第33話 切実な悩み

 

 次の日の朝。ドアをノックする音で目が覚めた。


 朝と言うよりも、もう昼はとうに過ぎてしまっている様だ。疲れからか、かなりの時間寝てしまっていたようだな。


「ハルト起きてる? お客さんよ」

「僕に? 誰だい?」

「エドよ。下で待っているからね」


 エドさんか。一体僕に何の話だろう?


 身支度を整えてから下へ向かうと呑気にお茶をすすっているエドさんと目があった。


「よお。昨日は大変だったな」

「大変だったな、じゃあ無いですよ! 何も言わずに帰ってしまうんだから。説明にどれだけ掛かったと思っているんです?」

「すまんすまん。昨日は自分の事を考えるので精一杯だったんだよ。悪かった」


 まあ、それも仕方ないけどさ。急にスキルを全て失ったのだからな。


「それで? 今日はどうしたんですか?」

「ああ、今後の事の相談に来たんだよ。聞いてくれるか?」

「今後ですか……どうするかは決めたんですか?」

「一応な。やはり俺は長年やってきた事を簡単に変えるなんて出来そうに無くてな。毎日あくせく働くのは性に合って居ないみたいだ」


 ふむふむ。


「しかし、今の状態で仕事をこなすとなると街の中での労働しか無くてな。それじゃあ何も変わらないだろう?」

「確かにそうですね」

「そこでな、新しくパーティーを組むことにしたんだよ。それなら何とかなりそうだからな」


 パーティーか。それが一番の近道かな?


 だけどスキルを取得するまでエドさんはただの足手まといでしか無いと思うけど、パーティーを組んでくれる人なんているのかな?


「だがな、朝イチで募集をしてみたが誰も乗ってこなくてな。詳しく話をすると皆、帰っていくのさ」

「それはそうでしょうね」

「これはどうしようも無いかと諦めかけた所に、良いアイデアをくれた人が居てな。その人の助言に従う事にしたんだ」


 ふむ。


「その人物とは受付のファニーだ。ハルトも知っているだろう?」

「ええ、お世話になっていますよ」

「ファニーが言うにはな。実力はあるがランクが上がらない奴とパーティーを組み、アドバイザーとして導いてはどうかと言っていてな」

「なるほど。エドさんは経験だけは多そうですからね」

「うるさいわ! 経験だけとは何だよ!」

「今はそうでしょう?」

「まあ……そうだけどよ」


 言うなれば新人育成をしつつ、自分の実力を上げて行く一石二鳥を取るわけだな。


「それでな、ファニーから紹介された奴に会いに来たんだよ。これが紹介状だ」


 懐から綺麗に折り畳まれた書状を取り出して渡される。


「え? 僕なの?」

「良いから読んでみてくれよ」


 その書状の中身はというと……


 ハァーイ。ハルト君、元気にしてるかな?


 ファニーお姉さんは今日も元気よ!


 実はハルト君にお願いがあってね。この手紙を持った人知ってるでしょ? とある理由でスキルを何一つ持っていない使えないオッサンに成り下がったのよね。


 今後ギルドにぶら下がられても困るし、事情を知っているハルト君に丸投げしちゃった。


 てへっ。


 何とか上手く使って少しでもスキルを取得出来る様にしてあげて欲しいなー


 お姉さんからのお・ね・が・い。


 じゃあよろぴくー


 みんなの憧れ美人受付嬢 ファニー


 追伸 レヴィに宜しく。じゃあね。


 何だろうか?


 そんなに親しくもないはずの人からこんな手紙を貰うと、ここまでイライラする物なのだろうか?


「どうした?ハルト」

「いえ、少し頭痛がしてきたんで」

「体調が悪いのか? 気をつけろよ?」

「体調じゃあ無いです。これを読めば分かりますよ」


 エドさんに書状を渡してから、レヴィが入れてくれた熱いお茶を一口飲んですさんだ心を落ち着ける。


「ファニーの奴……ハルト、後で俺がキッチリ締めておくからな」

「お手伝いしますよ」

「いや、大丈夫だ。まったく誰が使えないオッサンだよ!」


 でもなぁ、今は実際にスキル無しなんだよな。取得って言っても教会で買うなら大金が必要らしいし、どうしたもんだろうね。


「ハルト、それで返事は?」

「うーん? エドさんは今まではどんな仕事をメインでやって来たんです?」

「俺はなダンジョン探索が得意でな、パーティーメンバーに物理的な攻撃から守って貰いながら、魔法アタッカーをやってきた」

「魔法ですか……それはどうなんだろう? 僕達とパーティーを組むと役割が被ってしまいますね」

「被る? 誰と誰がだ?」

「いや、どっちかって言うと僕は魔法寄りじゃないですか。魔法アタッカーが二人いても仕方ない様な気がします」

「お前は何を言っているんだ?」

「エド。ちょっとこっちへ来て」

「お嬢? 何だよ」


 レヴィがエドさんを連れて部屋の隅に行ってコソコソと話を始める。


 僕達は二人でパーティーを組んでいる。レヴィがスキルを活かして罠解除からマッピングまで、非戦闘のあらゆる事をこなしていて、僕が魔法で戦闘を行う、これが僕達のスタイルなんだ。


 そこへ更に魔法アタッカーを増やすよりも前衛をこなせる人が望ましいよね?


