第46話 宵月レヴィア=姫宮紗夜の証明(あなたがそれ言うの?)

 あぁ、もう机に突っ伏したい。スヤァって眠りたい。

 でも私の真横で、息を荒くした早乙女さんが必死に言い募ってた。


「ひめっ、姫宮さんごめんねっ! 朝、お迎えできなくて! どの部位を堕天使様に捧げるか妄想してたら寝落ちしちゃって! ほんとごめんなさい!」 


 上腕二頭筋・上腕筋・上腕二頭腱膜・円回内筋etc。


 筋肉毎に、マーカーで線分された腕を見せる早乙女さん。

 その解剖図みたいな落書きのある腕で、早乙女さんは杏里さんの肩を抑える。


「わたしが遅れたばっかりに、こんなくだらない追及を……まってて今から

「ふふふふ、早乙女ぇ! あんたが来ない内にQEDしたかったけど、こうなったら仕方な痛、えあれ痛い? あれ痛いよ? あっあっ痛いよ⁉ ねぇ痛いよ⁉」


 ――――ずぶぶぶぶ、と早乙女さんの指が杏里さんの肩甲骨に挿入っていく。


「ぇぎっ⁉ ヤッ、はいってりゅ⁉ え、え、なんかはいってりゅううううう⁉」


 うん、挿入ってるね。


「姫宮しゃ! ねぇ! 何がはいってるの⁉ あたぁしの肩どうなってりゅのお⁉」


 私はふぃっと顔を背ける。

 その現状を言うには、その……恥ずかしくて。

 でも私が躊躇ったそれを、早乙女さんがあっさり口にした。


「肩甲骨を手〇ンしてるわ。イクわよ」


「へっ……あっ! ァあ……んっ⁉ だめ! だめだめだめだめ、アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」 


 クラス一の美声が、汚くも艶っぽい嬌声に塗り替えられた。

 あれだけはやし立ててたクラスの皆は、一様におとなしく、綺麗な姿勢で席に座っていた。


 でも筋膜リリースでワカらされた杏里さんは立ち上がれないのか、教室の床でぺたんと女の子座りしていた。


「だぁっ……て! 同じだもぉん! 姫宮しゃんとれ、レヴィア……声同じだもぉん! あたし間違ってないもぉん!」


えぐえぐと泣きじゃくる杏里さんを見下ろしながら、早乙女さんが指の骨を鳴らす。


「泣いてんじゃないわよ。もう片方するわよ?」

「やだぁーーーーーっ‼」

「なんでよ、肩軽くなったでしょ? 発声は姿勢からでしょ?」

「そぉーーーーだけどぉおおおーーーー!」


 杏里さん、あまりの痛みで言動幼くなってない? 


 ボロボロ零れる涙を袖で拭い続ける杏里さん。

 その目元はどんどん擦れて赤くなってて…………放っておけなかった。


 私は席を立って、床に膝を付ける。

「杏里……さんっ。これで拭いた方が……良いよ」


 私はおずおずと泣いてる彼女にウェットティッシュを差し出した。

 杏里さんは「ぅ?」と目を丸くする。


 ――――もぅ。

 私はポンポンと、柔らかく杏里さんの目元を拭いた。


「擦ると痕になっちゃうから」

 ティッシュからはローズマリーの香りが少しした。

 懐かしいなぁ、伽夜ちゃんがぐずった時もこうして拭いたなぁ。


 そんなことを思い出してたら、杏里さんは恥ずかしそうに俯いて。


「ぁ、ありがと」

 頬を指で掻きながら、上目遣いでぽつりと言った。


「ど……どういたしまして」

 私は照れ照れと微笑むしかなかった。



「――――見ろや、世界‼‼‼ これが姫宮紗夜だぁああああああぁああああああああああああああああ‼‼‼‼」



 このタイミングで大噴火ボルケーノ早乙女⁉

 突如として咆哮した早乙女さんに、クラス中の人達が揃って目を白黒させる。


「良いこと⁉ 確かに姫宮さんと堕天使様……宵月レヴィアは声そっくりよ⁉ 

でもね―――――こんなに淑やかで優しくて清楚な姫宮さんが! 

初配信でくっさい厨二かましたりお〇っこ我慢スマブラしたりマイク咥えさせられたり赤ちゃんプレイしたり、あまつさえリスナーの肉喰らう訳ないでしょおーーーーーーー⁉⁉⁉⁉」


「「「「「 た、たしかに!(生徒29名のハモり) 」」」」」」


 ごっふぐぅあっ。

 私はたまらずぶっ倒れる。


 すると杏里さんが倒れ込む私を抱きとめてくれた。


「ごめん、姫宮さん! あたしが間違ってた! 確かに姫宮さんがあんなマジキチなことする筈なかった! ゆるして……アタシを許してぇ!」


 許しを請うような杏里さんの追い打ちが、耳元で囁かれる。

 許容量を超えたメンタルダメージに、体がびくんびくんと震える。


「堕天使様はすごく魅力的よ⁉ 

 だから皆もこれを機にチャンネル登録してほしいけれど……でも姫宮さんの魅力とは別物なの! 姫宮さんの清楚さはこの世に二つと無しである! QED!」


 早乙女さんの大噴火演説が締めくくられる。

 直後、教室が拍手に埋め尽くされた。


 その拍手を聞きながら、思う。

 伽夜ちゃん。

 どうやら……青い鳥清楚は最初から教室ここにあったらしいよ。

 

 気力が力尽きようとしたその時――――三波くんが登校してきた。


 早乙女さんが得意げに声を張り上げる。

「遅かったわね、三波! 今素晴らしい結論がで……」 


「お前らマジうるさい。外まで聞こえてるよ? 静かにしな? 恥ずかしいよ?」


 三波くんのド正論パンチが早乙女さんボルケーノを降し、拍手を鳴り止ませた。

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