【完結】異世界で婚約者生活!冷徹王子の婚約者に入れ替わり人生をお願いされました

樹結理(きゆり)

本編 リディア編

第一話 入れ替わり!?


「こんばんは」


「ねぇ、起きて下さらない?」


 顔を軽くピタピタと触られている感覚で目を覚ます。ぼんやりとした目が次第にはっきりとしてくると、目の前には女の子……? 女の子が私の頬に触れている?

 目の前で顔に触れるその人は、深い赤色に金の刺繍が美しい、とても優雅なドレスを纏っていた。


 ドレスにも負けないくらいの綺麗な長い浅葱色の髪に、キラキラと煌めく金色の瞳のその女の子はとても美しく優しげな顔立ちだった。 今まで私の周りでは見かけたことがないような髪色に瞳の色。顔立ちも到底日本人とは思えない。まるで物語にでも出て来そうなお姫様……。


「誰?」


 周りを見渡しても真っ白な空間に二人きり。

 ここはどこ? この人誰? 夢? 変な夢だな。


「私はリディア・ルーゼンベルグと申します」

「リディア・ルーゼ……?」

「リディア・ルーゼンベルグ」


 リディアと名乗った女の子はニコリと笑って私に分かるように再び名乗った。


「あ、私は水嶌奏みずしまかなでと言います」

「ミズシマカナデ様ですね、私のことはリディアとお呼び下さい」

「じゃあ私はカナデで」

「カナデ様」

「様はいらないよ」


 様付けにドレスなんて……、やっぱりお姫様……?

 しかも明らかに外人さん……というか、髪の色が普通じゃないよね。外人さんでもあまり浅葱色の髪なんて見たことがない。奇抜な人やコスプレイヤーさんとか……いやいや、その発想もどうなのよ。あまりに突拍子もない発想で、自分自身で笑いそうになってしまった。もし外人さんだったにしても、何で言葉が通じるんだろうか。夢だから?


「では、カナデと呼ばせていただきますね」


 リディアはとても上品にニコリと笑う。


「それにしてもここはどこ? なぜ私たちはここにいるの?」


周りをキョロキョロと見回しても、本当になにもない。ただの真っ白な空間。私たち二人以外は誰もいない。誰もいないし、なにもない。なぜこんなところにこんな見知らぬ女の子と対面しているのか。夢だとしても変な夢だ。


「それについてはカナデにはとても申し訳ないことをしました……」

「?」


 リディアは視線を外し、目を伏せた。そして話しにくそうにしばらく考えたのち、ゆっくりと口を開く。


「ここは恐らく精神世界かと……」

「精神世界?」

「夢の中のようなものではないかと思います」

「夢の中……」


 やっぱり夢なのか。ふむ、と頭のなかを整理していると、リディアは自身の身の上話から話し出した。

 そこから聞かないと分からない話なのかな? うーん、まあ夢なら時間も関係なさげだし聞いてみるか……。




 リディア・ルーゼンベルグがいる国、コルナドアは王政国家。現在の王は民に慕われ、近隣諸国とも友好的な関係を築き、平和な治世を長く送っている。


 リディアの父、ヨゼフス・ルーゼンベルグは国王を支える有能な宰相として有名で、その一人娘として生まれたリディアも、第一王子の婚約者候補として注目されており、幼い頃からそれは厳しく育てられていた。


 そのおかげか幼い頃から我が儘も言わず、自分の意見なども口にしない、王子を律し支えるためだけに教育された物静かな少女だった。

 今まで何の不満も抱かず、それが当たり前だと思い過ごしていた。


 そして十八の誕生日を迎え、とうとう第一王子との婚約が正式に決定されたのだった。

 それを明日の昼過ぎ、王主催のパーティー後に正式に発表され、お披露目されることになった。




「と、こういった事情なのですけれど……」

「え? 十八歳なの? 偶然! 私も十八になったばかりだよ! ……って、ちょっと! 明日婚約発表!?」

「はい……」

「えー! おめでとう? だよね! こんなところにいつまでもいたらダメじゃない! 夢だとしても! 早く目を覚まさないと!」

「違うのです!」


 リディアの国の話に驚きつつ、聞いたことがない国だなぁ、異世界ってやつなのかなぁ、アニメみたい、とか呑気なことを考えていると、同じ十八歳ということに驚き、なにやら親近感が増し喜んだ。しかし、その続きにまさか婚約発表なんてそんな話が出て来るとは思わず、慌てて早く目を覚ますように促すが、リディアはなぜかそれを否定する。


