第27話 ボルケーノ→ベビー(←今ここです、悪しからず)

『温かい……みんな温かいなぁ……ぅぅぅごめん、ほんとうにごめん……優しい、ほんとやさしいぃなぁみんなぁ――――おわり、たく、ないなぁ』

 初配信。


『あのねぇ? いまわかったんだけどねぇ? ヒトってねぇ? のみもの飲んでるとき息止まるんだよぉ? しってたぁ?』

 お〇っこ我慢スマブラ。


『先輩が……ンっ、かわいい過ぎるから……。ぁ……っ、きこぇる。先輩の音、とくとくって……ぁれ? ちょっと……はやぃですね?』

 ASMR配信。 

 

 それらの切り抜きを見せられた早乙女さんは、

「ばぶーーーーーーーーーーーーーー‼」

 エビ反りブリッジで赤ちゃんになった。


 ……なんでぇ?


 トリップしていた早乙女さんは我に返って、悔しそうに三波くんにスマホを返す。


「くっ……Vtuber初めて見たけど……良いじゃない」

「だろう?」

「というか本当に姫宮さんそっくりね、声。もはや疑似姫宮さんだわ。実質あたしは今、姫宮さんのお〇っことASMRを聞いたのと同義」

「だろうだろう。ほんとに似てるよな」

「特に心音最高。子宮の中で聞きたい」

「ごめん、流石にそれは分かんない」


 ごめん、私、逃げて良いですか。

『あなたの子宮に入りたい』と言われて、膝が笑わない女子高生いるでしょうか? いやいない。


「ふふっ……同じ産道通った」

 おぃ、そこの妹。どや顔でぽつり呟いても聞こえてるからな?

 なんのマウンティングだ、それは。


 方や子宮に入りたがる同級生、方や産道通ったとマウントする妹。

 どうやらこの場でマシなのは三波くんしかいないらしい。

 私の足が若干、彼の方へ向く。


「でも切り抜きあって助かったな~。ここがレヴィアたんのすごいとこなんだよ。

デビューしたばっかの筈なのに、配信の切り抜きめちゃ多い」

「そうね、いきなり1時間2時間の配信を見るのは布教に適さないわね……ねぇ、三波。他に堕天使様の切り抜きは無いの?」


 うん、すっかり落ち着いたみたい。ボルケーノから普通ニュートラルに戻った早乙女さんは三波くんに【宵月レヴィア】について尋ねる。


「ふふっ……喜べ、PC部下僕共、あんた達の働きが認められたわよ」


 だから聞こえてるんだって、妹よ。

 邪悪な顔でぽつりと呟く伽夜ちゃんをジトっと見つめる。……今度、PC部の人にお礼の品を渡そうと思った。


「あの……それで早乙女さん。分かってくれた? 私と三波くんは、その」

「えぇ理解したわ。二人は【宵月レヴィア】の推し語りをしてただけで特に深い仲でも何でもないのよね」

「そっ! そうなの! 私達ただのレヴィアちゃんの【眷属】!」

「そーそー、姫宮さんとは共にレヴィアたんを崇拝する堕天使の【眷属】だよ」


 いや、ほんとに複雑な気持ちだなぁ‼


 ていうか三波くん、あれだけ「レヴィアたんに似てる」って言ってても気付いてないんだね。……良かったけれども。


「――――そぅ。なら良いのよ」


 早乙女さんはスカートの汚れをはたくと、すらりと立ち上がった。

 やけにあっさりした態度に加えて、その仕草は私が知っていたテニス部のエースの早乙女さんだった。


「三波、あんたが姫宮さんを傷つけてなければ、それで良いのよ。悪かったわね……それじゃ、あたし部活だから」


 大人っぽい巻き髪を翻して、早乙女さんが遠ざかっていく。


 ――壁。


 単純明快な距離が、壁となって、私の目に映っている気がした。


「……なぁ、姫宮さん」


 三波くんが身を寄せて、私の耳に口を寄せる。

 彼のささやき声が、耳を撫でた。


「行ってやってくんない?」

「三波くん」


 私は壁から目を離さず、スカートをはたきながら膝を伸ばした。 


「その一言、余計」


 壁を一歩一歩、踏みしめて壊す。


 今までは、この壁にオドオドするしかなかった。テニス部のエースの彼女は、ぼっちの私のことなんて眼中にないんだろうなって思ってた。


 でも、そうじゃないって噴火したのは……貴女だ。

 カーストに目を逸らして眼中に無かったのは……私だ。


「早乙女さん、待って」


 袖をつまんで、下に引っ張る。

 止められた早乙女さんが驚いて振り返った。その鼻先に、ちょっと、怒り混じりの言葉を投げる。


「あれだけマグマ想い吐き出してくれたのに――――そんな寂しい背中しないで」


 袖から手首へ持ち替えて、引っ張る。

 正面を向かせて、早乙女さんをまっすぐ眼中に入れる。


「ありがとう! 私のこと見てくれて! 心配してくれて! いっぱい褒めてくれてありがとう!」

「ぇぁ、へ?」

「私、早乙女さんと友達になりたい! ……だめ、かな」


 早乙女さんの目――――少し赤み掛かってるんだ。 

 そんなことすら今気づいた私を、早乙女さんはもじもじと見下ろして。


「一度だけ」


 ぽたり、と。

 言葉が雨垂れみたいに、私の顔に振りかかる。 


「一度だけ、カラオケに誘ったんだ。姫宮さん、すごく申し訳なさそうにバイトだからって断って……あたし後から隕石のこと知って……悪いことしたって思って」


 うん、覚えてる。

 あの時、私は目の前のことでいっぱいいっぱいだった。


 断った時点で嫌われたと思ってたんだ。ノリが悪いって。

 でも、ちがった。ちがったんだ。


「もぅ、平気なの? もぅ大丈夫なの? 友達になって……無理、させない?」

「無理なんかじゃないよ。ごめんね、今度はいっぱい遊びに行こう?」


 この繋がりを放したくないから。  

 しっかりと手を握った。


 早乙女さんは、嬉しそうにぶわ~~っと鼻を膨らませて、私を抱きしめた。


「ばぶーーーーーーーーーーーーーー‼」

「いや、なんでそうなるの?」


 赤ちゃんになった友達の背中に、私は手を回した。


 ……なんかユサユサ動いてるな。

 ……なんかおっぱい擦り付けられてる気がするな。

 ……他意は無い、よね。

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