第29話 探索開始
ダンジョンから出てきたのは無双の傷跡のメンバーだった。酷い怪我を負っており、もうほとんど虫の息だ。
「おい、大丈夫か? 何があった?」
「あ、みんな……が、き……」
「おい! 死ぬな! せめて何があったか言え!」
「もう無理ですよ。死んでます」
「くそっ!」
嫌な感じだ。
「どうします?」
「そうさな、これじゃあ大人しく帰るって訳には行かなくなったな」
「何故です? 報告が必要だと思いますけど」
「人が死ぬ程の事がこの中で起こっている。放っておく事は出来ない。少しでも情報が必要になる。俺達がここを放置して帰った後に何か問題が起こったら、ギルドから責任を追求されるぞ?」
なんて面倒な事をしてくれたんだか。どうせ死ぬならダンジョンの中で死んでくれれば良かったのに。
「仕方ないですね。だけど何処までやりますか?」
「最善は、残り全員の救出。ダンジョン内をできる限り探りながら助け出す。ただし自分達の安全が最優先だ!」
「レヴィの意見は?」
「ダンジョンの探索は必須。だけど最低限で済ませておく。異常があった場合はすぐ撤退かな?」
「だそうですよ?」
「了解だ。撤退も視野に入れておく。すぐ出るぞ!」
行きたくねぇ。絶対何かあるやん。
小高い丘の中央にある階段を慎重に降りる。ダンジョンの一階は思っていたよりも広く、十人程並んで歩いてもまだ余裕がある。
「異常無しだな」
「どこまで進んだんでしょうね?」
「さあな、だが行ってみれば分かるだろうよ」
その言葉通り二階、三階へと進んで行くと何者かが戦闘を行った形跡が見て取れる。壁に焼け跡が残り、魔物の死体が何体もある。
「スノーウルフだと?」
「どこかおかしな所でも?」
「ここを何処だと思っているんだ。こんな南にいる様な魔物じゃない。生息域は北方だ」
「進みますか?」
「当然だな」
「ここからは先頭を任せて貰いますよ」
「待て! 危険だ。俺たちが前に出る。お前らは大人しく真ん中で守られていろ!」
「守られるのはアンタ達の方よ。私はローグ。先頭を務めるのは当然じゃない?」
「ふむ、ローグか。それならウチから一人護衛に付けてやる。真ん中にハルト。それからウチの二人で最後尾は俺がやる。いいな?」
レヴィと離れるの? それはそれで不安だな。
「護衛は必要ない。私とハルトが先頭で、アンタ達が後ろからついて来れば良いのよ」
「馬鹿を言うな。戦闘が起こった場合、その小僧はどうするんだ?」
「もちろん戦いますよ」
「たかがポーターに何ができる?」
ポーター?
「レヴィ、ポーターって何よ?」
「荷物持ちよ。舐められた物ね。ハルト」
「でも、確かに荷物をもってるしなー」
「そうだけど……」
「えーと、沈黙さん?」
「エドでいいぞ」
「エドさん。まずは僕たちに任せてもらえませんか? その後、問題があればエドさんの指示に従いますよ」
「ふん、良いだろう。好きにしろ」
レヴィを先頭に更に進む。
「接敵! 右二、左四!」
「レヴィ、右よろ」
「りょ」
レヴィが短刀を抜いた事を確認し、左へ走る。
真っ白で綺麗な毛並みのオオカミ。
四方を囲みながら一斉に飛びかかってくる。
面倒なので魔法で退治。
光環流星群! 省エネバージョン!
