DAY39-2 魔族の行方を探せ

 

「王都近郊、レルフ村郊外にある探索済みの迷宮か……そんな近くに潜んでいたとは、盲点だったな」


 草木も眠る深夜、転移魔法ポートを使ってレルフ村にやって来た私は、迷宮に向かって街道を歩いていた。


 コイツは10年以上前に狩りつくされた迷宮で、今ではたまに駆け出し冒険者のトレーニングに使われるくらいであまり人が寄り付かない場所だ。


「純魔族ちゃんは痕跡を消してたみたいだけど、アルとの修行でノノイちゃんセンサーからは逃げられないよ?」


 修行とやらの内容はいささか気になるが、Sランクになったノノイが言うのなら間違いないだろう。


「それにしても……アルは連れてこなくてよかったの?」


「あの純魔族に近づくとアルにどんな影響が出るか分からないからな……この1か月ヤツが何もしてこなかったことも含め、まずは相手の情報を集めたい」


「ん、だよね」


「今日は偵察だからな、何かあったらすぐに撤退するぞ」


「はーい」

「いやー、さっきのギルマネさんのぷれー、すごかったねぇ」


「うっ……」


 分かっているのかいないのか、赤く染まった頬を両手で押さえるノノイ。


 食事を終えた後、案の定襲い掛かってきたアルを持てる技術のすべてを掛けて返り討ちにした。

 3日分くらいの精気を飲み込んで大満足の彼女は、現在深い眠りに落ちているはずだ。


「ノノイ、なぜか君は絶好調みたいだが……私は少々力を使いすぎたから、くれぐれもヤツには手を出すなよ?」


「ほーい! いやーこの感じ、くせになるね♪」


 キラキラと魔力のオーラを身にまといながら滑るように足を進めるノノイの後を追いながら、頼もしさと共に彼女の性癖の行く末を案じる私だった。



 ***  ***


「【ハイ・アンブッシュ】!」


 キィン!


 僅かな魔法の発動音と共に、ノノイと私の姿が掻き消える。

 同時に彼女の魔力も感じられなくなり、深夜の迷宮に自分一人で立っているような錯覚を覚えてしまう。


「ふふふ、これはあたしがずっと研究していた隠密魔法……光学的な遮蔽だけじゃなくて、魔力も一切漏らさないんだ」


 何もない空中からノノイの声だけが聞こえてくる。

 何しろ相手は純魔族である。

 見つからないように、慎重に慎重を期す必要がある。


「無意識に漏れてしまう微弱魔力の遮蔽が課題だったけど……アルとの特殊プレイで法則の向こう側に到達した結果、遂に完成!」


「世の中に広めると完全犯罪に使われてしまうため、一子相伝とするつもりの良識派ノノイちゃんであった……」

「あ、今度からコレでギルマネさんとアルのぷれーを覗くね?」


「やめなさい」


 ぺしん


 軽口を叩くノノイにツッコミをいれつつ、魔眼を発動させる。

 だが、赤く染まった視界には何も映らず。


「私の魔眼でも捉えられないとはな……流石だノノイ」


「ふふん♪」


 得意げなノノイの後に付いて迷宮に足を踏み入れる。

 純魔族はその莫大な魔力を常に全身に帯びているため、彼女の遮蔽魔法でこちらの魔力を”ゼロ”にしておけばまず感づかれることは無いだろう。


「ヤバいときはそっちに”風”をおくるから、そん時は一目散に逃げるってことで」


 夜間訓練のためなのか、壁に植えられたヒカリゴケのおぼろげな光の中、私たちは慎重に歩みを進めた。



 ***  ***


「ギルマネさん、あそこ……!」


「……ヤツめ、何をしている?」


 もともとそんなに広い迷宮ではない。

 1時間ほどの探索で、私たちは純魔族の姿を見つけていた。


 壁の僅かな亀裂から漆黒の闇がにじみ出て、やがて人型になる。


『やれやれ、ようやく完成したか……直接手を下せばいいものを、”主”たちの考えは分からないものだな』

『まぁ、そこに付け入る隙があるともいえるのだが……第一のだ。 精々楽しませてもらうとしよう』


(あの術式は……?)


 ぱしゅん!


 純魔族の全身から、見たこともない複雑な術式が湧き出たと思った瞬間、小さな音を立ててヤツの気配が消える。


「ん……転移したみたい。 少なくとも迷宮内にはいないね」


 念のため魔眼で探ってみるが、ノノイと同じ結論に至る。


「ふぅ……あの術式、精神系の魔法で使うヤツに似てたけど、高度過ぎて分かんなかった」


「”完成した”と言っていたが、何のことだ?」


「う~ん、魔族ちゃんの考えることは分かんないね……術式の一部は記録したから、アルに見てもらう?」


「!? そうだ、アル!」


 あの純魔族が精神生命体のような種族で、自由に転移できるならアルをひとりにしたのはマズかったのでは?


「すまん、ノノイ! 手伝ってくれるか!?」


「任せてギルマネさん!」


 慌ててノノイに声を掛け、彼女の魔法で迷宮を脱出する。

 全力で最寄りの転移ポートにダッシュし、急いで戻った自宅で私が見たモノは……。


「う~ん、クレイぃ……もう入らないよぅ……えへへ」


 幸せそうな寝言を漏らし、まくらを抱いて眠りこけるアルの姿だった。


「ヤツの……純魔族の狙いはどこにあるんだ?」


「さぁ……?」


 この夜の後、ヤツの姿を見ることは一度もなく……私たちは微妙な居心地の悪さを抱えたまま過ごすことになった。



 ***  ***


 同時刻、王都上空。

 夜空に浮かぶ漆黒が、僅かに星の光を遮っている。

 闇の”視線”の先にはクレイの自宅がある。


『なるほど……魔眼持ちとサキュバスの邂逅がのか』

『当面は主の思惑通りに動くとしても……俺の切り札になるかもしれんな、くくっ』


 しゅんっ


 くぐもった笑いが辺りに響いたかと思うと、今度こそ”闇”は消え去り……そこに何か居た痕跡など、何も残っていないのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る