第一章

第1話 友達とのサシ飲みはデートに含まれますか?

 バイト上がりのタイミングで高校時代からの友人である小虎風花ことら ふうかからL○NEで「今から悪いことしようぜー。どうせ暇なんでしょ?」と失礼なメッセージが来て早二時間。俺は今もの凄くメッセージを既読スルーしなかった二時間前の自分に蹴りを入れてやりたいと思っている。


「男の子川こがわくんには分からないだろうけど、年頃の女子には色々あるんだよ? 友人関係とか、バイト先の上下関係とか、家族関係とか、そーゆー色々と面倒な恋の障害ってやつがさー……あむ」


 食べ終わった焼き鳥の串を皿に置いた小虎は酎ハイの入ったグラスをクイッと一気に飲み干した。女の癖にやたらと酒が強いのはサークルの合コンとかで場数を踏んでいるからなのだろう。しかも未成年のうちから。


「……ふぅ。ねぇ、子川くん。わたしの話ちゃんと聞いてる?」

「聞いてる。下世話な愚痴話を延々と聞かされて今軽くうんざりしてるところだ」

「むぅ、乙女の恋話コイバナを下世話とは失礼な。子川くんは本当に遠慮えんりょってもんがないよね」

「それはお互い様だろ。お前も少しは俺に忖度そんたくしろ」

「んー。子川くんに忖度してもねー」



 彼女、小虎とは高校時代からのクラスメイトでたまたま席が隣同士だったことをきっかけに今現在に至るまで腐れ縁に近い交友関係を築いている。

 まさか専門学校までクラスメイトになるとは……本当に小虎とは妙な縁があると思う。


 友人関係も五年目に突入すると気のおけない間柄になるというか……遠慮がなくなったというべきか。


 ただ単純に俺が小虎にナメられているだけなのかもしれないけど。


 親しき仲にも礼儀あり、という一般常識が通用しないのが小虎の悪いところであり良いところでもある。


 容姿は美人と言っていいだろう。長い黒髪と切れ長の瞳に過剰なほど女性らしい身体付き。薄化粧で彩られたその顔は美しさよりも快活さを際立たせている。

 見た目だけなら文句なしの百点満点。これで性格に難がなければ言うことは何もないんだが。


 俺の目線で小虎の人間性を語るなら良く飲む、良く食べる、良く喋るの三拍子が揃った美人の皮を被ったオヤジみたいな女子といった感じだ。


 マイペースでサバサバしていて容姿以外女らしさがまるで感じられない。男勝りと評価すれば少しはマシな印象になるだろう。


 そんな小虎と居酒屋でサシ飲みするのが『悪いこと』かと問われたら、それは間違いなく悪いことなのだろう。


 お互い二十歳になったとはいえ、一応は学校を卒業するまで学生の身分だから。小虎はともかく俺の方は飲酒にまだ若干の抵抗がある。


 それに深夜帯の暴飲暴食は間違いなく“身体”に悪いことだ。そこにアルコールが入れば尚更身体に悪い。


「やっぱ飲み会は親しい相手とのサシ飲みに限るわねー。余計なことを気にしなくて良いからおつまみもお酒もいくらでも入っちゃう」


 そんな事を言って居酒屋によくある大きめのソーセージにガブリとかぶり付く小虎。


「ん〜。ジューシーなお肉とシュワシュワのお酒が身体に染みるぅー。わたしはこの時のために生きているってね」


 言っていることが完全におっさんの台詞セリフだった。年頃の女子、そんなんでいいんか。


「……なんつーか。本当に罪悪感という物がないよな、小虎は」


 暴飲暴食している小虎にそんな事を言うとソーセージで喉を詰まらせたらしくビクリと身体を震わせた。


「むぐっ。大丈夫、一緒に野菜もたっぷり食べるから最終的にカロリーは相殺されるし……」

「どんな超理論だよ、それ」

「そ、それに0時に食べれば実質カロリーもゼロだから……」

「お笑い芸人みたいな事を言うな。そんな生き方してたら将来的に太るぞ」


 まぁ、おそらく食べた分の栄養は腹じゃなくてテーブルの上に乗っかっているたわわな果実に全てもっていかれてるんだろうけど。


 本当に豊満だ。高校時代から思ってたけどカップ数はいくつなのだろうか? EなのかFなのかはたまたそれ以上なのか……それが非常に気になる。


「はー、子川くんはデリカシーないなー。そーゆーのわたし以外の女の子に言ったら嫌われるぞー」


 俺の邪な視線に気付かれたのかと内心で焦ったが……どうやら小虎の関心は別のところにあるようだ。


「人によってはセクハラだと思われるからそこんとこマジで気を付けて」

「安心しろ、デリカシーのない事は小虎にしか言わない」

「えー、何一つ安心できないんですけどー?」


 ジトーっと目を細める小虎の視線をスルーしてスマホの画面に目を向ける。 

 知らない番号からの着信履歴が数件。一体誰からの電話だろうか。


「……なぁ。時間も遅いし、そろそろここらでお開きにしないか?」

「えー、わたしまだ子川くんに言いたい事いっぱいあるんだけどー?」

「いや、言いたい事があるなら学校でも言えるだろ」

「それはそうだけどさー。わっかんないかなー」


 やれやれと。不満げな表情で溜息をつく小虎。その表情はどこかアンニュイな雰囲気でグラスを眺める瞳はわずかに揺れていた。


「……はぁ、いい加減“進展”があっても良いと思うんだけどなぁ」


 ポツリ、と。

 小虎がそんな事を呟いた。


「……何の?」


 そんな何気なく聞き返した俺の質問に小虎はプイとそっぽを向いた。


「……べつに良いよ。どーせ子川くんは分からないんでしょ?」

「いや、マジで何なんだよ? 気になるだろ」

「もー、気になるならちょっとは自分で考えてよ」

「ノーヒントで分かるわけないだろ」

「ええ、ヒントならいっぱいあったじゃんか」


 ヒントはあったと言われても……この二時間を振り返っても出てくるのは小虎の下世話な愚痴話ばかりで──。


 そういえば、なんか色々言ってたな。

 バイト先の先輩に「彼氏いるの?」とか聞かれたとか、サークルの合コンで「小虎さんて今フリーなの?」とか男子に絡まれてウザかったとか。

 彼氏がいればいいんだけど、とか。


「……あー、あれか最近ストレスが溜まってる、とか?」

「……それもある」

「あとは、何だっけ? 恋話だったか? 女子には色々あるとか何とか」

「そう、それ。そこ大事! よーく考えてみて」


 アルコールによる作用なのか小虎のテンションが急に上がった。どこか熱を帯びたような瞳をキラキラと輝かせている。


 悲しい事に小虎の話を振り返ってもそこから答えを導き出す事は今の俺には出来なかった。


「すまん。やっぱり分からん」

「あっ、うん。子川くんがわたしの話をテキトーに聞いてたのがよーく分かったから良いよ」


 スン、と。さっきまで割とテンション高めだった小虎が急に意気消沈した。

 本当に酔っ払いの考えている事はよく分からないなと思った。


「いや、結局のところ小虎は何が言いたかったんだ? このサシ飲みの目的は何なんだ?」

「べつにー、ゴールデンウィーク中バイトに忙殺されていた『男友達』をわたしなりに労ってあげようって思っただけ」

「……それが建前じゃなくて本音なら素直に喜ぶんだけどな。ちなみに本音は?」

「んー? わたしもなんだかんだで休みの間に一回も遊びに行けなかったから子川くんに鬱憤うっぷんぶつけてやろうって思っただけ」

「で、その鬱憤は晴れたのか?」

「今しがた別のモヤモヤが生まれたとこ」

「酔っ払いめんどくさ」

「はぁー? 面倒臭くないし。酔っ払いじゃないし」


 そんな会話を最後にして今回のサシ飲みはお開きになった。


 どうやら俺が大して飲み食いしていない事にも多少の不満があったらしく会計の時に小虎は「割り勘じゃなくていいよ。わたしが多めに払うから」と不満げに言った。


「なんていうか子川くんてアレだよね。色々と真面目というか、変なところが不器用だよね」


 居酒屋を後にした帰りの道で隣を歩いている小虎がそんな感想を口から漏らした。


「あ? 俺がなんだって?」

「ん? 不器用で、意気地なしの上に鈍感って言っただけだよ」

「サラッと悪態を増やすな」

「にひひ。ホント、子川くんて優しいとこだけが取り柄だよね」

「小虎、それは褒めてないよな?」

「いやいや、めちゃくちゃ褒めてるよ? 帰り道のボディガードありがとね」

「いや、住んでるアパートが近所なだけだろ。帰り道が一緒だからって変な解釈をするな」

「はー、つまんないなぁ。ちょっとはわたしの悪ノリに付き合ってくれてもいいじゃんかさー」

「悪ノリには付き合いたくないな」

「そうだねー。子川くんて付き合いは良いけど悪ノリは苦手だもんね」


 そんな雑談を交わして、少しばかり歩き続けて数分後。気が付けば小虎が住んでるアパートの近くまで来ていた。


「じゃあな、明日学校に遅刻するなよ」

「そっちこそ。遅刻したら盛大に笑ってあげるから」


 困ったことに俺が遅刻した時に見せる小虎のニヤけた顔がすぐさま想像できてしまう。それだけ付き合いが長くなったんだろうけど。なんだかなぁ。


「じゃあね子川くん。今日は付き合ってくれてありがと」


 バイバイと手を振ってアパートの中に消えていく小虎を見送って俺も自分のアパートに向かう。


 歩いて数分。アパートに着く少し前のタイミングで小虎から一通のメッセージが届いた。


 そのメッセージは悪戯好きの小虎らしい一目で冗談だと分かる内容だった。


『謎が解けるように子川くんにヒントを出します。女子は基本的に『特別』な時にだけ肌の露出が多い服を着ます。肩出しのトップスとか脚見せコーデをチョイスする時は勝負に真剣なんです。例えばデートの時とか。はい、ここテストに出ますのでちゃんと覚えておくよーに』


 思い返せば小虎の服装は割と薄着で長い黒髪が素肌の肩を撫でている感じのオフショルダーのトップスだった。

 ショートパンツもそうだ。あんな短いボトムスは普段の学園生活では身に付けていなかった気がする。


「いや、デートって。そんな仲じゃないだろ俺たち……」


 またいつもの悪ノリか。そう思って俺はスマホをポケットにしまった。


「小虎のやつ、また人をからかって遊んでるな。趣味が悪いだろ」


 独りごち夜道を歩き続け帰路に向かう。そして自宅のアパートの階段を登り部屋に着いたその直後に。


「……遅いよお兄ちゃん」


 俺はあの不在着信の相手が誰だったのかを知る事になる。

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