バトル・ロワイアル

 Guest appearance:ジェイミー・ボンド(作者:機乃遥)


 ノースサイド、四つ星ホテル『サンタ・マキア』の地下。高級カジノ『サンフラワー』。併設された駐車場には高級車ばかりが並んでいる。ベンツ、ニッサン、レクサス、そしてBMW。鉄腕はその隣にサイドカー付きの愛車・ハーレーダビッドソンを止める。クリスがサイドカーからのそのそと出てきたところを見計らって、自身のメットを投げ入れた。今日の鉄腕はフォーマルだ。ネクタイをしている。


「ネクタイ以外もちゃんとすりゃいいのに」


 高級ドレスシャツにサスペンダー付きの半ズボン。クリスからすれば、いつものシャツにスラックス、スニーカー姿の鉄腕は滑稽にすら見える。それに赤いネクタイをだらしなく巻いているのだから。


「原始人みたい」


「悪かったな。黙ってたがアタシはフリントストーンのフレッドと友達のカミさんがヤって生まれた女なのさ。ハンナ・バーべラが知ったら鼻血出すぜ」


「ハンナ・バーべラはアニメーターのコンビ名で人の名前じゃない。それに二人とももう死んでるよ」


「そのくらい知ってる」


 鉄腕はコートの裏ポケットから、銀色のシガレット・ケースを取り出すと、いつものように葉巻──ヘンリエッタ・Y・チャーチルズ──を取り出し咥えながら、地下駐車場を通り抜け、カジノへと入っていった。見てくれで止めてくるような者はいない。現在、午後八時。かきいれどきにも関わらず、カジノは休みだ。あれだけ凄惨な事件が起こった後に、気持ちよく遊びに行くような者もいないだろう。

 休憩スペース。バーカウンターには、コップを拭くバーテンが一人。そして、飲食スペースやスツールには、数人の男女が座っていた。何人かが二人を一瞥したが、すぐに興味を失い、視線をそらした。


「ほおー。どうやらプラチナチケットを掴んだらしい。こりゃ殺し屋のオールスターだぜ」


 二人はちょうど二つ開いていたスツールに腰かけた。鉄腕の隣には、こげ茶色の髪にゆるくパーマをあてた、青く美しい瞳の女が座っていた。クリスの隣には、それと真逆の男──まるでどこかの民族博物館から抜け出てきたような、浅黒い肌に筋骨隆々なごわごわの長髪、口ひげを生やした男が座っていた。裸に獣の皮で出来たようなベストに、古いジーンズを身に着けている。腰には、二本のマチェットが下げられている。


「お前も戦士か」


 男はぐるぐると獣が喉を鳴らすように、クリスに言った。目は鋭く、深くしわが刻まれている。歴戦の勇士。物語から抜け出てきたような男だ。


「俺はン・バ。戦士は魂の交流を好む……問おう、お前は戦士か」


 あまりに予想外な発言にも、クリスは冷静に返した。


「WOTなら英雄なんだけど。僕、グレード10のトップランカーなんだ」


「英雄……なんと、凄いな。戦士は他の戦士に敬意を表する」


 この風変わりな戦士を名乗る男は、どうやらクリスをいたく気に入ったようであった。一方鉄腕は、隣に座っていた女性にいきなり話しかけていた。


「やあ。良かったら一杯奢らせてくれよ」


「あなたがこの街の大スターね? よく存じているわ、鉄腕アイアンナックルさん。でもビズの前にアルコールは取らないことにしているの」


 女は喪服のように黒いパンツスーツ。おそらく肩から銃を吊っている。女は親しみやすい笑みを浮かべていたが、鉄腕はそれがビズのために作ったものだと見抜いていた。

 この場にいるのはいずれも生半可な人物ではない。

 カウンターの端、スツールにかけて水を飲んでいる暗い男は、腰にまるで場違いな剣を二本も下げている。おさまりの悪い黒髪。目は死んでいる。殺しだけを仕事にしてきました、といったような風貌だ。

 ボックス席に一人座っている、赤いつるつるした全頭マスクにソフト帽をのせたロングコートの怪人物はわかりやすい。殴打探偵を名乗る狂人。あいさつができない人間を文字通り死ぬまで殴ってくる。オールドハイトの有名人の一人だ。

 この場にいるのは本物の殺し屋か狂人ばかり。そして、おそらくは、この目の前にいる女もそのどちらかだろう。


「君はこの街じゃあまり見かけないな」


「世界中で仕事をしているから。この前はシリアに行ってたのよ」


「美人には似合わん街だ。ヒジャブとかブルカをしなくちゃならないんだろ? 君の顔を隠すのは世の中の損失だと思うがね……アタシの事は知っているようだが自己紹介が遅れた。アンナ・マイヤーだ。君は?」


「私は……」


 女が口を開こうとしたその瞬間、四方にモニターを備え付けた全方位型モニターのスイッチが不意に入る。モニターにはベッドが映っていた。そしてそこに横たわる、包帯だらけの男。


『直接あいさつできないで申し訳ない。この映像は録画だ。一方的なものになるが、どうか許してほしい。私はこのサンフラワーの支配人をやっているロブ』


「恐れ入ったぜ。入院中でも仕事熱心だな」


 剣を帯びた男が、鉄腕の茶化しに反応し、冷たい視線を浴びせた。鉄腕はにやにやと男に手を振って見せたが、すぐに視線をそらしてしまった。どうやらシャイらしい。


『残念ながら、君たちに狩りだしてほしい対象者の情報は殆ど無い。しかし、監視カメラの映像が残っていた。我々から情報提供できるのはそれだけだが──我々はメンツの為なら君たちにいくらでも払う用意があるということは明言しておく』


