ゾンビでデート
猫屋敷 中吉
第1話
8月2日 AM 5時32分 〇県沖、海難事故発生。□国、貨物船座礁。乗組員 8名救助。
此れより、ヘリによる救急搬送を行う。
この連絡を受け、〇県、救急センターでは蜂の巣をつついたように慌ただしくなった。
AM 8時18分、救命救急センター。ヘリポートよりストレッチャーに乗せられ、急ぎ搬送される要救助者達。
「バイタル!」
ストレッチャーと並走しながら当直医が吠える。
「裂傷多数。血圧低下、脈拍低下、意識もありません!」
ストレッチャーを走らせながら、若い看護師が逼迫した表情でそれに応えた。
「クッ! 身元、身分証、血液型は!」
今度は、並走する救急隊員に確認する。
「□国、28歳男性。B型です!」
「先生!血圧更に低下!脈拍ありません!!」緊迫した状況で看護師が叫ぶ。
「輸血の準備!蘇生及び、緊急オペを行う!」
はい!と緊張した看護師の返事と共に、第一処置室にストレッチャーごと勢いよく突っ込んで行く。
暫くして……。
閉ざされたルーム。第一処置室から落胆した声だけが、廊下に漏れる。
「男性の死亡を確認。時間は……」
「なっ、どうなってる!もう、とっくに死んでるはず……」
「ガタン! ガアァァァァ」
「あ〜!先生、危ない!」
「うああぁぁー。痛い!痛い!」
「あっ、先生、先生!」ガタン!ゴン!ガシャーン!」
「う、う、う、うがあぁぁあー」
「イヤー!先生、痛い!い、た、い」
「「うがっ。ガアァァ…」」
バタン!「ヴゥウゥゥ…」第一処置室の扉を開けて、血塗れの医師と看護師と作業着姿の男が飛び出してくる。
他の処置室からも同様に、血塗れの医療関係者達が現れる。
ーー10分後、8月2日 AM 8時33分。院内感染、パンデミック発生。
救命救急センターは、阿鼻叫喚の地獄と化した。
ー【ゾンビでデート】ー
“ バラバラバラバラバラバラ…”
「今日は、朝からヘリも外もうるさいわね……。何かのイベントかしら……」
仕事に行く時よりも入念に化粧をしながら『鴨 ミチル 商社勤務 事務員 独身27歳』が、独り言を呟く。
未だパジャマ姿の彼女。
テーブルに鏡を置いて気合いを入れて化粧している。
彼女の後ろアパートの壁には、東京の某有名ファション店で買った、新品で小洒落た白の花柄のワンピースが掛かっていた。
鼻歌交じりの彼女。
今日は待ちに待ったデートの日、人生初のデートの日。失敗なんて許されない。
気合い十分で挑むつもりだ。
目を血走らせながら、顔を隅々までチェックする。側から見れば鬼気迫る感じだった。
顔、ナチュラル毛穴隠しメイク、オッケー。
髪、ゆるふわオッケー。
洋服、胸元隠しつつの脇チラ見えワンピ、オッケー。
鞄、ノーブランドのお金かからない女アピール、オッケー。
生足に疲れないよう踵低めのサンダル、オッケー。
小声で、下着も上下同じ、オッケー。 ……だって大人だもん、そういう事があるかもだし、ね。
多分、コレで大丈夫よね。
会社の同期で、彼氏を切らしたことが無いって事だけが自慢のヨッチの助言通りにしたから。
いやいや、違うのよ。
馬鹿にしているつもりも無いし。
別にヨッチの悪口を言ってる訳じゃないの。彼女が自分でそう言ってるんだから。
こういうの初めてだから、わかんないの。
私、お母さんを早くに亡くしたから、お父さんとお兄ちゃんと弟と、男所帯で暮らしてきたから、こういうのは苦手で……。
お姉さんって言うより、お母さんって感じだよねってヨッチにも言われるし。……色気ないって言われるし。
ねぇ、酷くない?
そもそも色気って何っ?
私、出てるトコが出てて、引っ込んでる所が引っ込んでるだけど……それだけじゃあダメなの?