「え? 違うって何が?」

「あ、あの……、私、婚約なんて嫌で……」


 リディアはとても言い辛そうに俯き、最後は尻すぼみになり言葉は消えた。


「え!? 嫌なの!? あー、無理矢理親に決められたのが嫌、とか? 相手の王子が嫌い、とか?」

「いえ……、幼い頃から決まっていたことですし、それが当たり前というか……。殿下は普段とても怖い方ですが、素晴らしい方です……」

「それが当たり前とか、普段は怖い人とか……」


 苦笑してしまった。それ、普通に拒否るレベルなような……。言い辛そうにしてはいるが、しかし、リディアはそのこと自体には違和感はないように話す。


「じゃあ何が嫌なの?」


 それらのことが嫌でないならなにが嫌なんだか。リディアをジーッと見詰めるが、俯いたまま考え込んでいる。リディアはしばらく黙り込んでしまい、意を決したかのように顔を上げ話し出した。


「私! 違う人生を歩んでみたいのです!」

「へっ??」


 言っている意味が全く分からず喉から変な音が出て固まってしまった。しかし、リディアの顔は真剣そのもの。


「私は幼い頃から今ある全てが普通だと思って過ごしていたのは事実なのですが……、でも……、でも何かが、何かが心に引っ掛かって! このままで良いのか分からなくなってしまって……どうしても違う人生を歩んでみたくなってしまったのです……」


 リディアは涙目になり俯いてしまった。うーん、なんと言ってあげれば良いのやら。リディアのような想いは皆、大なり小なり考えることはあるものだ。


「うん、そういった感情は理解出来るよ。私もたまに今のままで良いのかなぁ、って思うし、他の人生を歩んでいたらどうなってたのかな~って思うことはあるよ」


 リディアは顔を上げ嬉しそうな顔をする。


「なら婚約を白紙に戻してもらったら?」


 安易な考えだが、それが一番早いような。しかし、リディアは首を横に振る。


「無理です。王と父が決めたことを私が覆すことは出来ません。それは殿下も同じです」

「うーん、じゃあ結婚するまで色々羽目を外してみるとか?」


 やはり首を横に振る。うーん、なにが正解? なんて言って欲しいんだろう。


「じゃあどうしたいの?」


 首を傾げながら聞き返すと、リディアは真っ直ぐに私の目を見詰めた。


「カナデの人生を体験させていただきたいのです」

「は?」


 リディアは真面目な顔で、私の手を握り締める。その瞳は揺らぐことなく強い瞳だった。


「え、ちょっと待って。どういう意味?」


 人生を体験? 意味が分からない。しかし、リディアは冗談で言っている様子は全くない。ひたすら真っ直ぐ真摯な目を向けている。


「カナデの人生と私の人生を入れ替わっていただけないかと……」

「えっと……、ごめん、意味が分からない」


 本当に意味が分からない。人生を入れ替わり!? 何それ!?


「誕生日を迎えたこの瞬間にしか出来ない魔術を行ったのです」

「え?」


 リディアは私の手を握り締めたまま俯き、そしてひと息深呼吸をすると話し出した。


「同じ日の同じ時間に生まれた方と、魂を入れ替える魔術なのです。その相手がカナデ、あなただった」

「魂……」


 つまり、リディアは自分の人生を誰かと交換したくて、同じ日の同じ時間に生まれた私と入れ替わるために、魔術を行った、と。あまりに現実離れした話で、「そんなこと出来るんだ」と呑気な感想しか出なかった。


「申し訳ありません! カナデの意思を全く無視した行いだと理解しています……それでも私はどうしても違う人生を……」


 リディアの瞳は涙が溢れ、そしてそれは堪えきれずに零れ落ちた。

 綺麗な涙だ。しかし何て自分勝手なお願いだろう。


「それ、私が得する事何もないじゃない」


 呆れるような冷たいような、そんな声音で言葉が出た。私にしてみればなんのメリットもない願い。しかも勝手にそんな魔術を使われた。でも……なんだろう、不思議と怒りは湧いて来ない……いや、まあちょっとはね……ちょっとくらいはイラッともするけど、でもなぜだか怒り切れない自分がいる。


