負けイベントの最強悪役令嬢

ららら♪ララバイ

第1話 リアトリスは破滅から逃れようとしている

 討伐したドラゴンの尻尾を肩に担ぎながら歩くと、頭の中を整理する。膨大な記憶が突然入ってきたのだ。顔には出さないが内心焦っている。


 ドラゴンに吹き飛ばされた衝撃からか、私は前世の記憶を思い出したらしい。


 この世界とは違う別の世界で、普通に生まれ、普通に成長し、普通に暮らしていた。

 そして、理不尽な事故で命を落とした。まだこれからという所で命を落としたのだ。


 だが、記憶を思い出して最初に思ったのは「それがどうした」だった。


 私は現在15歳で、もうすぐ16歳になる。この15年間生きてきた背景がある。

 生まれた瞬間や幼い頃に前世の記憶を引き継いでいるならまだしも、今更前世の記憶を思い出したからと言って他人のモノのようにしか感じなかった。


 よって前世の記憶など関係ない──と一蹴出来ればどれだけ良かったか……。


「……私がゲームキャラクターか。しかもリアトリス・ルチアークね」


 そう呟いて乱れた髪を整え始める。

 頭のてっぺんにあるアホ毛はどんなに手入れしても直らないのに、長く伸ばした銀髪はドラゴンとの戦闘で簡単に乱れてしまっていた。


 リアトリス・ルチアークとは私の名前だ。


 前世の私がハマっていた西洋ファンタジー系の学園モノ乙女ゲーム。その国名、重要人の名前、その他諸々。全てが今私のいる世界と当てはまっている。偶然では片付かない。当然。リアトリス・ルチアークという人物もゲームに登場していた。


 ゲームのリアトリスはヒロインでも悪役令嬢でもない。いや、令嬢ではあるし、ヒロインに嫌がらせをするのだから悪役令嬢のカテゴリには入るだろう。


 だが、そんな簡単な話ではない。私は俗に言う「負けイベントのボスキャラ」だった。


 ゲームではヒロインと攻略対象と協力して強くなるRPG要素が含まれていたが、ヒロイン達がどれだけレベルを上げても圧倒的な力でねじ伏せる。リアトリスはそんなキャラクターだった。


 ゲームの攻略対象は隠しキャラを含めて6人いる。それぞれ火・水・風・土・雷・闇の魔法を使いこなすが、リアトリスは負けイベントでヒロインと共に戦う攻略対象の属性で、1番威力の強い最上級魔法を放って彼らに敗北を与えていた。

 つまり6属性の魔法が使える。使えないのはヒロインのみが使う光属性の魔法だけだ。


 もっと言えば、防御面ではヒロイン達が攻撃でダメージを与える代わりに『リアトリスは髪を整えている』とメッセージが出るためダメージを与えることは出来ない。

 攻撃面ではヒロイン達がレベルをカンストさせて最上級魔法を使ってもダメージは200〜250程度だが、リアトリスの最上級魔法は9999ダメージだった。体力の最大値は999の為どれだけレベルを上げても即死なのだ。


 そんな無敵のリアトリスだが、乙女ゲームの悪役らしく破滅が訪れる。


 負けイベントでヒロインと攻略対象が敗北を糧に堅い絆で結ばれるのを見て、妬み。ラスボスである魔王の囁きに乗ってしまう。

 ヒロインに嫌がらせをすると言ったが、それは自らの魔力で操る魔物をヒロインの元へ送るというものだ。


 リアトリスは魔王顔負けでボスイベントを次々発生させ、最後は全ての魔力を使い果たし、炭になって朽ちる残酷な最期を迎える。


 ちなみにラスボスである魔王の体力は15000の為リアトリスなら2ターンで終わってしまう。心の弱さを漬け込まれたから仕方ないのかもしれないが、我ながらよくそんな雑魚の口車に乗ったと思う。


「……私ってメンタル弱いのかなあ」


 確かに、トラウマはそれなりにある。少なくとも他の令嬢と比べれば過酷な人生を歩んで来ているつもりだ。そもそも普通の令嬢ならドラゴンなんて担いでないだろう。


 考えながら歩いているといつの間にか自国の関所まで戻っていた。待っていた騎士団の部下達が頭を下げながら労いの言葉を私に送ってくれる。

 私は小山程あるドラゴンの亡骸を預けて門を潜ると、今度は道行く人々に「英雄様!」と声援を浴びた。


 これはゲームでも同じ設定だが、私は15歳にして国直属の騎士団長であり、隣国との戦争を終わらせた英雄である。


 地方貴族の三女だった私は10歳になると膨大な魔力を秘めていることが分かり、王都の騎士団へ訓令兵見習いとして入団した。

 三女だった為か、親に全く相手にされてなかった反動で期待に応えようと必死に努力した。無茶もした。何度も死にかけた。


 その結果、5年も経つとゲーム内とほぼ同じスペックになり、魔法どころか剣でも私に勝てる者は居なくなった。騎士団では、中隊長を任され、戦争に出て功績を挙げたときはやっと家族に認めてもらえると思った。

 だが、それは叶わなかった。敵国の報復で家族を殺されたのだ。これが、私の最大のトラウマだと思う。


 しかし、家族の死が停戦のきっかけになる。隣国は戦況のバランスを崩す私の存在に頭を重くしていた。そんな要注意人物の家族が死んだのだ。なにをするか分からない。敵国は取り急ぎ半永久的な停戦協定を求めた。

 後から知ったが、家族を殺したのは敵国の命ではなく。報復者達の独断によるものだったらしい。


 家族の命を引き換えに戦争を終わらせた私は国から英雄と呼ばれ、国民に押される形で騎士団長に就いた。

 家族が死んだ際に爵位も引き継いだが、それは返上して今は先代騎士団長であり、国の有力貴族のルチアーク家の養子となった。


 月並みな言葉だが、富、名声、権力、武力。全てを手に入れたと言っても過言ではない。


 だが、私の栄光は家族の死の元で成り立っている。私さえいなかったら……そんな事を考え寝れない夜だってある。

 私の心は弱いのだろう。そこを魔王に付け入れられる。


「どうするか……」


 今の我が家であるルチアーク家の扉の前で腕を組みながら一考する。自分がこれからどうするべきか。そして、1つの結論を出す。


「学園に行かなかったらいいか」


 ゲームの主な舞台は学園である。学園に行かなかったらヒロインと攻略対象との輝かしい青春を見なくて済む。そうすれば妬むこともない。有力貴族が学園に通わないのはどうかと思うが、騎士団長の仕事で忙しいと言い訳すればなんとかなるだろう。


 学園の誘いはまだない。誘われた時にその場で断ってしまおう。今の私は有力貴族ルチアーク家の長女であり、王国騎士団長なのだ。私の意見を曲げることの出来る人物は多くない。国王様かお義父様くらいだ。そう考えると気が楽になってきた。


 前世の記憶を取り戻してから、ようやく平穏が訪れる。

 なんだか気疲れした。水浴びでもしようと、目の前にある家の扉を開ける。


「おお、リア。帰ってきたか」


 扉を開けるとお義父様が手紙を持って待っていた。お義父様は手紙を肩より上に掲げてピラピラと小さく揺らしながら言葉を続ける。


「国王様から手紙が来ているぞ。魔法学園の誘いだ。せっかく戦争が終わったんだ。たった2年間だが自分の責務を忘れて楽しんでくると良い」


 国王様とお義父様、2人から命令された。

 どうやら私は学園に通わないといけないらしい。

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