第35話「決意」

 朝のホームルームが終わる。

 そして、いつも通り次の授業の準備を済ませつつ休み時間を過ごしているわけだが、やはり周囲の様子はいつも通りではなかった。


 それもそのはず、あの有栖川さんが俺相手に朝の挨拶をしてくれた事に対して、やはりクラスの皆はその事が気になって仕方が無さそうな様子なのである。


 そしてその反応は、有栖川さんだけでなく今回はその相手である俺にまで向けられていた。

 今回の件に関しては、このようにばっちり俺も当事者になってしまったからだ。


 でも俺は、別にその事が迷惑だなんて思わない。

 まぁ、以前の自分だったら絶対に思っていただろうけれど、今の俺としては心のどこかで分かっていた事なのだ。

 近いうちに、必ずこんな状況が訪れるだろうなという事を。


 そもそも授業中にスマホでやり取りをする事自体がリスキーだし、限界があったのだ。

 それに、日に日に難攻不落の仮面が剥がれ落ちそうになってきている有栖川さんを見ていれば、仮面が剥がれ落ちるのも時間の問題な事など一目瞭然なのであった。


 しかしだからと言って、じゃあこれからどうすべきかとか準備や対策が出来ているわけでもなかった。

 これまで目立たずの人生を歩んできた俺にとって、今の状況に対して正解を持ち合わせているわけでも無ければ、ただただ居心地の悪さを感じてしまう。


 でも、それはそれだ。

 明確な答えなんて持ち合わせてなどいないが、それでも俺は覚悟だけは決めていたのだ。

 有栖川さんと友達になるという事は、そういう事なのだから。


 だから俺は、だったらもう隠れてコソコソする必要もないなと思い、早速その考えを行動に移す。



「有栖川さん、次数学だけどちゃんと課題やってきた?」


 そう、もう隠れるだけ無駄だと思った俺は、学校の外で合っている時と同じように普通に友達として有栖川さんに話しかけたのであった。


 すると、当然そんな俺の行動に周囲の人達は更に驚く。

 あの有栖川さんに俺なんかが平然と声をかけたのだ、驚かない方が無理があるってもんだ。


 そして、突然俺から声をかけられた有栖川さんはというと、



「ふぇ!? あっ! あー!!」



 それはもう、とっても分かりやすく驚いていた。

 最初はいきなり俺から声をかけられた事にとても驚いていたのだが、すぐに課題をやってきていない事に気付いた有栖川さんは、顔を真っ青にして絶望の表情を浮かべるのであった。


 そして、助けて欲しそうに子犬のような表情をこちらへ向けてくる有栖川さん。

 その結果、ついにその難攻不落の仮面は完全に剥がれ落ちてしまったのであった――。



「ぷっ! 何、やってきてないの?」

「有栖川さんってさぁ、やっぱり天然系だよね?」

「そこが可愛いんじゃん、あたしの答え見せてあげるー」


 するとそこへ、再び橘さん達もやってきた事で有栖川さんを中心にして笑いが起こる。

 そして、こうして学校一の美少女とカーストトップのギャル三人が普通に笑い合っている事で、クラスの空気も一変していく。


 それは、それまで俺達に向けられていた疑いとか勘繰りの視線ではなく、恥ずかしそうに微笑んでいる有栖川さんを受け入れるような温かい視線への変化だった。

 そう、これまで『難攻不落の美少女』と呼ばれ、何人たりとも触れ合う事も許されないと思われてきた女の子が、今では普通の女の子として普通に微笑んでいるだけの話なのだ。


 それの何が問題なんだ? って話だった。

 だから当然、皆最初はその事に対して驚きはしたものの、蓋を開けてみればそれだけだったのである。


 こうして、ようやく有栖川さんも普通の女の子に戻る事が出来た事が、俺は純粋に嬉しかった。


 そうなるとまた、もしかしたら告白されたり学校生活を送るうえでの不都合等が生じるかもしれない。


 でも、違うのだ。

 何故なら今の有栖川さんは、もう決して一人ではないから。


 俺や橘さん達がいる。

 それにクラスにだって、今の有栖川さんとなら話してみたいと思っている人も少なからずいるはずだ。


 だから一人の頃とはもう違うし、俺だって引き続きそんな有栖川さんの事をサポートし続けていこうと思っているから――。



 ――ちなみに有栖川さんに貸した漫画には続きがある。


 隣の席の男の子に勇気を出して声をかけた寡黙なヒロインは、それから徐々に隣の席の男の子と打ち解けるようになる。

 そして、そんな二人の様子に考え方を改めたクラスの皆も、そんなヒロインの子と徐々に交流を持つように変化し、そして気が付くとヒロインの子はクラスに溶け込み、そして以降は自然な振舞いで隣の席の男の子と話が出来るように変化するのであった。


 それはやっぱり、今の俺達と重なっているように思えた。

 これまで『難攻不落の美少女』と呼ばれてきた有栖川さんは、隣の席の俺を通じて橘さん達、それからクラスの皆ともこうして馴染んで行こうとしているのだ。



「ねぇ、一色くん。これからは普通にお話してもいいですよね?」

「うん、勿論いいよ。……と言っても、もう駄目って言ってもどのみち手遅れなんだけどね」

「ですよね。すみません」


 お道化て答える俺に、すぐに謝る有栖川さん。

 だがその表情には、申し訳なさというより嬉しさがあふれ出ているのであった。


 そしてきっと、返事をした俺も同じ顔をしているだろう。


 結局俺も有栖川さんも、これからはこうして堂々と話が出来るという事が、嬉しいだけなのであった。


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