全然っ、わかんないんだけどっ!
誰か女子マニュアル頂戴っっ!!
はぁ、はぁ、ふぅ〜。
でも、今日は人生初のデートの日。
最初で最後のデートになるかもだから、天地がひっくり返っても絶対に失敗は許されない。なぜなら……。
私は全然モテないから。
グハァ、恥ずかしい。
どうしよう、血を吐きそう。
物はついで。
もう、こうなったら白状します。
私、小学生の頃から男性とまともに、お話しすらした事がありません。
学生時代から「何でモテないのかなぁ〜。顔だけは良いのに〜」なんて、友人から慰めの言葉を貰い続けて早十数年。
男兄弟の多い私は、彼女達の彼氏さんの愚痴を聞かされ続けて、半ば男性不審に陥っていた部分もある。
現に同級生の男の子に話しかけられるだけでキョどる私は、彼女達にとってさぞ滑稽に映ったでしょうね。
彼女達によく笑われていたっけ。
いま思えば、友達と思っていた子らから、小馬鹿にされてたのね私。納得したわ。
……あっ!でも一個だけあったわ、男の人からの告白。
保育園のバラ組だった頃の話しなんだけど。
お弁当に入ってたウインナーを横の席のマーくんにあげた時に「ありがとう。大好き」って言われたわ。
あれは、ウインナーのことじゃないわよねっ! 絶対に、わ、た、し、の、こ、と、が、大好きってことよねっ! ねえッ!!
ハァ、ハァ、男の子からの初告白と、淡い青春の思い出に取り乱してしまった。
もっとも、保育園児の私達にその後の進展なんて無かったんだけど……。
まぁ、でも今日は違う。
会社の一個上の先輩、神保(じんぼ)さんから、彼から誘ってくれたデートだから。
アラサーに片足を突っ込んだ今だからこそ、俄然期待が膨らむ。
だって初めてだったんだもん、男の人に誘われたの。しかもちょっと良いなって思っていた先輩だったから。
ふふ、ふふふ、グフフフフフ。
あぁー、フワフワする〜。ドキドキもする〜。なんか、今までで一番幸せかもぉ〜。
これが恋って奴なのかな? たぶん恋ってヤツよね! 恋って凄くない? 考えただけで幸せになれるんだよ! ねぇ、知ってた?
「♪ 〜〜〜〜〜〜 ♪」
大好きな永ちゃんの曲が流れる。
テーブルの上のスマホが、アラームで時間を教えてくれた。
時間はAM 10時。待ち合わせはAM 11時に○□駅西口、ここからバスで20分の距離。
慌てて液晶画面に触れ、アラームを切る。彼女は慌ただしく立ち上がる。
どうしよう、どうしよう。もう時間だ、急がなきゃ。
遅刻する訳にはいかない。
せめて10分前には目的地には着いておきたい私は、とにかく焦っていた。
だからだろうか、私は鞄だけを引っ掴み、スマホを忘れて家を飛び出してしまっていた。
スマホを忘れただけなのに。
これが後々、途轍もなく後悔することになるとは知る由もなく。
ミチルは この日の為に用意した可愛らしいサンダルを突っ掛け、足早にアパートを飛び出してゆく。
アパートに鍵をかけた直後、テーブルの上に置き去りにされたスマホが、緊急警報を鳴らしながら震えていた。
「ヴゥヴゥ、緊急事態が発生。ヴゥヴゥ、市民の皆さんは家から一歩も出ないで下さい。ヴゥヴゥ、緊急事態が発生。ヴゥヴゥ、市民の皆さんは家から一歩も出ないで下さい。ヴゥヴゥ、……」
スマホから流れる緊急警報。勿論、スマホを忘れた彼女の耳には届いてはいない。
♢♦︎♢
バス停まで小走りのミチル。
周りの雰囲気に少し違和感を感じていたが、今はそれどころでは無い。
バス停に着いて、時刻表を確認する。事前に確認していたが、念の為。
腕時計と時刻表を見比べ、まだ2分ほど予定時間より余裕があった。
フー、間に合った。
ホッと胸を撫で下ろし彼女は、時間潰しにとスマホを取る……。スマホを取る……。スマホを……。
スマホを忘れた!なにやってんの私。今からアパートに取りに戻ったら、間に合わないじゃん。ハァー、最悪、諦めるしか無い、ハァー。
溜息を吐きながら、項垂れるミチル。でも逆に、スマホが無いお陰で周りの違和感に気付けた。
違和感の正体ーー朝は通りから沢山の人の声がしていたのに、街の中には人も車もいなかったんだ。
バス停も私ひとり。
アレッ、こんな日もあるの?
