第35話 賢者の塔 1
目的地である賢者の塔は帝都の中央部にあり、城のすぐ側に立っている。
頂上は雲に隠れてしまい、ほとんど見えない位の高さにある。
「はぇー高いなぁ」
「この塔はな、魔法を使う者には最高の修行の場所とされているんだ」
「修行⁉︎」
「ハルト。目的を間違えないでよ?」
「うん、分かってるよ。でも修行かー」
「それでは行くぞ!」
エドさんを先頭に塔の入り口へと向かう。入り口にはどこかで見た事がある黒くて四角い箱にボタンが一つ付いている物が壁に設置されている。
まさかな、そんなはず無いだろう。
ピンポーン
「はーい、どちら様ですか?」
「あっ、私はエドと申します。大賢者のギンさんにお会いしたいのですが、いらっしゃいますか?」
「少々お待ち下さい」
インターホンじゃねぇか!
何で電気も無いのにそんな物があるんだよ! おかしいだろ! 何気にエドさんも使いこなしてるし!
パタパタとした足音が聞こえてきた。
ねぇ、スリッパ履いてない?
「エドワルドか? 何だこんな時間に?」
「依頼の人物を連れてきた」
「何だと? もう見つけたのか! 分かった。すぐに降りるから待っていてくれ」
塔の前でしばらく待機していると大扉がゆっくり開いて、中から大賢者であるギンが姿を現した。
「やっぱりお前に依頼して良かったぜ。まさかこんなに早く見つけて来るとは思わなかった」
「なぁに、ただ偶然が重なっただけさ。こいつがお前が探しているハルトだ。だがなギン、一つ言っておく事がある」
「何だ?」
「このハルトは俺の命の恩人なんだ。依頼だから連れては来たが、もし危害を加える様なら、いくら付き合いが長いお前でも容赦はしないぞ?」
「うん? ああ、何か勘違いをしているようだが、お前が考えている様な事はしないさ。昨日会ったよな? そうか、お前がハルトだったのか」
「僕に何の用ですか?」
「忘れたのか? 弟子にしてやるから帝都に来いって言っておいただろうが! 何でもっと早く来なかった。お陰で探すのに苦労したぞ」
「あの……それだけですか?」
「それだけとは何だ! 大賢者様の弟子だぞ?」
エドさんの方に顔を向けると慌てて目を逸らされた。
「エドさん?」
「いや待て、違うぞ?」
「あれだけ大騒ぎしておいて結果がこれですか?」
「だから待てって!」
「何が帝国が探している、ですか! 全然違うじゃないですか!」
「悪かったよ! 俺も気が動転していたんだ」
僕のあの悩んだ時間を返せよ!
「何をゴチャゴチャ言っているんだ? そろそろ始めるぞ! 俺は最上階で待っているからな。早く登ってこいよ?」
「始めるって何をするんですか?」
「何をって、試験だよ」
「何の試験ですか?」
「弟子にするかどうかの試験に決まっているだろう?」
えーと? 別に弟子になりに来たんじゃ無いしなぁ。しかもこの塔の最上階まで登るの?
この世界に来てから階段には何も良い思い出がないしなぁ。よし断ろう!
「あの……僕には別に師匠が居るので貴方の弟子になるつもりはありません。だから帰りますね」
「おいおいおい、それは無いだろう? 大賢者の弟子だぞ?」
「はぁ」
「なりたくてもなれない奴が大勢いるんだぞ?」
「はぁ」
「それを自分でから断るって言うのか?」
「はい」
あれ? 何か震え出したぞ?
