第40話 南の山越え (アカシア)
ウォールの屋敷の前に車が二台用意されています。
本当なら、列車で辺境伯領から王都に帰るはずでしたが、昨夜の大雨で王都への道は通行止めになってしまいました。
通行再開の目処が立たないため、私たちは、南の峠を車で越えて公爵領を経由して王都に帰ることにしました。
私たちは用意された二台の車に分乗します。
私が乗るのは当然ウォールが運転する車ではありません。
「アカシア、こっちだぞ」
「私、少し、こちらのお三方とお話がありますの。ウォールはそちらの二人を乗せていってください」
「アカシアが話があるのか? 珍しいな――」
「女同士の話に首を突っ込まないでください」
私は手を払って、ウォールを追い払うと、サテンさんたちに話しかけます。
「少し窮屈になってしまいますがごめんなさいね」
「それは構わないのですが、お話とは……」
「たいした話ではないのよ。皆さんと世間話をしたかっただけよ」
「そ、そうですか――」
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
「は、はい」
私って、そんなに怖いかしら?
「三人が一緒の方がいいでしょうから、私が助手席に乗りますわ」
「え、でもそれじゃあ……」
「いいの、いいの。本人が助手席がいいと言っているのだから、気にしないで」
「はい、ではお言葉に甘えまして――」
三人は顔を見合わせて、後ろの座席に乗り込みます。
私は、前の助手席です。
「アカシア様、それでは出発させていただきます」
「ウォールから遅れても構わないから、安全運転でよろしくね」
「畏まりました」
運転手は女性のメイドでしたが、少し苦笑いをしてから車を出発させます。
案の定、ウォールの運転する車はすぐに姿が見えなくなってしまいました。
最初のうちは緊張していた後ろの三人も、すぐに気が緩んで、おしゃべりを始めました。
三人でおしゃべりしている分には、一向に構わないのですが、サテンさんが、私とウォールの仲について、グイグイ質問してくるのには辟易してしまいました。
二時間ほど走って見晴らしのいいところで一時休憩です。
先に着いたウォールたち三人は楽しそうに話をしています。
「ウォール様は本当に運転がお上手なんですね」
「そうかな? それほどでもないけど」
カリンさんに褒められて、ウォールが鼻の下を伸ばしています。
「いえ、謙遜されることないですよ。乗っていてとても楽しかったですし。私も車の免許取ろうかな」
「免許を取るなら指導してあげるよ」
「本当ですか。やったー!」
何か、二人でいい雰囲気ですね。
「アカシア様、よろしいのですか?」
「サテンさん、なんのことです?」
「あれですよ、あれ。ウォール様を取られちゃいますよ」
「私は別に気にしてませんが――。あなたたち、後ろの席に三人では窮屈でしょうから、次は、私はウォールの車に乗りますわ」
「そうですか? 私たちに気を使っていただきありがとうございますー」
「お礼を言われるほどのことではありませんわ」
カリンさんの様子からすると、ウォールの運転もだいぶ上達したのでしょう。
以前は、怖くて、とても乗れたものではありませんでした。
別に、ウォールとカリンさんの仲が気になって乗り換えるわけではありません。
そう、ウォールの運転がどれ位上達したか確認するだけです。
それに、運転を教えることで、予言の書でいうところの、フラグが立ってしまうと大変だからです。
「カリンさん、運転免許を取るなら、ちゃんとプロに教えてもらわないと駄目ですよ」
「アカシア様……」
「確かに、アカシアの言う通りだな。褒められて調子に乗ってたよ」
「そんなことないです。でも、アカシア様の言う通り、プロに指導してもらうべきですね。そうします」
「それと、次は、そちらの車に乗るわ」
「それは構わないが、話は済んだのかい?」
「ええ、もう十分に」
これ以上、根掘り葉掘り聞かれてはたまりませんわ。
「でしたら、どうぞ、婚約者のアカシア様が助手席にお乗りください」
「ええ、どうもありがとう。ネズコ先輩。って、あなた顔色が良くないのではなくて?」
「いえ、なんともありませんよ。僕のことは気にせずに、ささ、助手席にどうぞ」
私は、ネズコ先輩に勧められるままに、ウォールの運転する車の助手席に乗り込みました。
ですが、この時に、私は、もっと彼の顔色を気にするべきだったのです。
「キャァーーー!」
「伝説の多角形コーナーリング!」
「スゴい、スゴい!」
「……」
「ウォール! もっと丁寧に……」
「大丈夫、大丈夫、任せなさい。コース取りはバッチリ、ラップを切るから」
「そんなこと望んでませんわー!」
「あはははー。楽しいー!」
「……」
私は次の休憩所でウォールに、スペシャルステージの終了を宣言し、タイムトライアルから、超低速のアベレージラリーへの変更を言い渡したのでした。
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