地方都市とは言え、東京程では無いにしろこんな昼日中に、人も車もいないなんて……。今までそんな事無かったから。
別世界に来たようで、少し怖くなって来た。
たがしかし、今日は人生で初のデートの日。些細な事など気にしてらんない。失敗なんかしたくない!
気を取り直して、私はバスを待つことにしたんだけど……。もう来てもいい筈なんだけど……。
待てど暮らせどバスは来ない。
時間はとっくに過ぎているのに……おかしい。
腕時計とバスの来る方向を交互にに見るも、……バスの来る気配が全く無い。見通しのいい国道なのに、バスの姿さえ見えないのだ。
もぉー、ストライキなのっ! バス会社、ふざけんじゃないわよ!
いつまで経っても現れ無いバスに、怒り心頭のミチルは苛立ちを隠せない。
腕時計を見ると、AM10時25分。待ち合わせまで30分程しか無い。
仮に○□駅西口まで急ぎ足で行っても、一時間は掛かってしまう。
マズイ、初デートで遅刻なんて有り得ない。
分かった、分かりました。歩けばいいんでしょっ! 途中でタクシーでも捕まえれば、ギリ間に合うかも知れないし。
もう〜〜っ! とひと哭き。
彼女はバスに見切りをつけて歩き出す。
タクシー、タクシー、って、車全然走ってないじゃ無いっ、どういう事よっ!
仕方なしに、駆け足になる彼女。
もう〜。勘弁してよぉ〜。
そうボヤきながらも、待ち合わせ場所まで急ぐ彼女。駆け足で10分程進んだ所で倒れている人を発見した。
隣りには、寄り添い介抱しているサラリーマン風の男性の姿が見受けられる。
確か……駅前に救命救急センターがあったはず。
私も心配になり、近付いてみたはいいけれど……。
様子がおかしい。
行儀の悪い咀嚼音が聞こえる。
益々怪しい。私は恐る恐る近づいてみた。
サラリーマン風の男性、倒れている人を介抱しているんじゃ無かった。 ……た、食べてるんだっ!!
衝撃を受けた私は、その場で硬直してしまった。
だってこの人、歩道の真ん中で背中越しではあるけど、グチャ、グチャと音を立てて人間を食べているんだもの。
人間を貪るその姿に絵も言われぬ恐怖を感じて、ヒィッ!と悲鳴をあげてしまった。
周りは人と車がいないだけの、日常の風景。
その中でコノ男性の行為だけが、一際異様を放っていた。
ゆっくりと振り返るサラリーマン風の男性。
真っ赤に染まる、黄色いネクタイとワイシャツと紺のスーツ。彼の口元からは大量の血が滴っていた。
お、おじさん。鼻、鼻、鼻どっかに落っことしてるよっ! しかもほっぺ、穴、空いてるし!
穴からクチャクチャしてるホルモン的なもんが丸見えだし!
欠損部位の多い男性の顔面にミチルは愕然とする。
きっしょっ! メッチャッ、きしょっ!!
「ガァァァァァ。グガァァァ」
「ッキャ!」
訳のわからない叫び声を上げるおじさん。私は悲鳴をあげた。
スックと立ち上がり近付いて来る。目が死んだ人みたいに白く濁っている。異常過ぎるし、怖すぎる。
「イィ、ヤァァァ〜〜!」
無我夢中で肩に掛けていた鞄を振り回していた。
多分わたし、目を瞑っていたと思う。だって直視出来ないよ、あんなの。
バンッ! て鞄が何かに当たる感触が腕に伝わる。
怖々目を開けてみたら男の人がヨロヨロしていて、チャンスとばかりに一目散に逃げてやったわ。
ホント無理! あんなの無理に決まってる。
なんであんな事してるの? 何かの病気な訳? わけわかんないっ!!
