第17話 ソープ回はだいたいアニメ三話目くらいにねじ込めって偉い人が言ってた
夜の十時を過ぎる頃には妹のハイテンションはもうすぐ臨界点に達しようとしていた。
「お兄ひゃん。莉奈お風呂入ってくゆね」
立ち上がった妹の足は千鳥足どころか産まれたての子鹿くらいのおぼつかない足取りだった。顔も赤いし
「にゃはは、世界がグルグル回ってる。なんだか面白い〜」
人生初の飲酒を体験したせいか妹のテンションは渋谷のパリピギャルよりもぶち上がっていた。
「お前、大丈夫か?」
「平気らよ〜」
「……そうか。風呂場で転ぶなよ」
「にゃは、心配ならお兄ちゃんも一緒に入りゅ?」
「アホか。さっさと入ってこい」
「らひゃー」
妹はケラケラと笑いながら風呂場の方へ向かう──はずだった。
「……んしょ、あれ? 何か服が脱げないお。お兄ひゃん助けて」
アルコールで思考回路がスパークしているのか妹はその場で服を脱ぎ始めた。
色白のお腹は丸出し。フリルとリボンが特徴的な白のブラがさっきからチラチラ見える。なんていうか腹踊りみたいで間抜けな絵面だった。
「んにゃーっ、服脱げない。おにーちゃ脱がして、あやく」
「お前、もう風呂は明日入れよ」
「やだ、ぬーがーしーて!」
「酔っ払いウザ」
服が脱げなくてジタバタする妹を無視してテレビ画面に目を向ける。深夜のテレビはやっぱり海外ドラマに限る。マジ最高。
「ん〜にゃ! あっ、パンツ脱げた!」
パサリ。
生暖かい物体が俺の頭上に舞い降りた。
確認しなくても分かる。この人肌の温もりは間違いなく脱ぎたてのパンツだと。
「にゃはは、お兄ちゃんが変態にゃめんになっら」
ケラケラ笑う妹が不意に足をジタバタと動かした。
「おい馬鹿やめろ。ミニスカの上にノーパンで足なんか開いたら『具』が見えるだろーが! つーか、これを今すぐ
俺は頭の上に乗っていたパンツ(白のフリル)を妹に投げ付け今すぐパンツを穿くように指示を出した。無論のこと投げつけた瞬間に目は閉じた。無修正の具なんて見たら色々と記憶に残りそうだったから。
「んにゃ? こんな感じでいーい?」
目を開けたらある意味で悪化している状況に思わず息を呑んだ。
何故か妹の体勢がM字開脚だった。
それに加え妹が穿いたパンツの状態は片足だけにパンツが引っかかっていて、その純白の布地が膝の下らへんでくしゃくしゃに丸まっていた。
「男の人ってこーゆーの好きなんれしょ?」
それはいわゆる片足パンツと呼ばれる
「でもらーめ。莉奈の大事なとこはまだ見せてあげにゃいよー。にゃは♡」
見えそうなギリギリのラインを指の先だけで隠す妹。その顔は挑発的で完全に俺のことを小馬鹿にした様子だった。
くっ、このマセガキ……大人を馬鹿にしやがって。
どうやらこれは『分からせる』必要があるな。
「おい莉奈」
「なーにお兄ちゃん?」
「どうでもいいけどまた下の毛が見えてるぞ」
「…………ぴゃっ!?」
サッと光の速さで脚を閉じる妹。涙目になりながら必死に短いスカートを引っ張って股下を隠していた。
「お兄ちゃん最低! 莉奈がせっかく作ったムードが台無しじゃんか!」
「あんな露骨な誘惑されたら逆に
「だって酔っ払ったフリと寝たフリはエッチを上手に誘う鉄板だって雑誌に書いてあったんだもん!」
「その雑誌は二度と見るな。教育に悪い」
明らかにさっきとは違う口調で喋る妹。むしろバレて開き直ってすらいる。
「ねえ、お兄ちゃん。莉奈と一緒にお風呂入ろ?」
「甘えた声を出して上目遣いでお願いすれば何でも俺が了承すると思うなよ」
「むぅ〜かくなる上は!」
妹は素早い身のこなしでテーブルにあった俺のスマホを奪い取った。
「お前、勝手に人のスマホに触るな」
「おっと言動には気を付けなお兄ちゃん。人質がこっちの手にあることを忘れるんじゃねーぜ」
「何キャラだよお前」
「強いて言うなら妹キャラだぜ」
「そんなベタな悪役キャラの妹は今すぐに廃れちまえよ」
というか何だこの茶番は。やっぱりコイツちょっとは酔っ払っているのか?