「すみません……すみません……」


 リディアはただひたすら謝りながら涙する。うーん……私はどうしたら良いんだろう……。



 私には家族がいない。

 両親は幼い頃に事故で亡くなった。その後祖母に引き取られ暮らしていたが、優しい祖母に愛情たっぷりに育ててもらった。だから両親がいないことで辛い思いをしたこともない。

 しかしその祖母も一ヶ月前に私の誕生日を待たずに病気で他界した。私は大学に奨学金で合格していたので、その後の生活もバイトと一人暮らしをする予定だった。だから祖母が亡くなったからといって、影響はなかった。ただ独りになって少し寂しかっただけ……。



 だからこれと言って、今の生活に執着がある訳でもない。かと言って、はいどうぞ、と、すぐに了承出来る話でもない。

 どうしたものかなぁ、そもそもこれ現実の話なんだろうか。夢じゃないんだろうか。さっきまでは夢だと思っていた。でも、やたらとリアルで夢とは思えなくなって来ているのも事実だ。夢でなかったとしたら……それは私の人生を一時的にとはいえリディアにあげるということ……。私であって私でない人間が私の身体で生きていくということ……。


「カナデ……」


 遠慮がちに掛けられる声。しかし、迷いのない真っ直ぐな瞳。涙目で見詰めるリディアの瞳はキラキラと煌めき、息を飲む程美しかった。


「あー!! もう!! 分かったよ! 入れ替わったら良いんでしょ?」


 深い溜め息を吐いた。

 こんな美人になれるなんてラッキーじゃない! しかも超お金持ちでしょ! 楽しめそうじゃない! そう思うことにした。うん……。


「あ、でも私なんかの人生で良いの?」


 ふと我に返り、私の身の上も話す。しかし、リディアはそんなことは関係ないとばかりに喜んだ。


「もちろんです。ありがとうございます、私の我が儘を聞いて下さって。本当に本当にありがとうございます」


 リディアは私の手を強く握り締め、そしてまた大粒の涙をボロボロと零す。何度も何度も感謝の言葉を口にする。その姿にまるで妹を見るかのような……いや、妹なんていないんだけどさ……でも、なんだか愛おしさが沸き上がった。なぜだろう、不思議な気持ち。


 そうしてリディアの涙が止まった頃、ふとした質問を投げ掛ける。


「そういえば、この入れ替わりって元に戻れるの?」

「えぇ、大丈夫だと思います。一度きりだとは聞いていませんので」


 リディアはふわりと微笑み言った。涙の痕は残るが、しかし、今はもう晴れやかな顔だ。


「じゃあいつまで?」

「一年くらいを目処にお互いの意思を確認させていただければと」

「え、連絡取れるの?」

「今この空間にいるのも、魔術具の鏡を使っているのです。ですから、同じ魔術を行っていただければ、恐らくはまたこの空間でお会い出来るのでは、と」

「なるほど」


 ふむ、と納得した顔をすると、リディアは改めて真っ直ぐに私を見た。


「本当にカナデには感謝致します。それでは……よろしいでしょうか?」


 真っ直ぐに見詰められ頷く。もう覚悟は決めたから。


「うん」

「では、記憶の共有を」

「記憶の共有?」


 私が疑問の声を上げたと同時に、リディアは私の両手を胸の前で握り締め、そして額をそっと近付けた。目の前にリディアの顔がある。綺麗な顔だなぁ、とぼんやり眺める。私はなぜか疑問を飲み込み、まるでこの後起こることが分かっていたかのように、この状況を受け入れていた。


 リディアと私の額が触れた瞬間、お互いの記憶が物凄い勢いで混在し出す。生まれてから今までの記憶が急激に流れ込んでくる。

 頭がクラッとした。


「それではカナデ、よろしくお願いしますね」


 額を付けたまま目を開けると、リディアの綺麗な金色の瞳だけが見え、そのまま意識が遠退いた。


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