第2話 世界はオレを取り残して回っていく
—1—
夜は嫌いだ。夜が終わってしまったらまた憂鬱な明日がやって来るから。
明日を乗り切ったとしても平然とした顔で明後日が襲い掛かってくる。
何かオレが悪いことでもしただろうか?
極力人との接触を避けているから誰かに迷惑を掛けた覚えはない。
どちらかと言えばオレは被害者に分類されるはずだ。
大切にしていた彼女に裏切られ、彼女に手を出した男は何食わぬ顔で残りの高校生活を謳歌していた。
あの時、彼女の言葉を信じていれば何か変わっていたのだろうか?
変わっていたとして、それで本当に心から幸せと言えるだろうか?
終わってしまったことをいつまでもくよくよ考えていてもどうしようもない。
どうしようもないこととは分かっているが、無意識の内に考えてしまう。
何か作業に没頭している時は忘れられているのだが、ふとした瞬間に思い出してしまう。
オレの場合、それは夜が多い。
気分転換も兼ねて近所のコンビニに飲み物を買いに行くと言って家を出ると、そこかしこから鈴虫の鳴き声が聞こえてきた。
この音を聞いて心が安らぐと答えるのが一般的なのだろうが、今のオレには少しばかり煩く思えた。
等間隔で設置された街灯の明かりを頼りにコンビニを目指す。
夜が怖い。先の見えない未来で自分がどう生きているのか想像できないから。
働きたいと思える職業も特にない。
なりたいものもない。
オレには何もない。
空気も同然のような生活を送っていたら夢なんて持てるはずもない。
こんな不安を誰かに打ち明けることができたら少しは心も軽くなるのだろうか。
相談する相手が欲しい。1人は嫌だ。
そういえば心理学の講師も言ってたっけ。
人は人と繋がっていることでしか生きていられない。
オレはずっと人との繋がりを求めていたのかもな。
自分から人と距離を置いていたはずなのに。
「ふっ、矛盾してるじゃねーか」
自嘲気味に笑う。
自分から手を伸ばさないと手に入らない。
これは人間関係に限った話ではない。
刺激を欲するならば自らが行動するしかないのだ。
ただ待っているだけでは何もやってこない。
この何ら変わり映えのない退屈な日々が死ぬまで永遠に繰り返されていく。
就職したとしても会社の歯車の一部になって。
使えなくなったら捨てられる。
所詮替えの利く部品の一つでしかない。
そんな人生楽しいか?
何のために生きているんだ?
「もう疲れた」
考えるのはやめよう。
いくら考えたところで答えは出ないしもう答えを出す必要もない。
コンビニが見えてきた所でオレは足を止めた。
駐車場で大学生7、8人のグループがバカ騒ぎしていたのだ。
ヤンキー座りをして、手には酒を持っている。
「んでさ、北高の由愛ちゃんっているじゃん。バスケ部のめっちゃ可愛い子なんだけど、意外と裏では股緩いことで有名らしいよ。ちょっと頼めばすぐやらせてくれるって」
「マジかよ!」
「おいおい、お前の顔面じゃ相手にされないから」
「ははっ、間違いない」
「うっせーな!」
ゲスい笑い。
オレには何が面白いのか理解できない。
コンビニはまた今度にしよう。入口が塞がれてるし、変に目を付けられても困る。ああいう人種とはなるべく関わりたくない。
そんなことを考えていると、大学生グループの1人から声を掛けられた。
「あれっ? 直斗じゃね? おい!」
すでに歩き出していたオレは横目で声の主を確認する。
暗くてよく見えなかったが間違いない。
「
オレの彼女に手を出した張本人だった。
認識してしまったが最後。心臓の鼓動が早くなる。怒りがふつふつと込み上げてくる。
拳を握り締め、手のひらに爪が食い込む。
「久し振りだな! 直斗もこっちに来て飲もうぜ。俺の仲間紹介すっからよ」
こいつどんな神経してるんだ?
あの出来事を忘れたのか?
浦田にとってあの出来事はほんの些細なことだったのかもしれない。
だから何の罪の意識もなく、こうやって無神経に話し掛けることができるのだろう。
これが浦田にとっての日常なんだろうな。
馬鹿馬鹿しい。
「おい直斗ってば」
オレは浦田の呼び掛けを無視して早歩きでその場を去った。
何も変わっていない。
むしろクズさ加減に磨きがかかっていた。
なんでオレだけこんな思いをしなくてはならないのだろうか。
浦田の顔を見たせいで例の場面が鮮明に蘇ってくる。
「クソっ」
転がっていた石を思いっきり蹴飛ばした。
石は何度か地面に弾むと草むらに消えていった。
このまま生きていても良い事なんてあるのか?
そんな考えが頭をよぎる。
「終わりにするか」
踏切のカンカン、カンカンという音が近づいてきた。
オレは何かに導かれるようにここまで足を運んでいた。
神奈川県が自殺禁止区域に指定されるまで、この踏切は自殺スポットだった。
しかし、自殺禁止区域に指定されてからは自殺者が1人も出ていない。
裏を返せば自殺禁止区域では自殺することができないということだ。
本当にそうなのか?
電車がカーブを曲がり、正面にライトが向いた瞬間を見計らってオレは遮断棒を押し上げた。
痛いのは一瞬だけ。
いや、痛みすら感じる暇もないかもしれない。
耳を刺すような警笛が鳴り響く。
と、その時、オレの前を白猫が横切った。
「シロ?」
「ダメだよ。自殺なんてしちゃ」
女性の優しい声。
シロの口が動き、はっきりとそう聞き取ることができた。
猫が人の言葉を?
オレの理解が追いつく間も無く、オレは電車に轢かれた。
さようなら、
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