第5話

 光弾の嵐が吹き荒れる。

 破滅の乱舞が吹き荒れる。

 骸銘館桜子がいめいかんさくらこという、外敵を薙ぎ払うために光の雨が吹き荒れる。


「このグロッキング家が次期当主候補、アーネスト・グロッキングの攻勢ッ。休みがちな態度で逃れられると思わなくてよッ!」

「何、言ってんのさッ……!」


 舞うように引金を引き続けるはアーネスト。

 断続的に列を成す光弾の嵐の指揮者にして舞踏家は、己の勝利を手繰り寄せるために旋律を刻み続ける。

 対峙する桜子は、攻勢に出ようにも乱舞する光の束を捌くのに精一杯。時に弧を描く軌道で光弾を避け、避け切れぬ分を愛刀で以って迎撃する。

 両者の激闘を照らし出す上空の照明は、同時に行われている幾つもの闘争をも照らし出す。

 国際統合高等学校選抜戦。

 全員参加とするには物資全てが枯渇する中、四校合同夏季合宿に参加する権利を賭けて同校内で凌ぎを削る催し。年を経るごとにハードルは低くなるものの、こと一年となれば予選で好成績を残さねば、舞台に上がることすらできぬ過酷な戦場。

 第一トレーニングドームの観客席に腰を下す甘粕あまかすは、肘を立てて桜子の戦いを見学していた。


「おいおい、司馬しば以前の段階でやらかすなよ……」


 戦況は芳しくない。

 碌に傷を負っている訳ではないものの、アーネストとの距離を詰めることができずに消耗戦を強いられている。対するアーネストはただ連射するだけにしては無駄が目立つものの、実際問題として立ち位置を変えながら絶え間なく撃ち続けることは重要。

 立ち止まって撃ち続けるだけの単調な手合いであらば、流石の桜子も容易に距離を詰めて一閃を叩き込めている。


「私の舞踏の前では、動きが止まって見えましてよッ」

「いや、本当に何言ってんだ……?」


 もしやノリと勢いで押し切るタイプなのだろうか。

 乱舞する光は一向に定まらず、めくら撃ちにも等しい。観客席に首を回せば、頭を抱えてアーネストの戦闘を眺めるトレーナーの姿を発見できた。

 彼女のような相手は調子に乗せると厄介なことこの上ないが、反面ペースを取り返すことさえできれば勝算は望める。何せノリと勢い、崩されることを考慮するほど熟考しているとは思えない。

