第16話 「池袋の闇は暗かった」

 調査は長期化していた。ライフワークになる。


 大知が「夕ご飯はいらない」と言う日は、週に1日〜2日はあった。


 その日は、決まって「Déesse de la mer」に居る、凛に会いにきていた。


 大知と凛には、特には何も無く、単にキャバクラ通いの繰り返しである。


 張り込みは、僕だけでしていた。収穫なく帰る繰り返しだった。なかなかに消耗してくる。しかし収入はしっかりと入り、有り難くはあった。


 僕は、やきもきと案ずる彩花に早く「キャバクラだけですよ。」と伝えたかったのである。しかし、「キャバクラ」だけでも、事実は足繁く通うわけではあり、浮気は浮気なのか?という気持ちにもなる。


 その由は二人にしかわからずじまいだった。 


 



 それが起きたのは、3週間目の金曜日である。天気は朝から怪しげな曇り空だった。あと少し何かのきっかけさえあれば途端に大雨になるような、そんな危うさが漂う空に見えた。


 「今日は遅くなる。仕事が立て込んでいるんだ」


 大知は朝に家を出る時、彩花にそう言った。


 僕は、彩花から連絡をもらい「食事要らない」ではなく「遅くなる」そこに着目したのである。

 

 朝に桃介を揺り動かす。

 

 「桃介、今日は二人で尾行だ」


 「えっ。なんすか。えっ、眠いですよ。せんせい」


 たまに「先生」が出る桃介だ。事実は桃介の先生だったわけだから。



 一一一それから、僕らは、意外にゆったりした時間を過ごした。

 夕方まで時間がある。お昼には、「大塚花店クローバー」の店主、柿沼かきぬまさんと、桃介、俺の男3人で、近所の喫茶「木陰こかげ」で軽く飯を食べていた。柿沼さんは、奥さんと交代の店番、休憩合間である。

 

 柿沼さんは、僕より15年上の53歳だ。奥さんや子供も私は、知っている。5年前にサラリーマンを辞め、奥さんの実家の花屋を継いだ。前髪がツンツンしたスポーツ刈りのオジサンである。


 柿沼さんは、駅に行く道すがら、よく店頭をホウキとちりとりでこまめに、掃除していて、よく挨拶を交わす中で、仲良くなった。実に気さくだ。何が合うかと言うとかなりの雑学王である。


 社会のニュースもよく見ていて、話が合う。柿崎さんは酒は飲まないため、定期的な食事会である。3人揃ったのは久しぶりで、桃介も柿沼さんのウンチクを興味深く聞き入っている。


 「まあね。コロナも免疫疾患なわけだよなあ、だからね、結局は、規則正しい生活してさ、しっかり免疫つけりゃいいのよ」


 「そうですよね、ぼくも夜ふかし気をつけます」

 「うーん。僕は夜の仕事ですからね。マスクですかね」


 柿沼さんは、男性だが花好きで、赤い薔薇が1番に好きらしい。実にロマンチックにシンプルである。


 「僕は白い薔薇がいっすね」桃介は言う。桃介もロマンチストである。


 柿沼さんは、僕と地元が偶然に同じ新潟だったのも意気投合させたのである。新潟市の生まれで、何かダンディに都会的だった。





 舞台は変わる。19時30分。地下鉄丸の内線、大手町の地下構内に僕らはいる。


 足早に「大知」を追走する。大知は何か急いだ足取りだった。電車は池袋方面に向かっている。

 大知は池袋駅に降りた。東口を出ると横断歩道を渡る、さらに道をまたぎ、キンカ堂の通り並びにあるビルのエレベーターに消えた。

 下から、上に、上がるエレベーターの表示を見る。2階、3階、4階、5階。5階で点灯が消えた。5階だ。


 5階はまあまあ、高めなイタリアンレストランだった。追って店内に入る。窓辺を見るとあまり高い位置にはないが、夜の池袋の街の風景が見える。何か気持ち良かった。


 大知が一人座る窓際の2人テーブルが見える位置に、桃介と腰をおろして待つ。


 20時15分頃、「凛」がやはり、現れた。

華やかなピンクのワンピース姿。下に着た水色のワイシャツの襟だけが見えている、なかなかのオシャレな出で立ちである。


 「桃介、写真頼むぞ」


 「はい。だいじょうぶです」


 凛の声

 「トマトクリームパスタと、このワイン、お願いします」


 「ピザ、マルゲリータ、ビールで」

 大知の声


 

 

 それから2時間後、22時30分頃、二人は一本のワインを二人で飲みほしていた。大知はビールも飲んでいたし、二人共に酔っているようだった。大知と凛は店を出た。



 池袋サンシャインシティ通りを歩く二人。

大知の、左腕につかまる凛がいた。ふたりはホテルのドアの向こう側に消えて行く。


 池袋の夜の闇は暗かった。

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