第34話 大賢者からの依頼

 レヴィの勘違いにより本物の魔法の壷を手に入れ損ねた僕は、レヴィに対して一ヶ月間デザート禁止令を出してスッキリしていたが日に日に萎れていくレヴィを見て、一週間で勘弁してあげる事にした。


「本当? 本当にいいの?」

「うん、流石に一ヶ月は長すぎだよね。今日から解禁するよ」

「ありがとうハルト!」


 歓喜のあまり抱きついて来るレヴィの頭をナデナデしつつ猫耳をさりげなく堪能する。


 このフワフワした毛並みの合間に時折混ざるコリコリとした感触が良い! やっぱり猫耳は最高だね!


 そんな至福のひと時を過ごしていたのに邪魔者がやって来る。エドさんだ。


「相変わらず仲が良いな、お前らは」

「エドさん。おはようございます」

「おはようさん」


 心の中ではぐぬぬ、と思いつつも挨拶だけはしっかりとしておく。


 この一週間はエドさんと臨時でパーティーを組み、帝都の近くにある中級ダンジョンである古の城へと足を伸ばしていた。


「今日も行くんですか?」

「なんだよ、嫌そうだな?」

「あのダンジョンじゃ実入りが少過ぎて割りに合わないんですよね」

「気持ちは分かるがな。今の俺じゃあ、あの程度のダンジョンが精一杯なんだよ」

「それに……」

「まだあるのかよ!」

「どうも何かしっくりこないと言うか、エドさんとはパーティー性の違いがあると言うか」

「パーティー性の違い? まるで意味が分からんぞ?」

「エドさんは毎日の様にダンジョンへ行こうとするじゃないですか」

「当然だろ?」

「僕は別に毎日行かなくても良いと思うんですよ。特に何か大きな変化があるわけでも無いし」

「馬鹿を言うな。ダンジョンは毎日の様に不規則に変化するんだよ。お宝が突然今まで無かった場所に出現したりするんだ。だから他の奴らに先に取られない様に毎日行く必要があるんだ!」

「そこですよ! 僕は他にやらなくてはいけない事があるんです。最近は毎日ダンジョン三昧で何も出来ていないんです」

「他にやる事とは何だよ?」

「元の世界に帰る方法を探すんです」


 エドさんの顔が怪訝そうに歪む。


「元の世界だって? ハルト、お前まさか迷い人だったのか?」

「そうですよ? 言ってませんでしたっけ?」

「初耳だぜ」


 そうだっけ? なんだかエドさんにはとっくに伝えていたと思っていたよ。


「とにかく僕としてはそっちを優先したいので、ここまで毎日ダンジョンに篭っている訳にはいかないんですよ」

「そうか……ハルトにそんな事情があるとはな。知らなかったとはいえ、引っ張り回して悪かった」


 あれ? 案外あっさりと引き下がってくれたな。エドさんならそれでもダンジョンにいくぞ! なんて言ってくると思っていたけどな。


「エドさん、納得はしてくれたんですか?」

「うん? ああ、一応はな。俺の昔馴染みにもな、ハルトと同じ迷い人が一人だけいるんだ。そいつも会うたびに言っていたからな。俺は元の世界へ帰るんだ、とな」

「その人は今どこに?」

「さあな、しばらく会ってねえからどこで何をしているかは知らん。だが彼奴は多分、今も懸命に探しているだろうな。帰る方法ってヤツをな」


 コンコン。


 不意にドアをノックする音が聞こえる。今日は来客の予定なんて無かったはずだけどな? 


 誰だろう?


「エドにお客様よ」

「俺かよ? 誰だ?」

「久しぶりじゃないか。エドワルド」

「まさか、ギン……なのか?」

「おいおい、この俺様の顔を忘れたのか?それは薄情ってもんだろう?」

「何年振りだ? 三年か?」

「そんなに経ったのか。時が経つのは早いもんだな」

「それで? お前が急に俺を訪ねて来るなんて嫌な予感しかしないが、俺に何か用でもあるのか?」

「仕事だ。人を探している。そいつはな、最初は確かにスターチスに居たはずなんだ。会いに行ってはみたんだが、何処かに旅に出たみたいで足取りが掴めん。何処に行ったかさっぱりだ」