 数十秒に満たぬ映像は、トリックと疑われても仕方のない映像だった。六人の男が扇形に陣形を取り、女を狙う。六発の銃声。マズルフラッシュ。流れる時間が軟化したようにすら感じた。女は立ったままフライトジャケットをまくると、リボルバー式拳銃を取り出し、ポケットから取り出した弾丸を一発ずつ込めた。計六発。シリンダーを回転させて、自分のこめかみに押し付け、引き金を引いた。

 弾は出なかった。込めた弾は六発だったはずなのに。

 女はすぐに男どもに銃口を向けると、全員の頭をふっ飛ばし、悠々と部屋を去っていった。あとには死体だけが残されていた。


『生死は問わない。報酬は二十万ドル。即金で支払う。我々は本気で、心底頭に来ている。君たち選りすぐったメンバーが、きっと我々の恨みを晴らしてくれると信じている』


 映像はそれで終わった。一回限りのヒント。超常現象めいたトリック・ムービーと言い換えても良い。無言のまま去る者、毒づく者。


「小さな戦士。俺は往く。だがあの獲物は、俺が狩る。邪魔をするようなら、お前も殺さねばならない」


 ン・バと名乗った古代戦士めいた男は、そうクリスに諭し、この場に去っていった。残っているのは、鉄腕とクリスを除いて三人。


「……『鉄腕』、アンナ・マイヤー。久しぶりだね。元気だったかい」


 やすりがけしたような、ざらついた声。全頭マスクで覆った顔には、目も鼻も口も無い。怪人。殴打探偵。狂人だが鬼畜ではない。むしろ紳士的な男だ。エシャク──東洋の挨拶。鉄腕は彼に挨拶を返さぬものがどのような末路をたどるか知っている。右手を差し出し握手、敬意を示した。


「ミスタ・フェイスレス。確かに久しぶりだ。こっちは知らないだろ。相棒のクリスだ」


 クリスは呆然と顔のない男を見上げていたが、鉄腕は目であいさつを促した。クリスは真似をするように小さく会釈をした。フェイスレスはまるで体を折り曲げるように、実に丁寧なオジギをしてみせた。


「ぼくの名前はフェイスレス。『探偵』だ。本質的にはね」


「探偵のあんたが、どうしてこんな仕事を?」


 フェイスレスはのどをざらざらと震わせ、すこし気恥ずかしそうにソフト帽を手で抑えた。どうやら笑っているようだった。


「さっきのロブから、仲介人を通して依頼があった。ぼくは探偵だ。依頼があったら、人を探さなくちゃならない」


「そして、殴る。殴打探偵だから」


「その通り。……だが、僕は殺し屋じゃない。挨拶ができるなら、人は分かり合える。そういうものさ。……お隣のミスにも挨拶をしたかったが、今回はそういうわけにはいかないらしい。急いでいるので、これで失礼」


 フェイスレスが去ったことで、他の人間はいなくなっていた。先ほどまで座っていた剣士らしき男の姿はない。その代わりに、スロットマシンが動いている。その前に座っている、剣士らしい男。白いジャケットの男。


「……みなさん、ずいぶんせっかちですよねえ。バカみたいだと思いませんか」


 はずれ。はずれ。はずれ──。男は絵柄のチェリー一つ出せていない。鉄腕は答えず、咥えたままの葉巻に長いマッチで火を点けた。かぐわしい、ポートワインのかおり。


「あんたは?」


「ドモンと呼ばれています。そう名乗ってもいます。ま、どうでもいいんですけどね」


 スロットマシンに興味を無くしたのか、ドモンは立ち上がり──おもむろに剣を抜いた。そして、振り向きざまに剣を振り下ろした。スロットマシンにすうっと斜めに線が入り、そのまま滑り降り派手に音を鳴らす! じゃらじゃらと黄金色のコインが、まるで血をまき散らすように噴き出した。


「良い腕だ、サムライ。アタシはクロサワ映画が大好きなんだ」


「別に僕は役者じゃありませんけどね。……この依頼は、競争です。そこで考えたんですがね。あんたたち三人を先にここで始末すりゃ、競争相手が三人減る。そういう計算になりませんかね」


 ドモンはそうへらへらと笑いながら、切っ先を伸ばして腰を落とし構えた。正眼の構え。サムライ・ムービーから抜け出てきたような、必殺の構えだ。


「サムライと喧嘩するのは初めてだ」


 鉄腕はにやりと笑みを浮かべ、右手に嵌めた白い手袋を外し、コートとシャツごと腕をまくった。鈍色に輝く、鋼鉄の腕。アイアンナックルの異名の所以。


「これで最期になりますよ」


 ドモンは踏み込み、剣を振り下ろした。義腕の側面を刃が舐め、火花がまき散らされる。鉄腕はそのまま相手の体をいなし、裏拳を放つが既にそこにドモンの顔は無い。読まれている。ふと視線を落とすと、小さくかがんで、左手で二本目の短剣を抜こうとしているドモンが見えた。振り向きざまに、頸動脈を掻き切ろうというのだ。並みの手練れではない。

 銃声。銃声。

 短い間隔の銃声。マズルフラッシュ。ドモンの短剣が吹き飛ばされ、胸に一発命中しそのまま後ろに倒れる。ぴくりともしない。鉄腕は銃を使わない。もちろん、クリスも。


「自己紹介が済んでいなかったわね」


 女の右手には、銀色のスターム・ルガーMKⅢ。硝煙が銃口から漂い消える。青い瞳の女。シリアから来た女。


「ジェイミー・ボンド。それが、わたしの名前よ」


 空薬莢がピンボールのように跳ね、空中でぶつかり甲高い音を立てた。


続く


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