第35話 ネズコとサテン (ウォール)

 今日の午前中は、魔術研究会のメンバーを引率して、辺境領にあるmPadの工房で視察研修を行うことになっている。


 成り行きで魔術研究会の会長になってしまった俺は、会員との親睦を図るためにも、連休を利用してこの視察研修を計画したのだ。


 だが、親睦を図るという点においては、現時点でうまく行っているとは言い難かった。


 昨夜の晩餐の時も、元からの魔術研究会のメンバー四人とその他の四人で分かれてしまっていた。


 このままでは、俺はともかくとして、新入生のカリンさんが可哀想なことになってしまう。

 俺は、工房に向かうにあたり、会長権限で強制的にグループ分けすることにした。


 幸いというか、アカシアとエンジュは工房には行かずに、昼から予定しているバーベキュー会場の湖畔に先に向かうことになっていた。


「それでは、これから工房に向かうのですが、行くのは魔術研究会の私たち六人だけです。馬車は二台ですから、三人ずつ乗ることにしよう」


 ここまで話して、みんなの顔色を窺うと、今のところ反対意見はないようだ。


「それで、グループ分けだが、まずは、僕とネズコ君と、サテンさんで一緒に乗ろう。もう一台の馬車には、他の三人、ラミンさんと、レモンさんとカリンさんで乗ってくれ」


「えー。私がそっちなの? カリンさんでなくていいの?」


 サテンさんが不満を口にする。


「今回の視察研修は親睦の意味もあるからね。一緒に乗るメンバーはその都度変えていこうと思う」

「まあ、それならいいか――」


 だが、俺の説明を聞いて納得してくれたようだ。


 俺たちは、早速二グループに分かれて馬車に乗り込み、工房に向かうことにした。

 工房までは、馬車で三十分だ。


 一緒に馬車に乗った、ネズコは、俺と同じ二年生で、子爵家の次男。サテンさんも同じ歳で、伯爵家の三女だ。


「ねえ、ねえー、ウォール様。それで、カリンさんとはどこまでいったの?」

「カリンさん? どこにも行ってませんが?」


「また、またー。アカシア様には黙っておいてはあげるから、本当のことを教えなさいよ」

「いえ、本当にカリンさんとは何もありませんから」


「えー。なら、入学パーティーのあれは何だったの?」

「あれは、アカシアの思い違いですよ」


「勘違いだというの? そんなの納得できないわ」

「そう言われてもね。何もないですから、何とも言いようがないですね」


「ガードが硬いわね。面白くないわよ」

「どうせ僕は面白味の無い人間ですよ……」


「あれー? 拗ねちゃったの?」

「サテン様! ウォール様に失礼ですよ!」


 ネズコが見かねて、サテンさんを止めに入る。


「ネズコ君は僕の味方なんだね。今まで話す機会がなかったけど、これからは仲良くしようね」

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」


「この、腰巾着が!」

「サテンさん、ネズコ君のことを悪くいってはいけないよ」


「あれーー。ウォール様ってそっちだったの?!」

「そっち?」


「だから、女性より男の方が……」

「いや! 女の方が好きだから!」


「なるほど、なるほど。ウォール様は、女好きっと!」

「いやいやいや、僕はアカシア一筋だから! 変な噂、流さないでよね」


「そんなに焦らなくても、女の子の間では、これぐらいのゴシップ当たり前ですよ」

「いや、アカシアが聞きつければ、また、婚約破棄だと言い出しかねないから、勘弁してよね」


「あら、それで婚約破棄になるなら、私が新しい婚約者に立候補しようかしら」

「なーんだ。サテンさんは百合だったのか!」


「どうしてそうなるのよ?」

「だって、アカシアと婚約したいんでしょ」


「アカシア様じゃないわよ! 私はウォール様の……。あー、やり返された訳ね。ウォール様は人が悪い」

「そんなことないと思うけど?」


「ウォール様はすごいですね。僕なんか、いつも女子に言い負かされて、頭が上がらないのに――」


 何故かネズコに感心されてしまった。


「アカシアに頭が上がらないのは僕も一緒だよ」


「そうですか? そうは見えませんが?」

「そうでもないんだよ――」


「あははは。でも、それくらいがちょうど良いんだと思うわよ」


 とりあえず、二人には、mPad盗難事件のわだかまりはないようだ。

 そこそこ冗談も言い合えるようだし、このまま親睦を深めていけば問題ないだろう。


 カリンさんは、向こうの二人とうまくいっているだろうか?

 少し心配だが、心配しすぎるのもうまくないからな。カリンさん自身に頑張ってもらおう。


 その後も、二人と雑談している内に、馬車は工房に到着したのだった。


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