「エドさん。ハルトはね自分の事を魔道士だと思っているのよ」

「何でだよ! どう考えても彼奴は前衛でしかも素手の戦闘が得意だろう!」

「静かにして! 理由は分からないの。でもそう思っているのは間違いないの」

「いやいやいや、彼奴は魔法をそんなに使わないだろう? 物理アタッカーで育てた方が未来があるぞ?」

「昔からの夢だったとか、人には色々な理由があるでしょ? だからハルトには好きな事をやって貰いたいから、役割を押し付ける様なことはしたくないの」

「そうは言ってもなぁ」

「お願いだから、ハルトのやりたい様にやらせてあげて欲しいの」

「むむむ……」


 何がむむむだ! ヒソヒソと話しているつもりなんだろうか? 


 結構ガッツリ聞こえてるんだよなぁ。


「あのー、二人ともちょっと良い?」

「何?」

「何だよ?」

「お互いの認識にどうもズレがあるみたいだから聞いておきたいんだけどさ。僕……魔法寄りだよね?」

「「えっ?」」


 あれ? 違うのか? 光属性の攻撃魔法が得意な魔法少年だと思うけどな?


「ハルト。言いにくいけどね。ハッキリ言うと、どう考えても物理特化の前衛アタッカーが向いていると私は思うよ」

「そうだな。俺の目から見ても前衛が向いている。お前戦闘で魔法使わないだろう?」


 うん? 使える魔法か。光源と光環流星群と光粒爆とそれと……あれ? それだけ?


「今使える攻撃魔法は二つだけです……」

「そうだろう? それじゃあ魔法アタッカーとしては少し弱いな。大体だな使える属性はいくつある? せめて三属性は持っていないと使い物にならんぞ?」


 マジ? 三つも? 今は確か……


「光と聖の二つです……」

「光属性は悪くない。アンデッド特攻もあるからな。ただし、聖属性はどちらかと言うと回復魔法が豊富だからな。魔法アタッカーには向いていない属性だ」


 属性魔法か。何とか新しい属性を手に入れてみるかな?


「だからお前は魔法よりもだな……」

「よし! 分かりました。魔法スキルを買いに行きましょう! 今すぐに!」

「いや、それより前衛としてだな……」

「レヴィ、教会に行けばスキル買えるよね?」

「うん、あの、でもね。魔法は適正が無いとスキルは付けることが出来ないから、ハルトはその、無理……かな?」

「えっ? そうなの?」

「ハルトはね、職業がアレだから……」


 無職ですよ?


「職業が何か関係あるの?」

「ハルトよ。戦士が魔法を使っても大したダメージを与えられないのは分かるか?」

「想像はできますね」

「魔法職に着いていないと魔法スキルは得る事は出来ないぞ?」

「なん……だと?」

「お嬢! 説明していないのか?」

「うん。ハルトはいつの間にか魔法を使える様になっていたから、細かい所は言っていないの」

「どうしても魔法を使いたいならせめて魔法職に着いてからにしろ。魔法を使えるなら何かあるだろう?」

「エドさん!」


 魔法職……無いよ。ニートと警備員しか無いよ。


「うわーん。エドの馬鹿ぁ! どうせ僕は無職だよ! 何にも無いんだよ! 何一つ! 悪いかよ!」


 どうせ僕なんて何の役にも立たないロクデナシですよ! 


 あー、なんかもう、何もしたくないな。そうだ! 良い事を思いついたぞ!


「レヴィ、僕転職してくるよ。今すぐにニートになってくる。だから僕を養ってくれ! もう働くのは止める! 自宅警備は任せろーバリバリー」

「やめて! お願いよ。ハルト、戻って来て!」


 レヴィが止めるのも振り切って、勢いで家を飛び出した。


 まさかこんな所で無職が響いて来るとは思わなかったな。職業って結構大事なんだな。


 帝都を一人ブラブラしてはみたものの当てもなくただ歩いていただけで何も得るものはない。


「これこれ、そこの若者よ」


 うん? 僕の事かな?


「こっちじゃよ」


 右手側に机と椅子を出して道端に座っている老婆が僕を呼んでいる。


「何か御用ですか?」

「ふむ、お主何か悩みがあるじゃろ?」

「ええっ! 何故判るんですか?」

「ワシはな星読みを得意としていてな、お主程度のことなんぞ全てお見通しよ」


 星読みか、占いみたいな物だろうか?