警察! そう、お巡りさんに電話しなきゃ! ってスマホ忘れてるし! わたしのバカっ!
……でも、駅に向かう途中に公衆電話があったはず。急がなきゃ! お巡りさ〜ん、事件は現場で起きてますよ〜。
腕時計をチラリ。マズイわ、待ち合わせまで後10分しか無い。
小走りで駅まで進むミチル。
駅に近づくにつれ、車道に車の姿が見えて来た。しかも何台も。
視界を埋め始めたのは、大渋滞を起こしている車列。
その更に奥に、煙を上げて炎上するトラックの姿が確認できる。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
あぁー、もぉー、足が痛い。こんな事ならスニーカーにすればよかった! 今更なんだけどっ。
でも、車があるってことは誰かいる筈よね。とにかく、警察と救急車を呼んで貰わなくちゃ。
希望を見出した彼女は痛む足もなんのその、渋滞する車列へと向かって走った。
“ バラバラバラバラバラ…… ”
頭上を何機もヘリが通りすぎていく。朝から何なの?
♢
「ハァハァハァ、やっと辿り着いた。……あのー! 誰かいませんかー!」
薄っすら汗がにじむ額に、化粧が崩れて無いか心配になる。
「あのー! 誰かー……」
間延びした私の声、その原因は……。
大渋滞してる車列のあいだ、そこに見えた人影に驚いたから。
だって、ゆっくりと近寄ってくるその人達、普通じゃない。ヘンなんだもん。
ゆらゆら歩く男性が数人。
車の中でガラスにガリガラと爪を立てるオバさん。
ヨタヨタとびっこを引く男子学生。
頭が割れてたり、腕がなかったり、首が変な方向に曲がってたり……あの人、お腹に大穴が空いてるわ。みんな大怪我してんじゃん。
痛くないのかしら……。いやいや痛いに決まってる。大事故じゃない。救急車、救急車が何台も必要よ。
彼等はゆっくりと私に近付いてくる。
ゴメンなさい、私一人じゃ無理。対応できない。今すぐ救援呼ぶから待ってて!
ビルとビルの谷間。
ヘリコプターと人の呻き声が響く中、けたたましいサイレンの音が聞こえてくる。
振り向くと、国道を一台のパトカーが猛スピードでこちらに向かって来ていた。
お巡りさん ♪
良かった。誰かが呼んでくれたんだ!
歓喜する私は、手を振りながらその場でピョンピョン跳ねていた。
「お巡りさ〜〜んっ! こっち、こっちっ! こっこで〜〜すっ!」
全力で手招きする私。
だけどすぐに異変に気づいてしまった。
あろう事かそのパトカー、サイレンを鳴らしながら猛スピードで目の前を通過して行ったのだ。
そしてそのまま大渋滞の車列に、ノーブレーキで突っ込んでいく。
ドガンッ!って、漫画みたいな衝突音が響く。
次いで鼻っ面を半分以上潰したパトカーが炎上……。
炎が周りの車に引火して大爆発が起きる。ヨロヨロ歩いていた人達を巻き込んでの大惨事となった。
ポカーンだ。
頭真っ白だ。
固まる私。おメメチカチカ、脳内に蝶々が飛んでいる。アーーーーーーーー!
「ヴゥウウゥゥ」
体が焼けてるのもお構いなしに、歩いているおじ様達。
一人のおじさんが火柱の立つ腕で、私を捕まえようとする。
炎に巻かれた腕が伸びてくる。
ハッ! 何やってんだ私。
脊椎反射でするりと身を躱す。満員電車で培った技術。
デートに遅れちゃう。
ミチルは腕時計を確認、現在AM11時05分。
ここからだと後、30分近くかかっちゃう。急がなきゃ、神保(じんぼ)さんが待ってる。
ミチルは現実逃避した。
……なんでやねんっ!