「お兄ちゃん。大人しく莉奈の言うことを聞いてくれ、だぜ」
「語尾とキャラが迷走してる」
「さもないと人質を使って」
「人質を使って?」
「莉奈のエッチな無修正画像を自撮りしまくった後にそれをお兄ちゃんのアカウントから誤爆投稿した様に見せかけてお兄ちゃんを社会的に抹殺しちゃうぞ♡」
「ひぇ、マジで怖えええぇ!!」
悪魔だ。目の前に美少女の皮を被った悪魔がいる。流石の俺でもそんな残虐非道な真似は思い付きもしねーよ。クソ、恐怖で身体がブルっちまったぜ。
スマホは社会的ライフラインの要、ハッキリ分かんだね。
「どうするお兄ちゃん? 莉奈がやろうと思えば別にお兄ちゃんのスマホじゃなくても出来るんだよ?」
「くっ……人質を取るなんて汚いぞ!」
どうやら俺は社会的死を免れるために妹とネゴシエーションする必要があるようだ。
「よし、要求を聞こう」
「お風呂一緒に入って」
「俺はさっき入った」
「じゃあ、莉奈の身体をお兄ちゃんが洗って」
「その要求には応じられない」
「よーし。とりあえず一枚撮るね」
「おい馬鹿やめろ! スカートの中にスマホを突っ込むな!」
「じゃあ早くお風呂に行こ?」
「……ええ」
「お兄ちゃん早く! 空気読んで!」
「何の空気を!?」
俺と妹のネゴシエーションは拮抗しているかに思えた。だが、その力関係は些細なきっかけ一つであっさりと崩壊した。
カシャ。スマホから撮影音が聞こえた。
「まずは一枚。お兄ちゃんが拒むと連続撮影モードに切り替えてもっといっぱい撮るからね」
「分かった。要求を受け入れる」
妹と一緒にお風呂が確定した瞬間だった。
その後妹はスマホを操作して自分の痴態を確認した。
「うわっ……下からのアングルって思ってた以上にエッチかも」
「感想を言うな。生々しくて逆に引く」
「…………」
妹は無言になりスマホをしきりにスワイプして画面をじっと見つめていた。
その顔は何か嫌な物を見ている様な嫌悪感に近い表情だった。
「どうした?」
「……ううん。べつに早くお風呂行こ」
「せめてもの情けでタオルを身体に巻く処置をして頂きたいのですが」
「却下」
「そこをなんとか!」
結局妹は全裸のまま浴室の座椅子に腰掛けた。室内ライトに照らされた白い背中が眩しくて目が眩みそうになる。
「とりあえずシャンプーからお願いねお兄ちゃん。次にトリートメントで最後にリンスの順だから」
「いや、全部終わったら何時になるんだよ」
「髪は女の子の命なんだからこれくらいの手入れは普通なんだからね?」
「そうか。女子って大変なんだな」
「そうだよ。可愛い子はちゃんと努力してるんだからね?」
「そうか。お前の可愛さは努力の結晶なんだな」
「…………っ」
「可愛いって言われたくらいで照れるな」
俺はあくまでも自然体に妹と接した。シチュエーションが異常なだけにせめて精神面だけでも冷静さを保ちたかった。
「懐かしいね。昔はよくこうやって一緒にお風呂入ったよね」
「存在しない記憶を捏造するな。お前と風呂に入るのなんて今日が初めてだろ」
「ん? 妄想の中でならいっぱいお兄ちゃんとお風呂入ったよ? イチャラブエッチしながら」
「それを世間一般では存在しない記憶と呼ぶんだが」
「エッチの部分には触れないんだ?」
「うぜえ。泡流すぞ」
妹の髪は手入れが良くされていた。指通りも滑らかで洗っているだけでも質の良い髪だとよく分かる。
喋りながらだと時間が過ぎるのを早く感じる。気が付けば髪を洗う作業は体感数分くらいで終わりを迎えていた。
「お兄ちゃん。次は身体を洗ってね」
「そろそろ自分でも洗えよ」
「えー、トリートメントとリンスの時手伝ったじゃん」
「やり方を知らないんだから当然だろ。背中だけは洗ってやるよ」
「ん? 何言ってるのお兄ちゃん。お兄ちゃんの担当は『デリケートな部分』に決まってるじゃん」
「…………」
流石にそれはスキンシップの範囲を逸脱しているだろ。
「何だ、お前は恋人でもない俺にデリケートな部分を触って欲しいのか? それは流石にただの痴女だろ」
そんな悪態を吐くと妹はこちらを振り返り俺の顔を見上げた。
「お兄ちゃんなら……いいよ?」
その甘えた声と上目遣いに何度も理性を壊されそうになる。
「お兄ちゃん。そろそろ莉奈の気持ち分かってよ。お兄ちゃんだからこんなことお願いするんだよ?」
「……そういうのは未来の恋人にやってもらえ」
「莉奈はお兄ちゃん以外の人となんて考えたくないよ」
「お前、そんな調子だといつか俺に恋人が出来た時どうするんだ?」
「もういるでしょ? あの人はお兄ちゃんにとって恋人も同然だから」
「…………」
小虎との間にあんな事があった後だから、もう安易にそれを否定することは出来なかった。
「スマホの画像フォルダ見たよ。お兄ちゃんのスクショあの人ばかりだった」
スマホを見ていた時のあの優れない顔はそういうことだったのか。
妹の、その緑色の瞳には一体何が写ったのだろう。どういう風に見えたのだろう。
憎しみ? 怒り? いや、違う。あの顔に込められた感情はきっと──
「何だ、生意気に嫉妬でもしてるのか?」
「してるよ。ずっと昔から」
何も包み隠さない剥き出しの感情で妹は言う。
「莉奈はお兄ちゃんを連れてどこかに行っちゃうあの人が大嫌いだった」
だから。
だからお前はあの日の夜に、寝ている俺にあんな事をしたのか?
「分からないなら何度でも言ってあげる。莉奈は優しいお兄ちゃんが大好きだし、お兄ちゃんを莉奈から遠ざけるあの人が大嫌い。謝れって言っても絶対に謝らないから」
「…………」
結局、一日経っても何も変わってなかったな。
分かったよ。お前がその気ならこっちにも考えがある。
「分かった。お前の身体は俺がしっかり洗ってやるよ」
そして俺は。
「莉奈、勝負の時間だ」
全てを失う覚悟で妹に勝負を仕掛けた。
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