四方のオオカミの頭部のみを狙う。頭から血を流し一瞬で四匹は倒れた。
「レヴィ! そっちは?」
「終わってるわよ」
「おけ」
鮮血の鉄壁の面々が顎が外れるんじゃないかというほどに口を開けて立ち尽くしている。
「行きますよ?」
「お、お前、何だあの魔法は!」
「オリジナルですよ。教えてあげませんけどね」
「ポーターじゃ無いのかよ」
「そんな事言った覚えはありませんよ」
「言ったでしょ? ウチのリーダーはハルトなの。理由は見たら分かるわよね?」
「そこまで強いなら先に言っとけよ!」
「僕は強い! そう言ったら信じますか?」
「いや……無理だな」
「だから何も言わないんですよ。誰も信じないんですから。いちいち実力を見せて回るほど暇でもありませんからね」
その後は数度の戦闘をこなし下層へ降りつつ、生存者を探すが、誰一人として見つからない。
現在地は八階層。
「この辺りで一度休憩にしましょう」
「あん? なんでこんな所で休憩する? まだ疲れてないし、何の手掛かりも見つかってないぞ」
「僕は疲れました。それにさっきから嫌な予感が止まらないんですよ。見てくださいよこれ」
左腕の袖を捲り上げ全員の目に晒す。鳥肌がずっと止まらない。
「僕は自分の感覚を信じています。この先に何かあるはずです。万全の状態にするために、一旦休憩させて貰います」
「いいだろう。小休止だ!」
皆、思い思いに体を休めている。周囲の警戒を怠っていないのは流石だな。
「ハルト、何を感じているの?」
「それが分かれば良いんだけどね。今はこの先に進みたくない」
「それだけ?」
「そう。理由なんて何も無い、けど絶対に行きたくないんだ。だけど進まなくてはいけない。嫌な感じだよね」
三十分程の休憩を終えて、更に下へと進む。
九階で下り階段を発見して、十階にたどり着くとそこにあったのは、ただひたすら真っ直ぐな広い通路。
先程までは洞窟内部の様で岩があちこちに点在して歩きにくかったダンジョンだったが、十階層は床、壁、天井まで綺麗にくり抜かれ、まるで人の手で作られたような通路がそこにあった。
「引き返しましょう」
「ダメだ」
「これは明らかに異常でしょう?」
「下に降りたら綺麗な通路があったから引き返して来ましたってか? そんな言い訳が通るかよ!」
「はぁぁ。進みますか」
帰りたい。帰りたい。これはダメだって。
しかし一人で帰るわけにもいかず、通路を嫌々進む。
その通路は思っていたよりも長くはなく、すぐに突き当たりまで来てしまった。
「ねぇレヴィ。この間ね、帝都で凄く美味しいスイーツを出すお店を見つけたんだよ」
「へぇ、どんなお店なの?」
「新鮮なフルーツに生クリームたっぷりでさ、なんとそこにチョコレートを軽く掛けてあってさ」
「ふんふん?」
「一口食べたら絶対病みつきになる事間違い無し!」
「凄く美味しそう!」
「そうだろう? なんなら今からすぐに食べに行かない?」
「賛成! 行きましょう。すぐに行きましょう。ぐずぐずしてないで走って!」
レヴィと僕は全力でスイーツを食べに走った。
「おい、待てや」
エドさんが僕とレヴィの襟首を掴み、こめかみの血管をピクピクさせている。どうしたのかな? 早く食べに行かないとお店が閉まっちゃうよ。
「何処に行くつもりだ?」
「美味しいスイーツを食べに行きますけど?」
「ふざけているのか?」
「いいえ? 僕はいつでも真面目です」
「先に進むぞ!」
「いやいやいや、無理ですって! アレをちゃんと見たんですか? 見たんでしょ? あの扉を。急に現れたかと思ったら真っ黒な扉で、紫と黒が混じった禍々しいオーラを放ってて、変な色の触手がウネウネしてて、取手なんて見てくださいよ。ピンクですよ? ピンクの取手なんて見た事あります?」
「見たのは初めてだな」
「でしょ? あんな扉を開けるなんて伝説の勇者だけですって! そうだ! 今から探しに行きましょう。あの扉を開ける事が出来る勇者を!」
「アレは俺たちが開ける」
「おお! 貴方が勇者だったんですね? さあ、すぐにあの扉を開けてください!」
「俺、じゃ無い。俺達の中の誰かだ」
「巻き込まないで下さい! 絶対に嫌です」
「ここまで来たんだ。腹をくくれや」
ちくせう。あんなの触れるどころか、近づく事すらしたく無いぞ。
「誰が勇者になります?」
「そうだな……」
エドさんが周りを見渡すが誰一人目を合わせようとしない。
「くじ引きでもするか。ハルト、くじの代わりになりそうな物出してくれるか?」
「本当にやるんですか?」