現実逃避なんて、で・き・る・か、ボケッ!
目の前でとんでもない事が起きてるんだよ!
無理、無理、私、絶対に無理!
ありえないってこんなの。どうしたらいい。私どうしたらいいの?
とにかく、頭を整理しなきゃ!
「ヴゥ、ウゥゥゥゥ」
周りに集まるのは血だらけと、火だるまのおじさま達。皆一様に口の周りを真っ赤に濡らしてる。
「イィイ〜〜ッ、ヤアァァァ〜〜!!」
彼女は一目散に逃げだした。
漫画のように両手をあげながら。
ピューって、擬音が入りそうな勢いで。
目についたビルとビルの隙間に、身を隠す彼女。ゴミ箱の裏にしゃがみ込んで、表通りから見えないように隠れた。
どうすればいいの、どうせればいいの、どうすればいいの……。
うわ言のように同じ言葉を繰り返す彼女は、かなり混乱している。
ガタンッ! 後ろから聞こえた音に、肩が跳ねる。彼女はソッと振り向く。すると一匹の猫だった。
フウー、大きな溜息と少しの安堵感が訪れた。頭が幾らかクリアになって来た気がする。
とにかく、とにかくだ。
選択肢は二つに一つって事よね。
進むか、戻るか、二つに一つ。余計な事をしちゃうと、私も巻き込まれる可能性が大。
ここはシンプルに考えなきゃ。
例えば進む選択肢をとる……この先は多分、もっと酷い大惨事になっている気がする、火を見るより明らかだと思う。
戻るとなると、あの人達をかき分けながら戻らなきゃならない。
ナニコレ、四面楚歌じゃない!
カチャリ。
何かが鞄から落ちた。
アスファルトの上にちょこんと置かれた、緑色のストラップが目に入る。
私が愛してやまない、マリモ〇コリのストラップだった。
そうか、さっき鞄を振り回した時に壊れたのね。
彼女は懐かしむように、ソッと拾う。
これは私が唯一集めているキャラクター。
15年前、家族旅行で行った北海道でのこと。そこで偶然に出会った愛くるしいストラップなんだ。
マリ〇ッコリ。なんて素敵なフォルム。
ウットリ見つめる彼女の表情が、徐々に険しくなっていく。
そう言えば酷くない!
ヨッチったら「いま、マリモ〇コリ!」だって、今じゃないのよ!『まだ』なのよ! わたしにとってはッ!!
だって見てみなさいよ、何処もかしこも丸いのよ。可愛いいじゃない。
赤ちゃんだって丸いから可愛いい訳だし、国民的愛されキャラの猫型ロボットだって丸いのよ。
とにかく、丸いのは全部可愛いいの。ほら良く見てみなさい、モッコリ部分なんか堪らない丸さじゃない?
モッコリの、この丸み……。なんか癒されるじゃない。
私、ぶっちゃけるけど。
競泳選手しかり、体操選手しかり、競技の内容も感動するけど、私はまず股間の膨らみに目がいっちゃう。
そう、股間の綺麗な丸みを帯びた膨らみが、最高に可愛いく感じるのよ私は。
更に正直に言うわ、競技なんか興味ないの。
私は股間だけがみたいの!
股間だけをテレビで流して欲しいの!
股間だけでゴハン三杯いけちゃうのッ!
皆んなもそうでしょっ、そうでしょッ!
私の夢は、あのモッコリ股間に頭を埋めて眠る事なんだからッッ!!
ハァ、ハァ、ハァ、またまた取り乱してしまったわ。ハァ、ハァ、タマタマだけに……。笑いなさいよ。
男性なら身震いしそうな妄想に、一人悦に入るミチル。ちょっと気持ちが悪い。
ちなみに、彼女の部屋はモッコリグッズで溢れていた。
ふう〜。でも、なんとかモッコリ様のお陰で落ち着いきたわ。
“ タタタタタタタタッ…… ”
なにっ、このミシンみたいな軽い音!
駅の方から聞こえるけど。なんの音かしら?
でも、今はそれどころじゃないのよ。
えっ、ナニこれ!