 弾雨を捌きつつ、桜子は身を低く屈めて被弾面積の軽減を図る。


「頭を垂れるのでしたら、相応の作法というものがありましてよッ!」


 自身の優位を確信しているのか、アーネストの口調には余裕が混じる。

 やたらと体力を使う身を捻る動きにステップが加わり、右の爪先が地に触れ──


「ッ、フゥッ……!!!」

「な、何事ッ?!」


 同時に、桜子の肢体が地を滑る。

 アーネストが反応し切れず、体勢を立て直せないタイミングを図って、ワックスをかけたばかりのフローリングを蹴り抜く。

 咄嗟に光弾を放つアーネストであるものの、動揺からか精度が輪にかけて悲惨。

 すぐ側の地面が破裂し、破片が顔に掠めるものの桜子は依然として突貫を続行。頬を滴る出血など、無にも等しい。

 懐に飛び込んだことで得られる勝利に比べれば。


「クッ!」

「ハァッ!」


 まずは光刃で銃底を弾くことで銃口を逸らし、返しの一閃で右胸に掲げられた校章を袈裟に裂く。

 同時に審判員が笛を鳴らし、二人の担う得物に搭載された高負荷機構がロック。軽粒子の精製が停止し、ロンゲラップもまた刃を霧散させた。


「ふぅ……!」


 桜子は体内に溜まった熱気を吐き出し、代わりに肺へ冷たい空気を取り込む。

 項垂れた視線を地面に注ぐ中、眼前に立つアーネストは瞳に涙を浮かべて勝者を睨みつけた。

 右腕は桜子に弾かれた姿勢のまま硬直し、切り裂かれた胸元に走る激痛に意識を傾ける余裕もない。足下に転がり、煙を吹く校章が鼻腔に焦げた臭気を届ける。


『高貴なる生まれの者は、時として耐え難き屈辱にも礼節を以って接する必要がある。卑劣をもたらされたからと言って、卑劣で返すのは背負う物がなき人間の特権だ』


 悪態の一つが喉の奥にまで出かかった時、脳裏に過ったのは敬愛する叔父上の言葉。

 叔父上が折に触れて愛読する本の一節に似たフレーズがあったと聞くそれは、アーネストの心にも深く刻み込まれている。

 グロッキング家を背負う人間の末梢として、敗北したからといって相手に不満をぶちまけるのは論外。ましてや桜子は正々堂々正面から挑んできたのだ、そこに不満を述べてしまえば、己の非力を実況するにも等しい。

 アーネストは力任せに右腕を下すと、腰のガンベルトに収納して右手を差し出した。


「いい勝負でしたわ。でも、次は負けませ……!」


 右手の先、そこには無人の荒野が広がっていた。

 表情を引きつらせてぎこちない所作で背後へ振り返れば、桜子の背中が飛び込んできた。


「なんですの、その態度はッ?!」

「あぁ、いいから。そういうスポーツマンシップみたいなの……それよりちょっとトイレ」


 桜子はアーネストの言葉を適当に受け流し、一人喧騒の舞台から退場していく。


「ん……」

「……」


 一瞬、観客席に座る甘粕と視線が交差する。

 試合も終わった直後だというのに、必要以上に研ぎ澄まされた柄の悪い眼光。

 甘粕が右手で拳を形成して親指だけを天へと突き立てれば、桜子は呆れたように視線を逸らした。

 選抜戦はまだ続く、今日の分だけでもまだ一戦控えているのだ。未だ気を抜くには不十分な状況。こと選抜戦に於いてはたとえ予選を全勝したとしても、内容が芳しくなければ本戦には登れない。

 桜子の態度に一定の理解が及ぶとはいえ、無視された形になる甘粕としては心に寒風が吹き抜けてしまう。


「ま、少しすれば戻ってくるだろ」


 意識を切り替えると、甘粕は付近で執り行われる試合へと視線を移す。

 幸いにも、桜子と同じグループに属する少女が己が得物を振るっていた。


「ハァッ!」


 烈波のかけ声とともに振るわれる薙刀が、主に迫る凶刃を斬り払う。

 巴円ともえまどか

 元々国統に入学した新入生の中では突出して期待されていた人物であるが、凛とした雰囲気で敵を薙ぐ姿を一目すれば、人々の関心が的確であることを実感する。

 相手も決して技量が劣る訳ではない。

 むしろ薙刀の間合いに度々踏み込んで刃を振るう様は、果敢でありながらも同時に無謀と言われぬだけの刀捌きを両立させて始めて実現する。

 それでもなお、燈の髪に傷をつけることは叶わない。


「こ、の……!」

「意気込みや良し、しかしてその一歩は踏み込ませない」


 致命的な一線デッドライン

 薙刀の間合いを超え、刀の間合いに至る一歩を堅守する在り方は防人の戦振り。地面に弧を描く擦過傷とその奥に届かぬ足跡が全ての証左か。

 怜悧に輝く紫の眼光は、静かに敵の失策を待っている。

 攻め手の尽くを潰され、薙刀の間合いに飛び込んでは碌な成果を上げることも叶わない。巴が一方的に攻勢へ出られる距離で戦闘を続けていては相手にかかる精神的負荷は尋常ではない。

 光刃同士、もしくは光刃とカーボンナノ材質の柄が激突する度に相手は苦虫を噛み潰した表情を濃くする。


「いい、加減にッ……!」


 やがて勝機を焦った相手は無謀な攻勢へと姿勢を傾け、前のめりに突貫。


「よせジョシュアッ、焦るなッ!」


 観客席から声を荒げるはトレーナーか。

 しかして戦場に立つ彼へ声が届く頃には、獲物を待ちわびていた巴が空気を一変させた後。

 周囲一帯に撒き散らされるは、肌を総栗立たせる殺気。気迫を以って幻視させるは、護国の鬼神たる阿修羅像。たった一人の敵を迎え撃つため、今ここに三面六腕の神威が解き放たれる。


