第36話 賢者の塔 2

 強敵、足臭のデンホルムを撃破した僕達は塔を登り続けていた。


「ねぇ、この塔さ。何も無いんだけど、こんな物なのかな?」

「どうなのかしら? でも確かに退屈ではあるわね」

「お前ら……化け物かよ!」


 エドさんが何か言っているな。


 どうしたんだろう?


「出てくるのは弱い魔物ばっかりだし……」

「そうそう! この程度なら居ないのと何も変わらないわよね?」

「いや……さっき倒したのは亜種とは言えドラゴンだぞ?」

「ドラゴン? そんなの居ましたっけ?」

「今さっきグリーンドラゴンを倒しただろうが!」


 え? あれただの大きいトカゲでしょ?


「エドさん、冗談が下手ですね」

「冗談じゃねぇ。あれはドラゴンだ!」

「でも緑色だからなぁ。せめて赤い奴とかなら納得出来ますけど」

「お前は馬鹿か? レッドドラゴンなんて居たら一匹で国が滅ぶわっ!」


 そうなの? あんなトカゲくらいで?


「大した事無かったですよね?」

「だから、お前達がおかしいんだよ! 大体お嬢、何でお嬢まであんなに強いんだよ。短刀一本でグリーンドラゴンを簡単にあしらいやがって!」

「ハルトに鍛えて貰ったからかな?」

「それだけなのか? 納得がいかねぇ」


 ブツブツ言ってるけど何が気に食わないんだろう?


 ちゃんと修行したら、誰でもあれ位は出来る様になるのに。


「それにしてもここまで変化が無いと流石に飽きてきますね。一旦休憩にしませんか?」

「賛成! ハルト、何か甘いものが欲しいなー」

「分かった。飲み物は?」

「紅茶が飲みたいけど、あるの?」

「ちょっと待ってね」


 バッグを漁りテーブルセットを出してから、出来立てのホットケーキを皿ごと取り出して、バターとシロップを添える。


 ティーセットを出し紅茶を注ぎ、午後のティータイムを始める。


「わー、美味しそう! いただきまーす」

「あのなぁ……」

「エドさん? 要らなかったですか?」

「いや、貰うわ……しかしお前達と一緒にいるとダンジョン探索の概念が変わってくるよ」


 ぱくぱくとホットケーキを食べながら言っても説得力ないよ?


「後どのくらい登らないといけないのかなぁ?」

「まだ、半分も登ってないからな?」

「帰りたいよー」


 ピコーン!


「閃いた!」

「何よ急に?」

「ここさ、魔法使えるよね?」

「そりゃ使えなかったらこの塔を登れないだろう?」

「転移、出来ますよ。きっと」

「あっ!」

「このまま帰りませんか?」

「お前、いくらなんでもそれは無いだろう」

「えー?」

「どうせギンの事だから帰った事に気付いたら、すぐに家まで押しかけて来るぞ?」

「それはウザイですね」

「だからこのまま登るしか無いぞ?」


 はぁぁぁぁ。もう階段を登るのは飽きたよ。


「ハルト、あれ見てよ!」


 レヴィの声がやけに弾んでいる。何か見つけたのかな?


「宝箱よ、宝箱!」

「おお、本当だ!」


 思わず走り出してしまった。


 宝箱に手を触れる前に怒声が走る。


「ハルト! よせ触るな!」


 慌てて手を引っ込めた。


「びっくりするじゃないですか!」

「ド阿呆! こんな場所にある宝箱なんて罠に決まっているだろうが。不用意に開けようとするんじゃねぇよ」

「ハルトは警戒心が足りないのよねぇ」

「いや、これは経験不足だろう。ダンジョン探索をする者なら絶対にやらない事だからな?」


 レヴィが宝箱を調べ始めて数秒後。


「はい、全部解除できたわ」

「開けたい! いい?」

「いいわよ」


 重い蓋をゆっくりと持ち上げて行くと中に入っていたのはブーツだった。


 沈黙がその場を支配している。僕は無言で宝箱をそっと閉じた。


 それはそうだろう? 誰が好き好んでデンホルムとお揃いのブーツを履きたいと思うんだ?


 全員が苦い顔で一言も発さずに次の階へと向かう。


 階段を登るとやっと変化が訪れる。大きな両開きの扉が目の前に現れる。


「これは……」

「間違いなく四天王がいるわよね?」

「だよなぁ……」


 二人目の四天王。どんな恐ろしい奴なのか?


 扉を押し開ける。


「待ち侘びたぞ!」


 全身緑のピッタリとした薄いタイツを履いて仁王立ちした男が立っている。


「変態だー!」

「ちょっと待って! 普通に気持ち悪いんだけど?」

「喧しいわ! 誰が変態だ!」


 緑の全身タイツで人前に出るなんて、それはもう変態でしかないよ!股間のモッコリ具合が目に付いて仕方ないし。


「俺はジニア四天王の一人! ベルンハルト = ビューストレムだ。人形師ドールマスターのベンハルトと呼ばれている。俺の人形達の技に酔いしれるがいい!」


 人形か……ベンハルトの周りにいる二体の人形を使うのかな? だったら先制するか!


 転移!


 背後に周り左の人形に腹パン!


「なっ! マ、マリィィィィッ!」


 ベンハルトの注意がそっちに向いている間に右の人形も腹パン!


 すかさず転移!


「アネットォォォ!」


 ベンハルトは名前を叫びながら崩れ落ちている。


「人形に名前まで付けているなんてな」

「やっぱり変態よ、変態」

「貴様……絶対に許さん! 喰らえぃ! 人形劇マリオネットパーティー!」


 おい! 両手両足を広げるな! 見たくない物が見えるだろうが!