地面に置いた鞄を持ち上げ難色を示す。
アスファルトに赤い染み。
鞄に視線を落とす彼女は、赤黒い何かに釘付けとなる。
「ひいぃぃっ!」
肩に下げた鞄の下、腰の辺りにベットリと血液らしき物が付いていて驚嘆する。
恐る恐る鞄の裏を見てみると、そこには粘着質な血糊っぽい物がベッタリとついていた。
「イィィィィッ! ヤアァァァアァァァアァァァッ!」
反射的に鞄を放り投げていた。
バンッ! と隠れている私の目の前。表通りに鞄が落ちて、かなり大き目な音が鳴った。
案の定「ヴゥウゥゥゥウ」と、唸りながら要救助者の彼等が、その音に気づいて近付いてくる。
もぉ〜〜。何やってんの私!
彼女は近くにあったデッキブラシを片手に飛び出した。
その際、ゴミ箱をひっくり返してしまい更に大きな声をだす。
あー、もー、どうにでもなれっ! やってやるわよ、やればいいんでしょっ!
半ばヤケクソでデッキブラシを構える。
急に湧いて出たように、彼女の目の前には男性が立ち塞がる。
ツバを飲み込む彼女。
願前には血塗れでマッパダカ、アレをブラブラさせている小太りの男性。
ぽっちゃり男の、その禿げあがった頭も気になったが……。
風も無いのにぷらんぷらん揺れている男性のソレに、視線が縫い付けられてしまう。
「グアァァァァァ」
アレを上下左右にブラブラさせながら、私に掴み掛かろうとする小太り。
私は掬い上げるように、思いっきりデッキブラシ振り上げた。
で、股間を強打してやったわ。股間を押さえて倒れる男性に気分が曇る。叫びたい衝動に駆られた。
わたしが求めているのは、現物の汚い股間じゃないっ!
「綺麗な股間のモッコリなのヨォォォォォォ!!」
ヨォォォ〜、ヨォォ〜、ヨォ〜。
ビルの間に木霊する。ミチル、魂の叫びであった。
時間経過とともに、ゾンビさながらに街を
でも、なんで私を襲うの?
あの人達、大怪我してるのに何で痛くないの?
……やっぱり、ナニかの病気? ウイルス系?
とにかく触らないようにしなきゃ。
デッキブラシを構えた凛々しい立ち姿のミチル。
ゾンビ擬きが闊歩する街中を、それでも彼女は意を決して駅へと走り出す。
さながら、100万の軍勢を前に一人で戦いに挑む英雄のように見えなくも無い。
とにかく、私は進む選択肢を取った。駅前には救急病院もある。
しかも私、今日が初デートだっつーの! 神保さんが待ってるっつーの!
世界がどのように変わろうとも、彼女は頑なに恋愛脳を貫いた。
♦︎♢♦︎♢
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
やっと駅が見えて来た。
腕時計を確認するとPM 1時44分。待ち合わせから2時間半以上の大遅刻だ。
ハァー、これじゃあ神保さん流石にいないよね。待ってる訳ないよね、こんな時間にルーズな私の事なんて……。ハァー。
溜息を零す彼女の姿はボロボロだった。
もう既にデートなんて言っている格好では無い。
髪はクシャクシャ、メイクは落ちまくり。
花柄のワンピースは引きちぎられ、サンダルは何処かで脱げて裸足。
まるでジャングルの奥地でツタを片手に「アーァ、アー」なんて、ターザンみたいに叫ぶのが似合いそうな、そんなナリをしている。
駅へとトボトボと向かう彼女。
何故か駅に近付くにつれゾンビ擬きの姿がいなくなった。
ただ、路上に転がる死体の数だけは増えていて、足の踏み場も困るぐらいの人数。酷く有様。う〜、鉄臭い。
何でこんな事になってるの? あっ、おじさん踏んずけちゃった。すいません。
転がる御遺体にペコペコ頭を下げる彼女。
「そこの女性止まりなさい!」
今日始めて、まともな人の声を聞いて嬉しくなった。ちょっと泣きそう。
ミチルは立ち止まり顔を上げる。
思わず驚いた表情を見せた。
もう駅は目の前で、そこにはロータリーをグルリと囲うようにバリケードが敷かれていた。
奥には自衛隊のヘリコプターが並び、バリケードの後ろには、自衛官が銃を構えて戦闘態勢をとっている。
バリケード越しに自衛官が拡声器で叫ぶ。
「まず検疫をします」と。……私、見た目こんなんだけど、噛まれてないわよ。
「まず、両手挙げて」
イキナリッ! はいッ!
「右手下げて」
はい、はい。
「右手上げないで、左手下げる」
ナニよこれ!
「左手上げといて、右手上げる」
フラッグゲームじゃないかーい! 髭男爵風にツッコむ。
「ありがとうございました。中へどうぞ」
なんなのよ!もぉぉぉぉ!
トボトボとバリケードに向かうミチル。
と、そこに……。
「ガー、ピー、ミチルさん。ミチルさんだよね! 僕だよ、神保だよ!」
あっ!神保さん。待っててくれたんだ!
俄に表情の明るくなるミチル。
私は嬉しかった、途端に元気が出てきた。彼が、神保さんが私を待っててくれた。ただそれだけで、天にも昇る気持ちになれた。
バリケードを開けて、自衛官の方達が中に招き入れてくれた。お勤めご苦労様。
遠くから神保さんが走ってくる。
走って近づくのはいいけれど……。
私は、彼のその姿に目を剥いた。
彼のコーデ。
頭にハチマキ、迷彩柄のランニングに迷彩ズボン。
安全靴を履いて、背中にはライフル型のモデルガンを背負ってる。
まさかのミリタリーファッション。
なんだべコレ……ラ〇ボー。
幸せな気分から一転、最悪の気分に落とされる。信じられなかった。
無性に腹が立ってきた。
「ミチルさ〜ん。待ってたよ〜♪ 」
彼は手を振りながら、満面の笑みで走って来る。
「ミチルさ〜〜ん ♪」
私は拳を握りしめる。
「ミ〜チ〜ル〜さ〜ん ♪」
背中に拳を大きく振りかぶる。
「ま〜って〜た〜よ〜〜〜。ッバッキ、ヘボっ!」
力の限り、全力で拳を振り抜いたッ!!
「ハッチャケてんじゃ無いわよ! この、クソ虫がっ!」
彼の顔面を思いっきり、グーパンチで殴ってやった。あっ、前歯飛んでった。
ヘブゥゥ、って変な声を出して尻餅をつく彼。
『ジンボー 〜怒りのわたし〜』ってとこよ!
彼を見下ろし仁王立ちの彼女は、目を吊り上げ怒髪天を突く。
「ふざけんじゃないわよ! コッチは命がけでここまできたのに、人もいっぱい死んでるのよっ! 何ふざけた格好でひとり、楽しんでるんじゃないわよ! このっ、チンカス野郎がぁ!!」
私の啖呵に神保さん。
体をブルブル震わせながら、鼻押さえて涙目になってるけど……。フンッ、知ったこっちゃないわ!
私が欲しいのは、素敵な男性と素敵なモッコリ枕なんだから。
こんなチンカスまみれの粗チン野郎なんて、元からお呼びじゃないっつーの! わたしを舐めんなっ!
「ホントに泣きたいのは、こっちの方よ」
そう呟く彼女が肩を落とす。
目の前にはヤジ馬や自衛官による群衆の壁。
意気消沈しながら歩くミチルに合わせ、群衆は静かに二つに分かれる。そして綺麗な真っ直ぐな道が出来あがった。
彼女の行手に道が開く。
それはまるで映画の一コマ『モーゼの十戒』のワンシーンのような、奇跡の瞬間に思えならない。って、それは言い過ぎかな。
一歩一歩、歩みを進めるミチル。
彼女の背中に20代とは思えない哀愁が漂っていたのは、言うまでもないことだった。
これはゾンビパンデミックにもメゲず、初デートに命を掛けた女性のお話でした。
終わり。
ゾンビでデート 猫屋敷 中吉 @03281214
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