「仕事はいいが報酬は出るのか? タダ働きはしないからな?」

「そいつを見つけたら金貨五十枚出す。どうだ?」

「良いだろう。お嬢、ちょいと部屋を借りるぞ? 詳しい話を聞いてくる」

「はいはい、良いわよ。奥の部屋を使ってね」


 レヴィの許可を得て、二人でリビングから来客用の部屋へ入って行った。


「ねぇハルト、金貨五十枚だって! 人探しの依頼でその金額は破格よね」

「でもさ、何処に居るかも判らない人を探すなんて時間も掛かるし、そもそも面倒な仕事じゃない?」

「そうだけどさ、金貨五十枚なんて中々無いわよ?」


 五十枚か……確かに多いな。最近ダンジョンに篭って得る事が出来る金額はせいぜい金貨一枚、五十日分と考えると早めに探し当てれば大儲けか。


 僕も一枚噛ませて貰って、おこぼれを頂こうかな?


「それじゃあ頼んだぞ」

「ああ……」


 どうやら話は済んだみたいだけど、心なしかエドさんの顔色が良くないみたいだ。何か問題でもあったのかな?


 お客さんが帰ってすぐにエドさんが僕に突進してきて、襟首を掴み揺さぶって来る。


「ハルト、お前一体何をやらかしたんだ!」

「どうしたんですか? 急にそんな事言われても訳が分かりませんよ。一旦落ち着いて下さい」

「落ち着いている場合じゃねぇ! 帝国がお前を探している」

「何故です?」

「知るかよ! さぁ吐け、何をした!」

「何もしてませんよ。誓って言いますけど、僕は犯罪を犯した事はありません!」

「牢屋には何回か入っているけどね……」


 レヴィが余計なことを呟いてくれる。


 あ、アカン。エドさんの顔怖いよ。


「ハルト、お前やっぱり……」

「やっぱりって何ですか! レヴィもややこしくなる様な事を言わないで!」

「本当の事じゃないの。全部誤解だっただけで」

「誤解? そうなのか?」

「そうです! 僕は本当に何もしてませんよ。大体何なんですか? 帝国が僕を探しているって?」

「ああ、彼奴から聞いた話を詳しく話してやろう」


 先程帰って行った男はエドさんの話に出て来た迷い人で名前はギン、と名乗っていた。十年位前に知り合って意気投合して何度も一緒に仕事をこなした仲らしく、再会したのは三年振りでエドさんに人探しの依頼を持ってきた。


 探しているのは彼と同じ迷い人で名前はハルト。スターチスに現れて、今現在は行方が判らない。


 見た目の特徴は全く判らず、唯一の手掛かりとしてこの世界では大変貴重なガンと呼ばれる武器を持っている。


 そしてなんと! 依頼者であるギンは帝国のナンバー2である大賢者だと言う。エドさんはその事を全く知らされて居らず、先程聞いてかなり驚いたそうだ。


「ふーん。僕と同じ名前の迷い人が他にも居たんですねぇ。いやいや偶然とは面白いものですなぁ」

「ハルト。ガンという武器を知っているか?」

「聞いた事はありますね」

「出せ」

「持ってないですよ?」

「何処にある?」

「スターチスでお世話になった宿に……」

「やっぱりお前じゃねぇか!」

「あっ」


 引っ掛け問題か。やるな! エド。


「でも、エド。帝国が何でハルトを探しているのよ? 理由は何か聞いたの?」

「いや、詳しくは話してくれなかったが、何でも国に関わる大事な事のようだな。少々の怪我は構わんが絶対に生きて連れてこいとの事だ」

「依頼を受けたんですか?」

「国からの特別依頼だ。断れねぇよ」

「期限は?」

「一月だ。活動資金として金貨二十枚。生きて連れてきたら成功報酬で五十枚だ」

「金額が増えてません?」

「俺としては嫌な仕事だからな。少しごねて上乗せさせたんだ」


 この世界の人は逞しいですのぉ。


「探し出せなかったらエドさんに何かペナルティはあるんですか?」

「いや、特に何も無いぞ? 成功報酬が貰えないだけだな」

「じゃあ逃げましょう! 今すぐ」

「馬鹿を言うな。国を敵に回すのか? そんな事できる訳無いだろうが!」

「じゃあ僕を敵に回してみますか? 自分で言うのもアレですけど、僕、面倒臭いですよ?」

「だから悩んでいるんだろうが! お前との付き合いは長くは無いが、命まで助けて貰っている。借りもいくつもあるんだ。それを裏切るようなら、俺は人として終わりだよ」


 すぐに突き出される様な事は無いか……それならどう対処するか考えないと。


 命まで奪われる事は無いのか?