「それでその星読みで僕の悩みを解決できるんでしょうか?」

「そのさのぅ、お主の悩みの原因はお主の親に関係がある、そうじゃろう?」

「いえ、僕に親は居ません」

「むむ、なんと! そうじゃったか。しかしおかしな事じゃ。本当に居らんのか?」

「会ったことすらありませんよ」

「しかし星はお主の悩みの原因は親にあると語っておる。お主の親はどんな仕事をしておったのじゃ?」

「だから顔も名前も知らないですって!」

「そうか……しかしそれでは何も解決はせんぞ?」

「そんな……どうしたら良いんだ!」

「そんなお主に朗報がある。ここに魔法の壷がある。この壷に向かって毎晩お主の悩みを呟くんじゃ! そしてすぐに蓋をしておけ。それを毎日続ければ一月もしない内に悩みは解決するじゃろう!」

「凄い……魔法の壷か、是非譲って下さい!」


 ふふふ、この壷さえ有れば僕は無職から解放されてレヴィにもエドさんにも馬鹿にされずに済むぞ!


「しかしこの壷はな、そんなに数が作れなくてな。今はこの壷一つだけしかないのじゃよ」

「それでも是非!」

「しかも他に譲って欲しいと言っている者がいての、そちらに譲る事になっているんじゃ。残念じゃが新しく出来上がるまで待って貰うしか無いのう」

「いつ、いつ出来上がるんです?」

「今からなら二年は待って貰おうかの」

「そんなに待てませんよ! 何とかなりませんか?」

「ふむ、そこまで言うならば先約の客には待って貰っても良いが、待って貰うためには少しばかり金が掛かる」


 金、金、金! 星読みとして恥ずかしくないのか!


「いくら掛かるんです?」

「そうよの、先客に待って貰うのに金貨で二百枚と壷の代金三百枚で合計五百枚する所をなんと! 四百五十枚で特別に譲ってやろう!」

「安い! 買ったぁぁぁ! 痛っ」


 突然、後頭部を叩かれた。何事かと思い後ろを振り返るとレヴィが怒りをあらわにして立っていた。


「まったく、心配して探しに来てみれば何でそんな詐欺に引っ掛かろうとしてるのよ!」

「いや待ってレヴィ! この壷凄いんだから。悩みを呟くだけで解決するんだよ? お買い得じゃない?」

「あのねぇハルト。大抵の悩みなんて放っておいても一月も経てば解決するじゃない? 壷なんていらないでしょう?」

「うん?」

「人の悩みなんて心持ち次第だし、ハルトの悩みは私がなんとでもしてあげるから、そんなインチキ商品を買う必要なんて無いの! 分かった?」


 レヴィ……そうだよな! 今までどんな事でも二人で乗り越えてきたんだ。


「ごめんレヴィ。僕が間違っていたよ」

「さあ、家に帰ろう?」

「うん」

「若者よ、壷はいらんのか?」

「うるさいわよ! そんな物いらないの!」

「そうか……残念じゃの」


 やっぱりレヴィは頼りになるな。だけど、どうやって解決するつもりなんだろう?


「お? やっと帰って来たか。遅かったな」

「聞いてよエド! ハルトったら詐欺に引っ掛かっていたのよ? 危うく怪しい壷を買わされる所だったんだから」

「壷だと? もしかして、最近流行っている魔法の壷の事か?」

「なによ、あの壷の詐欺、流行っているの?」

「ああ、どんな悩みでもすぐに解決するらしくてな。今、帝都で飛ぶ様に売れている壷だな。値段はかなり高いようだが、効果は抜群で今は品薄らしいな」

「「えっ?」」

「詐欺紛いの怪しい物は多数あるが、あの壷は本物の魔法の壷らしいぞ? こんな時期に手に入るなんてあり得ないけどな」


 嘘だろ……本物だって?


「レヴィ! どこに行くんだい?」


 忍び足でこっそりと部屋を出て行こうとしているレヴィを呼び止めた。


「バレないとでも思った?」

「あはははは。ハルト、あのね、その、ごめん」


 部屋を飛び出したレヴィをすぐに追いかける。


「待てー! レヴィー!」

「ゴメン。あんなの本物だと思わないじゃない!」

「逃げんな! 責任を取ってもらうぞー!」

「ごめんなさい。お願い、許してー!」


 その後、懇々とレヴィにお説教をして、さっきの場所まで戻ってみたが壷売りの老婆の姿は無かった。


 当然の事ながら、レヴィにはキツイお仕置きをしておいた。


 一ヶ月間デザート禁止令を出した時のレヴィの絶望の顔を見れたのでヨシとしておく事にする。


 魔法の壷欲しかったなぁ。残念。

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