第24話「ギャップ」

 家に帰った俺は、ご飯とお風呂を済ませると部屋のベッドで大の字に寝転んだ。

 ちなみにご飯を食べている際、母さんと瑞樹が有栖川さんとの事をあれこれ聞いて来ようとしたのだが、その前にそもそも覗き見していた二人に対して俺はしっかり文句を言っておいたのであった。


 しかし、妹の瑞樹はそれでも興味津々な様子で、根掘り葉掘り聞いて来ようとしてくる。

 どうやら瑞樹は、有栖川さんの美しさに完全に惚れてしまったようで、あんな美人が自分のお姉ちゃんになる未来を一目見た瞬間から勝手に思い描いてしまっているようで、そんな妹の相手をするのも中々大変だった――。


 まぁそんなわけで、昨日以上に色々あり過ぎた気がする一日を何とかやり抜いた俺は、全身に感じる疲労に身を任せながら眠る事にした。


 ――ああ、でも寝る前に一つ言っておく事があったな


 思い出した俺は、眠い目を擦りながらスマホを手にする。

 そして、その言っておく事を伝えるためメッセージを入力する。


『今日はお疲れ様。有栖川さんに大切な事を伝え忘れていました』


 よし、一回送信っと。それから本題を入力して――。


 ピコン


 ん? メッセージ? ああ、有栖川さんからだ。


『なんでしょう!?』


 いや、返信早いな有栖川さん。

 そんな食い気味な有栖川さんに少しニヤつきつつ、俺は眠たい目と頭で引き続き文字を打つ。


『昨日今日と寝不足だろうから、今日は漫画読んだら駄目だよ』


 よし、本題も送信っと。

 そう、有栖川さんは昨日今日と寝不足なはずなのだ。

 だから、流石に三日連続は不味いだろうと思っていたので、寝る前になってしまったけれど、何だかまた有栖川さんが夜更かしして寝不足になっている未来が見えたので、俺は一応助言しておいたのであった。


『あ、漫画の話ですね!』


 するとまた、有栖川さんからすぐに返事が返ってきた。

 漫画以外に何がある? と思ったが、残念ながら眠たい俺の思考はそれ以上回らなかった。


『えっと、ごめんなさい! もう三巻まで読んでしまいました……!!』


 そして続けて送られてきたメッセージには、残念ながら既に手遅れな事が書かれているのであった。


『もう読んじゃったんだね。でも、早く寝ないと明日辛いよ?』

『そうですね、今日はここで止めたいと思います』

『うん、じゃあ俺は眠たいからそろそろ寝るよおやすみ』

『はい、ありがとうございました! おやすみなさい!』


 ふぅ、これでよしっと。

 そう思い、俺は布団を被って本格的に寝る体制に入った。

 眠たかったからとは言え、こうして物凄く自然に有栖川さんとメッセージのやり取りをしている自分がいた事に気付いたのは、次の日になってからだった――。



 ◇



 次の日。

 俺はいつも通り登校し教室へ入ると、案の定隣の席はまだ空席のままだった。


 しかし、それ以外にも昨日と状況は変わっている事を思い出す――いや、正確には思い出さされた。



「おはよー! 一色くん!」


 俺が教室へ入ると、そんな風に朝の挨拶をしてくれる人物が一人。

 それは、昨日一緒にカラオケを楽しんだ橘さんだった。



「うん、おはよう橘さん」


 だから俺も、昨日のノリで普通に挨拶を返す。

 本当に、橘さんは昨日のみならず今日も神対応というか、本当に好い人だよなと実感する。


 しかし、俺が橘さんとそんな風に挨拶を交わした事で、何故か俺は注目を浴びてしまっているのであった。


 ――な、なんだこの空気?


 これまでされたことの無い注目の浴び方に、ただ焦るしかない俺。

 しかし、冷静に考えてみるとその原因も分かった。


 そう、いつもは有栖川さんにばかり注目が集まりがちなのだが、こちらの橘さんも控えめに言って物凄く美人なのだ。

 だから、橘さんと普通に挨拶を交わす俺に皆は驚いているのだろう。


 思えば、橘さんはクラスの中心的人物だから男子達とも当然仲良くやっているのだが、それでもそれは必要最小限というか、さっきみたいに挨拶を自ら交わす場面なんて記憶になかった。



「……あちゃー、不味っちゃったかな」

「いや、橘さんは挨拶をしてくれただけだから」

「だよね、何も悪くなくて草生えるわー」


 全然気にしていない様子でニッと笑う橘さんの姿は、確かに皆がそんな反応をしてしまう程綺麗なのであった。


 そんなわけで、俺は思わぬ所で目立ってしまったのだが、それでもただ挨拶を交わしただけなのだからそれから何があるわけでもなく一安心したのであった。



 それから自席に座ってスマホをいじっていると、隣の席の椅子が引かれる音がした。

 その音に引っ張られるように、俺はすぐに隣を振り向く。


 するとそこには、今日も完璧とも言える美しさを誇る美少女――有栖川さんの姿があった。


 そして、そんな俺の視線に気が付くと、いつもの無表情の中にも僅かに笑みを浮かべながら、俺にだけ分かるように「お・は・よ・う」と口を動かす。


 そんな有栖川さんに、朝から簡単にドキドキさせられてしまう俺――。

 しかし、それでも言うべき事はちゃんと言わなければと思い、隣の席の有栖川さんに俺はメッセージを送る。



『うん、おはよう有栖川さん。それはそうと、あれからまた漫画読んでたでしょ?』


 良く見なくても、昨日と同様に今日もゲッソリと眠たそうにする有栖川さん。

 これはもう、昨日わざわざ忠告しておいたにも関わらず、また漫画を読んでいたに違いないと思っていると、メッセージを確認した有栖川さんはばつが悪そうにそっとこっちを振り向く。


 そして、恐る恐ると言った感じで自分のスマホを操作する。



『はい、寝ようとはしましたが、欲には勝てませんでした……』


 そんなメッセージを俺に送り付けると、駄目な自分に思い悩んだように深いため息をつく有栖川さん。


 すると、そんな思い悩む有栖川さんの姿に、何か悩み事でもあるのだろうかと見惚れながらも心配するような視線があちこちから向けられるのであった。


 ――いや、この人昨日徹夜して漫画読んでただけなんだよなぁ


 そんな、見た目と実態にギャップがあり過ぎる有栖川さんに、俺は朝から笑いを堪えるので必死なのであった。


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