超能力国のミーナ

藤山千本

第1話 1、ミーナ

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 少女ミーナは革の水袋を肩に斜めにかけて木立の間を注意深く歩いていた。

水袋は4袋で2つが一本の革ひもで繋がれている。

肩の水袋にはまだ水が入っていない。

帰りには少女にとっては結構な重さになる。

 ミーナは自慢の編み上げ靴を履いていた。

細い獣の皮紐で足が覆われるように編み上げ、紐の上端は脹ら脛を巻き付けて膝の下で結んで止めてあった。

ここまでは部族の皆の靴と同じだったが、ミーナの靴底には叩いて柔らかくして乾燥させた蔦(つた)で細かく編んだ底板が着いていた。

森を歩くためにミーナが自分で作って自分で付けたものだった。

 ミーナは自分の年齢が分らなかった。

部族のだれも自分の正確な年齢を知らない。

一年の季節の移り変わりがあることは誰でも知っているが正確な暦がなかったのでいつ生まれたのかは大人から聞いても正確に知っている者はいなかった。

体の変化と大きさで年齢を推測するしかない。

 ミーナの乳房は乳首が硬くなって隆起して来ているがまだ体表よりは目立って出て来ていない。

森を歩くと革の上着の端が乳首をこすって痛い。

もう少し乳房が大きくなったら部族の年上の女達がしているように乳房を出して生活しなければならない。

でも森を走るのなら乳房を押さえなくてはならない。

ミーナは編み上げ靴を作った要領で乳房を押さえつける物を作るつもりでいた。

だいたい部族の女達は工夫が足りない。

押さえつけていない乳房は森を動き回るのにはじゃまだ。

 ミーナは丈の短い革の腰巻きをしていたが革の腰巻きの裾には長めの革紐が何本も着けられていた。

これもミーナの工夫であった。

普通の長さの腰巻きでは森を歩くと膝と腿が下草とこすれて切り傷ができる。

大した傷ではないのだが痛くて痒(かゆ)い。

部落での普段の生活と森の中を歩くことは違うのだ。

同じ工夫が丈の短い上着にも施されていた。

上着に着いた革ひもは腰巻きの物よりも固めで太めになっていた。

脇腹の草切れは太ももよりも痛い。

 ミーナの細く輝く黒髪は既に肩まで達していた。

部族では男も女も長い髪を持っている。

人間の黒髪、特に女の黒髪は貴重なのだ。

細くて軽くて丈夫で、紐に組めば人を支えても切れない。

これまで使っていた物が壊れると一番長い髪の毛の人間から髪の毛を調達する。

ミーナの髪の毛はまだ短い。

 ミーナの腰には小さな小石を数個入れた革袋が革ひもで巻かれている。

革袋には小石を一つ包んだ投石具の2本の先端が垂れ下がっている。

林で小動物を見つけたら素早く小石でしとめるのだ。

小石を入れた革袋自体が立派な武器にもなっている。

石投げの技術は部族内での評価の重要な対象である。

ミーナの石投げの腕は同じくらいの歳頃の中では一番であった。

ミーナが水汲みの役目が与えられたのもそんな理由があったのかもしれない。

 ミーナの部族は弱い部族だ。

いつも他の部族から逃げ回っている。

本当なら水場の近くに集落を作ればずっと楽なのに、水場には他の部族の男達も来るので部族が見つからないように水場よりもずっと遠くに集落を作ってミーナのような子供にまで水を運ばせる。

