第4話 洗礼式。
十歳の誕生日に観たのはそんな幼い頃の夢だった。
地上に落とされたあたしは今の両親に拾われた。ここ、国境の街クノープル周辺一帯を治めている領主アレハンド家の養子となったあたしはわりと幸せに過ごすことができていた。
光の繭のゆりかごにのってふわりふわりと堕ちてきたあたしはアレハンド家の裏山の竹林に落ちた。使用人の人達がその様子を見ていて捜索した結果あたしが発見されたのだという。
長子を亡くしたばっかりのお母様は、あたしのことを本当の子供のように可愛がってくれた。
お父様も。うん。可愛がってくれた。
まだ五歳になったばっかりだったあたしはそのまま教会の洗礼式に連れて行かれ、そこでこの地上においても魔力特性値を測られることになった。
この世界。人は全ての力の源であるマナをその
そのレイスに開いた穴。ゲートよりマナを放出し、
世界はギア、魔力の子で溢れ。そのギアがマナを変換して
通常の人間は大体特性値が5とか6とかそれくらい。人間種でちょっと魔法が使えるレベルの人で20〜30くらい。龍種で90、そして貴種、天の御使いは100を超えるという。
しかし。
あたしの特性値はやっぱりここでもゼロと計測された。
っていうかゼロっていうのはあり得ないからって、何度も何度も測りなおされたけどそれでも数字は変わらずで。まあしょうがないよね。
それでも。
天界のとうさまかあさまとは違って、ここのお父様やお母様はあたしを無碍に扱ったりはしなかった。
3年前弟が産まれた後も、あたしのことは変わらず実の息子のように良くしてくれたお母様。ほんと感謝してるんだ。
今日は三歳の誕生日を迎えた弟のルークの洗礼式。子供は三歳、五歳、七歳になったときにその魔力特性値を計測する事になっている。
毎月一度、同じ生まれ月の者を集めて教会で計測するのだけど……。
魔力特性値は子供の頃でほぼ決まる。成長と共にマナの量は増やす事が出来るけど特性値は変化がないと言われる。
魔力量はマナの量カケル特性値で決まるので、例え特性値が低くてもマナの量を増やす事で大きな魔力を使うことも可能だ。
でもまあ。その特性値がゼロというのは普通はあり得ないと言われてる。
だって、ゼロっていうのはどんなにマナが多くても魔力ゼロって事だから。
だけど、別に魔法なんか無くても地上の生活で困ることは無かった。
天上界エデンと違いここ地上では生活に魔力は必要ない。というかほぼ全ての住民が魔力特性値一桁であるこの街では日常生活で魔力に頼って居てはやってられないというのも事実。
火をおこすのには火をおこす機械を使う。
お水は井戸がある。
木を切るのは斧があり枝を払うなら鉈でいい。
油は菜種を絞って狩には弓がある。
外国から輸入している火薬は危ないけれどいろんな事に使えるし。
お父様の書庫であたしはいろんな本を読み、いろんな事を知った。この世界の事、天上界の事、魔界の事。
上にいた時は見下ろす世界が灰色に見えて怖かったけど、降りてみたらいろとりどりの自然が溢れた素敵な土地だった。
だから。
あたしはここが好き。
幸せだ。
「にいたま、だっこして」
「ふふ。まだまだ甘えたさんだねルークは」
あたしは抱きついて来たルークをよっと持ち上げる。
もうだいぶん大きくなったルークは身体中で支えないと大変だけど、だっこした時のこの温もりは好きだ。
「まあ。イリスはいいお兄さんね。でもそのままじゃ歩けないわね。わたしが変わるわ」
教会までもう後少しの道のり。頑張ればなんとかなるかもとか思ったけど素直に従う。
「お母様お願いします。じゃぁねルーク」
あたしはそう言うと自分の胸元からヒョイと離されるルークに頬擦りして。名残惜しそうな顔のルークはそれでもマリア母様に抱き上げられるときゃっきゃと喜んだ。
「かあたま、だいすき。にいたまもだいすき」
かわいらしいその口調にあたしもお母様も笑顔になる。
ふふ。こんな幸せがいつまでも続くと良いな。そんなふうに感じて。
教会が見えてきた。
神デウスを信奉するデウス正教会、ここにある魔ギア・ネコロノミコン。この書物に手を触れることでその者の
特性値だけではなく将来的に取得可能なスキルの説明も書かれるのだけれど神の言葉で書かれるそれを読める人はここには残念ながら神父様以外には居ない。
だから、こうした洗礼式の場で大まかな説明を受けるのだけど、それには大人は立ち会えない。
神の言葉は本人のみに伝えられるべき、というのが正教会の教えなのだそうだ。
あたしは……。実は少しはわかる。天上界エデンで本を読み漁っていたのは伊達じゃない。
でも。あたしの洗礼式の日、ネコロノミコンは白紙だった。
表紙に現れた特性値はゼロ。中身は真っ白に光輝いて。
こんな事はありえないと当時の神父様驚いてたっけ。
七つの時もやっぱり一緒。その後その神父様は中央に行っちゃったからあたしの事も報告されたのかなぁとちょっとふにゃぁな気分になったけど、まあしょうがないなぁ。
まさか、実は中身が真っ白に輝いていたのは何も書かれて居ないって意味じゃ無かっただなんて。こっちから言うわけにいかないし、ね?
でもってやっぱり、新しく赴任された神父様にもあたしの魔力特性値がゼロだっていうのはちゃんと伝わってるみたいだった。最初はけっこう好奇の目で見られたし。
別に、良いのにね? あたしの魔力特性値なんて。どうでもさ。
教会の中に入り洗礼式の準備に並ぶ。同じ生まれ月の子供がたくさん並んでいる後ろにつけたあたしたち。
何故かここでは大人は一緒にいちゃいけないっていう話で、お母様は後ろの観覧席、ルークにはあたしが付き添いで並ぶ。
七歳の子はともかく、まあ五歳でもどうだか、だけど、三歳の子を一人で並ばせるのはどうかとおもうし流石に誰かが付き添いでついてくるのは普通みたい。
ルークと手を繋いで並ぶあたし達の目の前にもやっぱり兄弟とか親戚の子とかと一緒に並ぶ子供が居たしね。
厳かなパイプオルガンの音色が響く中、神父さんのお話が始まった。
もじもじしだすルーク。
「どうしたのルーク?」
「にいたま、ルーク、おしっこしたい」
「はわわ。もうちょっとだから我慢しようね」
そう小声で話している間にお話が終わり両手をばっと広げる神父様が見えた。
その瞬間。
世界が反転、した。
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