 いや、それは何かに必要だからだろう。国に囚われた後の保証は何も無い。


 だが一度ここで顔を合わせているから大賢者と名乗る位の人物がそれを忘れるなんてありえないはず。このまま逃げ出したらエドさんに迷惑が掛かる。


 いっその事やっちゃうか? いや、一国のナンバー2を暗殺か……出来なくは無いだろうけど、結局は国に追われるのは変わらないな。


 せめて僕を探している理由が分かれば対処法もあるんだろうけど、情報が少なすぎて判断できないな。


 こんな時は師匠の教えかな? だけどアレはいくら何でもなぁ


「ハルト、何か困った事があってどうしようも無くなった時はな……」

「はい!」

「全てを叩き潰せ!」

「はい?」

「力こそパワーだ!」

「はぁ?」

「全精力を使って全ての知恵を動員して相手を潰せ! お前にやましい事が無いのなら堂々と立ち向かえば良いんだ! 解ったか!」

「いいえ、全く」


 力こそパワーって被ってるやん?


 堂々と立ち向かうか……それしか無さそうだな。


「エドさん」

「何だ?」

「その大賢者に会いに行きましょう」

「お前……」

「僕は何もしてないですからね。コソコソする理由なんて何一つ無いです。だから行きます」

「そうか……分かった。だったら俺がお前を守ろう。国を相手にするなんて俺の柄じゃないが、命の恩は命で返す!」


 最近伸びてきた髪を内ハネにして一言。


 私は死なないわ……貴方が……守るもの。


 あら? 逆だったかな? まあ良いか。いざとなったらエドさんを盾にして逃げ出してやるか!


「レヴィはお留守番ね」

「ダメよ! 私も行くから」

「それこそ駄目だよ。どんな話になるのかすら想像できてないんだからね?」

「だったら余計に私も……」

「もし仮に全員で会いに行って囚われたら?」

「脱出する!」

「ここに一人だけ残っていて僕達と連絡が途絶えたら?」

「さみしい!」


 レヴィ……解るけどさ。そうじゃ無いよ。ここに残って何かあったら助けて欲しいんだって!


「クックック、ハルト。諦めろ。お嬢には何を言っても無駄だ。置いて行ったら隠れてついて来るぞ? それなら素直に連れて行った方がマシだ」

「ふぅ、仕方ないか。だけど、どんな危険があるか分からないし最大限注意する事! 分かった?」

「おけまる」


 何だよその返事は? 新しいやつなの?


 しかし、レヴィの顔は返事とは裏腹にとても真剣な顔をしていた。このくらい気合いが入っていたら少々の困難も乗り切れそうだな。


 最悪一枚、肉壁はあるしな。頼むぞエド!


「それとエドさんに聞きたい事があるんですけど」

「おう、何だ?」

「何でレヴィの事をお嬢って呼ぶんですか?」

「そりゃあお前、オウバイ最強の男の側近で《王の剣》と呼ばれるフランシール様の娘なんだから当然だろ?」

「エドさんと何の関係があるんです?」

「何を言っているんだ? 俺はオウバイ出身だし獣人でもあるんだぞ?」

「獣人⁉︎ それは気づかなかったです」

「まぁいつもフードを被っていたしな。ほれこの通りだ」


 フードを下ろしたエドさんの頭には見事な獣耳がピンと立っていた。見た感じは犬系かな?


「犬じゃねぇ! 狼だ! 間違えるなよ?」


 なんで分かったんだろう?


「そんな事よりも行くぞ! 場所は帝都にある賢者の塔だ」


 大賢者が住むから賢者の塔ね……


 それじゃあ、いざ! 大賢者のもとへ!

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