獲物の解体にも川の近くならずっと楽なのに。

 たいていの部族の男には女と違って額にもう一つの目を持っている。

その目はいつもは閉じているのだが開くと不思議な力を出す。

物を動かしたり、外側から見えない物の中を見たり、空に浮かんだりする。

だがミーナの部族の男どもの額の目は開いたことがない。

どんな不思議な力も示すことができていない。

ミーナはいつも部落の一員として部落の男に対して不満を持っていた。

もっと強い男達が居る部族に属していれば毎日革袋を背負って木立に隠れながら危険な水汲みに行かなくてもいいはずだ。

 大分前に部落の長老は幼いミーナの「なぜこの部落の男は不思議な力を持っていないの」と言う素朴な質問に静かに答えた。

「ワシ等にも不思議な力は在るのじゃよ、幼いミーナ。でもその力は他の部族の男達のように何時でも出せる力ではないのじゃ。言って見れば予知の力かな。自分の身に危険が迫ると何となく分るんだ。それで大急ぎで別の場所に移動して難を逃れるのだな。そんな訳でこの部族は他の部族からまだ襲撃されたことがない。一度もだ。」

幼いミーナは両腕を伸ばして下で手首を組み合わせておずおずと反論した。

「でも、長老様。いつも逃げている部族よりも強くていつも追いかけている部族の方がいいと思います。」

長老様は優しく微笑んでからミーナの頭に手を置いて言った。

「ワシもそう思うよ、かわいいミーナ。」

 水場は川の流れが広く浅くなっている場所だった。

この辺りの川床は小石から成っており泥の混じらない水を汲むことができた。

林の中から河原を眺めて誰もいないことを確かめてからミーナは林を出て河原の丸石の原に向かった。

林のある土の地面から一段下がったところから石の河原が始まる。

なるべく人が通った跡を残さないようにミーナは下の大石に跳び移った。

後は安定している大きな丸石沿いに移動して水で濡れた丸石の河原までたどり着けばいい。

大きな丸石は雨で痕跡が消える。

 川はおだやかで水は透き通っており川床には日光のさざめきが見える

ミーナは肩から水袋を外して外側と内側を洗ってから一組の革袋を川の流れに横たえて革袋に水を満たした。

革袋には栓はなく革袋の口の辺りに付いている革紐で革袋の口を何重にも縛って水がこぼれるのを止めている。

一つの革袋には三リットルほどの水が入る。

4つでは12㎏になる。

ミーナには少し重い。

 4つの革袋に水を満たして傍らの石に立てかけるとミーナは膝の革紐を解いて編み上げ靴を脱いで素足で川の中に入った。

それは水運びの特権であった。

部落の女達は水浴びはできない。

水は貴重なのだ。

ミーナは膝下までに水に浸かってから革の上着と革の腰巻きを外して水袋の立てかけてある大石の上に重ねてから川の中程までに進んで行った。

木の葉の匂いを含む空気は暖かく太陽は朝から昼にかけての力強い光を放っている。

 ミーナは素裸で川床に仰向けに寝そべり、川の水の冷たさと日の光の暖かさを楽しんだ。

ミーナの皮膚の肌理(きめ)は細かく日光にあたらない腰の辺りの色は白かった。

指は細くて白く、爪は薄透明のピンクに艶やかだった。

乳房は川の中で仰向けになってようやく水面に出るかどうかという大きさで、恥毛はまだ数本しか生えていなかった。

 少し楽しみに時間を掛け過ぎた。

ミーナは大急ぎで頭を川の中につけて髪の毛をすすいでから立ち上がり衣服を置いてあった大岩に戻って大急ぎで身繕いをした。

河原に長居をすると言うことは危険が増すと言うことだ。

水袋を両肩に交差するように掛けてからミーナはもと来た石を伝って林の方向に向かった。

 林に至る小さな崖の前に来たミーナは左手に崖の上に行けそうな緩やかな場所を見つけてそちらに方向を変えた。

大きな石が崖に接してして崖の上に出られそうだ。

ミーナは大きな石の周りの石を伝って大石の上に出て無事に林のある崖の上に行くことができた。

その場所は誰でもが崖の上に出る道なのだろう。

崖の上には人が通った足跡が残っていた。

