第17話 ぇ、ASMRはじまります(なんか……ドキドキするね?)

「……はぁい、これで大丈夫かな……あれぇ? ちょっとぉレヴィアちゃん、そんなに離れないでよぉ、枠主でしょぉ」

「ぁ、ぇぅ、はぁわ……こ、こわれませんか? こ、こわぃ……しゃべるのこわぃ」


 限界までひそめた声を、遠くにあるマイクまで届けようとした。

 そしたら天海く……リエル先輩が呆れて肩をすくめた。


「壊れないよぉ、だぁかぁらぁ……はやくきて」

 ゆったりとした口調から一気にトーンの落としたリエル先輩の囁きに、私はびくっと震えた。


「は、はぃぃぃ……こわぃ、リエル先輩こわぃよぉ……」

 私は赤ちゃんみたいにハイハイして、おそるおそる総額100万円以上のおマイク様に近づいていった。


 KU100というASMR用のおマイク様は、人の頭を模した『ダミーヘッド』っていう形をしていて、耳に当たる黒いところがマイク部分らしい。


 ダミーヘッドの旋毛と顎の部分に……そぅっと、震える手を添える。

 黒光りしてるマイクの部分に……すりっと、顔、近づける。

 息、荒くなる。耳……っ、どくどく聞こえる。

「……ンっ、はぁ……んぅ」

 緊張、してる……喉、かすれて……。目も、潤んで……

 それでも声、出さなきゃって……はくはくと唇を震わせて――――――とろりと『漏らした』。


「っ、ぁ……だぃ、だぃじょ、ぅぶ? こぇ……ぉっきくなぃ?」


[ コメント ]

・ぐぁぁぁぁああああああ!

・ずぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!

・ンァァアアアアアアアア!

・耳が! 耳がぁぁぁーーーー!



「ぇ? ぇ? やだ、ごめ……す、すまん眷属達! ぉ、おっきかった? ぅわ、ぁわ、り、リエル先輩どうしよ、妾……」

「……レヴィアちゃん」

「な、なに?」


 リエル先輩は口に手を当てて考え込んでから、首を傾げて聞いてきた。


「発情してる?」

「してないよ⁉」

 急にとんでもないこと言ったよ、この天使⁉


 もしかしてあのクソ猫と同じ類⁉ 

 って思ったけど、どうやら違うみたい。本気で困惑して、本気で混乱した様子でリエル先輩は私のささやき声(ウィスパーボイス)を語る。


「いやだって煮詰まってたもん、情欲。グッツグツだったもん。あんなどろりとしたささやき声初めて聞いたよ」

「や、ちが、ちがます! 緊張してたんです! それですっごいドキドキして……」 

「僕から教えられることはもう無いよ。おめでとうレヴィアちゃん、卒業の時さ」

「まって先輩、帰ろうとしないで! おいてかないでぇぇえええーーーー‼」


 こうして『突発オフコラボ☆先輩天使が後輩堕天使にASMRレクチャー!』は、初手堕天使の卒業で始まった。


 マイクを挟んで、私とリエル先輩はひそひそと言い争う。


「……ドスケベ堕天使」

「ちがうよ、スケベじゃないよぉ!」

「やめてスケベで堕ちる。僕、ご主人様一筋の天使メイドなんだから」

「先輩、そのセリフはなんだか危ない気がします!」

 ピーンと危機感が働いたけれど。 

 

[ コメント ]

・やめてスケベで堕ちる……?

・それ快楽お

・カンの良いご主人は嫌いだよ

・どこに行けばその本売ってますか?


「遅かった……」

「売ってないです! やめてください、もぉ!」


 頬を紅くして、眉を吊り上げる天海君だけど、アバターのリエルがキャプチャできたのは眉を吊り上げたところまでだった。


 ――すごいなぁ、天海君。

 そこで改めて私は天海君のロールプレイング……なりきりっぷりを尊敬した。


 旭日リエルは、。つまり、バ美肉であると知っているのは関係者だけなのだ。

 でも私は思う。

 ……中身バレても『男』って思う人いないんじゃないかなぁって。


 それくらい、天海君は今『女の子』になりきっていた。

 声も仕草も表情も。

 だから、かな。


 ……ちょっとドキドキしてる自分がいる。

 

「レヴィアちゃん、ささやきは既に僕以上だから。他のこと教えてあげよーかなー」

「わ、わわっ、なんだろたくさんある」

「そうだよー色々ASMRで使えそうな物持って来たんだー」


 マイクを乗せた配信台の上に、リエル先輩がどんどん物を置いていく。

 カラフルでぽよぽよしたジェルボール。

 ブラシに綿棒に梵天。

 スポンジやボトルいっぱいのアロマオイル…………。


「なんかエッチ」

「レヴィアちゃん⁉」


 リエル先輩が目を剝いて、驚く。

 ちょっと身を引いてる先輩を見て1秒後……自分が口走った言葉にサァッと顔色が引く。


「えっ、いやいやいやいや! ちがっ、ちがくて!」

「やっぱ発情してるよこの後輩もうヤダァ!」

「ごめんなさっ、ちが、ちがうぅぅうう! ふとそう思っちゃっただけで」


 慌てて言い訳する私。

 そしたらリエル先輩が……強烈な一撃ワードを叩き込んできた。


⁉」



「――――――え?」



 うそぉ。

 割と世界で一番言われたくない一言に、頭の中が真っ白になった。 


[ コメント ]

・すっげーーー嫌そうな顔ww

・むっちゃ表情「キュッ」てなったww

・ドン引きじゃねぇか

・いや自分なんだよなぁ

・でもほんとに今日のレヴィア声しっとりしてる

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る