第18話 回想 魔術の訓練 (アカシア)

 校舎の裏庭に一人残された私は、ウォールと初めて会った頃を思い出します。

 あの頃は、まだ自分が聖女になれるものだと思っていました。

 そして将来は勇者様と結婚するものだと……。


 そのために、ウォールに教えてもらって、魔術の特訓をしていたのでした。


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 婚約して、初顔合わせの後、王宮の庭園でウォールは私に魔術を教えてくれると約束してくれました。

 私は喜びましたが、でも、少し不安な点もあります。


 実は、予言の書によると、聖女には魔術を教えてくれる師がいます。それが賢者です。

 賢者は聖女のことをいつも優しく見守ってくれる、おじい様のような存在です。

 その賢者ですが、魔王との決戦で、聖女を庇って魔王の剣に刺されて死んでしまうのです。


 ウォールは、自分は賢者ではないと言っていました。ならば、大丈夫なはずです。

 でも、もしウォールが賢者なら、聖女である私を庇って死ぬことに……。


 初顔合わせの次の週、ウォールは約束通りに、私の屋敷に魔術を教えに来てくれました。来てほしかったような、こないでほしかったような、複雑な気分です。


「よく来てくれましたね」

「約束したからね」


「その荷物はなに?」

「魔術を覚えるための道具さ」


 彼が取り出したのは、魔導書と紙と絵筆でした。

 魔術には、普通なら杖<タクト>を使うものです。なのに絵筆?


「タクトは使わないのですか?」

「今日のところはこの絵筆を使う、絵筆といっても魔道具でね。魔力を込めないと何も書けない。魔力を込めるほど線が太くなるものなんだ。これで、魔法陣を描いて覚える」


「そんな魔道具があったのですね? 初めて見ましたわ」

「まあ、そうだろうね。市販されていないから」


「そうなのですか? 特別な物なのですね」

「そうだね。君のために作ってきたんだ」


「作ってきた? ウォールが作ったのですか?」

「そうだよ」


 魔道具を作れるなんて、まるで賢者みたいです。

 私の心に不安がよぎります。ですが、ウォールはそんなこと気付きもせず、訓練を進めます。


「それじゃあ、先ずは線を描く練習から始めようか」

「魔法陣を覚えるのではなかったの?」


「先ずは、魔法の込め方の強弱が自由にできるようになってからね」

「魔法の込め方の強弱?」


「魔法陣の線の太さは、魔法の込め方の強弱を表しているんだ。僕の描いた線と同じように描いてみて」

「わかったわ」


「よく見て、ゆっくりでいいから、線の太さに注意して描いていってね」


 私はいわれた通り魔道具の絵筆に魔力を込めて、紙に線を描いていきます。

「じゃあ、いきます。そーっと、そーっと。あっ! 間違えた……」

「あ、途中で書き足して直しては駄目だからね」


「うー。難しいですわ!」

「何度も練習して、なれるしかないね」


 その後、ウォールは文字通り手取り足取り教えてくれました。いえ、手は取っても、足は取っていませんね。


 そんなことが、一年も続き、私もかなり魔術が使えるようになってきました。


 そして、なかなか思うようにできない私に対して、根気よく優しく教えてくれるウォールに、私は初めて会った時にはなかった、少なからずの好意を抱くようになっていました。


 でも、よく考えると、私は聖女になれば、勇者様と結婚すると言っているのです。

 それなのに、ウォールは私に魔術を教えてくれています。それは聖女になるための手伝いをしているということです。


 お人好しというか、単純というか――。

 ……? もしかして、ウォールは私と結婚したくなかったのでしょうか?


 こんなに優しくしてくれるのだから、私と結婚したくない、なんて、そんなことあるはずありませんよね?

 予言の書では勇者と結婚するはずなのに、何故か私は、ウォールが私と結婚したくないと考えているのではないかと、少し不安になってしまいます。


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