 ミーナは林に続く足跡を通らず崖沿いの草原を通って出て来た場所に戻り林の中に入って行った。

来た時とは少しだけ違った場所を通って集落に向かって歩いていると前方に一人の男が立っていた。

見たことが無い若い男だった。

男は口元に少しだけ笑みを浮かべてミーナの近づいて来るのを待っている。

危険な武器は持っていないが腰には磨き込んだ硬い樫の棒を差し込んでおり左手には細い棒の先に細革を編み込んだ鞭を持っていた。

 危惧していたことが生じた。

ミーナは歩みを止めて身構え、逃げ道を探った。

大人に近い男になんてかなうはずが無い。

後ろを向くと後ろからもう一人が近づいて来ることが分った。

同じような格好をしている大人だ。

革の鞭を持っている。

左手からもう一人が近づいて来るのも分った。

こちらはミーナと同じくらいか、数歳年上の男の子供だ。

ミーナは待ち伏せを食ったことを悟った。

 開いている右側は川がある方向で水場とは違って小高い崖になっている。

囲まれている。

前方の男はミーナに何か言いながら近づいて来たが男の言葉は分らなかった。

だいたい言葉は部族ごとに違っているのだがミーナは男が何を言っているのかは想像できた。

「優しくかわいがってやるから観念しろ」くらいを言っているのだろう。

男達の言う通りにすれば運が良ければ生きていることができる。

この年代の男達は若い娘との性交に飢えている。

 ミーナは前方の男をじっと見つめながら右手をゆっくりと腰の紐に伸ばし2本の革紐を掴み、そのうちの一本を人差し指に巻き付けた。

前方の男は10mほど近づくと左手に持っていた鞭を右手に持ち替えて革の部分を地面に垂らして近づいて来た。

5mほどになれば鞭が足か首に飛んで来ることは明らかだった。

ミーナは石投げの紐を引き出し回転させることなく後ろに半回転させてから小石を投げ出してから右側に一目散に駆け出した。

 ミーナは石の行方を見ていなかったが小石は前の男の額に確実に当って地面の草むらに落ちた。

途中で重い水袋を捨てながら真直ぐに必死に走った。

もう捕まったら何をされるかわからない。

さんざん辱められて最後は殺されるだろう。

崖に来たら滑り降りて逃げるつもりだった。

 崖の縁はなかなか見えなかった。

背の高い草を通り抜けたときそこには地面がなかった。

崖崩れが起って新しい崖の縁が草むらに出来ていたのだった。

ミーナは2秒間ほど空中を飛んだ。

その間、ミーナは両脚を閉じて半分ほど曲げ、足首も半分ほど曲げて力を込めた。

両腕を体に密着させ両手を頬に添えて体を縮こめた。

もちろん背骨から落ちたら助からないだろうが運良く足から落ちたら重大な傷は負わないかもしれない。

とにかく全身の筋肉を緊張させておくことが重要だと思った。

死の覚悟はしなかった。

 ミーナの希望は半分だけ達せられた。

ミーナの期待通り足から落ちたのだが、降りた所は柔らかい土でできた傾斜地だったので両足首は土にめり込み、体は頭を先頭にして前につんのめり、顔をしたたか土に打ちつけて少しめり込み、反動で足が土から抜けて体全体は回転しながら斜面を転げ落ちた。

平地に到達する前にミーナは頭を石に打ち当てて気を失ってしまった。

動きを止めたミーナは頭を下にして仰向けになっていた。

土だらけの胸をはだけて両手を広げ、両脚は膝を曲げて広げて股間を太陽に曝していた。

 3人の男達は崖の上に立ってその様子を眺めていたがやがてどこかに行ってしまった。

別の部族の娘を殺せば必ず部族間の争いになる。

ましてや乱暴して殺してしまえば必ず落とし前を請求される。

今度は自分の部族の誰かが殺されることになる。

今なら足を踏み外して崖下に落ちて死亡したことになる。

男のリーダー格は何かを言ってから林の方に消えて行った。

「毛も生えていない娘をやっても良いことはない」とでも仲間を説得したのかもしれなかった。

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