 人形はもう壊れているのに何をするつもりなんだ?


 そう思って油断していたら異変はすぐ側で起こっていた。


「何? 身体が勝手に動く⁉︎」

「ハルト! マズイ、避けろっ!」


 エドさんとレヴィが同時に襲い掛かって来る。二人の拳を両手で止める。


「二人共どうした?」

「ダメ……ハルト。逃げて!」

「操られてるんだ! どうにもできん!」


 人形だけじゃなくて人まで操れるのか?


 レヴィが二本の短刀を抜く。エドさんは……放っておいて大丈夫か。


 逆手に持った左右の短刀の切り上げの連続攻撃を何とか捌く。


「ハルト、私そんなつもりじゃ……」

「分かっているから!」


 どうする? 攻撃するのか? レヴィに?


 いや、間違っても怪我をさせる訳にはいかない! だけどこのままじゃ、ジリ貧だ。レヴィごめん。


 首トン!


「説明しよう! 首トンとは一撃で相手の意識を奪う技なのだ!」


 これでレヴィは無力化出来た。後はエドさんとベンハルトだな。


「ハルト、済まん!」


 エドさんが拳をを振り上げているが、所詮は元魔導士だけあって大したスピードも無い、素人丸出しのテレフォンパンチだ。


「俺はそんなつもりじゃ……プゲラッ」


 レヴィならまだしもエドさんなら後で治療をかければ良いから、遠慮なく殴り倒しておく。


「ふっはははは、無駄だ! 意識が有ろうが無かろうが関係ない! 人形劇マリオネットパーティーの真髄を味わうがいい!」


 意識がないはずの二人と、先程破壊した二体の人形も加わった四方からの攻撃を仕掛けて来る。


 下手に避けるとレヴィにまで怪我をさせてしまいそうで体が動かなかった。


 いや? 何かがおかしいぞ?


 自分の意思で避けなかったつもりだが身体の反応がやけに鈍い。


「やっと効いて来たようだな!」

「何をした!」

「ふふふふ、巨大な魔物ですら一滴で動けなくする、神経毒を使わせて貰ったぞ!」

「卑怯な!」

「戦いに卑怯も何もあるか! 勝てば良かろうなのだぁぁ!」


 こうなったら相手を気遣って手加減をしている場合じゃ無いな。そこまでして来るなら僕も全力で戦ってやる!


 光環流星群!


「何だ?」


 眩い光が部屋を包む。レヴィとエドさんを抱えて部屋の隅へ避難すると、光の奔流が襲い始めた。


「あががががが、誰か……助け……」


 光が収まった後に残されていたのは、バラバラになった三体の人形だった。


「アイツも人形だったのか……」


 久しぶりの強敵だった。デンホルムとは比べ物にならないくらいだ。下手をしたらここで全滅していた。


「ふははは。まさか全てを倒されるとは思わなかったよ」

「お前は……」

「俺がベンハルトだよ」

「まだ、やるか?」

「いや俺にもう戦意は無いよ。人形を失った俺じゃあ、お前には勝てそうにないからな。先に進むと良い」

「そうか……」


 ベンハルトに勝利したが、こちらの被害も中々のものだ。


 二人の様子を見に行ってみたが、少しだけやり過ぎたみたい。


 レヴィは当然ながら無傷だがエドさんの顔はヤバイくらいに変形している。


「ううん……」

「レヴィ、気がついた?」

「ハルト……あっ、ごめんハルト」

「僕は何とも無いから、別に気にしなくて良いよ」 

「エドは?」

「そこで寝てるよ」


 レヴィは僕が指し示した方を見ると息を呑んだ。


「酷い……ベンハルト、許さないから! 私を操ってハルトに攻撃させただけじゃ無くて、エドにあんな酷い事をするなんて!」

「ああ……うん……そうだね……」

「見てよあの顔! あんなに腫れ上がって、歯なんてほとんど残って無いわよ? どんな神経をしていたらあんなになるまで痛めつける事ができるのかしら?」

「うん、すぐに治療するよ」


 治癒!


 せめてもの償いに全力で治療の魔法をかける。


 歪みに歪んだ顔がまるで逆再生しているかの様に元に戻っていく。


「ハルトの魔法は相変わらずおかしいわよねー」

「えっ? どこが?」

「普通の治癒の魔法は抜けた歯まで元に戻らないのよね。抜けたらそれでお終いなの」

「そ、そうなんだ」

「エドは運が良いわ。ハルトのお陰で歯も戻るんだから。歯を失って物をまともに食べる事が出来なくて、衰弱していく人なんて大勢いるからね」


 そうか、歯科医なんて医療が発達していないこの世界じゃどこにも居ないか。


 エドさんには、もう少しだけ優しくしておこう。


「う、うーん? ここは?」

「エド、平気?」

「お嬢? 敵はどうした?」

「ハルトが倒したみたいよ」

「また、助けられたか……くそっ! スキル無しの役立たずなのが悔やまれるな」

「大丈夫ですよ。エドさん、戦闘は僕に任せて下さい!」

「うん? ハルト、何か態度がおかしくないか?」

「ソンナコトナイデスヨ? イヤダナー」

「そう言えば俺が気を失う前に何かあったみたいな気がするんだが……ハルトは知っているか?」

「イエ、ナニモアリマセンデシタ。ホントデスヨ?」

「そうか、それなら良いが……」


 殴られた衝撃で記憶が混乱しているんだな。このまま上手く誤魔化しておくか。


 無事二人目の四天王を倒し、しばし休憩をする。


 だけどこのペースで登っていたら一体いつ最上階に行けるのか?


 少しだけ心配になってきた。


 三泊四日、賢者の塔散策の旅!


 それは流石に嫌だな……もう少し頑張って、登るとしますかねー

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