第66話 異変の序章

 試合後、トッシュの屋敷に全員で集合となった。


「まさか、負けるとは思わんかったわい……」


 僕に負けた事を恥じているトッシュだが……


「その格好を恥じた方がいいんじゃないか?」

「ふふふ、これはワシの新たな戦闘スタイルとする事にしたのだ!」

「全裸よりタチが悪いわ!」


 あの時、適当に放り投げた物をすっかり気に入ってしまったトッシュ。マフラーとリストバンドそれに蝶ネクタイはトッシュの物になってしまった。


 返すって言われてもこれっぽっちも要らないけどね。触りたくもないわ!


「トッシュ一つ……いや、二つほど頼みがあるんだ」

「戦いに負けたのだ話は聞いてやろう」

「まず一つ目は、その格好であぐらをかくな」

「断る!」

「何でだよ! 見えてんだよ! 蝶ネクタイをつけた象さんがさぁ。頼むから隠せよ」

「嫌じゃ! むしろもっと良く見るがいい!」


 この変態が!


「はぁ……もうそれは良いや。もう一つの方は絶対に聞いてもらうからな」

「内容によるな」

「アンタ達はあの刀……鬼切を作ったガランの末裔なんだろ? 刀の製造法を知りたいんだ」

「なんじゃそんな事か、そうじゃな……少し待っておれ」


 そう言うとトッシュは部屋を出て行った。


 少し経ってから戻ってきたトッシュは乱雑に紐で綴じられた紙の束を持って部屋へと入って来た。


「ほら、これがお望みの物じゃ。持っていくがいい」


 手渡された紙束には刀を作るのに必要な素材から製造の過程までを詳しく記されたものだった。


「おい、良いのか? 秘伝書って書いてあるぞ?」

「構わん。我が里には刀の作り手はおらん。それがここにあっても宝の持ち腐れになる」

「だからと言ってこれを持ち出すのは……」

「お主は刀作るのだろう? それを残したご先祖もそれを望むだろうよ」

「分かった、有り難く頂くよ。恩に着る」


 これで、この里でやる事は全て終わりだ。この製造法を鍛治士レノに渡して風香専用の刀を作成してもらう。


 随分と遠回りしてしまったが、目的は達成できたんだから良しとしよう。


「トッシュ、ポーラ、僕達はこれで帰る事にするよ」

「うむ、達者でな」

「寂しくなるのう」

「また、会えるさ」

「そうは言っても、里には結界があるからのう」

「そんな物取り払ってしまえばいいだろう?」

「そんな事をしたらまた我らは……」

「あのさぁ……僕達が君に何かしたかい? 僕達も人間なんだよ?」

「それは……」

「昔、この里の者達は人間に迫害されていたのかも知れない、だけど今は違うんじゃない? 結界なんて張って隠れ住む必要なんて無いと思う。君たち一族は僕らと何も変わらないよ。恐れることなんて何も無いさ」

「そうじゃな!」

「ふむ、まずはワシらから歩み寄るか……」


 僕達と出会った事でこの隠れ里も少し変わってくれたらいいな。もちろん良い方向に。


「それじゃあみんな、帰ろう!」


 トッシュの屋敷を出て、里の出口まで進むと里の住人達が大勢待っていた。


「うん? なんだろう?」


 出口にたむろしていた人達は僕たち一行を見つけると駆け寄って来てくれた。


「もう、帰るんだって?」

「アンタ! お館様との戦い凄かったぜ!」

「また、来てくださいね」


 どうやら僕達のお見送りに来てくれたようだ。


「ほらな? ポーラ、こんな風にみんな仲良く出来るだろう?」

「うむ、そうじゃな! ワシの代で外界と交流出来るように頑張ることにする」

「それが良いよ、皆さんお元気で!」


 出口で手を振り続ける人達に別れを告げ結界の外へ出る。


「ふぅ、これでやっと帰れるなぁ」

「ねぇハルト! ボク早く帰って美味しい物が食べたいな!」

「私もです! 里の食事はあんまり合わなかったので」


 そうか? 美味しかったけどな?


「たまに変わった物を食べるのも良いけど、やっぱりいつもの食事が一番ですね!」

「ボク、甘いものが食べたくなった!」

「分かります! 食後のデザートは必要ですよね!」


 仕方ないなぁ。帝都に帰ったら少し贅沢をさせてあげるか。


「ハルト、その前に忘れていないか?」

「エドさん、何かありましたっけ?」


 刀の製造法は手に入れたし、お金もある程度稼いでいるし、特に何もないよな?


「鬼はどうする?」

「えっ!?」


 お庭……だと?


 何だ? このオッサンとうとうおかしくなったのか? どうするって何だ?


 お庭でやる事……砂場で遊ぶのか?


 わーい、ハルト兄ちゃん! お城つくってー、とか?


 いやいや、見た目ただのオッサンがそんな事言ったら怖いわ!


 これはもしかすると、幼児退行現象ってヤツか?


「おいハルト! 鬼は!」


 待てよ? お庭以外は普通の会話だ。部分的に子供になったのか?


 いや、これは自分が良いところのお坊ちゃんアピールかも知れない。


 お、を付けて話すことで自分はお上品だという事を伝える作戦か!


 お箸とか、お醤油とか? 普通に言えよな! そのうち何にでも、お、を付けて話し出すのか?


 おおい、おハルト、おそこのおコショウをお取っておくれないか?


 まったく意味が分からんぞ!


 それにしてもお庭か……仕方の無いオッサンだな。少しだけ遊んでやるか。


「分かりましたよ……砂場にします? それともブランコとかですか?」

「お前は何を言っているんだ?」


 あれ? 違うの?


「鬼だよ! 鬼!」

「あー、そっちか! うんうん知ってた! 鬼ね」


 なんだよ……紛らわしい言い方すんなよ!


「また変なことを考えていたんだろう!」

「またって何ですか! またって!」

「お前のその顔はおかしな事を考えている顔だ」

「ソンナコトナイヨ。フツウダヨ?」

「お前の妄想なんてどうでも良いわ! それよりどうするんだよ。鬼の居場所を常に感じるんだろう?」


 ガランから授かった無駄能力か……


「それが、今はほとんど感じないんですよね。結界の外だからかな?」

「そうなのか?」

「ええ、今は遠くの方に二人だけ……ですね」

「二人? それもしかすると、里を襲った奴なんじゃないか?」

「その可能性はありますね」

「行ってみるか?」

「そうですね……行ってみましょう!」


 この気配が何なのか確かめておきたい。だがそれに難色を示したのはシャルとレスリーだった。


「えー! ボクはもう疲れたから帰りたい!」

「私も同じくです」

「シャル、帰ったらスイーツ食べ放題な」

「行く行く、すぐに行こう! グズグスしないの!」

「レスリー、ついて来るなら借金へらすけど……」

「私の事は犬とお呼び下さい。どこまでもお供しますよ!」

「決定みたいですよ?」

「まったく、お前は良い性格してるよ」

「そんなに褒めてくれなくても」


 照れるじゃないか。


「褒めてねぇよ。行くぞ!」

「はいはい。シャル、犬、行くよ!」

「待って待って。本当に呼ばないで! 私にはちゃんと名前があるんですから」

「行くぞ、漆黒丸!」

「犬っぽく呼ぶんじゃねぇ!」

「自分で言ったくせに……」


 我が儘な犬だよ。まったく。


―――――――――――――――――――――


 ハルト達が鬼の居場所へ向かっている頃、風香は妹の萃香と帝都の街中を散策していた。


「今日は大した仕事が無かったわね。暇だわ」

「はい、姉様」

「ハルトがくれたお金も、もう無くなったし。早く帰ってこないこないかしら」

「えっ? 結構多めに貰いましたよね?」

「あんなのすぐに無くなるわ。もっとくれればいいのに。案外ケチなのよね、ハルトは」


 ハルトが帝都居残り組に渡した金額は、一人あたり金貨二十枚。これだけあれば何か不測の事態があってもおそらく足りるだろうと言う計算の下に決められた金額だったが、風香はたった一日で全てを使い果たしてしまっていた。


「私はまだ残ってますから、姉様が使って下さい」

「要らないわ。お金だけあっても何もする事がないもの。あーあ、何か楽しい事でもないかしら?」

「ぐへへへ、それなら俺たちと楽しい事しようぜ」


 風香と萃香が気がつかない内に数人の男が、周りをぐるりと取り囲んでいた。


「楽しい事がしたいんだろ? 俺たちが気持ち良くて楽しい事を教えてやるよ」

「ヒャハハハ」


 男達の下品な発言に風香は顔をしかめ、萃香に至っては蔑んだ目で見つめている。


「お断りよ!」

「そんなつれない事を言うなよ」

「いいから、俺たちについて来いや!」


 風香の前に萃香が守る様に立ち塞がる。


「このハゲが! 姉様との時間を邪魔するな! 大体そのツラでよく言えたな。失せろゴミクズ!」


 ただの小娘と侮っていた男達は萃香の暴言に対し、当然ながら激昂する。


「何だと! もう一回言ってみろや!」

「萃香!」


 萃香の肩に手を置き諭す様に風香が話し出す。


「いい萃香? 私はそんな下品な言葉使いを教えた覚えは無いわ。ダメよ?」

「はい、姉様」

「やり直し!」

「はい!」


 萃香は再び男達に向き直り、ニッコリと笑う。


「そこの頭髪の寿命の残り少ないお方、今、私は姉様と大切な時間を過ごしているのです。そんな残念な顔で私達に話しかけるなんて、顔だけでなく頭の中身も残念な方のようですね。貴方達が視界に入るだけでとても不愉快です。とっとと失せろ! 不燃ゴミ!」


 早口でまくし立てられ戸惑う男達を尻目に萃香を後ろから抱きしめる風香。


「ほら、出来るじゃない! それで良いのよ」

「ありがとうございます。姉様」

「行くわよ、萃香」


 余りの事に呆気に取られた男達は二人を追いかける事なく呆然と立ち尽くしていた。


 二人が男の横を通り過ぎようとした瞬間、男の頭がゴロリと落ちる。


「えっ?」

「萃香、こっちに来なさい!」


 慌ててその場から離れると、首から先のない胴体がドスンと音を立てて地面に倒れた。


 いつの間に現れたのか、一人の男が立っている。濃い藍色の着物を身体に纏い、腰には大小二本の刀を下げている。


「何だ? どうなってやがる?」

「おいおいおい! 何してくれたんだ? ああん?」

「テメェがやったのか?」

「囲め! 囲め!」


 先程まで二人をからかっていた時とは違い、殺気立った雰囲気の集団に囲まれても、その着物の男は意に介さない。


「邪魔だから斬っただけだ……」

「ふざけんな!」

「許さねぇからな!」


 男達は武器を抜き、着物の男へと襲いかかった。


 不味い! 風香は突然の寒気に襲われる。アイツらを止めないと!


 ……チン。


 しかし、行動をする前に風香の耳に届いたのはその小さな金属音のみ。


 その音を残して、着物の男の姿はその場から消えていた。


「なん……なのよ……」


 風香の呟きがきっかけになった様に、棒立ちになっていた男達から血飛沫が上がり、手足から頭まで全てバラバラになり、倒れ伏す。


「何なのですか、姉様?」


 状況がよく分かっていない萃香は姉の顔を見上げ、不安げな顔で問いかける。


 体の震えが止まらない。ガクガクと震える体を何とか制御しようと自らの体を抱きしめるが、上手くいかない。


「どうしたのですか? 顔が真っ青ですよ?」

「萃香はなんともないの?」

「はい?」


 アレはダメだ。関わる事すら危険だ。


 街全体に結界が張られており、安全であるはずの帝都に何故あんな化け物が、それも街中を普通に歩いているのか?


 遠くの方にあの男の後ろ姿が見える。


「あっちにあるのは……幻想宮?」


 あの男は何をするつもりなのか?


 確かめたいが、体が思うように動かない。


 幻想宮には友達がいる。聖女千登勢と母親に面会に行っているレヴィ。


 悪い予感がする。だけどこんな時に春人は居ない。


 普段はボケボケのアイツだけど、こういう時には頼りになるというのに。


 思うように動かない身体を無理矢理動かす。


「萃香、手を貸して! 幻想宮へ行くわよ!」

「はい、姉様」

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