第47話 聖女 (エンジュ)

 早朝、西の公爵邸を出て、一旦南に向かいます。

 海岸まで出たら、そこから海岸線沿いをさらに西に向かう予定です。


 順調にいけば、十日後には隣の国アボジラ王国の王都に着いていることでしょう。

 元聖女としては、これは見過ごせない事態です。


 現場は、魔法陣を託したお兄様がどうにかしてくれるでしょう。

 魔術ランク5は伊達ではないでしょうから。


 それに、お兄様は子供の頃から、ただならぬ物を持っていましたから――。


 私がお兄様の妹になってから、もう六年経つのですね。


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「聖女様、どうかお考え直しください」


 教会に司祭が私を止めますが、私は考えを変えるつもりはありません。

 このままいけば、いずれ今の魔法では対処できない病気が流行することになるのですから。

 今から、できる準備はしておかなければなりません。


 異世界である日本の知識がある私には、簡単に予測できることなのですが、こちらの知識では、それを理解できないようです。


 こちらの世界にはコンピュータはありませんが、代わりに魔法を使って、予測演算、つまり、シミュレーションを行うことができます。

 魔術ランク5の私には、造作もないことでしたので、私は、さまざまな予測を行ってきました。


 災害の発生予測と、その被害予測からの対処方法。

 病気の流行と予測と、それに備えた治療魔法の開発。

 そんなことをやっているうちに、私は聖女と呼ばれるようになっていました。


 でも、それができたのも、異世界である日本の知識が有ればこそ、何もないところからできたわけではないのです。


 病気の予防と治療にあたる魔法は、その中核に異世界の薬の構造式を組み込んでいるのです。


 私が、そんな魔法を作ってしまったため、こちらの世界では薬学が発展しませんでした。

 お陰で、新薬など、こちらの世界ではまったく開発されていません。


 同じ薬を使い続ければ、いずれは耐性を持った病原菌が出てきてしまいます。

 そうなった時、こちらの世界では、対処法がないのです。


 それに備えるためには、どうしても異世界に行って、新しい薬の情報を手に入れてくる必要があるのです。


 幸い、異世界に行く魔法は、開発に成功しました。

 ですが問題なのは、異世界からこちらに戻って来る方法です。


 日本では魔法は使えないのです。


 前回は、たまたま、巨大な次元の穴が開き、それに巻き込まれて、こちらの世界に来てしまいました。

 そんな物が都合よく何度も起こるはずがありません。


 どうしたものかと、考えた結果、こちらから、召喚してもらえばいいと思いつきました。

 予め、時間と場所を決めておけば、召喚自体は比較的簡単に行えるでしょう。

 それまでに私は新薬について調べておけばいいのです。


 私は司祭たちの反対を押し切って、日本に戻りました。


 何十年ぶりかの日本です。懐かしくも、目新しい物で溢れていました。

 コンピュータは手のひらに乗るサイズになり、ファンタジー小説はライトノベルと呼ばれる括りになって、本屋に数多く並べられていました。


 ですが、懐かしんでいる場合ではありません。

 新しい薬の知識を手に入れ、召喚予定場所に向かいます。


 一瞬、このまま日本に残ろうかと考えてしまいましたが、今更ですね。

 老後のことを考えたら、既に家族ができた向こうの世界に戻らないわけにはいきません。


 指定場所で召喚を待っていると、時間通りに召喚が行われました。


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