「テメェふざけんな! そんな事許されるか! 良いか、テメェは俺様の弟子になるんだ! これはもう決定だからな? さっさと試験を受けろ! いいな?」
「面倒臭いから嫌です」
レヴィとエドさん二人の手を取り、転移魔法を発動するが、何も起こらない。
「決定だと言ったぞ?」
どうやら魔法を阻害する効果が塔の周りに展開されている様だ。
「最上階に来るまでここから出ることはできん! 待っているぞ」
大賢者ギンはそう言って姿を消した。
「なんて自分勝手な人なんだよ!」
「だが、こうなったら登るしか無い様だぞ?」
「ねえ、私も行くの?」
「ここから出られないんだから、一緒に行くしかないだろうな」
重い足取りで塔の入り口へと向かい、扉を開けるとそこには、何故か沢山の人間でごった返していた。
「はーい、そこの人達! こちらが最後尾でーす。順番に並んで下さいねー」
何だ? 賢者の塔だよね?
これじゃあただのイベント会場じゃないか。
「あのー? みんな何で並んでいるんですか?」
「皆さん大賢者様の弟子希望の方ですよ? 貴方もそうなんでしょう?」
「いえ、そうじゃなくてですね。大賢者から最上階で待っているから上がって来い! って言われまして、仕方なくここに来たんですよ」
「じゃあ、貴方がハルトさんですか?」
「そうです」
「貴方は受付を免除されていますね。直接二階に上がって下さい」
左手側の階段を登るように言われ、素直に階段へと向かうが、周りの人達の視線が痛い。
「何だよ……受付すらしなくて良いなんて」
「俺達なんて今から筆記試験だぞ?」
「はいはい、勝ち組勝ち組」
「今なら視線だけで殺れる!」
負のオーラが強すぎない?
「そこまでして弟子になりたい物かしら?」
「そうだね。面倒臭いオッサンにしか見えなかったもんね?」
僕のその発言の後、一階の張り詰めていた空気が、一瞬で凍り付いた。
「彼奴は馬鹿なのか?」
「大賢者様をオッサンだと?」
「大賢者様の弟子になれたら一生安泰なのに……」
弟子になりたい人達からしたら憧れの存在なのかも知れないけど、僕からしたら帰りたいのに帰してくれない自己中な奴って認識だもんな。
「おい貴様、大賢者様への暴言、この俺が許さん!」
え? 誰?
「俺は大賢者様の弟子候補最有力の男、アドリアノヴィチ = スメタンキンだ!」
「アドリ……何だって?」
「アドリアノヴィチ = スメタンキンだ。忘れるな!」
そもそも覚えられてねぇ……
「それで、何か用でもあるんですか?」
「俺と勝負しろ! 俺が勝ったらお前の持っている二階に上がる権利をよこせ!」
「僕が勝ったら?」
「ははは、お前が勝つなんて有り得んが、その時はお前の言うことを何でもきいてやろう!」
「そうですか……それでどんな勝負をするんです?」
「ここを何処だと思っている? 当然魔法で戦うに決まっているだろう!」
魔法ね……僕二つしか使えないんだけどな。しかも人間に使ったら間違い無く即死する魔法だけどいいのかな?
「まったく、血の気の多い人達ね。魔法での戦闘は危険が多いから賢者の塔の最新施設の魔闘技場を貸してあげるわ。そこでなら決して死ぬ事が無いから思う存分戦いなさい!」
先程の受付のお姉さんがワクテカした顔で要らない提案をしてくる。
僕は早く帰って休みたいんだけど……
案内された魔闘技場はそこまで広くは無いが戦闘を行うには充分な広さがあった。
周りは観客席になっていて、野次馬達が所狭しと押しかけてきている。
「この魔闘技場説明をしておくわ。この中ではどんな攻撃を受けても絶対に死ぬ事が無い、特殊なフィールドを張ってある。観客席は
なんかこの人、魔闘技場の試験運転をして見たかっただけなんじゃ無いの?
だけどここなら、どんな魔法を撃っても大丈夫らしいし、僕も人間に撃ったらどうなるか知っておくいい機会だから、渡に船だな。
「さあ小僧! かかって来い!」
はいはい、じゃあ遠慮なくいくよ?
光環流星群!
