第65話 勝負!

 ポーラの祖先であるガランから、迷惑この上ない能力を授かってしまった僕は、鬼を退治するべく鬼の住処であった洞窟を後にした。


「えーと、あっちの方みたいですね」

「大丈夫なのかよ?」

「さぁ?」

「先行きが不安だな……」


 だけど少しだけおかしいんだよなー?


「何人も居る? なんだそりゃ」

「四、五十人は居そうなんですよね……」

「それは里の住人の数と同じくらいじゃな」

「方向も合ってるね」


 これはもしかすると……


「ポーラの里の全員の居場所を感知している?」

「多分そうだと思う。だって一族全員が鬼の血を引いているんでしょう?」

「それじゃあ……」

「鬼を退治しに行くには使えない力だねぇ」

「どうします?」

「一旦里に帰ってからトッシュに聞いてみるしかないなぁ」


 何とも言い難い微妙な疲れを感じながら下山して、ポーラの実家までトボトボと歩く。


 家の前では、何故かトッシュが腕組みをしながら仁王立ちをして待っていた。


 そもそも、何で上半身裸なんだ?


「待ち侘びたぞ!」


 何か言っているが上裸のオッサンに話しかけるのは流石の僕でも勇気が必要だった。


「ポーラ!」

「はい……」

「首尾はどうだ? 無事、力を授かったか?」

「それが……」


 ポーラが事情説明に入ってくれたのでホッとして全てを任せる事にした。


「なんだと?」

「すまないのじゃー!」


 必死に謝るポーラを腕組みをしながら睨みつけているトッシュ、そしてその視線が僕の方へと流れてきてしまった。


 こっち見んな!


「なんて事をしてくれたんだ!」

「いや、ちゃんと説明しなかったアンタが悪いんだろう? 最奥に入ってすぐにガランが出てきたぞ?」

「まぁいい。それならそれで構わん」


 あ、良いんだ。


「ポーラが婿を取れば済む話だ」

「おい……」

「祝言の準備じゃぁぁぁ!」

「誰のだよ!」

「無論、お主とポーラじゃ!」

「勝手な事を言うなよ……僕は他に結婚する相手がいるんだ。だからそれは出来ないよ」

「なんと? ワシの娘をもてあそんだのか!」

「人聞きが悪い事を言うな! 何もしてねぇわ!」

「貴様ぁ、ワシの娘に魅力が無いと抜かすか!」


 だー! 面倒くせぇな!


「とにかく、ポーラと結婚なんてしないって!」

「ふむ、それならばワシと勝負しろ!」


 はぇ?


「ワシが勝ったらポーラと夫婦になってもらう」

「僕が勝ったら?」

「我が家の婿になれ!」

「どっちも一緒だわ! ハイか、YESじゃねぇか! 選択の余地が全く無いわ!」

「ふむ、騙されんかったか……」

「当たり前だ!」


 突然の決闘の申し出だったが、条件を変更する事を約束させて受ける事にした。


 勿論、僕が勝利したら結婚の話は白紙に戻すという条件でだ。


「何が気に食わんと言うのだ、まったく……」


 トッシュは納得はいっていないものの渋々その条件を呑んでくれた。


 僕としては戦いに勝てば良いだけなので、特に異論は無かった。家督継承を失敗に終わらせてしまったという負い目もある。


「ねぇねぇハルト。新しい四人目の候補なの?」

「シャル……何でそんなに嬉しそうなのさ?」

「えー? いっぱい居た方が楽しいじゃない?」

「僕にそんなつもりは無いよ。シャルはそれで良いのかも知れないけどさ。レヴィと風香に知られたら後がどうなるか……」

「あはは、二人とも怒るよねー」

「だよね? だから本気でやるさ。相手がトッシュなら負けは無いし」


 一度は戦った相手だ。実力は大体分かっている。僕の勝利は揺るぎない筈なんだが……


 トッシュの陣営を伺うと、何故か自信満々といった感じだ。


「それでは双方中央部へ!」


 審判役を務めているのはエドさんだ。これはトッシュが言い出した事で、僕らとしても特に異論は無かったので引き受けて貰った。


「それじゃあ行ってくるね」

「はーい!」

「ハルトさん、頑張って!」


 軽く身体をほぐしながら一歩を踏み出す。


 向かい側からは同じように準備運動をしているトッシュが目に入ったのだが、その様相は常軌を逸している。


「トッシュ……お願いがある」

「何だ? 戦いをやめてポーラの婿にして欲しいか?」

「いや、頼むから服を着ろ!」

「断る!」


 何で全裸なんだよ! さっきまで半裸だっただろ?


 何故脱いだ? 何故脱いだ!


 大事な事なので二回言いましたよ! 全く意味が分からんわ!


「ふふふ、戸惑っている様だな」

「当たり前だ!」


 柔軟体操に余念がないトッシュ。今も、話をしながら身体をほぐしている。


 おい止めろ。足を開くな!


 力を抜いてブラブラさせんな。アレまでプランプランしてるだろうが!


 両足を閉じて真上に二、三回飛んだ後、身体を大の字に開く。


 待てや! 左右に揺らすんじゃねぇ! 真顔で何してくれてんだ!


「質問があるんだが……」

「聞いてやろう」

「何故、全裸なんだ?」

「ふははは、これがワシの戦闘スタイルだ! 我がスキル、おとこ心意気こころいきの凄さを味わうがいい!」

「スキルだって?」

「左様! ワシのスキルは服を脱げは脱ぐほど強さが増して行く。つまり一糸纏わぬこの姿こそ最強! さぁ、かかって来い!」


 うぜぇぇぇ! このまま戦うの? まじで?


 周りのやつらも止めろや!


「キャー! お館様ー」

「いやーん、恥ずかしい」

「お館様、最高っす!」


 ノリノリかよ!


 いやーん、とか言いながら指の間からガン見してるじゃねぇか!


 オッサンも調子に乗って足を開いてんじゃねぇよ!


 おいやめろ! 前屈すんな! ゲートが全開になるだろうが!


「こっちの準備はいいぞ! いつでも来い!」

「激しくやり難いわ! 審判、アレはいいの?」

「……ルール上問題は無い」


 エドぉぉ! そこは問題にしてくれよ!


 真面目か!


 だが、審判がOKを出したんだ、やるしか無い。


「まずはルールを説明する。武器は使用禁止とする。時間は無制限で、どちらかが戦えなくなるまでか、ギブアップするまでだ。相手の命を奪う事は禁止だぞ? 危なくなったら俺が止める。いいな?」

「それで構わない。服は着てほしいけど……」

「ルールはそれで良い! 服など不要!」


 頼むから着てくれよ……


「それでは……始め!」


 エドさんの号令で試合が始まった。


「おらぁぁぁ!」

「ふん!」


 まずは様子見の力比べからだ。お互い両手を握り合い渾身の力を込める。


「くっ、強い!」

「わははは、貧弱よの!」


 パワーではトッシュには敵わないな。マジで服を脱げは強くなる様だ。後、プランプランした物体が目に付いてウザイ。


 一旦離れる為に、力を抜いてトッシュの巨体を巴投げで背後へ放り投げる。


 体勢を整えて振り返ると、トッシュは足を大きく開いて倒れたままで、まだ起きあがっていない。


「中々やるではないか!」


 トッシュが逡巡していたのは一瞬で、すぐに起き上がってハイキックを放ってくる。


 速い!


 このスキルはパワーだけでなく、スピードまで上がるのかよ!


「ぐっ、重い!」

「どんどん行くぞ! それ、それ! おらぁ!」

「ぐあっ!」


 強靭な肉体から繰り出される連続の足技に、為す術もなく蹴り飛ばされてしまった。


 トッシュ陣営からは大歓声があがる。


「お館ー!」

「流石全裸だな!」

「絶好調だ!」

「お館様ー! ステキー!」


 味方の応援に気を良くしたトッシュは得意の足技を使ってパフォーマンスまで始める始末だ。


 だけど、何で足技ばかりなんだ?


 観客へのパフォーマンスが終わり、バッチリ決めポーズを取っているトッシュを見て、ある疑惑が持ち上がってきた。


 まさか……


「お前さては……見せたいだけなんじゃないのか?」

「な、な、な、何のことだ? そんな訳ないだろう!」


 動揺しすぎだって! ほぼ確定じゃねぇか!


「へ、変態だー!」

「煩いわ! 人の趣味に口出しするな!」

「趣味って言っちゃってるじゃん!」


 衆人環視の中で性癖を暴露したトッシュだが、ただの露出狂ではなく、強敵なのは間違いない。


 どうしたものか……


「おらぁ! どうした、もう終わりか?」

「このままだと……マズイなぁ!」


 回し蹴りを躱し、隙だらけのトッシュに拳をお見舞いする。


「硬てぇ!」

「ふん、柔な拳よ!」


 速い、硬い、強い。三拍子揃ったトッシュに全くと言っていい程、勝機が見えてこない。


「わはははは、どうやらワシの勝ちのようだな!」


 どうしたら良いんだ? 


 アイツの言う通り、攻撃が通らないなら、僕に勝ち目は無い。


 何かないか? 


 この劣勢をひっくり返す方法は? 


 ダメだ、思いつかない!


 服を着ていないトッシュがここまで強いとは……


 んん? 服を……着ていないだと?


「審判! 武器は使用禁止だけど、防具の使用は良いんだよな?」

「ああ、構わんぞ?」

「よし!」


 少し卑怯な気もするが、このままジリ貧になるよりはマシだ!


「行くぞ! トッシュ」


 相変わらず足をおっ広げている変態さんに向かって距離を詰める。


 マジックバッグの中にある使えそうな物を検索、近距離で全てを解放する!


「なぁぁぁ? 貴様何をするか! 卑怯な!」

「勝てば良いんだよ勝てば! 喰らえ!」


 トッシュの体目掛けて、バッグから取り出した物を全て転移させる。靴下や帽子、上着からパンツまでありとあらゆる服や装飾品をありったけ大放出する。


 トッシュは積み上げられた服の山の中で、もぞもぞと抵抗している。


「ワシに、服を、着せるなぁぁ! ありのままのワシを見せたいんだぁぁ!」


 いくつかの物を着せる事には成功したみたいだが、恐るべし変態パワー! 着せても着せても、すぐにポイポイと脱ぎ捨てられる。


 だが、甘い!


「ぬおぉ? 何故脱げんのだ!?」

「ふははは、接着剤を仕込んでおいたのさ。これで全裸では無くなったなぁ、トッシュ!」

「ふざけるなぁ!」


 服の山が爆発したかの様に吹き飛ばされた。そしてその中から現れたトッシュ……


 首に巻きついた赤いマフラー、左右両手首にリストバンド、そして足には白いソックス、極め付けは股間に鎮座する蝶ネクタイ!


「変態度が増し増しじゃねぇか! 何でそんな装いになるんだよ!」

「ほう……これはこれで……イイ!」

「喧しいわ!新たな境地を築いてんじゃねぇ!」


 だが、全裸では無いトッシュなら行ける筈だ。


「朝霧流秘奥義!腹パン!」

「ぐぉぉぉ……無念!」


 全力腹パンを受けトッシュは倒れた。


 笑顔でビクンビクンと痙攣している幸せそうなトッシュ。


「それまで! 勝者ハルト!」


 やっと、勝てた……ここまでの苦戦は初めてじゃないか?


 メッチャ疲れたわ……


 恐るべし変態!

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