第12話 眉毛ぇええええ!!!(まゆげぇええええ!!!)

 お昼休み、教室から離れた校舎の裏で、私はハァハァと息を荒げていた。


 胸のざわつきが強すぎて、口元を抑える。

 なんでなんでなんで、って頭の中がぐるぐるする。

 朝に教室に入ってからずっとハラハラしていて、同じ所をうろうろ歩いている。


 やがて……彼がやってきた。


「あっ、姫宮さん。呼びつけてごめんね。なんとなく、この場所を語り場にした方が良いかなって思って……」



「三波くぅぅうううううううううううううううううううんんんん‼‼‼‼」



 ぐちゃぐちゃなんかどうでも良いこと言ってる三波君の言葉を遮って、私は彼の肩を掴んで揺らす。


「ま! まゆ、まゆっ、まゆっ、まゆゆっ!」


 そして……朝からずっっっと気になったのに聞けなかったことを、大声で聞けた。


「眉毛ぇぇぇぇぇぇえええええええーーーーーーーーーーー‼‼‼‼」

「あぁ……転んだ!」


 

 その影響は凄まじかった。


 女子は阿鼻叫喚、膝から崩れ落ち、涙を垂れ流し、天を恨んだ。

 男子は呵々大笑、マロ眉を描いて、笑い泣きして、肩を組んだ。


 私はというと、大騒ぎしてるクラスの皆から離れたところで、人知れずプルプルと衝撃に震えていた。


『眉毛ってね、顔の印象の8割を担ってるんだよ』

 昨夜の伽夜ちゃんの言葉を思い出す。

 マジだった。


 顔のパーツというか造形自体は変わってないから、整ってて美形なのはそうなんだけど……なんか、なんか宇宙人ミュータント感がすっっごい!


 人間じゃない感というか違和感がバリバリ仕事してるというか。

 これで頭も丸刈りだったら、一周回ってイケメン僧侶に見えなくもないけども。


「ウソ! 絶対ウソ! お母さん言ってたもん! 男の子の『転んだ』は、情報商材のセールスくらい信じられないって‼」

「うん。俺も言ってみたけど、かなり無理のある言い分だよね。どんだけピンポイントな転び方だって話だよね」


「そ、そうだね……三波君」

「なに?」

「――もしかしてそんなに気にしてない?」

「うん! どうでもいいね!」


 目を輝かせて、臆面もなく言い切った。

 わぁ~~……すっごい悔いの無い顔。

 彼は腕を組んで、うんうんと嬉しそうで頷いた。


「俺は昨日とても善い行いをした。? 軽すぎるさ」

「い、いったい何したの⁉」

「それは言えないけど……まぁそんなことよりさ!」


 彼は制服ブレザーのポケットからイヤホンを取り出して、片方を私に差し出した。

 春風みたいな、にこやかな笑顔で。


「一緒に見ようよ、お〇っこ我慢スマブラ!」

「その顔で! そんなことを! 私に言わないでくれないかなぁ⁉」


 私は差し出されたイヤホンを押し返した。

 ていうかもっと大事なことあるでしょおが⁉

 そうして――――ずっと手にしていたポーチを掲げて、彼の顔を見上げた。


    「 眉毛書いたげるから、しゃがみなさい! 」 


 こうして私は人生で初めて、男の子の眉毛を書いてあげることになった。


 つくづく思うけど、三波君と伽夜ちゃんってホント似てる。

 目の輝き方とか自分の見た目気にしない所とか。


 朝、なんとなくカバンに化粧ポーチ入れてきて正解だった。

 彼には校舎裏にある、アスファルトの段々に座ってもらう。


「目、つむっててね」

「ん」と返事して、瞼を閉じた三波君が私を見上げる。

 き…………きれいだなぁ~ホンットに! 


 伽夜ちゃんもかなりきれいな顔立ちだけれど、男の子だからかな? 