「うわっ! ハルトアレを使うの? 鬼畜よねー」
「ハルトの魔法を見るのは回復以外は初めてなんだがそんなに凄いのか?」
「凄いんじゃなくて、えげつないのよ。あれを人に撃つなんてあり得ないわ。あんなの受けたら肉塊が出来上がるだけよ?」
「ウボォォォォォ」
数千本の光の管がアドリアノヴィチ = スメタンキン、ええい面倒だ、略してあのチキンでいいや!
あのチキンに襲いかかる。
身体中に無数の穴が空き、その穴からおびただしい量の血が吹き出す。
血流の噴水と化したチキンに終わりの無い光の管が降り注ぎ続け、五分程経ってやっと収まった。
血の海の中で意識を失ったチキンがピクピクと動いている。
確かに死なないけど、アレを全部受けたんだろ? 大丈夫かな?
魔闘技場は戦いが終わったにも関わらず、水を打った様な静寂に包まれている。
「あのー? 誰か彼を助けてあげてくれません?」
「えっ? あっ、救護班急いで!」
大丈夫かな? トラウマとか残らなきゃ良いけど。
救護班三人による懸命の回復魔法で外観はなんとも無さそうだ。
「意識が戻らない! もう治ったはずなのに何故?」
「気付の魔法を! 早く!」
あらー? 少しやり過ぎたかな? 仕方ないな。
あのチキンに向かい歩いて行くと、魔闘技場の観客席からどよめきが起こった。
「おい! 彼奴あそこまでやったのに、トドメを刺すつもりなのか?」
「敵対した相手は許さないタイプか……俺は彼奴とは関わらない様にするぞ!」
違うから!
「ちょっと退いて下さい」
「ままま、待って。かか、彼にもう戦意は無いの!」
「大丈夫ですよ。いいから退いて下さい」
何故か怯えている女性の救護班員に優しく笑い掛ける。
「見たか? あの邪悪な笑顔を?」
「俺、あんな笑いを自分に向けられたら漏らす自信があるぞ?」
えー? 普通に笑っただけなんだけど?
チキンに近づくに連れて、救護班はずりずりと後ずさって行く。
チキンの背後に周り、背中に手を当てて軽く気を流す。朝霧流の気付け法だ。
師匠に何度もやられているからいつの間にか自分でも出来る様になっちゃったよ。
気付けを行うとチキンはすぐに目を覚ます。
「うっ、俺は……」
「大丈夫そうですね?」
「うわぁぁぁ! 許して下さい! この通りです! 命だけは、お願いします!」
うん、これだけ喋る事が出来るなら大丈夫かな?
「それで? 負けを認めます?」
「はい! 私の負けです!」
「何でもするんでしたよね?」
「はい……」
「それじゃあ、これからは無闇に人に戦いを挑まない様に! いいですね?」
ふふん、これでどうよ。カッコよく決まったかな?
「凄え! 弱者が粋がるな! だってよ!」
「怖ぇぇぇ」
何でそうなるんだか……
「ハルト! お疲れ様」
「お前の魔法だがな……アレは駄目だぞ?」
「人に向けては使いませんから!」
「それならいいが、アレほぼ即死魔法だからな?」
便利なんだけどなぁ。もう少し弱めの魔法も考えておいた方がいいのかな?
魔闘技場を出て二階に向かって歩いていたのだけど、僕を見ると全員にすぐに目を逸らされる。
何だろう?
「おい辞めておけ。殺されるぞ?」
「静かにしろよ。気づかれたらどうするんだよ」
「ひぃ! こっちを見たぞ! 逃げろ!」
蜘蛛の子を散らす様に全ての人が居なくなってしまった。
静かになっていい感じだね!
やっと本題に取り掛かる事が出来るよ。
二階の階段を登り、扉を押し開けると中では一人の人物が待ち受けていた。
「やっと来たか! 待ちわびたぞ!」
真っ黒なローブを着こんだ人が一人で立っている。そしていきなりフードを跳ね除け、ローブを脱ぎ捨てた。
いや、すぐに脱ぐなら、何故ローブなんて着てるんだよ!