「ッッッ……!!!」


 思わず姿勢を仰け反らせるも、後の祭り。

 恐怖を振り払う一閃も及び腰では自棄と変わらない。

 鎌鼬が如き薙刀の猛威が的確に手首を弾き、得物を絡め取る。


「あッ──!」

「それが戦場で臆する意味よ」


 続く暴風は敵の胸元、校章諸共に制服を薙ぐ。

 物々しい音が空間に響き渡り、相手は無意識にたたらを踏む。頭が揺れると、やがて限界とばかりに床へと倒れ伏した。同時に突き刺さる刃は、屍へ捧ぐ墓標であるか。

 より脅威を遠くへ。より遠くから脅威を。

 戦いとは突き詰めれば、如何に安全圏から敵を叩くかに収束される。武士の時代の終焉を銃が彩り、個人の時代に幕を引いたのが堅牢なる機動兵器群であることが何よりの証左。

 その観点に於いて、桜子は巴に対して不利となる。

 ロンゲラップを上回る間合いを誇るストレンジ・カーゴ。そして薙刀の間合いを最大限維持した巴の戦いぶり。不用意に間合いへ飛び込めば、待ち構えるは鬼神の乱舞。

 一方で、桜子の戦いはどうしても光刃の刀身に捉えてから始まる。

 甘粕は顎に手を当てて思案に耽る。

 勝算がない、とは言い切れない。だが、それには多少の時間が欠かせず、選抜戦の期間中に行えることではない。


「勘弁してくれよ、司馬以前の段階で躓くのは……」


 思わず口から零れたのは、どうしようもない懇願。

 項垂れた甘粕の先、次の対戦カードを告げる電光掲示板には桜子と巴の名が並列して記載されていた。

 果たして、神が彼の声を聞き届けたのかは分からない。ただ、気紛れに振った賽が最高の出目を引き出しただけの可能性もある。

 端的に事実を述べれば、桜子が巴の眼前に姿を現すことはなかった。



 第一トレーニングドームの一角。複数ある共用トイレの一つ。

 人感センサーは往々にして、長時間動きを示さなかった人を存在しないものとして光を切る。病院などでは個室内で倒れている可能性を考慮して自動で通報するより高性能な仕様も存在するが、国統では採用されていない。

 故に、如何に嗚咽が零れようとも動作がなければ人の姿を感知できず、無人として処理を行う。


「ァ……ヴゥェ……ァァ゛……!」


 膝を崩して便器を覗き込み、便座にもたれかかるで何とか覗き込む。大口を広げ、外気を吸わせろと暴れ狂う血を吐き出す。

 便器の中は朱で染まり切り、そこに更なる朱を継ぎ足す。

 吐き気が一端収まり、汗を撒き散らして覗き込んでいた顔を上げる。

 水洗タンクに反射する顔は、ナイフの如く研ぎ澄まされた桜の眼光に乱れた黒髪。口の端には一筋の血が滴っていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 荒れた息を整え、骸銘館桜子は口元を拭う。