 ……妙にドギマギする。

 ちょっと頬が熱いまま、私はポーチからアイブロウペンシルを取り出した。


「は、始めるね」

「うん」


 ペンシルの先端を押し当てる。

 気分としては色鉛筆でお絵描きしてる気分。でも書き込んでる紙は紙じゃなくて、男の子だ。


 昨日と打って変わって、沈黙が流れる。

 改めて、自分の置かれた状況を確認する。


 男の子と二人、校舎裏。

 相手は学校を代表するイケメン。

 ――下手な眉毛なんて書こうものなら……女子たちの阿鼻叫喚を思い出した。


 うぅぅ……ドキドキするよぉ。

 緊張で手先がぎこちなくなってきたのが分かる。

 このままじゃ駄目だと思って、私は三波君に語り掛けた。


「あ、あのごめん、三波君。ちょっと静か過ぎるから、何かスマホで音楽掛けてくれないかな? 気晴らしというか」

「作業用BGM的な?」

「そそ、それ!」


 良かった、分かってくれた。

 私はホッと胸を撫で下ろしてから、またペンシルを三波君の肌に当てた。


『負けたらがぶ飲みぃ! ぅお〇っこぉ我慢スマブラぁぁぁあああ‼ 負けたら朝チュンASMR配信決てぇぇぇえええええい‼‼』

『聖水ぃ! せめて聖水って言ってよぉ! バカァ! 変態! えっち! もうヤダたすけてパパぁあああああああああああああああああぁああああああああああああ‼』


 ブッ⁉ と吹き出した瞬間、ガリンッ‼ と手元が狂った。

 三波君の額に〇リーポッ〇―みたいな稲妻が刻まれた。


「痛ぁ~い」

「ちょっと⁉ な、なにしてんの、やめっ、やめてぇ! 今すぐ止めてぇ!」

「いや、これが俺の作業用BGMだから」


『カミソリの準備をしておいて貰おう。配信で眉毛も頭髪も刈らせ……』

 うるっっさぁい! ちょっと黙ってて昨日の私ぃ‼︎

 ペンシルが、手先が震えてまともに動かせない。


「ね、ねぇ三波君⁉︎ 他のBGM掛けるって選択は……?」

「やだ。俺は姫宮さんとお〇っこ我慢スマブラ見たいんだ」


 キャスパー勧めるのは躊躇うのに、同級生の女子にお〇っこ我慢スマブラを勧めるってどういうこと⁉︎


 分かんないよ、私にはあなたのボーダーラインが分からないよ!


 ともかく爆音でこんなに流されたら、誰か来ちゃうかもしれない。

 そしたらワンチャン声バレ……いや――――確実に女子達にハブられる! 

 ぼっちにしてもらうのと、ハブられるのとじゃ意味も扱いも全っ然違う!


「〜〜〜〜っ! じゃ、じゃあイヤホンしよ! き、聞きながら眉毛書くよ!」


 そう言うと三波君はホクホクした雰囲気で、私にイヤホンを渡した。


 片耳にはめると。

『あぅ、ふっ……はぅ』

 お〇っこを我慢する自分の声が流れた。


 なんで……なんでこんなことに……っ!

 昨日の恥辱が甦って、今すぐペンシルなんて放り投げて悶えたい。

 でも眉毛書いてあげないと……皮肉にも程がある!

 私がキャスパーの眉毛を刈ったから、罰が当たって三波君の眉毛を書かなきゃいけないだな…………んて。


 ――――あれ?


 自分の頭の中でとても自然に、接点の無かった二つの点が結ばれる。

 え、いや……まさか、ね? いやいやいやそんな訳ないってありえないって。


 あのゲスマスコットの魂が――――三波君だなんて。

 そんなことあるはずない。

 

「いやぁ、この『あ、ぃや』って所はマジ感あって良いよね。声の震え方的に、絶対肩ブルッてして恥ずかし赤面してそうというか。この反応からすごく妄想捗るよね」


 ――――――私はガリンッ! と反対の眉毛を稲妻にして書いた。


「痛ぁい」

「我慢して?」


 この、ド変態。

 ようやく分かった。

 三波くんは…………あのゲス猫と同類だ!


 スゥゥゥっと気持ちが冷めていく。

 ……あれ、この眉毛、適当に書いても良いんじゃない?

 クラスの女子達の阿鼻叫喚を想像したけど――――だからナニ。

 騙されるな女子! こいつマジで変態だよ!


「ありがとう……っ! 眉毛生えた! ス〇ルプDだ!」

「よかったね」


「メイクすごい上手いね、姫宮さん。あいつらが書いたマロ眉とは大違いだ」

「そうだね」


「ニコニコもするさ。だって今夜はレヴィアたんのASMR配信があるんだから!」

「そうなんだね」


「そうさ。寝言ボイス聞いたから分かると思うんだけど、すごい素質あるんだよ。

声質が柔らかで優しいから、ASMRの適性抜群。今から楽しみだ」

「そっかぁ~~~~~」


 今更そんなこと言われてもなぁ~~~~~~。 


「あー、後はね」

 

 ?

 げんなりした顔を上げると、変態は楽しそうな顔をしていた。

 

「―――――っ!」 


 ぽかんと口が開いて、次に目を見開いて、最後にぶわわっとなる。


「……それずるぃ」

「? なにか言った? あれ? どうしてそっぽ向いてるの、姫宮さん。そっち壁だよ。なんで壁見てるの」

「……知ってる」

「こっち向いてよ~、これからレヴィアたんのファインプレーだよ? 叫び芸という新たな可能性を切り開いた瞬間だよ」

「……知らない」


 ばか、とつぶやく。

 三波君はばかだ。変態だ。


                            私はもっと、ばかだ。

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