「あんな扉を見つけたんだ。開けないで帰れねぇだろうが」
「分かりましたよ……」
バッグを漁り、細い木の棒を取り出してナイフで削り一本だけ先端を赤の塗料で着色する。
「これでどうです?」
「良いだろう。赤い印が付いた物を引いた奴があの扉を開ける。全員良いな?」
誰も引こうとしない。
「さっさとしろや! 人の命が掛かってるんだぞ? もういい、まずは俺が引く」
エドさんが僕の手から一本引き抜く。結果はハズレだ。少しホッとした顔をしているのがムカつくわ。
「ほら、次だ!」
鮮血のメンバーが順番に引いていく。
「やった! ハズレだ!」
「これか? いや待てよ。こっちだ! よし、ハズレ」
「頼む。神様お願いします。やったぜ! ハズレだぁぁぁぁ!」
おいおい、マジか。残すは二本のみ。つまりあの扉を開けるのは僕かレヴィ。
「えーと、こっち? 違う違う待って。こっちかしら? うーん?」
脂汗を流しながら涙目になり、くじを選ぼうとするレヴィ。
やがて決断したのか一本に手を掛け、引き抜こうとする。その前に僕がくじを握りつぶしバッグの中に破片を仕舞い込んだ。
「あっ」
「ああ、ごめん。つい力が入っちゃったよ。このくじは無効だね」
「おい! それは無いだろう」
「ええ、だから僕が行きますよ」
「ハルト……」
「レヴィ後ろで見てて。行ってくるから」
「うん、気をつけてね」
レヴィをあんな触手に近づけさせるなんて出来ないだろう。
あれ? レヴィVS触手。
逆に有りか? ダメダメ。人前でそんな醜態を晒させる訳にはいかないよ。無いわー
禍々しいオーラの扉にゆっくりと近づいて行く。人を感知したのかその触手の動きが段々と激しくなってきている。
「うぇぇ、気持ち悪い」
右手でピンクの取手を掴む。右腕が義手で良かったよ。これ生身だったら感触とか感じるんだろ?
右腕の袖に透明な液体が不着してシュウシュウと音を立てて煙が上がり始めた。
取手を下ろし扉を引き開ける。するとその瞬間に扉から触手は消えて普通の扉になった。
「みんな! なんかもう大丈夫みたいですよ!」
後ろを振り返ると誰も居ない。
「ちょっとぉぉぉぉ! それは無いでしょ!」
僕の魂の叫びが聞こえたのか、数分後全員が申し訳なさそうな顔で戻って来る。
「みんな酷すぎ! レヴィ? 帰ったら罰ゲームだからね?」
「ゴメン! でも、あれは流石にないわよ」
「まあ、何ともなかったんだろ? 良いじゃないか」
多分僕以外の人が開けていたら酷い怪我をしていたかもしれないけどね。あそこまで離れる事はなくないかい?
部屋の中には何も置いてない。ただ向こう側に、もう一枚扉があるだけだ。室内は広々としていて人間なら二、三十人は軽く入れそうな、だだっ広い部屋。
それだけだった。室内に足を踏み入れても変化は無く、全員拍子抜けした顔をしている。
「何も無いのね」
「うん、あっちの扉は何処に繋がっているのかな?」
「さあな、だがいつまでもここに居ても仕方ないだろう。先に進むぞ」
エドさんが向かい側の扉を開ける為に取っ手に手を掛ける。
「開かない」
「えっ!」
「おい、戻るぞ!」
慌てて、元来た扉に手を掛ける。
「開かないです!」
「くそっ!」
「閉じ込められた……」
しばらく悪戦苦闘をしていたが、どちらの扉もびくともしない。
「何だっていうんだ! くそっ!」
扉に向かって悪態を吐きながらガンガンと蹴りをかますエドさん。
「エドさん。一度落ち着きましょう」
「ああ、悪い。取り乱した」
「仕方ないですよ。こんな状況ですし」
「どうしたもんか。何とか出口をさがし……何だ?」
エドさんの言葉が終わる前に部屋の雰囲気に変化が起こる。突如、床から青い光が立ち登り、見たこともない模様がそこかしこから浮かび上がる。
「なんてタチの悪いトラップだよ!」
「何なんですか?」
「これはな、転移の魔法陣だ! 全員何処かに飛ばされるぞ!」
「何処かって何処ですか!」
「知るか! せいぜいランダム転移じゃ無いことを祈るんだな。遥か彼方の上空かそれとも海の底か」
「そんな!」
「来るぞ!」
その瞬間に身体が宙に浮くような奇妙な感覚に襲われる。視界が真っ白に染まり、眩しさで何も見ることが出来ない。
浮遊感が強くなり、体がバラバラ引き裂かれる様な感覚を必死に耐える。
視界が元に戻り周りを見ると、間違いなく先程の部屋では無い何処か別の場所に僕は立っていた。
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