「俺の名はデンホルム=エインズワース。ジニア帝国四天王の一人。毒足のデンホルムと呼ばれている!」
毒……足だと? 手じゃ無いの?
「幼い頃から毒に体を慣らし、毒を含ませた砂にこの右足を突き出し続けた結果、出来上がったこの毒足でお前を倒す!」
かなり説明口調だけど、毒は少しだけ厄介だな。
「ねぇハルト。あの人、見た感じかなり分厚いブーツを履いているんだけど、どうやって戦うのかしら?」
「確かに。ブーツを履いていたら毒なんて効果無いよね?」
「よくぞ気が付いたな。このブーツは大賢者様から頂いた何があっても決して脱げない魔法のブーツだ!」
脱げないの?
「ねぇ、毒足なのにどうするのかしら?」
「それよりもさ、風呂とかどうしてるんだろう? そのまま入るのかな?」
「ええー! ブーツの中にお湯が入って来るわよ?」
「あの不快感を毎日体験しているなんて彼奴は物凄い精神力だよね?」
「やだ……あの人の足、臭そう」
レヴィが少し後ずさる。
「毒ってそういうことなの? 足の臭さで顔を背けさせてその間に攻撃してくるのか。強敵だね」
「待て待て待て待て! 違うぞ? 俺の足は臭くないからな?」
「でもそのブーツ脱げないんでしょ? いつから脱いで無いの?」
「ふふふ、大賢者様から頂戴して、もう五年以上は経ったぞ!」
「ご、ご、五年物だって? 道理でこの部屋中から変な匂いがする訳だ。二人共、彼奴に近づくと危険だ! 臭いで気絶させられるぞ!」
「ちょいちょいちょい! 待てって、そんな姑息な真似をするか! 俺は四天王だぞ?」
勝つためには手段を選ばないジニア帝国四天王……恐ろしい。
「くそっ! おふざけはここまでだ!」
デンホルムはやはりというか、足技が得意な様でミドルキックを放った来た。
防御をするが、軌道が急に変化したハイキックをまともに受けてしまった。
ブン! という音の後に巻き起こる風と共に強い臭いが襲って来る。
「うぇー臭い! あんな臭いがしたら近づけないじゃないか!」
「ハルトっ! 次がくるぞ!」
真っ直ぐに僕に向かって走ってきていた。勢いはそのままに突然両手を床に突いて反動で両足を突き出し回転しながら飛んできた。
回転を加える事で攻撃力と臭力を倍増させる恐ろしい技だ。
辛うじてギリギリ回避できたが、その後に僕はその技の恐ろしさを身をもって知ることになる。
「くっさ! 何だよこの臭い! 人間からして良い臭いじゃないぞ!」
僕の周りに臭気が纏わりつく。余りの臭いの強さに無意識に片膝を突いてうずくまってしまった。
「そうか! だから回転していたのか。風を巻き起こし臭いで戦意を奪い取るなんてなんて姑息な技だ! 卑怯だぞ!」
「俺の、足は、臭くねえぇぇぇぇ!」
まずいぞ、また来る! 正直あの臭いを嗅ぐなんて苦行を何度もしたくは無い。どうする?
「ハルト! 援護するから臭いは私に任せて!」
レヴィ……よし!
迎撃体制を取りデンホルムを待ち受ける。
「精霊よ、私に少しだけ力を貸して……」
そうか、風の精霊魔法か! これであのえげつない臭いはレヴィが魔法で飛ばしてくれる。
「残念だったなデンホルム! これで終わりだぁ!」
念のために呼吸を止めてから、腹パン!
「かはぁ……」
デンホルム……間違いなく強敵だった。
こうして僕達はジニア四天王のひとり足臭のデンホルムをなんとか倒す事ができた。
この塔には後三人待ち受けている訳か……
次はどんな強敵が待っているのか?
だが、外に出るためにはこの塔を登るしかない。
僕達の前途多難な冒険はこうして始まった!
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