第21話 次は雑談配信です?(お母さん、帰ってたんだ)
私の一日は、目覚ましより先に始まる。
じっ! とベルが震える刹那、目を開き、体を起こす。
ぴゃっと手を伸ばして、時計に音を奏でることを許さない。
「……ふふっ、勝った」
誰も分かってくれない達成感に、私たまらずにっこり。ベッドから足を降ろして、壁に掛けてあるカレンダーの日付に〇をする。
「今月の戦績は、31勝1敗……っと」
鼻歌を歌いながら自分の部屋を出て、隣の部屋へ。するとまだ毛布にくるまるミノムシがもぞもぞしてた。
「お~~きろぉ、かーやちゃん」
「んぅあぅううう」
朝に弱い妹は顔をくしゃくしゃにして嫌がる。かわいっ。ほっぺをもにょもにょこねて、脇に指を抉りこんだところで飛び起きた。
目をこする伽夜ちゃんの手を引いて、階段下の居間へ行くと……ウインナーの良い匂いが香ってきた!
「――――お母さん⁉ 帰ってたの⁉」
「あ~さやかよおはよ~、今ねー卵燃やしてるとこ~」
「言い方!」
焼いたウインナーを丸ごと閉じ込めてた、ちょっと変な卵焼き。私的には、お母さんだけが作ってくれる、ちょっと豪華な朝ごはん。
お母さんは、私達が朝ごはんを食べてるところをニコニコ見守りながら、
「さやかよ最近どう~?」
「娘を略して呼ばないでよ……」
「カップリングみたいで私は好き」
「伽夜ちゃん⁉」
「最近、か……お母さん。あのAIファンド良い感じに売っといたよ」
「流石かやぁ~。やっぱり
「あと昨日、ヘブンズライブに誘われた。高校卒業したらスタッフかマネージャーとして来ないかって」
むせた、麦茶で。
私はせき込んで死にそうになる……やっばぃ、喉が! 喉がぁ! その間にハイタッチする母と妹。うぅ~喉イガイガする。違和感がすごくて気になるなぁ……。
「さやは最近どう? ――――配信楽しい?」
こっちを向いたお母さんは笑顔で爆弾吐いてきた。
畳みにぶっ倒れたけど、すぐ私は体を起こして聞いた。
「んなっ! なんで知ってるの⁉」
「寧ろなんで知らないと思ったのかしらぁ~~」
「お姉ちゃんってほんっとバカ好き大好き愛してる」
「もぉーーー伽夜ちゃんうるさいありがとう!」
「仕事の合間に見てたわよ~。昨日のASMR配信は仕事中なのにお母さんドキドキし」
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
情緒がぐっちゃぐちゃになって、本気で頭を抱える。
くそぉ! なんでだ! 三波くんに突っ込まれる覚悟しかしてなかったのに!
まさかの実母に言及されるとは思わなんだ!
無防備に爆弾をぶち込まれた
「ち、ちがうのお母さん……き、昨日の配信はえーあーうーん……ち、違うの!」
「さやはむっつりさんだからねぇ。お母さんに似て耳も弱いし……姫宮の女って感度高いから仕方ないわよ」
「ねぇどんな気持ち? 今どんな気持ちでそれ言ってるの⁉」
「お母さん、デキ婚までなら許すからね」
「許してない! それは実質何も許してないから!」
許すな!
「親権と養育費かっぱらえばこっちのもんよ」
「さぁっすが、かや! 分かってるぅ~~~!」
分かるな!
もぅやだこの母親……。
このたくましさは絶対、女手一つで私達育ててくれた事とか関係ない。絶対、生まれつきの強靭さだよぉぉぉ。
テーブルに突っ伏す私の肩を、お母さんは笑いながらゆさゆさ揺さぶる。
「もぉ~そんな気にしなくて良いじゃな~い。お母さん嬉しいんだよ? あなた達が元気に過ごしてるって、配信見てたら分かるからぁ~。これでも仕事してる時はずっと気にしてるのよ~?」
「――――わかってる」
昔のことが一瞬だけよぎる。伽夜ちゃんを寝かしつけた私を、帰ってくるなり抱きしめてくれた時のこと。
肩を揺すってた手を握る。ちらりと顔を上げたら、お母さんは……いつもより少し嬉しそうにニコニコしていた。
「さてと、娘達の近況も聞けたところで……お仕事行きますか」
朝食を食べ終えたのを見届けて、お母さんが席を立つ。私達は慌てて準備して、家族みんなで家を出た。
玄関の戸を開いた途端、お母さんはバサァと作業着をひるがえし、作業帽を深く被り込んだ。
「さて……
ニコニコと閉じていた目が、鋭く開かれる。
そうしてお母さんは、家の前に停めていたトラックに乗り込む。
【商売繁盛】・【質実剛健】と書かれた、ごてごてギラギラの電飾トラックが遠ざかっていった。
「……あれ会社のトラック」
「他の人もデコってるから大丈夫でしょ」
「家に停めちゃ駄目なんじゃ……」
「お母さんのこと【姉御】って呼ぶ職場だよ? そのくらいで文句言われないよ」
「……ソゥダネ」
私はこれ以上何も言わず、伽夜ちゃんと一緒に学校へ行く。通学路を往く最中、伽夜ちゃんは今夜の配信の概要を伝えた。
「雑談にするよ、お姉ちゃん」
「ざ、雑談って……何するの?」
「それはお姉ちゃんが決めてよ」
「え⁉」
足を止めた私を、伽夜ちゃんは振り返って宵月レヴィアの現状について語る。
「コラボが連続して、初配信を除いたら一人でやってないからね。ここらで雑談を挟んでレヴィアのキャラ性を確立すべきだと思う」
「れ、レヴィアのキャラ性……って?」
「清楚ティブ」
「清楚ティブ⁉」
昨日も言ってたなぁ、そういえば! でも良く分かってないんだよ、私。それって清楚なの? センシティブなの?
「キャスパーとのお〇っこ我慢スマブラ、リエルとのASMR百合事故配信。この二回でお姉ちゃんのセンシティブレベルはV界隈にそれなりに広まってしまった」
「朝からお〇っこ言わないで⁉ ていうかゆ、百合事故って何⁉」
「女体化した童貞並みのむっつりさが分かってしまった今……おねえちゃんは初配信の初々しさを! 清楚さを! 取り戻さないといけない!」
「言うほど清楚だったかなぁ⁉ ていうか女体化した童貞ってそれ只の処女‼」
ねぇ朝から母と妹にむっつり認定される
わだしのこごろはぼろぼろなんだよ!
「という訳だから、お姉ちゃん。今日は学校で雑談のネタ集めしといてね」
「ねぇ、私の話聞いてくれてる? 最近、妹とまともに会話できてない気がするの」
それに……雑談のネタ集め? いわゆるトークデッキってこと? そんなのどうやって集めるの?
首を傾げる私の思考を読んだ上で、伽夜ちゃんは不思議そうに喋った。
「別になんでもいいんだよ。
友達と何話したとか、そんな簡単なことでも良いんだから」
言葉のナイフ、否、鉄槌が膝裏にヒット。かっくんと崩れ落ち、私は地に崩れた。
とも……だち? かん、た……ん?
とてつもない難易度の壁に震える私に、妹は無邪気な追い打ちをかけた。
「最低でもクラスメイトと談笑くらいはしたら? じゃあ、あたし先に行ってるね」
それだけ言い残して、伽夜ちゃんは行ってしまった。
…………まず挨拶から始めようかな。
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