもまぁ、見つからずにここまで来たな」
(何だ? 敵意は無さそうだな。誰かに連絡した素振りも無いぞ?)
「そう警戒するな。俺はお前の敵じゃあ無い。むしろ味方だよ」
ギンの言葉をそのまま素直に受け取る事はせず、無言で睨みつけていると、ギンは僕が最も欲しい情報を話し始める。
「小僧、仲間を助けに来たんだろう? だが一足遅かったな」
「何を……した?」
みんなの身に何かあったのか? それともギンが何かしたのか。
「おお、怖いねぇ。そんな恐ろしい殺気を出すんじゃねぇよ。アイツらは無事に帝都を脱出したぞ」
「何だと?」
「ジニアは少し厄介な事になっている。だからお前の仲間に俺から直接依頼を出して帝都を出て貰った」
依頼? 脱出? 何が起こっているんだ?
「千登勢を憶えているか?」
千登勢……確かあの事件の時に僕を治療してくれた帝国の聖女だったか?
「千登勢は俺とボンザにとって失う訳にはいかない大切な奴なんだ。今の帝国に置いておきたく無かったんでな、オウバイへ亡命して貰った。その護衛としてお前の仲間を雇わせて貰った。今頃はもう船に乗って内海を進んでいるだろう」
「その言葉を信じられないね。アンタは僕にとって敵でしか無いからな」
「だろうな。コイツを撮っておいて良かったぜ。今から再生するから良く見てくれ」
ギンが懐から取り出したのは小さな四角い石。
その石を机の上に設置して、何やらブツブツと唱えている。すると、その石から壁に向かって映像が映し出される。
「これは記憶の石板だ。ビデオみたいな物だよ」
壁には確かにレヴィの姿が映っている。
「もういいの? これに喋ればいいのね? ハルト、私達は無事よ。今から大賢者ギンの依頼で千登勢さんと一緒にオウバイへ向かうわ。帝国はもう駄目みたいね。これを見ていたら追いかけて来て。オウバイで待ってる」
たった数秒の映像だが、確かにレヴィで間違いは無い。脅されて話している雰囲気も無く、いつも通りのレヴィだ。あと獣耳可愛い。
「と、言う訳だ」
「事情は把握した。けど、一つ確認したい」
「何だよ?」
「帝国に何が起こっている?」
「そいつはまだ話せないな。俺にもまだ良く分かっていないんだから。ただ、今言える事はお前さんはこの国に居ない方が良いって事だけだ」
僕は帝国に未練は無い。レヴィも風香もシャルも、もうこの国を出ている。
「アンタはどうするんだ?」
「俺か? 俺は帝国の誇る大賢者様だぜ? 帝国の危機に何もしない訳にはいかねぇだろう?」
「まぁ、確かにね」
「それから追加情報だ。お前達四人は今日の夕刻に死亡したらしいぜ?」
その事がさもおかしく、そして少し寂しさを醸し出している複雑な笑いをギンが浮かべている。
「へぇ、動きやすくて良いかもね」
「それと、これを渡しておく」
ギンが取り出して来たのは一本の鍵。無骨なただの鍵とはちがい、それ単体でまるで装飾品の様な美しさを持った鍵だ。
「何だよこれ?」
「いいから貰っておいてくれ」
「理由も言わずにかよ。要らない」
「そう言うな。何の鍵なのかは千登勢が知っている。詳しくはあっちについてから聞いてくれ。それがお前さんへの報酬だ」
「報酬?」
「千登勢を守ってやってくれ。頼む」
あの、傍若無人なギンが僕に向かって頭を下げている。
「僕はアンタは嫌いだ。頼みを聞いてやる義理も無いけど、今回だけ、今回だけは聞いてやるよ」
「ありがとうよ」
ギンの笑い顔を見たのはこれが初めてではないだろうか?
「何だよ、調子狂うな」
「ふふふ、さぁ、もう行けよ」
「言われなくても行くさ。出来れば、もうアンタとは会いたく無いね」
「ああ、そうかい。それじゃあな」
その言葉を残してギンが部屋から姿を消した。
恐らくは転移魔法を使ったのだろう。腐っても賢者という訳だな。
グズグズはして居られない。早くみんなに会いたいからな。
僕もギンと同じく転移を使用し、幻想宮から脱出をする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます