第56話 帰るべき場所
「僕は帰るつもりはありません!」
「ほう……」
「春人君?」
「もう、決めたんです」
「お前は相変わらず面白いな。理由を聞こうか」
「それは……」
「待って。ここで話す様な内容じゃないでしょ。家に帰ってから落ち着いて話しましょう」
風香のもっともな提案を受け、全員で一旦家に帰ることになった。
「良い家じゃないか」
「本当ね。居心地が良いわ」
「有難う御座います。あの……」
お茶の支度をしつつ、この家の持ち主であるレヴィが朝霧夫妻に挨拶をしているが、なんだか歯切れが悪い。
どうしたんだろう?
そっと顔を伺うと困惑と怯えが混ざった様な複雑な表情を見せている。
レヴィは戸惑いながら、急に何かを決した様な顔になり、夫妻に向き直りながら一気に話す。
「ハルトとフウカには色々とお世話になっています。ハルトの第一夫人になる予定のレベッカ=フランシールです」
ほえ!? 聞いてないよ?
「春人、みんなで決めた事だから。春人に口を出す権限は無いの。分かった?」
「はい……」
「父様、母様、改めて自己紹介します。第二夫人の風香です」
「あの、その、初めまして! 第三夫人のシャルロッタ = タッペルです!」
完全に舞い上がってしまっているシャル。ワタワタしているシャルが可愛らしいな。
「あらあら、みんな可愛いわねー」
アイリさんは二人を自然と受け入れているようだ。ただ、問題は師匠の方だな。
こめかみに血管が浮いてピクピクしている上に、歯軋りをしつつ、三白眼で下から僕を睨みつけている。
怒ってるよなぁ。自分の大切な娘が第二夫人になるだなんて。しかも僕は王族でも貴族でもないただの人であり、その上に弟子なんだからなぁ。
「春人ぉ!」
「押忍!」
「三人も嫁が居るなんてうらやまプゲラッ」
アイリさんの抉るようなコークスクリューアッパーが師匠の顎にクリティカルヒットしていた。
地面に倒れ伏し泡を吹いてピクピクしている師匠を見ると、なんでこの人に勝てないのか疑問が湧き上がってくる。
いや、師匠が弱いのではなくアイリさんが強いんだな。最強の人類、それはアイリさんか。
しばらくして意識を取り戻した師匠は事態を把握した瞬間に、秘技、天空土下座返しを披露してアイリさんに許してもらっている。
いつ見てもあの技は理解出来ない。あんな動きを人間がするなんて思わないからな。師匠の身体能力には脱帽するよ。
「次にあんな事を言ったら……ねじ切るからね?」
何処を!?
アイリさんは普段は優しい人なんだが、怒らせると、とんでもなく恐ろしい。魔王とか言われる存在ってあんな感じなんだろう。
側に居るだけで身体の震えが止まらないんだ。
「でだ……お前の気持ちは分かったが、他の奴はどうなんだ?」
「他と言いますと?」
「お前らと一緒に居なくなった奴らのことさ。まさか居ないとか言わないだろうな?」
ああ、康太や紗羅、蒼羅に萃香か。すっかり忘れていたよ。
「それは本人達に直接聞いてもらった方が良いと思います。今は別の場所で寝起きしているので呼んできますよ」
「ハルトさん。私が行ってくるから。お客様のお相手をしていて」
おお、レスリー。一体どうした? 中々気がきくじゃないか。
「ゴメン、レスリー頼むよ」
「行ってきます!」
「アレは四人目か? 春人」
「違います! そんな訳で無いでしょう? レスリーですよ?」
「何だ、つまらん」
「師匠は僕のこの状況に疑問は無いんですか?」
「あん? ここはそう言う場所だからな。全く気にならんぞ。本人達が納得しているのに他人の俺が口を出す必要も無かろうに」
「でもね、春人君? 何人娶っても構わないけど、全員を平等に扱ってね。そ・れ・と! 幸せにしないと春人君の……もぐからね?」
何故だろう? 下半身がキュンとなるな。
これは恋じゃなくて、恐怖の方だろう。アイリさんはやると言ったら絶対にやるからな。何をもがれるのかは分からないけど。
柿とかだと良いなぁ。
「ただいま戻りました!」
雑談をしているうちにレスリーがみんなを連れて戻って来た。
「レスリー、ありがとな」
「いいえー、ふふ、ハルトさんからお礼を言われるなんて珍しいですね。これを機に借金の方も帳消しにしてもいいんですよ?」
「それとこれとは話が別だ。そんな事言ってると逆に増やすぞ? いや、もう金貨一枚増やした!」
「何でですかー!」
うんうん。レスリーはやっぱりこうじゃなきゃいけないよな。残乳なんだから。
「春人……」
「康太か、師匠が迎えに来てくれたよ! これでいつでも元の世界に帰れるぞ。良かったな」
「ああ……」
うん? どうしたんだ筋肉君? なんか元気がまったく無いぞ?