「まだ……一戦……!」


 戦いの意志はある。瞳は狂気を帯びるまでに輝き、反射する己にさえも深い憎悪を燃やす。

 しかして、精神に肉体が追いつかない。

 激痛に苛まれる身体を動かそうと力を加えれば、途端に喉を逆流して鮮血が溢れ出る。


「アァ゛……ェア……ヴォッ……!」


 身体が軋む。

 休めと激痛を以って訴える。

 それでも、脳内では時計の針が刻一刻と時を刻む。

 早く、早く。死が眼前にまで近づいているぞと囃し立てる。


「そんな、こと……分かってる……!」


 誰に聞かれるでもなく呟かれた言葉は、しかして鼓膜に聞き届けるものは誰一人として存在しない。

 激痛に叫ぶ身体を引きずって、わざわざドームの外に隣接している無人のトイレを選んだのだ。人に見られていては全てが台無し。

 時計を確認する余裕はないものの、このままトイレに閉じ籠っていては不戦敗が確実。

 夏季合宿にそこまでの執着はないものの、己が名を残すという観点ではやはり一定の結果を示すことこそが肝要。

 否、断じて否。

 複雑な話ではない。

 今、桜子の身体に動けと命じている感情は、そのような損得に由来するものではない。


「甘粕の奴……時間を使わせた」


 甘粕灰音あまかすはいね

 自分の才能に惚れ、貴重な時間を使ってくれたトレーナー。

 不戦敗となってしまえば、自分だけではなく彼の時間も無駄にしてしまう。


「嫌いなんだけど、そういう、の……」


 便座に手をかけて力を込めてみても、湧き上がるのは血液ばかり。

 その日、何度目とも知れぬ吐き気が桜子の体躯に襲いかかった。



「骸銘館選手、骸銘館選手はいませんかー!」

「……」


 第一トレーニングドーム会場。

 対戦カードの大部分は決着し、残す試合は数種類。

 その内の一つである巴円対骸銘館桜子は、相手方である桜子の不在で待機状態となっていた。

 元々素行のよろしくなかった彼女、観客席からも落胆というよりまたかという諦観に近い声音が漏れている。トレーナーなどの大人陣は元より、自分の試合が終わったからと観戦に回った生徒陣もまた、不満の声を隠せない。


「……」


 薙刀を片手で構え、巴は無言で立ち尽くす。

 両足を交差させて目を閉じ、武士もののふは一人雑音を遮断して黙想。水面に一面の波も立たせぬ不動は、明鏡止水の境地が如く。


「五分は経ってるのに、随分と集中力が続いてるな」


 観客席に腰を下す甘粕は、巴の微動だにしない姿勢に注目していた。

 尤も、桜子が不在であるためにそのような評論を下す程度しか、やることがないという側面が強いが。

 顎に手を当てて彼女の帰還を待つ男の元へ、ゆっくりと歩みを進める少女が一人。


「骸銘館さん、休んでいるようですね」

「マリステラか……よりによって今再発するか、って感じだな」


 スーツ姿の成人男性の横に座ることを良しとしなかったのか、それとも加齢臭でもしたのか。マリステラは空席となっていた甘粕の隣に着席。

 視線の先に立つは、例の如く一切姿勢を乱さない巴であった。


「流石は巴家の名を背負っている円さん。随分といい姿勢で待ち構えますね」

「白々しいな……次いでに言えばもう五分はあのままだ」

「やはりですか」

「ケッ……やっぱり見てるじゃねぇか」

「その言葉は見えていませんので」


 微笑むマリステラに対し、甘粕は呆れたように顔を背ける。

 周囲が桜子への不満を噴出させているとはいえ、他の選択肢が未来を確認済みのマリステラとの会話というのは酷い話。

 そもそも未来が見えるなら、一々会話などという無駄なプロセスを挟む必要がないではないか。


「しかし遅いですね、骸銘館さん。最近は授業もサボらず、出席していらしたのに」


 甘粕の思いを知ってか知らずか、マリステラは現れる気配のない少女を話題に持ち出す。

 流石に契約相手を話題に持ち出されては無視する訳にもいかない。


「授業は寝ててもいいから学校には通え、って言っといたからな」

「あら、それを副会長の前で言いますか?」

「学校をサボるよりはマシだろ」

「底辺争い、という前提ですけどね」


 一切合切否定できない、と甘粕が述べようとした際、審判員が手元の時計を確認。

 桜子だけを特別視する訳にはいかない以上、更なる延長は容認できない。

 審判員は周囲で待機していた同僚と顔を見合わせ、その度に首肯。


「えー、規定時間を超過しましたので骸銘館桜子選手の不戦──」

「待って下さい」


 今まさに審判員が勝敗を決するその時、鈴の音を連想させる凛とした響きが遮る。

 嘆息しようとした甘粕も、表情を変えないマリステラも声の主である少女──目を閉じたまま直立する巴円へ視線を集めた。


「この勝敗、明日まで持ち越せませんか?」


 彼女の提案に、観客が示すのは困惑の色。

 当然である。審判の指示に従っていれば、勝利するのは巴の方。

 わざわざ確実な勝利を手放して、不確実な勝負を行う必要など微塵もない。甘粕とて、現役時代であらば、甘んじて不戦勝を受け入れている。

 人の弱みにつけ込んでこその勝負の世界。

 ある意味では弱者の選択を言い放つ彼女に、言葉を濁すのは審判員とて同じこと。


「巴選手……しかし、それでは……」


 不公平だ、と続く言葉は彼女の言で差し止められる。


「徒な不登校を繰り返し、勝てる勝負にだけ挑む脆弱な姿勢。我が刃を以って正さねば、禍根が遺り続けます。

 ……貴女なら、許可して下さいますわよね。マリステラ・クラフト・エーカー?」

「あら、私をご指名ですか」


 目を開き、鋭い眼光の先に座るマリステラは、わざとらしく驚いてみせると両の手を合わせた。


「面白い提案ですね。

 単なる勝利よりも名誉ある戦いを望むとは、平安の時代から続く家系らしいと言えるのでしょうね」

「御託は充分。私の提案に乗るか否か、回答を願います」


 光刃を開放し、切先を突きつける巴。

 提案を断ればどうなることか。所詮は一生徒であるものの、禍根が遺るとまで言われては無視する訳にもいかない。

 何よりも、確定した勝利よりまだ未来の分岐となり得る選択肢を選ぶのはマリステラにとっては優先すべき事項である。


「いいでしょう。特例を認めます。ただし、今から別の試合を挟むことは他の生徒の負担が大きいため、貴女達は明日四試合を行って貰います。よろしいですね」

「無論。その程度の負担は妥協しましょう」


 マリステラが承諾したことを受けて薙刀を振るうと刃を収め、巴は踵を返す。

 困惑の表情を浮かべるのは審判員。

 彼らにしてみれば正しい判決を下そうとしたら、横から別人が超法規的措置を下したのだ。不満を浮かべて当然というもの。

 一方、その措置で好都合となったのは甘粕。


「ハハハ、持つべきものは生徒会副会長の知り合いってか」

「寛大な措置、というよりは私の個人的欲求に基づいた判決ですけどね」

「門前払いに比べれば十分よ。あの馬鹿に明日は絶対バックレないように教える余裕ができる」


 白い歯を剥き出しにして笑う甘粕に対して、マリステラは微笑のまま表情を変えずに巴の消えたゲートの先を見つめた。

 既知を塗り潰す未知。その可能性の一片を見せられるのか、多少の希望と多大な諦観を含めた眼光を含ませて。



「円様、よろしいので?」


 ゲートの奥。照明の絞られた直線の先で、主を待ち構えていたスーツ姿の男が問いかける。

 燕尾服を思わせる漆黒の衣に恭しく右腕を前にしたお辞儀姿。礼儀正しい態度も相まって連想するのは主に仕える執事。


「不戦勝による繰り上がりなど、巴の名に傷がつきます。祝刀祭本戦ならばまだしも、選抜戦くらい、矜持を優先させるべきかと」

「……円様がそう仰るのでしたら」

「理解して頂き感謝します、木曽きそ

「それと、不届き者についての続報が掴めました」


 不届き者。

 その言葉を聞き、巴の表情が一層険しさを増す。

 柄を掴む手に力が籠り、克明に刻まれるは血管。肩が震えているのも、決して見間違いではない。


「次の監視カメラのメンテナンス場所、及び有志による警備隊の活動予定範囲が掴めました。時間は今夜一一時、場所は国統領の商業区であるBー三地区。

 彼らが集まるということは、不届き者もまた出現するかと」

「……情報提供感謝します、木曽。

 今夜ですか」


 今夜という情報を聞き、巴は苦虫を噛み潰す。

 闇に紛れて不意を突く弱者に遅れを取るつもりなど、毛頭ない。しかし、睡眠も碌に取れない中で四連戦を行うとなると流石に負担も相応となろう。

 平で安らかな時代をという願いを込められた太平の時代。

 そこから脈々と受け継がれてきた巴の名を背負い、彼女は久遠の地に立っている。

 なれば、家の名に恥じぬ行いを成さねば。

 単なる勝利だけではなく、それ以上の物を要求される地位。高名なる家に連なるという意味を、巴もまた果たせなねばならない。


「僕も協力します。円様だけが全てを背負う必要はありません」

「ありがとうございます、木曽。

 その恭順に、私もまた報いましょう」


 光を背に歩みを進める巴。そして突き従う木曽。

 漆黒の闇に向かう二人の足音が、徐々に会場から遠ざかっていった。

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