第15話


「し、新人さん!何をしているのですか!?」


あろうことか盗賊の前で剣を抜き放った新人騎士さんを、私は全力で止めに入ります。


向こうは6人。


こっちは戦闘要員は騎士さん1人。


勝てるはずありません。


盗賊は、荷物が持つ敵のため、おとなしくしていれば命まで取られることはありません。


しかし、歯向かってくるものに対しては容赦はしないでしょう。


このままでは新人騎士さんが命を落としてしまいます。


「何って、仕事ですけど。この馬車の護衛が俺の任務ですし」


「は、早く武器をしまってください!!殺されたいんですか!?」


「いやいや、武器をしまったら戦えませんよ?」


ま、まさかこの人、この人数相手に戦って勝つつもりでいるのか…?


ああ、恐怖で頭がおかしくなってしまったのだろうか。


「おい、なんだこいつ?」


「荷物に紛れてやがったのか」


「護衛か…?やるのか…?」


「さっさと武器をしまえよ。おとなしくしてりゃ命までは取らねーぜ?」


盗賊たちが武器を構えて新人騎士さんににじり寄っていきます。


「早く武器を捨ててください!!責任は私が取りますから!!あなたが命を散らす意味はない!!」


私は新人騎士さんに向かって叫びます。


ですが、新人騎士さんは全然武器を手放しません。


むしろ、好戦的な目を盗賊たちに向けています。


「大丈夫ですよ、ケインさん。俺は元は冒険者だったんです。これくらいの人数なら余裕で倒せます」


「こ、このやろう!!」


「舐めやがって!!」


「ぶっ殺す!!」


絶望的な状況だというのに、新人騎士さんはあろうことか挑発的な態度で完全に盗賊たちを怒らせてしまいました。


ああ、もう手遅れです。


この新人騎士さんは十中八九殺されてしまうことでしょう。


私は新人騎士さんが殺される姿を見たくなくて、目を背けました。


ギギギギギン!!!


戦いの音は数分間にわたって続きました。


時折、「ぐあっ!?」とか「ぐえ!?」という悲鳴とともに誰かが地面に叩きつけられる音が聞こえてきます。


変です。


人数差のある勝負ですから、てっきり一瞬で終わると思ったのに。


シーン…


そして気づけば戦いの音は止んでいました。


私は恐る恐る目を開けます。


「もう大丈夫です。片付きましたよ」


「へ…?」


目の前に無傷の新人騎士さんがいました。


私は数秒間ぽかんとした後に、急いで彼の背後を仰ぎました。


するとどうでしょう。


6人いた盗賊は、全員白目を剥いて地面に伸びていました。




「今日は一日お疲れ様です、ケインさん。では俺はこれで」


「え、えぇ…お疲れ様です…」


夕刻。


無事に隣町まで荷物を届けた私とアルトさんは、アルトリア家の屋敷まで戻ってきていました。


屋敷に着くなり、アルトさんは一言別れを告げて、馬車をおり、宿舎へと歩いて行きました。


私はその背中を見守ります。


彼は一体何者なのでしょう。


6人の盗賊をたった1人で瞬殺したのですから只者でないことは確かです。


今朝は、たった1人の護衛を送ってよこしたカイル様の判断を疑いましたが、あれほどの化け物なら納得です。


多分彼なら6人どころか、10人以上の盗賊に襲われたところで、簡単に倒してしまうでしょう。


「すごい騎士さんが入ったもんだ…」


私はしみじみそう呟きます。


大貴族たるアルトリア家に雇われている騎士は凄腕のものが多いですが、彼はその中でも飛び抜けているように思います。


一体どのような鍛え方をしたらあの領域まで達するのでしょうか。


あの後話を聞いてみれば、どうやら彼はとある冒険者ギルドをクビになってアルトリア家へきたようでした。


クビの理由を尋ねたら、なんとアルトさんが役立たずだからだ、というものだそうです。


信じられません。


アルトさんで役立たずなら、世界にいる冒険者のほとんどは役立たずということになってしまいます。


きっと彼を追放したギルドは重大な判断ミスを犯したということなのでしょう。


しかし、それはアルトリア家や私にとってはありがたいことです。


これからも彼が荷馬車の護衛を務めるのだとしたら、もう荷物を盗賊に奪われることは絶対にないと断言できます。


「これからもよろしくお願いしますよ、アルトさん」


私はすでにかなり小さくなっている背中に対して、小さくそう呟きました。



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