「春人君。分かっているの? 私達は元の世界に帰りたいけど、春人君は違うんでしょ?」
「そうだけど、それがどうしたの?」
「私達とはここでお別れって事よ! 相変わらずニブイんだから!」
あ……そうか。それは気がつかなかったな。
康太と紗羅と蒼羅とはこれでお別れなのか……
いや? 師匠の事だからいつでも行き来出来るかもしれないぞ?
チラリと師匠の方を見る。
「本当にお前は分かりやすい奴だ。残念だがそこまでは甘く無い。俺が世界を超えることが出来るのは、後二回だけだ」
二回か……て事は、一度あっちに戻ったらそれっきりなんだ。
「まぁ、なんだ。今すぐに戻る必要も無いんだ。どうするかはゆっくり考えろ。戻れるとなると、急に帰りたくなるかもしれないだろ?」
望郷の念か……
僕にはまったくと言って良いほど無い。むしろこっちの世界に居る方が落ち着くというか、しっくり来るというか、ここに居る事が当然みたいな不思議な心境なんだ。
「ハルト……」
「うん? どうしたのレヴィ?」
「やっぱり帰りたい?」
「いやー、それがね。まったく帰りたいと思わないんだよ。自分でも不思議なんだけどさ」
「そう……良かった」
レヴィのホッとした顔を見て僕も少しだけ和む。
リビングの向こう側ではみんなが結論を出す為に話し合っている。
「俺はどっちでもいいかな? こっちはこっちで楽しい所だし、だけど親が心配してるだろうなぁ」
「私は帰りたいけど……みんなと離れ離れになるのは嫌だわ」
「でも、紗羅。どっちかを選ばないといけないのよ?」
「分かってる……少し時間が欲しいな」
紗羅と蒼羅はやっぱり帰りたいみたいだな。
「何で? 私だけ選択肢がないの?」
「萃香……風香がこっちに残るならお前が戻るしか無いだろう? 朝霧の跡を継いで貰わにゃならん」
「姉様と離れるのは嫌!」
「ダメだ。これは決定だからな?」
「酷いわ、父様」
うーん。こっちはかなり揉めているな。朝霧家の後継問題に僕が口出しする訳にもいかないしなぁ。
「萃香、ゴメンね。私は帰れないよ。春人は多分こっちに残るつもりだろうし……」
「じゃあ私も残る!」
「だからダメだと言っているだろうが!」
「父様の言う事なんて聞く必要は全くありません! 私は残ります」
親子喧嘩の勃発か。でも萃香の気持ちも分からないでも無いよな。あそこまで姉様ラブを全面に押し出して生きてきた萃香だからな。
いつも側に居る必要が無く、同じ空間に存在する事が大切で、僕と風香の関係に似ている。
存在を感じ取れさえすれば、多少離れていても気にならない。
常にべったりじゃ無いのが風香と萃香の関係性なんだよね。
「まいったな……風香、戻るつもりは?」
「春人次第よ。春人が戻るなら私も戻るし、春人がこっちに残るなら私も残る。当たり前でしょう?」
「だよなぁ……」
必然的に風香の選択は残る方だろう。
「良い方法を思いついた! 父様と母様がもう一人子供を作れば解決する……今から作って!」
「ブボッ!」
「萃香ちゃん?」
「朝霧の跡継ぎが居ればそれで良いんでしょう?」
「うーむ」
珍しく師匠が悩んでいる。
「萃香……本当の所を話すとな、俺もアイリもこっちで生活するつもりなんだ」
「ファッ!?」
「何だよ春人?」
「いや、てっきりお二人は戻るとばかり思っていましたよ」
「ここはアイリの生まれ育った場所だからな。約束をしていたんだ。俺の我が儘で向こうに連れて行ったが、最後の時はこっちで過ごしたいとな……」
「じゃあ私を一人にして、みんなでこっちに残るの? それはいくら何でも酷すぎます!」
「しかしなぁ……」
「巌さん。いっその事、朝霧家を処分したら?」
「そうさなぁ。それもいいかも知れんな。持ち込める財産を全て持って、こっちに移住するか?」
「「「賛成!」」」
朝霧家の問題は解決したようだな。師匠がこっちに残るなら、また修行の毎日を過ごすことになる。
うそん? アレを毎日?
僕、生きて行けるかな?
まぁ、朝霧家はこれで良いとして、残る問題はと……
「私は一人でも向こうに戻るわ!」
「蒼羅が戻るなら私も戻りたいな……」
流石は蒼羅だな。ここぞという時の決断力は凄い。
となると康太は必然的に……
「しゃあねぇな。二人が戻るなら俺も帰るわ」
だよね!
これでみんなの意見は出揃ったな。
だけどやっぱり少しだけ寂しいな。みんなとは結構長い付き合いで、一緒に馬鹿な事をやって楽しく過ごして来たんだからな。
もう会う事が出来ないとなると引き止めたい気持ちが湧き上がって来る。
だけど、みんなもかなり悩んで決めた事なんだから笑顔で送ってあげないといけないよな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます